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帝国傭兵管理、文書庫

 帝都ヴェルデン、二日目の朝。

 ブランは、神崎の公邸を出た。隣にヘルマン・フォン・クラウス、副宰相四十五歳。二人の馬車が、静かに宰相公邸の正門を通り抜けた。若葉月の二日目。空は、淡い青。風は、穏やかだった。帝都の朝の街並みが、ブランの目の前に広がっていた。

 ブランは、馬車の中で深く息を吐いた。

 (──十年前のサンミール渓谷の戦闘の記録)

 昨夜神崎の公邸での会食の後。神崎が、ブランに直接告げた。「ブラン殿。──明日の午前、ヘルマン副宰相と共に傭兵管理庁の文書庫に行ってください。あなたの十年前の記録は既に確保されて、います」。

 ブランは、その夜ほとんど眠れなかった。

 十年、抱えてきた疑問。サンミール渓谷の夜。十一人の仲間の最期。トーマス、十七歳。「俺たちは、何のために、戦っていたんだ」。──その答えが、今日文書で確認される。

 ブランは、馬車の窓の外を見た。帝都の大通りが、流れていた。商人たちが、店を開け始めていた。子どもたちが、学校へ向かっていた。普通の朝。──しかしブランの胸の中では、十年の重みが最後の形を取ろうとしていた。

 「ブラン殿」

 ヘルマンが、静かに告げた。

 「──傭兵管理庁まで馬車で二十分です。庁の文書庫の入場の許可は、神崎閣下が確保されております。ブラン殿のための専用の部屋を用意しております。一日、お時間をお使いください」

 ブランは深く頷いた。

 「ヘルマン殿。──ありがとう、ございます」

 ヘルマンは、ブランの目を長く見つめた。中肉、銀色の目。改革派の副宰相。しかし今朝のヘルマンの目にはブランの十年の負担への深い敬意が、宿っていた。

 「ブラン殿。──私も共に文書庫に入ります。神崎閣下から、ご指示を受けております。──ブラン殿が十年前の記録を読まれた後その記録の政治的な意味を私が補足いたします。よろしい、ですか」

 ブランは無言のまま視線を返した。

 「ヘルマン殿。──お願い、いたします」

            ─── ─── ───

 帝国、傭兵管理庁。

 皇宮の南、馬車で二十分の位置。三階建ての石造りの巨大な、建物。建物の前庭は、広くしかし人気はほとんどなかった。傭兵管理庁は、帝国の最も地味な部署の一つ。──しかしハーゲン帝国の千年の傭兵の記録が、全てここに保管されていた。

 馬車が、庁の正門の前で止まった。

 ブランと、ヘルマンは馬車を降りた。庁の入り口で、係官が深く一礼した。係官は、ヘルマンを知っていた。副宰相の訪問は、稀だった。係官は、二人を奥の文書庫の専用の部屋へ案内した。

 文書庫は、地下にあった。

 地下、二階。広い、石造りの部屋。天井は、低かった。空気は、冷たく湿っていた。古い、羊皮紙の匂い。インクの固まった、匂い。蝋の微かな、香り。──二百年前から、千年前までの傭兵の記録の束が棚に整然と並んでいた。

 係官は、ブランとヘルマンを文書庫の最も奥の小部屋に案内した。小部屋には机と二つの椅子そして机の上に既に一束の書類が置かれていた。

 係官は深く一礼して、退いた。

 「ブラン殿」

 ヘルマンは、机の上の書類を指さした。

 「これが、十年前のサンミール渓谷の戦闘に関する傭兵管理庁の公式記録です。私が、神崎閣下のご要望を受けて昨日保管庫から出しました」

 ブランは長く机の上の書類を見つめた。

 革の表紙。古い、しかし丁寧に保管された書類。表紙に、金色の文字で書かれていた。

 「サンミール渓谷、戦闘記録傭兵管理庁、公式」

 ブランは深く息を、吸った。そしてゆっくりと椅子に、座った。机の上の書類に、両手を置いた。指先が、少し震えていた。

            ─── ─── ───

 ブランは、ゆっくりと表紙を開いた。

 最初の頁に、戦闘の概要が書かれていた。日付。場所。両陣営の構成。死者数。──全て、ブランが十年頭の中で繰り返し思い出してきた情報だった。しかしブランは、目で文字を追いながら吐息を漏らした。

 次の頁に、両陣営の傭兵団の雇用関係の詳細が書かれていた。

 ブランは、その頁を長く読んだ。

 ブランの傭兵団。雇用主——ハーゲン帝国のある、貴族の家。「ヴァレンガルト家」。十年前、ブランはこの家の名前を知らなかった。傭兵団の頭領が、雇用契約の詳細を握っていた。傭兵たちは。──ただ戦場に向かう、ことを命じられた。

 しかし書類の次の頁に、別の情報があった。

 ブランは、その頁で手が止まった。

 書類は、こう書かれていた。「ヴァレンガルト家は、十年前サンミール渓谷の戦闘でブラン・マレン・モクスが所属する傭兵団を雇用した。──雇用の目的は、別の傭兵団の追跡だった」。

 ブランは、その一行を長く見つめた。

 (──別の傭兵団の追跡)

 ブランは深く息を、吸った。次の頁を、捲った。

 「追跡の対象、傭兵団は別のハーゲン帝国の貴族家『ヴェルフェン家』が雇用したものだった。ヴェルフェン家は、ヴァレンガルト家の長年の抗争相手」

 ブランの目が、書類の上で止まった。

 二つの貴族家。ヴァレンガルト家と、ヴェルフェン家。十年前のサンミール渓谷の戦闘の両陣営の雇用主。──ブランは、十年自分の傭兵団がサルマティアの内戦のある部族の側に雇われていると思っていた。しかし現実は、違った。両陣営とも、帝国の二つの貴族家の駒だった。サルマティアの内戦は、ただの舞台だった。

 ブランの手が、震えた。

            ─── ─── ───

 ブランは、書類の次の頁を捲った。

 「両陣営の傭兵団の約半数が戦闘で死亡した。──戦闘の結果、ヴェルフェン家の雇用した傭兵団は壊滅。ヴァレンガルト家の傭兵団もブラン・マレン・モクスを含む約十名のみが生存。サルマティアの二つの部族の内戦の構造は、表面上維持されたが戦闘の本質はヴァレンガルト家の勝利だった」

 ブランは深く息を、吐いた。

 次の頁。

 「戦闘の後ヴァレンガルト家はヴェルフェン家から政治的な圧力を受けた。両家の抗争は、表面化を避けるためヴァレンガルト家は戦闘の詳細を公式記録から隠蔽。──傭兵管理庁には簡略な戦闘記録のみが提出された。本書類は、ヴァレンガルト家が政治的に追い詰められた五年後傭兵管理庁が追加調査で確認した詳細記録である」

 ブランの両手が、書類の上で強く握られた。

 (──俺たちの戦闘は、表面上隠蔽された。──十二人の仲間の死は、公式の記録でほとんど語られなかった)

 ブランは深く息を、吐いた。

 ヘルマンが、ブランの横で静かに口を開いた。

 「ブラン殿」

 ヘルマンの声は、低かった。

 「──私が、ここから政治的な意味を補足いたします」

 ブランは何度か頷いた。

 ヘルマンは続けた。

 「ヴァレンガルト家はヴィスカルト皇太子家の傍系です。皇太子家の血を、共有する貴族家の一つ。十年前ヴァレンガルト家はヴィスカルト派の資金洗浄を担当していました。サルマティアの内戦の混乱を、利用して帝国の闇の資金をサルマティア経由で移動させていました。──そしてヴェルフェン家はその資金洗浄の流れを追っていました」

 ブランの目が、ヘルマンを見た。

 ヘルマンは続けた。

 「ヴェルフェン家は二十年前からヴィスカルト派と対立してきた改革派の貴族家。私のフォン・クラウス家とも、長年の同志関係。──ヴェルフェン家はヴィスカルト派の資金洗浄の証拠を掴むために独自に傭兵団を雇ってサルマティアに送り込みました。しかしヴァレンガルト家は、それを察知し別の傭兵団を追跡のために雇いました」

 「それが、ブラン殿の傭兵団、です」

 ブランは深く息を、吐いた。

 ヘルマンは続けた。

 「サンミール渓谷の戦闘は表面的にはサルマティアの二つの部族の内戦のように見えました。しかしその奥の本質は、ヴィスカルト派の資金洗浄を隠すための意図的な混乱だった。──ブラン殿の傭兵団もヴェルフェン家の傭兵団も両方とも帝国の二つの家の抗争の駒として使われた」

 「両方の傭兵団が、戦闘で互いにほぼ壊滅した結果ヴィスカルト派の資金洗浄の証拠は闇に葬られました。十年前のサンミール渓谷の夜は、ヴィスカルト派の勝利の夜でした」

            ─── ─── ───

 ブランは長く沈黙した。

 文書庫の地下の空気が、ブランの頭の上で重く止まっていた。

 「ヘルマン殿」

 ブランの声は、低かった。

 「──俺たちの戦闘は、ヴィスカルト派の資金の流れを隠すための調整弁だったと」

 「はい、ブラン殿」

 ヘルマンは頷いた。

 「ブラン殿の傭兵団も、ヴェルフェン家の傭兵団も両方とも帝国の千年の歪みの構造の駒でした。──しかしブラン殿、一つだけお伝えしておかなければならないことがあります」

 ヘルマンは、書類の最後の頁をブランに指さした。

 ブランは、最後の頁を読んだ。

 「戦闘の生存者のリスト。──ヴァレンガルト家側、十名。ヴェルフェン家側、八名」

 ブランは、自分の名前を見つけた。「ブラン・マレン・モクス、二十歳、生存」。そしてその下に、別の八名の名前が続いていた。──ヴェルフェン家側の生存者の八名。

 ブランの目が、そのリストの上で止まった。

 ヘルマンは続けた。

 「ヴェルフェン家側の生存者八名のうち四名は戦闘の後ヴェルフェン家に保護されました。彼らは、改革派の貴族家の護衛として新しい人生を歩み始めました。──残りの四名は消息不明。傭兵管理庁は、追跡を諦めました」

 「ブラン殿。──十年前、サンミール渓谷の夜ブラン殿の剣で何人を倒されましたか」

 ブランは長く考えた。

 「俺の確実な敵兵の撃破は三人。──そのうち、一人は確実に死亡。残り二人は深い傷を負わせたしかし生死は確認できなかった」

 ヘルマンは黙って頷いた。

 「ブラン殿が深い傷を負わせた二人の内一人はヴェルフェン家の生存者リストに入っております。彼は、戦闘の後ヴェルフェン家の保護で生き延びました。──現在五十歳。ヴェルフェン家の警備の頭領を、務めております。その男の名はヴィルヘルム・グレース」

 ブランの息が、止まった。

 (──俺が、深い傷を負わせた男が生きていた。──そして改革派の貴族家の警備の頭領、として生きている)

            ─── ─── ───

 ブランは、椅子の上で長く固まった。

 目から、涙が溢れた。

 止められなかった。

 十年、ブランはサンミール渓谷の夜自分が人を殺したことを抱えていた。妻と、二人の幼い子どもの肖像画を懐から落とした男。ブランが、剣で倒した男。十年、ブランはその男の家族のことを考えてきた。

 しかし今その男は、生きていた。改革派の貴族家の護衛として、新しい人生を歩んでいた。

 ヘルマンは、ブランの横で長く見守っていた。何も、言わなかった。

 ブランは、ようやく低く呟いた。

 「ヴィルヘルム・グレース、五十歳」

 ヘルマンは深く頷いた。

 「ブラン殿。──ヴィルヘルムはブラン殿の剣で傷ついた後ヴェルフェン家に運ばれました。三ヶ月の療養の後、生き延びました。彼は傭兵を引退しヴェルフェン家の警備に入りました。今彼の家族は、ヴェルフェン家の領内で安全に暮らしております」

 ブランは深く息を、吐いた。

 「妻と、二人の子どもは……」

 「現在妻は健在。子どもたちは二人とも二十代後半。長男はヴェルフェン家の書記官。次男は、地元の農夫」

 ブランは、目を閉じた。涙が、頬を伝った。

 十年の重みが、徐々に別の形に変わっていった。罪、ではなく別の何か。──運命の出会い、として。あの夜、もしブランがヴィルヘルムを深く刺さなければヴィルヘルムもヴェルフェン家の保護を受けず別の運命を辿ったかもしれない。あるいは即死、していたかもしれない。──しかしブランの剣の傷の深さが、ヴィルヘルムを戦場から運び出させ結果として彼の家族を守った。

 ブランは低く呟いた。

 「──運命は、皮肉だ」

 ヘルマンは静かに頷いた。

            ─── ─── ───

 ブランは、書類をゆっくりと閉じた。

 最後の頁に、ヘルマンが新しく追加した紙が挟まっていた。

 ブランは、その紙を取り出した。

 ヘルマンが、書いた覚書。

 「ブラン殿への提案。──いつか、機会があればヴィルヘルム・グレースとの対面をご希望されますか。私のフォン・クラウス家から、ヴェルフェン家に連絡を取ることが可能です」

 ブランは長くその覚書を見つめた。

 そして深く息を、吐いた。

 「ヘルマン殿」

 ブランの声は、震えていた。

 「──いつか、機会があれば。──しかし急ぎませんが、いいですか」

 ヘルマンは小さく頷いた。

 「ブラン殿。──ご準備が整われた時お知らせください。──そしてもう一つ。ヴェルフェン家から、聞いております。ヴィルヘルムは十年サンミール渓谷の夜の男のことを考えてきたと。彼も、いつか再会する機会を待っていると」

 ブランの目に、新しい光が宿った。

 (──ヴィルヘルムも、十年俺のことを考えていた)

 二人の男が、十年互いを考えていた。──戦場で、剣を交えた敵同士。しかし生存して、それぞれの新しい人生を歩み互いを忘れなかった。

 ブランは深く頷きを返した。

 「ヘルマン殿。──いつか、機会が整いましたらお願いいたします」

            ─── ─── ───

 ブランは、書類の束を丁寧に閉じた。

 係官に、書類を返却した。係官は深く一礼して書類を、保管庫に戻した。

 ブランと、ヘルマンは文書庫を出た。地下の階段を、上った。庁の入り口を、出た。空が、夕陽の金色に染まりつつあった。一日の調査が、終わっていた。

 二人は、馬車に乗った。神崎の公邸への帰路。

 馬車の中で、ブランは長く沈黙していた。

 ヘルマンも、何も言わなかった。ブランの十年の結実を、静かに見守っていた。

 馬車の窓の外で、帝都の夕暮れが流れていた。商人たちが、店を閉め始めていた。子どもたちが、家に帰っていた。普通の夕暮れ。──しかしブランの胸の中では、十年がようやく別の形を得ていた。

 ブランは低く呟いた。

 「俺の十年は──」

 ヘルマンは、ブランを見た。

 「俺の十年は、帝国の歪みの調整弁だった」

 ブランは続けた。

 「しかし──その十年が、あったからこそ今俺は稜殿の傍に立っている。──そしてレオナルドと、カールを駒から外す力を持っている」

 ブランの目から、最後の涙が流れた。

 「──十年は、無駄ではなかった」

            ─── ─── ───

 夕刻、神崎の公邸。

 ブランは、稜の客室を訪ねた。

 稜は、窓辺で立っていた。帝都の夕陽が、皇宮の白い壁を金色に染めていた。

 ブランが、扉をノックした。

 「師匠。──ブランです」

 稜は、振り返った。

 「ブラン。──入れ」

 ブランは、扉を開けた。客室に入った。稜の前に立った。深く一礼した。

 「師匠。──傭兵管理庁の調査、終わりました」

 稜は、ブランの目を静かに見つめた。

 ブランの目には十年の重みが別の形に変わった深い安らぎが、宿っていた。涙の痕もまだ残って、いた。しかしその目には新しい決意も、宿っていた。

 「ブラン。──座れ。話を聞こう」

 稜と、ブランは客室の椅子に向かい合いに座った。

 ブランは、ゆっくりと調査の要点を稜に告げた。ヴァレンガルト家とヴェルフェン家の抗争。サンミール渓谷の戦闘の本質。──そしてヴィルヘルム・グレースの生存。妻と、二人の子どもの無事。

 稜は、長くブランを見つめながら聞いていた。

 ブランが、話し終えた。

 稜は深く息を、吐いた。

 「ブラン」

 稜の声は、静かだった。

 「──お前の十年は、今日終わった」

 ブランは長く稜を見つめた。

 稜は続けた。

 「サンミール渓谷の夜の十一人の仲間の死は変わらない。お前が、抱えてきたトーマスの最期の問いは今別の形で答えを得た。──しかしお前の剣で深く傷ついた男は生きていた。彼の家族も、無事だった。──お前の十年の罪の感覚は今日解放された」

 ブランは何度か頷いた。涙が、また流れた。しかし悲しみの涙ではなかった。深い、解放の涙だった。

 稜は、ブランの肩に手を置いた。

 「ブラン。──明日から、新しい十年が始まる。──お前の新しい、十年は俺たちの参謀の傍で始まる」

 ブランは一度頷いた。

 「師匠。──ありがとう、ございます」

            ─── ─── ───

 夜。

 ブランは、神崎の公邸の客室で一人机の前に座っていた。ランプの橙色の光が、机を照らしていた。机の上に、白い羊皮紙と羽ペン。

 ブランは長く考えた。

 そしてゆっくりと書き始めた。

 「ヴィルヘルム・グレース殿へ。

 俺の名は、ブラン・マレン・モクス。十年前サンミール渓谷の夜お前と剣を交えた男だ。

 お前が、生きていることを今日知った。お前の家族が無事でいることも知った。──十年、俺はお前の家族のことを考えてきた。お前が戦場で落とした肖像画。妻と、二人の子どもの絵。──俺の剣の責任を長く抱えてきた。

 今日俺の十年が、別の形に変わった。

 ──いつか機会が整いましたら対面させてください。

 俺たちの十年のそれぞれの続きを語り合いたい。

 ブラン・マレン・モクス」

 ブランは、ペンを置いた。

 手紙を、しばらく見つめた。そして丁寧に折り畳み、封筒に入れた。封蝋を押した。──いつか、ヘルマン副宰相に託してヴェルフェン家を経由してヴィルヘルムに届けるつもりだった。

 ブランは、窓の外を見た。

 帝都の夜空。星が、無数に瞬いていた。

 胸の中で、十年前のサンミール渓谷の夜のトーマスの声がもう一度響いた。「ブラン。──俺たちは、何のために戦っていたんだ」。

 ブランは低く呟いた。

 「トーマス。──十年、お前への答えを探した。──今日、ようやく最後の答えを見つけた。俺たちは帝国のねじれの調整弁だった。──しかし俺たちの十年は、無駄ではなかった。お前の死も、俺の生も、十年後、千年の歪みを止める参謀の傍で、新しい意味を得た」

 ブランは深く息を吐いた。

 窓の外の星空が、静かにブランの答えを受け止めていた。

 ──しかしブランの目に、もう一つの影が宿った。──十年前の戦場で、もう一人、生死不明の男がいた。ヴィルヘルム・トレスト。──ハインリヒ・フォン・トレストの遠縁。──ブランは、その名をまだ稜にも神崎にも告げていない。──ヘルマンの今夜の話の中で、その名が再び浮上した。

 (──ヴィルヘルム。──十年、お前は今どこで何をしている)

 ブランは星空を見つめながら、自分の左の肩の十年前の傷跡を、無意識に右手で撫でていた。──ヴィルヘルムが、最後の戦闘で残した傷。──そしてヴィルヘルムも、ブランから同じ深さの傷を受けたはずだった。

 帝都ヴェルデンの若葉月の夜が深まっていた。

ブランの十年の罪が、ようやく解放されます。

深く傷つけた敵兵が、家族と共に生きていた事実。

ヴィルヘルム・グレースの名前を書いた瞬間、自分でも息を吐きました。

ブランの章、ここで一区切りです。

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