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品質監理官はそれでも検査したい  作者: こうた


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9/10

第9話 竣工写真で合格


ボートの上。


黒田はタブレットに表示された完成写真を、一枚ずつ確認していた。


「施工完了時の全景ですね」


山下が答える。


「はい」


「路面状態も良好です」


「はい」


「側溝との取り合いも問題ありません」


井上が資料を差し出す。


「こちらが出来形測定結果です」


黒田は画面と資料を交互に確認する。


「一致していますね」


「はい」


佐伯は黙って見守っていた。


ここまで来ると、もはや何も言う気になれない。


さっきまで水没した道路の上で巻き尺を持っていた男が、今はボートの上で完成写真を見ている。


それだけで十分おかしい。


西村が小声で言った。


「佐伯」


「はい」


「これ、最初から事務所でやったらよかったんちゃうか?」


「僕もそう思います」


「ワシら、何のためにボート乗ったんやろな」


「……」


佐伯は答えなかった。


答えが分からないからだ。



---


黒田は最後の写真を確認した。


施工完了直後の道路。


綺麗に整えられた舗装面。


まっすぐ伸びる道路。


その写真をしばらく眺めていた。


「……綺麗に仕上がっていますね」


松井が少し嬉しそうに答えた。


「そら、舗装班が頑張りましたから」


黒田は頷く。


「施工記録も問題ありません」


「はい」


「出来形も問題ありません」


「はい」


「品質管理も問題ありません」


「はい」


「写真による施工状況も確認できました」


佐伯は恐る恐る尋ねた。


「……ということは?」


黒田はタブレットを閉じた。


「合格とします」


「…………」


一瞬。


誰も喋らなかった。


そして。


「……終わった?」


佐伯が呟いた。


黒田は頷く。


「はい」


山下が胸を撫で下ろす。


「よかった……」


井上も大きく息を吐く。


「データ全部持ってきてよかったです」


松井は笑った。


「結局、写真とデータやんけ」


西村はボートの外を見る。


「……ワシら、何しに来たんや?」


佐伯も水面を見る。


「それ、僕も聞きたいです」


高橋隊員が操船席から振り返った。


「検査、終わったんですか?」


「はい」


「何を確認されたんですか?」


佐伯は答えに詰まった。


「えーっと……」


高橋が水面を見る。


「道路、見えました?」


「……見えてません」


「測れました?」


「……測れてません」


「じゃあ、何で合格したんですか?」


佐伯はタブレットを指差した。


「写真です」


高橋は少し黙った。


「……写真」


「はい」


藤原隊員が笑いをこらえながら言う。


「じゃあ、最初から写真でよかったんじゃ……」


佐伯も苦笑した。


「僕もそう思います」


黒田は何も言わず、検査資料を整理していた。


そして、いつもの真剣な顔で言った。


「現場を確認できてよかったです」


佐伯は黒田を見る。


「……そうですか」


「はい」


「道路は見えませんでしたけど」


「はい」


「舗装も測れませんでしたけど」


「はい」


「最後は写真でしたけど」


「はい」


黒田は頷いた。


「それでも、現場を確認することには意味があります」


佐伯は何か言おうとした。


しかし、やめた。


これ以上聞いても、たぶん答えは出ない。


ボートはゆっくりと事務所へ戻り始めた。


濁流の向こう。


水の下には、完成して一か月の道路が眠っている。


そして、その道路の竣工検査は――


なぜかボートの上で無事に終了した。



---


事務所へ戻る途中。


佐伯はふと思った。


今日のことを報告書に書くとしたら、どう書けばいいのだろう。


「台風による河川氾濫のため現場が水没していたが、ボートにて現場確認を実施した」


……そこまでは書ける。


しかし、その後。


「なお、舗装の出来形確認については、現場が水没していたため、完成写真により確認した」


……。


佐伯は頭を抱えた。


「……これ、ほんまに報告書に書くんか?」


隣の西村が笑う。


「事実やからしゃあないやろ」


「ですよね……」


そして佐伯は、まだ気づいていなかった。


この検査の最後に。


どうしても聞かずにはいられない、たった一つの質問が残っていることを。

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