第9話 竣工写真で合格
ボートの上。
黒田はタブレットに表示された完成写真を、一枚ずつ確認していた。
「施工完了時の全景ですね」
山下が答える。
「はい」
「路面状態も良好です」
「はい」
「側溝との取り合いも問題ありません」
井上が資料を差し出す。
「こちらが出来形測定結果です」
黒田は画面と資料を交互に確認する。
「一致していますね」
「はい」
佐伯は黙って見守っていた。
ここまで来ると、もはや何も言う気になれない。
さっきまで水没した道路の上で巻き尺を持っていた男が、今はボートの上で完成写真を見ている。
それだけで十分おかしい。
西村が小声で言った。
「佐伯」
「はい」
「これ、最初から事務所でやったらよかったんちゃうか?」
「僕もそう思います」
「ワシら、何のためにボート乗ったんやろな」
「……」
佐伯は答えなかった。
答えが分からないからだ。
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黒田は最後の写真を確認した。
施工完了直後の道路。
綺麗に整えられた舗装面。
まっすぐ伸びる道路。
その写真をしばらく眺めていた。
「……綺麗に仕上がっていますね」
松井が少し嬉しそうに答えた。
「そら、舗装班が頑張りましたから」
黒田は頷く。
「施工記録も問題ありません」
「はい」
「出来形も問題ありません」
「はい」
「品質管理も問題ありません」
「はい」
「写真による施工状況も確認できました」
佐伯は恐る恐る尋ねた。
「……ということは?」
黒田はタブレットを閉じた。
「合格とします」
「…………」
一瞬。
誰も喋らなかった。
そして。
「……終わった?」
佐伯が呟いた。
黒田は頷く。
「はい」
山下が胸を撫で下ろす。
「よかった……」
井上も大きく息を吐く。
「データ全部持ってきてよかったです」
松井は笑った。
「結局、写真とデータやんけ」
西村はボートの外を見る。
「……ワシら、何しに来たんや?」
佐伯も水面を見る。
「それ、僕も聞きたいです」
高橋隊員が操船席から振り返った。
「検査、終わったんですか?」
「はい」
「何を確認されたんですか?」
佐伯は答えに詰まった。
「えーっと……」
高橋が水面を見る。
「道路、見えました?」
「……見えてません」
「測れました?」
「……測れてません」
「じゃあ、何で合格したんですか?」
佐伯はタブレットを指差した。
「写真です」
高橋は少し黙った。
「……写真」
「はい」
藤原隊員が笑いをこらえながら言う。
「じゃあ、最初から写真でよかったんじゃ……」
佐伯も苦笑した。
「僕もそう思います」
黒田は何も言わず、検査資料を整理していた。
そして、いつもの真剣な顔で言った。
「現場を確認できてよかったです」
佐伯は黒田を見る。
「……そうですか」
「はい」
「道路は見えませんでしたけど」
「はい」
「舗装も測れませんでしたけど」
「はい」
「最後は写真でしたけど」
「はい」
黒田は頷いた。
「それでも、現場を確認することには意味があります」
佐伯は何か言おうとした。
しかし、やめた。
これ以上聞いても、たぶん答えは出ない。
ボートはゆっくりと事務所へ戻り始めた。
濁流の向こう。
水の下には、完成して一か月の道路が眠っている。
そして、その道路の竣工検査は――
なぜかボートの上で無事に終了した。
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事務所へ戻る途中。
佐伯はふと思った。
今日のことを報告書に書くとしたら、どう書けばいいのだろう。
「台風による河川氾濫のため現場が水没していたが、ボートにて現場確認を実施した」
……そこまでは書ける。
しかし、その後。
「なお、舗装の出来形確認については、現場が水没していたため、完成写真により確認した」
……。
佐伯は頭を抱えた。
「……これ、ほんまに報告書に書くんか?」
隣の西村が笑う。
「事実やからしゃあないやろ」
「ですよね……」
そして佐伯は、まだ気づいていなかった。
この検査の最後に。
どうしても聞かずにはいられない、たった一つの質問が残っていることを。




