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品質監理官はそれでも検査したい  作者: こうた


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10/10

第10話 何のために来たん?



午後一時。


竣工検査を終えた一行は、ようやく現場事務所へ戻ってきた。


事務所の中には、妙な達成感があった。


検査は終わった。


書類も問題なし。


出来形も問題なし。


品質も問題なし。


そして――合格。


普通なら、喜ぶところだ。


しかし。


誰も素直に喜べなかった。


西村が椅子に座りながら言う。


「なあ……」


佐伯を見る。


「今日、何した?」


「……」


佐伯は答えられない。


山下が指を折りながら整理する。


「朝、書類検査しました」


「うん」


「完成写真を確認しました」


「うん」


「その後、ボートに乗りました」


「うん」


「水没した道路を見ました」


「うん」


「舗装は見えませんでした」


「うん」


「巻き尺は使いませんでした」


「……うん」


井上も続ける。


「出来形データも確認しました」


松井が言う。


「最後は写真見て合格や」


全員が黙った。


佐伯は深いため息をついた。


「……ほんまやな」


そのとき。


黒田が検査資料を抱えて入ってきた。


「皆さん、お疲れさまでした」


「お疲れさまでした」


全員が返事をする。


黒田は満足そうに頷いた。


「無事に検査を終えることができました」


佐伯も頷いた。


「はい……」


「施工記録も問題ありませんでした」


「はい」


「品質管理も問題ありません」


「はい」


「出来形についても問題ありません」


「はい」


黒田は最後に言った。


「現場も確認できました」


「……」


佐伯は黒田を見た。


ずっと聞きたかった。


朝からずっと、頭の中に引っかかっていた。


ついに我慢できなくなった。


「黒田さん」


「はい」


「ちょっと聞いていいですか?」


「どうぞ」


佐伯は一つずつ確認した。


「今日、現場来ましたよね?」


「はい」


「道路、水の中でしたよね?」


「はい」


「舗装、見えませんでしたよね?」


「はい」


「巻き尺、持ってきましたよね?」


「はい」


「でも、測ってませんよね?」


「はい」


「最後、完成写真見て合格しましたよね?」


「はい」


「……」


黒田は真顔で佐伯を見る。


佐伯はとうとう聞いた。


「……何のために来たん?」


事務所が静まり返った。


山下が下を向く。


西村は口元を押さえている。


松井は肩を震わせている。


黒田は少し考えた。


そして、いつもの落ち着いた声で答えた。


「現場を確認するためです」


佐伯は目を閉じた。


「いや……」


ゆっくり顔を上げる。


「確認できてへんやん……」


黒田は窓の外を見る。


水没した道路。


そして、静かに言った。


「道路が水没していることを確認しました」


「…………」


西村が耐えきれず吹き出した。


「ぶっ……!」


山下も顔を伏せる。


「ふふ……」


佐伯はしばらく黒田を見つめていた。


そして。


小さく息を吐いた。


「……もう、ええわ」


黒田は頷いた。


「はい」


窓の外では、濁った水がゆっくりと流れている。


その水の下には、一か月前に完成した八千万円の舗装道路。


そして、その道路は。


写真では綺麗に完成していた。


書類にも問題はなかった。


出来形も確認できた。


品質も問題なかった。


ただ一つ。


竣工検査だけが――


最後まで、どうしても現場を見たかった。


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