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品質監理官はそれでも検査したい  作者: こうた


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第5話 書類検査



午前十時。


現場事務所の会議室。


窓の外では、まだ雨が降っていた。


ただ、昨夜ほどの勢いはない。


しかし、現場周辺の状況は変わっていない。


道路は濁流の下。


そんな状況にもかかわらず、竣工検査は淡々と進んでいた。


「それでは、書類を確認します」


黒田品質監理官が席についた。


佐伯は背筋を伸ばす。


「はい」


山下が最初のファイルを差し出した。


「施工計画書です」


「はい」


黒田はページをめくる。


「施工計画、変更履歴……問題ありません」


次。


「出来形管理です」


「はい」


出来形測定結果。


設計値。


実測値。


管理基準。


すべて整理されている。


黒田は一つずつ確認していく。


「問題ありません」


佐伯は心の中でガッツポーズをした。


(よし……)


続いて品質管理。


「アスファルト混合物の品質管理記録を」


「こちらです」


「ありがとうございます」


黒田は試験結果を確認する。


「問題ありません」


そして材料関係。


「材料承認資料は?」


「こちらです」


「問題ありません」


佐伯の緊張が少しずつ解けていく。


隣の西村も小声で言った。


「いけそうやな」


「はい」


「これで終わればええのにな」


「ほんまにそう思います」


すると黒田が一枚の写真を手に取った。


完成写真だった。


まだ台風が来る前。


青空の下に、完成した道路が写っている。


黒田がじっと写真を見る。


「綺麗に仕上がっていますね」


山下が答える。


「はい。舗装班がかなり頑張ってくれました」


松井が少し誇らしげに頷く。


「まあ、舗装はワシらの仕事やからな」


黒田は次の写真を見る。


「端部も問題ありません」


「ありがとうございます」


「路面も良好です」


佐伯はほっとした。


「写真だけでも、完成状態はかなり確認できますね」


思わず口に出してしまった。


黒田が顔を上げる。


「そうですね」


「……はい」


「写真は非常に重要です」


「ですよね」


佐伯は少し笑った。


「これだけ写真ありますし、施工中から完成まで全部残ってますから」


「はい」


「なので……」


佐伯は慎重に言葉を選んだ。


「現場確認については、今日は無理に行かなくても大丈夫じゃないでしょうか?」


黒田は黙って佐伯を見る。


「道路、水没してますし」


「はい」


「災害対応もありますし」


「はい」


「完成状態は写真で確認できますし」


「はい」


「……」


黒田は資料を閉じた。


「佐伯さん」


「はい」


「写真では確認できないことがあります」


「……」


嫌な予感がした。


「現場を確認しましょう」


佐伯の顔から笑顔が消えた。


「……今からですか?」


「はい」


田中係長がすぐに口を挟む。


「黒田さん、現場は水没しています」


「承知しています」


「車では行けません」


「そうですか」


「危険です」


「承知しています」


「そもそも舗装が見えません」


黒田は少し考えた。


「……それでも、現場を確認する必要があります」


西村が小声で言った。


「始まったで」


松井も腕を組む。


「この状況で舗装の検査って、正気かいな」


井上が測量資料を抱えながら呟く。


「出来形データなら全部ありますけど……」


黒田は立ち上がった。


「では、現場へ向かいましょう」


佐伯も立ち上がるしかなかった。


「……はい」


その瞬間。


外から大きな声が聞こえた。


「救助艇、こっちです!」


全員が窓を見る。


川の向こうには、災害救助のためのボートが走っている。


黒田はそれを見て、静かに言った。


「ボートがありますね」


佐伯は嫌な予感がした。


「……ありますね」


「現場まで行けるか確認しましょう」


「…………」


西村が頭を抱えた。


「まさか……」


黒田は巻き尺をポケットに入れた。


「行きましょう」


佐伯は呆然とその姿を見つめる。


そして、とうとう口から出た。


「……なんでやねん」


黒田は聞こえていない。


ただ、いつもの真剣な顔で水没した道路を見つめていた。


竣工検査は――


ついに、現場へ向かうことになった。

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