↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
品質監理官はそれでも検査したい  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/10

第2話 「写真で分かるやろ」



 翌日の朝。


 大阪府大東市の現場事務所には、いつもとは違う空気が流れていた。


 机の上には、竣工検査に必要な書類が並んでいる。


 施工計画書。


 品質管理資料。


 出来形管理資料。


 材料関係の試験結果。


 そして、竣工写真。


 佐伯はパソコンの画面を見ながら、何度目か分からない確認をしていた。


「美咲」


「はい」


「この出来形、もう一回見せて」


「またですか?」


「ええから」


「もう確認しましたよ」


「分かってる。でも、検査前やからな」


 美咲はため息をつきながら、出来形管理のデータを開いた。


「ここです」


「幅員」


「問題なし」


「高さ」


「問題なし」


「舗装厚」


「問題なし」


「写真」


「全部あります」


「施工日」


「合ってます」


「下検査の指摘事項」


「ありません」


 佐伯は椅子の背もたれに体を預けた。


「……よし」


「主任」


「なんや?」


「ほんまに心配性ですよね」


「八千万やぞ」


「それ、昨日も言うてました」


「八千万やから言うてんねん」


 そこへ、現場代理人の西村が入ってきた。


「おう、まだやっとんのか」


「最終確認です」


「もう完成して一か月やろ」


「そうですけど」


「下検査も終わってるやん」


「二週間前にな」


 西村は机の上に置かれた竣工写真を一枚手に取った。


「これ、綺麗にできてるやん」


「せやろ」


 佐伯は少し誇らしげだった。


 写真の中には、完成した道路が写っている。


 アスファルトは均一。


 継ぎ目も綺麗。


 道路端部も整っている。


 現場で働いてきた人間からすれば、それは単なる写真ではない。


 何週間もかけて施工してきた結果だった。


「これ見たら、もう十分ちゃうん?」


 西村が言った。


「俺もそう思う」


「ほんなら、何をそんなに気にしてんねん」


「検査官や」


「黒田さん?」


「そう」


 西村が苦笑する。


「あの人、細かいからな」


「細かいだけやったらええねん」


「何が?」


「現場見たがるやろ」


「ああ……」


 西村も苦笑した。


「確かに、あの人は現場好きやな」


「好きいうレベルちゃうで」


「そうか?」


「昨日も言うてたぞ。『現場を確認します』って」


「まあ、検査官やからな」


「せやけど写真あるやん」


「写真は写真や」


 西村はそう言って笑った。


 そのときだった。


 現場事務所のドアが開いた。


「おはようございます」


 黒田だった。


「おはようございます」


 佐伯たちは一斉に立ち上がる。


「検査資料、確認させてもらってもいいですか?」


「もちろんです」


 佐伯は資料を差し出した。


 黒田は席に座り、一枚ずつ確認していく。


 ページをめくる音だけが事務所に響く。


 佐伯は黙って見ていた。


 黒田は早くない。


 しかし遅くもない。


 淡々と、確実に確認していく。


「品質管理については……」


「はい」


「こちらの試験結果」


「はい」


「問題ありませんね」


「ありがとうございます」


「出来形管理も……」


 黒田が資料をめくる。


「こちらも問題ありません」


 佐伯の肩から少し力が抜けた。


「ほんなら……」


 佐伯が口を開く。


「はい?」


「大丈夫そうですね」


 黒田が顔を上げる。


「書類上は問題ありません」


「……書類上は?」


 佐伯が聞き返す。


「はい」


 黒田は机の上に置かれていた竣工写真を見る。


「写真も確認します」


「はい」


 写真を一枚ずつ確認。


「施工前」


「はい」


「施工中」


「はい」


「舗装完了」


「はい」


「完成状況」


「はい」


 黒田は最後の写真をじっと見た。


「綺麗ですね」


 佐伯は笑った。


「そうでしょう」


「施工状態も良いと思います」


「ありがとうございます」


 そこで佐伯は思い切って聞いた。


「……ほんなら、現場はもう大丈夫ですよね?」


 黒田が佐伯を見る。


「現場?」


「はい」


「明日の竣工検査では、現場も確認します」


「…………」


 佐伯の笑顔が消えた。


「いや……」


「はい?」


「写真、こんだけありますやん」


「ありますね」


「下検査も終わってますやん」


「終わっています」


「完成してから一か月経ってますやん」


「はい」


「ほんなら……」


 佐伯は少し間を置いた。


「写真で分かるんちゃいます?」


 事務所が静かになった。


 美咲が俯いている。


 西村は笑いをこらえている。


 黒田だけが真顔だった。


「写真では確認できないことがあります」


「例えば?」


「現場の状態です」


「……」


 佐伯は言葉を失った。


 黒田は何事もなかったかのように、次の資料を確認し始める。


 その時、窓の外から強い風が吹いた。


 ガタガタと窓が鳴る。


 美咲が外を見る。


「風、強くなってきましたね」


 西村も窓を見る。


「台風、ほんまに来るんか」


 佐伯は天気予報を確認した。


 台風は、昨日よりさらに大阪へ近づいている。


「……明日、検査やぞ」


「そうですね」


「大丈夫なんかな」


 美咲が答える。


「天気予報では、明日の朝には通過するみたいですよ」


「通過したら大丈夫か?」


「たぶん……」


「『たぶん』って言うなや」


 佐伯は苦笑した。


 しかし、その笑顔の奥には不安があった。


 工事は完成している。


 書類もある。


 写真もある。


 下検査も終わっている。


 何も問題はない。


 ただ一つ。


 明日の朝、現場がどうなっているのか。


 それだけが分からなかった。


 そして黒田は、窓の外を見ながら静かに言った。


「明日、現場を確認しましょう」


 佐伯は小さく呟いた。


「……頼むから、普通に検査させてくれや」


 外では、風がさらに強くなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。