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撃てば、お前からも消える 〜才能がないと切られた39歳、S級の切り札を一度だけ奪って人類最強を空席にする〜  作者: ヲワ・おわり


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ああ、あんたか


「関係者以外、立ち入り禁止です」


 湾岸第一ダンジョンの関係者ゲートで、警備の男にそう言われた。


 昨日まで、俺はここの関係者だった。


 作業着を返したので、今日は私服で来ている。色の褪せたポロシャツとチノパン。それだけの違いで、通れなくなった。


「柏木といいます。第三資材置き場の」

「探索者証を」

「持っていません」

「では、業者証を」

「昨日、返しました」


 警備の男は、あからさまに面倒そうな顔をしなかった。それが逆に応えた。彼にとってこれは日常で、面倒がるほどの出来事ですらない。


「では、お引き取りください」


 俺は動かなかった。


 ゲートの向こうに、探索者が三人出てきて、こちらを見ずに通り過ぎていった。


「あの、中に用事が」

「ご用件は?」

「知り合いに、会いに」

「どなたですか」

「九条巽さん」


 警備の男の表情が、初めて動いた。


「お約束は」

「ありません」

「ご関係は」


 答えられなかった。


 六日前に胸倉を掴まれた、と言ったところで、それは関係とは呼ばない。


   ◇


 肩を掴まれた。


 掴まれた、と認識したときには、俺の身体はゲートから五メートル離れた歩道に置かれていた。


 景色が飛んだ。走ったのでも、引きずられたのでもない。間に何もない。


 尻餅をついてから、腰と背中が遅れて痛んだ。折れている肋に響いて、しばらく息が浅くなった。


 警備の男が、俺の前に立っていた。息も乱れていない。汗もかいていない。五メートルを、歩数ゼロで移動した人間の顔ではなかった。


「困りますよ。九条さんの名前を出す方、一日に何人も来るんです」


 それはそうだろうと思った。


「ここで待たれても、出てこられませんので」


 男はゲートに戻っていった。


 俺は歩道に座ったまま、左の掌を開いた。


「鑑定」


   名前:柏木湊

   スキル:

   ・間合い喰い

   ・硬化

   ・疾走


 三行。


 増えた。


 増えて、入りたい場所には入れないままだった。


   ◇


 歩道に立って、待つことにした。


 時計を見ると、午前十時。取材の予定は午後二時。四時間ある。


 六月の晴れ間で、湾岸のアスファルトが熱を持ち始めていた。日陰がない。防潮堤のコンクリートに背中を預けると、シャツ越しに熱が伝わってきた。


 肋が折れている。中手骨が三本折れている。腰を打った。座ると痛むので、立っていた。


 四時間、俺は何もしなかった。


 これは、慣れている。


 十一年、俺の仕事の半分は待つことだった。荷が下りてくるのを待つ。手が空くのを待つ。誰かが通り過ぎるのを待つ。待っているあいだ、誰も俺に話しかけない。


 午前十一時、コンビニのおにぎりを一つ食べた。梅。百十円。財布の中身を数えてから、二つ目はやめた。


 正午、ゲートから出てきた集団に、九条はいなかった。


 その集団の一人が、こちらを見て足を止めた。昨日、俺を蹴ったB級だった。


 男は俺の顔を三秒ほど見て、それから思い出せなかったらしく、仲間に呼ばれて行った。


 昨日、この男は俺の肋を折った。今日はもう覚えていない。


 午後一時、テレビ局の中継車が二台入っていった。ケーブルを引く作業員が三人、走り回っていた。あの仕事も日雇いだ。二年前まで、俺も月に何度か回されていた。


 午後一時四十分、人が集まりはじめた。カメラを持った人間が七、八人。一般の見物客が二十人ほど。


 俺は人垣の最前列に出た。


 誰も俺を押しのけなかった。誰も俺を見なかった。


 最前列は、いつも空いている。前に出ようとする人間が、意外に少ないからだ。


 隣に立った女子高生が二人、スマートフォンを構えて話していた。


「九条って、こないだの配信で新人切ったやつだよね」

「才能ないなら来るなってやつでしょ。正論じゃない?」

「まあね。あたしも来ないし」


 二人は笑った。悪気はなかった。


 俺は防潮堤側に半歩ずれて、日差しを避けた。避けたところで、日陰はどこにもなかった。


   ◇


 午後二時十分。


 ゲートが開いて、九条巽が出てきた。


 シャッターの音が連続で鳴った。「九条さん、こちらへ」「今日の踏破について一言」


 九条は歩きながら答えていた。声が低くて、遠くまでは届かない。付き人が二人、記者の列を横から抑えている。


 俺は最前列に立ったまま、九条を見ていた。


 三メートルまで来た。


 目が合った。


 合って、そのまま流れた。


 睨まれたのでも、無視されたのでもない。見る、という動作そのものが起きていなかった。カメラの列を確認する途中で、たまたま俺の顔がその範囲に入っただけだ。


 俺は一歩、前に出た。


「柏木です」


 声が出た。思ったより小さかった。


「第三資材置き場の、柏木です」


 九条の足が止まった。


 記者たちが一斉にこちらを向く。


 九条は俺を見て、二秒か三秒、何かを探していた。


 探しているのが分かった。名前と、顔と、用件を、順番に照合しようとしている。


 六日前、この男は俺の胸倉を掴んだ。掴んで、悪い、と言って手を離した。


 その三つのうち、一つも出てこなかったらしい。


 それから言った。


「ああ」


 それだけだった。


「元気でな」


 周りの記者が、何人か笑った。愛想笑いだった。誰も俺が何者かを聞かなかった。


 付き人が「九条さん」と促した。九条は歩き出した。


   ◇


 車の前で、九条が一度止まった。


 上着の内ポケットに手を入れて、何かを取り出しかけた。


 黒い、手のひらほどの手帳だった。角が擦り切れて、輪ゴムで留めてある。表紙の端が白く毛羽立っていた。


 新しい装備を毎シーズン入れ替える男が、その手帳だけは買い替えていない。


 九条はそれを開かなかった。指で厚みを確かめるように一度だけ持ち直して、ポケットに戻した。


「九条さん、時間が」

「ああ」


 ドアを開けながら、九条は俺のほうを見ずに言った。


「あんた、あそこ辞めたんだってな。よかったよ」


 俺は返事をしなかった。


「あそこは危ない。三層とつながってる」


 ドアが閉まって、車が出ていった。


 記者たちが散っていく。誰も俺に何も聞かなかった。いま九条が誰に話しかけたのか、確認する人間すらいなかった。


 女子高生の二人が、撮った動画を見返しながら歩いていった。「顔、ちっちゃ」「加工いる?」


   ◇


 歩道に、俺一人が残った。


 怒りは来なかった。


 来ると思っていた。六日前から、来るのを待っていた気さえする。


 代わりに、はっきりしたことが一つある。


 あの男は俺を嫌っていない。恨んでもいない。憎むほどの関心を、最初から持っていない。


 俺は、風景だ。


 搬入路の段差や、通路の照明や、置きっぱなしの台車と同じだ。位置を把握して、避ける経路を計算して、それで終わる。


 風景は、壊しても誰も気づかない。


 俺は掌を握った。


「――だったら、こっちも同じにする」


 声に出してから、自分でも意外だった。何かを宣言するような言い方は、十一年したことがない。


 開いた掌に、三行。


 硬化。疾走。間合い喰い。


 そのうち一枚は、いま車で走り去った男のものだ。


 あの男は、それを俺が持っていることを知らない。


 知らないまま、明日も明後日も、同じように歩くだろう。


 俺は防潮堤に背中を預けた。コンクリートは、まだ熱かった。


 問題は変わっていない。


 撃つには、あの男の正面に立つ必要がある。今日、正面に立った。三メートルまで近づいた。


 それでも、あの男は俺に触らなかった。


 風景に触る人間はいない。


 仕掛けても駄目だった。名乗っても駄目だった。


 あの男が俺に手を出すのは、六日前に一度だけあった。


 あのときは、俺が背を向けて、部屋を出ようとしたときだ。


 立ち去ろうとしたときに、掴まれた。


 俺は防潮堤から背中を離した。


 やり方が、一つ思い当たった。


 あと一枚、S級の間合いに入る手段がいる。


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