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撃てば、お前からも消える 〜才能がないと切られた39歳、S級の切り札を一度だけ奪って人類最強を空席にする〜  作者: ヲワ・おわり


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出ないんだよ


「出ないんだよ、剛腕が!」


 協会一階のロビーに入った瞬間、その声が耳に飛び込んできた。


 総合受付のカウンターに、若い男が身を乗り出している。装備は新しい。B級の腕章。


 昨日、俺の肩を押した男だった。


 俺は列の最後尾についた。順番待ちの札を取る。番号は四十一番。表示は二十三番。しばらくかかる。


 右手には割り箸とガムテープが巻いてある。医者に行く前に寄った。順番が来るのを待つ間に、指はどんどん腫れていく。


「昨日まで出てたんですよ。ずっと。三年ずっと」

「槙原さま。落ち着いてください」


 受付の職員は困った顔をしていた。声を落とそうとして、落ちていない。


「タグの不具合ということでしたら、交換いたしますが」

「タグじゃない。俺の話をしてる」


 職員が奥の誰かに目配せをした。奥から出てきた年配の職員が、槙原の前に立った。


「体調不良でスキルの発現が鈍ることはございます。三日ほど休養を取られて、それでも同じでしたら」

「三日? 明日、深層の依頼が入ってるんだよ。俺が抜けたらパーティが組めない」

「では、パーティの方にご相談いただいて」

「相談してどうすんだよ。俺が抜けるって言うのか」


 年配の職員が黙った。答えられない質問だからだ。


 槙原がタグを叩きつけるようにカウンターに置いた。金属の薄い板が、天板の上で二回跳ねた。


「見てください。触って、鑑定って言うだけでしょう。ほら」


 槙原がタグに指を当てた。ロビーの空気が、一瞬だけ静かになる。


「鑑定」


 何も起きなかった。


 俺の位置からは、彼の掌が見えた。何も浮かんでいない。


「……もう一回」


「鑑定」


 やはり何も出ない。


 三回目のとき、槙原の声が裏返った。


   ◇


 後ろの列がざわつき始めた。


「聞いた? スキル出ないって」

「寝不足だろ。昨日も遅くまで潜ってたって聞いたぞ」

「B級で慢心すると、ああなるんだよな」


 誰も、本気で心配していない。


 声のほうを見ると、探索者が四人ほど固まって笑っていた。そのうちの一人が、スマートフォンを構えている。撮っている。


 俺は列の中に立ったまま、それを見ていた。


 昨日、この男は俺を二メートル飛ばして「悪い、手加減がな」と言った。仲間が遺品を踏んでも止めなかった。


 いま彼は、カウンターに両手をついて、二十四くらいの若さで、声を裏返している。


 どちらも同じ人間だ。片方だけを見て話す人間が、ロビーには多すぎる。


 槙原は精密鑑定を勧められて、地下二階へ降りていった。エレベーターの扉が閉まる直前、彼が振り向いた。ロビー中が彼を見ていた。


 俺の番号はまだ二十番以上先だった。空いた席に座ると、隣の作業着の男が缶コーヒーを一口飲んで、こちらの右手を見た。


「やったな、それ」

「はい」

「うちは先週、腰やられたのが二人」


 それだけ言って、男はまた前を向いた。業者同士の会話はだいたいこの長さで終わる。


 三十分ほどして、槙原が戻ってきた。


 手に紙を一枚持っている。


 俺の番号はまだ呼ばれていない。だから、彼が受付の前を通り過ぎるとき、その紙が見えた。


 様式は知っている。年に一度、十一回、俺が受け取ってきたものと同じだ。


 判定の欄に、四文字が印字されていた。


 該当なし。


 槙原はそれを二つ折りにもせず、丸めもせず、指の先でつまんだまま出口へ歩いていった。仲間の三人が追いかけていく。「おい槙原」「ちょっと待てって」


 自動ドアが開いて、閉じた。


 誰かが小さく笑った。


 俺は自分の右手を見た。割り箸が三本、テープで留めてある。


 この手が昨日、鉄を凹ませた。


 凹ませた力は、あの男から出ていた。


   ◇


 番号が呼ばれるまで、あと十五番あった。


 俺は壁際のベンチに移った。窓口の掲示板に、協会規定の改訂告知が貼ってある。読むものが他にない。


 細かい字が並んでいた。手数料の改定、保険等級の見直し、書式変更。


 その中に、削除でも改訂でもない条文が一つ引用されていた。


 第四十一条。保有スキルの喪失が確認された場合、当該探索者のランク認定はこれを取り消す。


 下に注記があった。〈本条は制度発足時より適用実績なし〉


 適用実績なし。十一年、一度も使われていない。


 制度を作った人間は、スキルが消えることがあると思っていた。思っていたから条文を用意した。用意して、十一年間、誰もそれを開かなかった。


 俺は掲示板の隣に目を移した。今年の鑑定受付日程が貼ってある。六月二十七日。俺の受付日だ。


 あと一週間。


 地下二階、鑑定課。あの階に降りると、待合の椅子が七つ並んでいる。座面のクッションが左から三番目だけ潰れている。十一年、俺はいつもそこに座った。


 背中で、受付の呼び出しが鳴った。四十一番。


 立ち上がる。ベンチの座面が、汗で湿っていた。


   ◇


 整形外科の待合室は、協会より人が少なかった。


 テレビがついている。夕方のニュース番組で、ダンジョン関連の特集をやっていた。人類最強と呼ばれる十九人のS級を、写真付きで並べている。


 左から三番目に、九条巽がいた。


 右手のレントゲンを撮って、三本とも骨折だと言われた。中手骨。全治四週間。金属の添え木で固定されて、包帯を巻かれた。


「何をしたらこうなるんですか」

「ぶつけました」

「鉄か何かに?」

「そんなところです」


 医者はカルテに何か書いた。それ以上は聞かなかった。この地区の整形外科は、探索者と業者の怪我を毎日見ている。理由を聞いてもきりがないと知っている。


「無理に使うと変形して残ります。四週間、右手は無いものと思ってください」

「わかりました」


 治療費は八千円と少し。通帳の残高が四十六万円になった。


 帰り道、雨は上がっていた。


 湾岸の道は、乾きかけたアスファルトから湯気が立っている。六月の夕方の匂いだ。


 歩きながら、頭の中で三行を並べた。


 殴られると、増える。


 撃つと、消える。


 撃つと、あっちからも消える。


 三行目は、今日確かめた。


 槙原が三年持っていたものが、俺が鉄を殴った十秒のうちに無くなった。あの男はもうB級ではいられない。掲示板の第四十一条が、たぶん彼のところに行く。制度発足から一度も使われていない条文が。


 俺がやった。


 そのことに、名前をつけられなかった。


 悪いことをした、とは思っていない。あの男は昨日、俺を二メートル飛ばして謝りながら通り過ぎた。仲間が遺品を踏んでも止めなかった。


 ただ、あの紙を指先でつまんで歩いていく背中を、俺は十一年見てきた側だ。


 どっちの側にも立てないまま、俺は歩いていた。


 信号待ちで、コンビニの窓に自分が映った。包帯を吊った四十間近の男が、作業着で立っている。


 この顔を、槙原は覚えていないだろう。昨日押した相手の顔なんて、覚える理由がない。


 俺も十一年、誰の記憶にも残らずにやってきた。


 それが今日、初めて役に立った。俺があの場にいたことを、誰も結びつけない。


   ◇


 アパートに戻って、包帯の上から掌を見た。


「鑑定」


   名前:柏木湊

   スキル:

   ・間合い喰い


 一行。


 昨日から、これだけは減っていない。


 俺は窓を開けた。濡れた金網の匂いが入ってくる。


 三十四階の会議室で、あの男は俺の胸倉を掴んだ。


 三歩ぶんの距離が消えた。


 あれが、この一行だ。


 あの男から取ったものが、いま俺の手の中にある。撃てば、俺の手から消える。


 あの男からも、消える。


 S級から、消える。


 テレビで並んでいた十九人が、十八人になる。


 俺は窓の桟に額をつけた。金属が冷たかった。


 右手は四週間使えない。金は四十六万円。仕事は今週で終わる。


 条件は何ひとつ揃っていない。


 それでも、掌の一行だけは減らない。誰にも取られない。使うまで、そこにある。


 まだ撃っていない。


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