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撃てば、お前からも消える 〜才能がないと切られた39歳、S級の切り札を一度だけ奪って人類最強を空席にする〜  作者: ヲワ・おわり


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五枚の下


 コンビニを出たら、路地の入口に若い男が立っていた。


 三日前から、ずっと同じ男がいる。


 置き場のシャッターの外で名前を呼んだのも、この男だ。あの日は結局、俺は出なかった。


 夕立の前の空気だった。雲が低くて、湿っていて、風がない。


「戸嶋です」


 男が名乗った。


「……戸嶋」


「あ、はい。戸嶋律っていいます。C級です」


 その名字を、俺は先週聞いたばかりだった。


 地下二階の鑑定室で、五年間、俺の判定を読み上げてきた人の名字だ。


 偶然かもしれない。よくある名字ではないが、無いわけでもない。


 俺は何も言わなかった。


 聞けば済む話だった。鑑定課に戸嶋さんという方はご親族ですか、と。


 聞かなかった。


 聞いて、そうです、と言われたときに、どうすればいいのか分からなかったからだ。


   ◇


「俺、『天啓』の日雇いで、あんたを見てろって言われてて」


 律はそう言った。


 隠す気がまるでない。


「見てて、どうするんですか」


「わかんないっす」


 律はコンビニの袋を持ち替えた。中身は缶コーヒーが二本見えていた。


「所在確認って言われました。写真撮って送るだけ。それで一日一万五千円」


 一万五千円。


 俺の日雇いは八千円で、片手だと六千円になる。


「触るなとも言われてます。絶対に触るなって、それだけは何回も言われました」


「そうですか」


「あの、なんで俺がこんな話するかっていうと」


 律は言葉を探していた。


「三日、見てて。あんた、何もしてないんで」


   ◇


「毎日、置き場行って、荷物運んで、帰ってるだけで」


 律は歩きながら喋った。俺が歩き出したので、ついてきた。


「スキル喰いって聞いてたんで、もっとこう、なんか」


「なんか」


「わかんないっす。悪いことしてるんだと思ってました」


 空が鳴った。夕立が来る。


「俺、C級で三年止まってて」


 聞いていないことを喋りはじめた。


「同期はもうAとかBとかで。俺のスキル、灯しっていうんですけど」


「灯し」


「暗いところで、味方の位置が互いに分かるんです。それだけです。攻撃も防御もできません」


 律は笑った。笑うと、余計に若く見えた。


「役に立つでしょう、って言われたことないっす」


「暗いところに入る仕事なら、要るでしょう」


 俺が言うと、律は少し黙った。


「……ないんですよ、そういう仕事」


「ないですか」


「深いとこ行くパーティは、みんな照明持ってます。金があるんで。灯しが要るのは、照明が壊れたときだけです」


 缶コーヒーの袋が、律の手の中で鳴った。


「照明が壊れるようなパーティに、C級は雇われないんです」


 筋の通った話だった。


 役に立つ場面が、構造的に来ない。そういう能力が、この世界にはある。


   ◇


 大通りに出たところで、街灯が一斉に落ちた。


 三十メートルほどの範囲が、同時に暗くなった。


 夕立の雲で、もともと暗かった。そこから、完全に暗くなった。


 停電にしては、区画の切れ方が正確すぎた。


 この通りは商店街の外れで、街灯の系統が三つに分かれている。十一年、荷を運びながら見てきた道だ。三系統が同時に落ちる故障は、聞いたことがない。


「え、なに」


 律の声が上ずった。


 次の瞬間、反射で動いた。


   ◇


 律の身体から、淡い光が広がった。


 明るくなったのではない。


 道も、塀も、電柱も、暗いままだ。


 人だけが、見えるようになった。


 地面から数センチ浮いたところに、人の形をした光が散っている。律の位置。俺の位置。それから、路地の入口に三つ、ビルの陰に一つ。


 照明としては、何の役にも立たない。足元も見えない。


 味方がどこにいるかだけが、分かる。


 自分の位置が、光っていた。


「あっ」


 律が口を押さえた。


「ごめん、これ、俺、癖で」


 暗くなったら点ける。三年、そうやって生きてきた癖だ。


 俺の掌に、五枚目が入った。


   ◇


 路地の陰から、人が出てきた。


 防具はつけていない。私服の男が一人。三十代くらい。


 男は何も言わずに、右手を振った。


 空気が鳴った。


 金属の糸が、俺の胴と両腕に巻きついた。


 細い。髪より少し太いくらいの線が、何十本も束になって、俺を縛り上げていく。ギプスごと右腕が締められて、骨の中で何かが動いた。


 声は出さなかった。


 その瞬間だった。


   ◇


 右の掌の一番上で、何かが剥がれた。


 撃ったわけではない。使ったわけでもない。


 六枚目が入ったのと、ほとんど同時だった。


 入れ物の縁から、一番古いものが押し出されて、落ちて、消えた。


 硬化だった。


 『天啓』の搬入口で、俺の肋を折った男から取ったものだ。


 一度も使っていない。


 誰にも返っていない。


 ただ、無くなった。


 あの男は、明日も自分の脚を鉄にできる。取られたことも、返ってきたことも知らない。


 俺だけが、一枚失った。


 入れ物に入りきらなかったものは、どこにも行かずに消える。


 撃ったときと同じだ。撃っても消える。溢れても消える。


 俺の手を通ったものは、どちらにしても、この世界から減っていく。


   ◇


 糸が締まった。


 男は無言だった。俺を殺す気はないらしい。締め上げて、動きを止めて、それで終わりにするつもりの力加減だった。


 俺は撃たなかった。


 撃てば、この場は抜けられる。火弾でも縮地でも、たぶん抜けられる。


 撃った瞬間に、身体が壊れる。


 鉄の箱を殴って指が三本折れた。S級を殴って前腕が折れた。


 いま撃てば、この糸の中で、動けない身体だけが残る。


 それに、撃てば一枚減る。


 二十日以上かけて四枚にした。そのうち一枚は、たった今、撃たれもせずに消えた。


 残りを、こんなところで使うわけにはいかない。


 だから、別のことをした。


   ◇


 右腕を、引き抜いた。


 ギプスの表面と皮膚のあいだに、まだ隙間がある。汗で濡れていた。


 腕を捻って、肩から先を糸の輪から抜いた。


 ギプスの縁が肘の内側を削って、骨がずれる感触がした。


 声は出さなかった。


 抜けた右腕を支点にして、身体を回した。糸が緩んだところから、胴を抜いた。


 地面に転がった。膝と肩を打った。


 立ち上がって、走った。


   ◇


「なんで逃げないんすか!」


 律の声が、後ろから追いかけてきた。


「逃げてます」


 俺は走りながら答えた。


 男は追ってこなかった。


 路地の入口で立ち止まって、こちらを見ているだけだった。


 任務は、たぶん威嚇までだ。捕まえろとも、壊せとも言われていない。鷹取源三は自分では手を汚さない。雇った人間にも、汚させない。


   ◇


 三本目の路地を曲がったところで、夕立が落ちてきた。


 止まった。息が入ってこない。右腕が肩から先まで熱を持っている。


 塀に背中をつけて、雨を浴びた。


 左手で、右の掌を開いた。


「鑑定」


   名前:柏木湊

   スキル:

   ・疾走

   ・火弾

   ・縮地

   ・灯し

   ・鉄糸


 五行。


 増えて、減った。


 硬化が無い。


 撃っていないのに無くなった。あの男に返ることもなく、ただ消えた。


 入れ物には、限りがあるらしい。


   ◇


 そこまで考えて、指先が止まった。


 五行を、上から順に数え直した。


 疾走、火弾、縮地、灯し、鉄糸。


 五つ。それ以上は入らない。今日それが分かった。


 分かったうえで。


 五枚の下に、何かある。


 数えられない。掴めない。名前も出ない。


 六枚目の縁が押し出されたとき、押し出された先とは別の方向に、もっと深いところがあった気がした。


 雨が包帯に染みていた。


 俺は掌を握って、開いた。


 五行しか出ない。


 もう一度、強く呼んだ。半分あきらめて呟くと出ない、という性質は分かっている。今度は本気で呼んだ。


 やはり五行だった。


 六行目は出ない。出ないのに、そこにある。


 目を閉じてみた。雨の音だけになった。


 掌の感覚だけを残すと、五つの熱の下に、もっと冷たいものがある気がした。


 気がした、で終わった。掴めるものは何もなかった。


 それでも、ずっと前からそこにあった気がした。


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