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終末の白百合駅~陰キャな私が一人で廃駅を直していたら、なぜか美少女たちが住み着いて離れてくれない~  作者: すかいはい
第1部 廃駅に、最初の住人。

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第9駅 食堂を作ろう。

 白百合駅の朝。


 千景《ちかげ》が駅務室から出ると、ひよりが机を囲んで何かを考えていた。


「……何してるの?」

「間取りを考えてる……!」

「ま、間取り?」


 ひよりは紙を広げた。駅舎の古い見取り図らしい。


「ここ」


 指差したのは、駅舎の一角。昔は待合スペースの一部だった場所だ。


「ここを食堂にできないかなって」

「し、食堂!?」

「うん」

「前はキッチンを作るって言ってたよね。二人しかいないし、それでいいんじゃ……」

「二人いるからいいの」


 ひよりは迷いなく答えた。


「毎日ご飯食べるでしょ?」

「た、食べるけど」

「じゃあ、食堂は必要だよ」

「食べられれば別にどこでも同じなんじゃ。屋根さえあれば雨風はしのげるし……」

「同じじゃないです! 食事の環境は心の栄養に直結するの!」

「……まあ、理屈は分かる」

「でしょ?」


 千景は見取り図を覗き込んだ。確かに、ひよりの言う待合室ならば改装できそうだった。


 床は多少傷んでいる。壁も汚れている。でも、屋根は比較的無事。駅務室からも近い。水道も引ける。


「……やれるかもな」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ、決まり!」


 ひよりが嬉しそうに笑う。


「今日は食堂を作ろう!」

「行動力あるなぁ」


 千景は苦笑したが、その笑みはどこか楽しげでもあった。


 * * *


 最初にしたのは、掃除だった。


 椅子をどかす。古い掲示物を外す。床を掃く。窓を拭く。壁の汚れを落とす。


「これ、何のポスター?」


 ひよりが古い紙を持ち上げた。


「昔の観光案内だと思う」

「へぇ……。どこだろうね、ここ。カミトって読むのかな。それとも、ジント?」

「コウベ、だったと思う」


 色あせた写真には、『神戸』と書かれた海沿いの街が写っている。今ではもう、そこがどんな場所だったのかは千景にも分からない。


「よく知ってるね、千景ちゃん」

「母に教えられたんだ。日本のあちこちの地名。まあ、もう役に立たない知識だけどね。……名前を知ってても行けるわけじゃないし」

「いやいや! いつかまた行けるようになるかもしれないじゃん!」


 ひよりは明るく笑う。その笑顔を見ていると本当にその言葉通りになりそうな気がしてくるから不思議だった。


 ポスターを眺めながらひよりが言う。


「千景ちゃん、これも飾ろうよ」

「……その場所もポスターが作られた頃とは変わっちゃってると思うよ」

「でも、これも昔の白百合駅にあったものなんでしょ?」

「そうだとは思うけど」

「じゃあ、残そうよ」


 千景は少し考えた。


「……そうだね」


 捨てずに、壁の端へ残しておく。古びたポスターと、修復された壁。


 昔の駅と、今の駅。その二つが同じ空間に並んだ。


「うん。いい感じ!」


 ひよりが頷く。千景も同じように頷いた。


「次は机だ!」

「うん」


 二人で倉庫から古い机を運び出す。足が一本、少しぐらついていた。


「これ、直せる?」

「直すよ」

「お願い」


 千景が工具を取り出す。ネジを締め直し、足の接合部を補強する。


「はい」

「おお。あっという間!」


 ひよりが机を押す。今度は動かない。


「すごい!」

「ふ、普通だよ」

「でも、私にはできないし。やっぱり千景ちゃんはすごいよ!」


 また褒められた。千景は少しだけ視線を逸《そ》らす。


「別にすごくないって。前にひよりちゃんが言ってたみたいに、ただの役割分担だから……」

「役割分担?」

「うん、言ってたでしょ。私は機械のことが分かるから直す担当で、ひよりちゃんは……」

「私は?」

「料理がすごく上手くて」

「うん」

「農業が得意で」

「うん」

「美人で優しくて明るくて」

「う、うん?」


 ひよりの顔が徐々に赤くなる。


「頭が良くて行動力があってオシャレで」

「ち、ちょっと……」

「コミュニケーション能力が高くて合理的な考え方ができていつも前向きな……」


 ひよりはとうとう真っ赤になった。


「ま、待って、待って! それ役割じゃないから!」

「でも、どれも私にはないものだよ」

「千景ちゃんだって私にないものをいっぱい持ってるよ!」

「そうかなぁ」

「そうなの! いいから片付けするよ!」


 ひよりは千景に背を向け、雑巾を手に取った。


 * * *


 昼過ぎ。小さな食堂が完成した。


 大きな設備はない。机が一つ。椅子が四脚。簡単な棚。調理台。水場。


 壁には昔の観光ポスター。


 窓際には、ひよりが拾ってきた小さな瓶に、駅前で見つけた枯れ草が飾られている。


 千景は入口から中を見た。


「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 昨日までここは、何でもない空間だった。


 ただの古い待合所。


 今は――。


「食堂だね」


 ひよりが隣で言った。


「うん」

「まあ、まだ二人だけだけど」

「……そう考えたら椅子は四つも要らなかったなぁ」

「あと二人は座れるってことだよ!」


 ひよりが嬉しそうに笑う。


「そのうち、誰か来るかもしれないね」


 その言葉が、千景の胸に小さく波紋を広げた。


「……誰も来ないよ。こんな何もない駅」

「でも、私が来たよ?」


 ひよりが、悪戯っぽく首を傾げる。その真っ直ぐな視線に射抜かれ、千景は言葉に詰まった。


 そうだ。ここは『人が来ない場所』だったはずなのだ。千景にとって誰かが来るというのは、少し前までなら避けたいことだったのだから。


 けれど、ひよりがやって来て、居座って、こうして誰かを迎える準備までしている。今は空いている椅子を見ていると、そこに誰かが座る未来まで想像してしまう。


 これも、きっとひよりの影響なのだろう。


「千景ちゃん、これからは毎日一緒にここで食べようよ」

「毎日?」

「うん」

「私は別に部屋で食べてもいいけど……」

「駄目」

「な、なんで」

「せっかく食堂を作ったんだもん」

「……なるほど」

「朝ご飯と、昼ご飯と、晩ご飯!」

「一日に三食も……」

「できる範囲でいいから。ね?」

「……分かった」

「ほんと?」

「うん」


 ひよりが笑った。


「じゃあ、決まりだ」


 千景は拒まなかった。


 * * *


 夜、二人は食堂の机に向かい合って座っていた。


 今日の食事は、保存食を少しアレンジしただけの簡単なものだった。けれど、食堂で食べると、昨日までより少しだけ違って見える。


「いただきます」

「い、いただきます」


 ひよりが食べ始める。千景も続く。


「……ここで食べると、ちょっと特別な感じするね」

「そう?」

「うん」


 ひよりは周囲を見る。


 明かり。机。椅子。壁の古いポスター。


「ほら、ちゃんとした食堂みたいだよ」

「まだ二人だけだけど」

「二人もいるじゃん!」

「……そうだね」


 千景はスープを一口飲んだ。


「……美味しい」

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ、明日も作るね」

「お願い」

「即答だ」

「美味しかったから」


 ひよりが笑う。


「じゃあ、毎日作ってあげるよ」

「……うん」


 その時だった。


 ――カタン。


 外から音がした。


 千景の手が止まる。ひよりも顔を上げた。


 もう一度、音が響く。


 ――ガタン。


 何かを動かしたような音だった。駅前の方からだ。


「……風かな?」


 ひよりが小声で言う。


「分からない」


 千景は立ち上がった。


「ひよりちゃんはここにいて。危ないかもしれないから」

「でも」

「どこかに隠れていて」


 千景はひよりを制し、テーブルの陰に身を隠させる。そして、作業着のポケットに忍ばせている重いレンチをしっかりと握り直した。


 二人だけの静かな夜が、突如として不穏な空気に包まれ始めていた。

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