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終末の白百合駅~陰キャな私が一人で廃駅を直していたら、なぜか美少女たちが住み着いて離れてくれない~  作者: すかいはい
第1部 廃駅に、最初の住人。

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第5駅 千景とひよりの部屋を作ろう。

 千景《ちかげ》は、旧駅長室の前に立っていた。


「……よし。やるか」


 部屋の中を見回す。昨日までは、物置同然だった。


 工具。部品。古い書類。


 使う予定もない機械のパーツ。壊れたランタン。予備の配線。


 そして、なぜか母親から渡された昔の切符まである。


「……なんで取っておいたんだろう」

「千景ちゃん」


 後ろから声がした。


 振り返る。ひよりが箒を持って立っていた。


「片付けるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、私もやる」

「でも、こっちの部屋は私の私物が多いから」

「いいじゃん。こういうの、ちょっと楽しそう」


 ひよりはそう言って、部屋の中へ入る。そして腕を組んだまま立ち尽くした。


「……なるほど。思ったより多いね」

「……うん」

「この工具は?」

「必要だから」

「こっちの部品」

「必要だから」

「謎の箱」

「……たぶん必要」

「たぶん!?」


 ひよりが箱を持ち上げ、蓋を開ける。


「……古いネジしか入ってないよ?」

「いつか使うかもしれない」

「何年も使ってないのに?」


 千景は黙った。ひよりが笑う。


「なるほどな。千景ちゃんがどんな人なのか少しずつ分かってきたよ」

「どういう人?」

「物を捨てられない人」

「そ、それは違う……と思う……」

「じゃあ、何?」

「使える物を捨てない人……?」

「それはどっちも同じじゃない?」

「ち、違う……」


 千景は真顔だった。ひよりがまた笑った。


「じゃあ、これは捨てないね」


 古いネジの箱を元に戻す。


「こっちのは使えるもの?」

「まだ使える」

「じゃあ、残そう」


 そんな風に一つずつ部屋の中を片付けていった。


 * * *


 昼過ぎまでかけて、ようやく床が見えるようになった。


 壁際には工具棚。反対側には資料箱。作業机は窓の近くに移した。


「ベッド、ここでいい?」


 ひよりが聞く。


「うん」


 古い簡易ベッドを壁際に置く。毛布を敷く。小さな棚を一つ置く。


 それだけだった。けれど――。


 千景は、その部屋を見回した。


 昨日までとは違う。ちゃんと自分の部屋に見える。


「悪くないね」


 ひよりが言った。


「うん」

「千景ちゃんっぽい」

「どういう意味?」

「なんというか、物が多い」

「け、貶《けな》してる……?」

「物は多いけど、ちゃんと整理されてる!」

「そ、それならいいかな」


 千景は机の上に、一つの物を置いた。古い携帯端末。かつて母から渡されたものだった。


 その携帯端末を見て、ひよりが聞く。


「これって千景ちゃんの大事なもの?」

「たぶん」

「たぶん?」

「……母が使ってたから」


 千景は端末を見つめた。


「駅の設備とか、昔の鉄道の話とか。小さいころからずっと聞いてた」

「へえ」


 ひよりは、それ以上聞かなかった。


「じゃあ、これからも大切にしないとね」


 そう言って、小さな布を敷き、端末をその上に置き直した。


「……何してるの?」

「これが傷つかないようにって思って」

「……ありがとう」


 千景は少しだけ目を逸《そ》らした。


 自分の物に勝手に触られるのは、本来なら苦手だった。でも、ひよりの触り方には、嫌な感じがしなかった。


 むしろ自分が大事にしているものを、同じように大事にしてくれている。そんな気がした。


「じゃあ、次は私の部屋だ!」


 ひよりが駅の資料を指差す。


「旧宿直室。使っていいんだよね?」

「うん」

「私の荷物も運び込んじゃって大丈夫?」

「もちろん。置く場所、必要でしょ」

「やった!」


 ひよりは荷車から荷物を運び込んだ。


 小さな鞄。着替え。種の入った袋。古い農具。水筒。料理道具。


 それから、小さな木箱。


「……これもひよりちゃんの?」


 千景がその小箱を見つめる。


「開けてもいいよ」


 手に取ってみると、中には、何枚かの写真と、小さな髪留めが入っていた。


「……写真?」

「お父さんとお母さん。昔、撮ったやつなんだ」

「大事なもの?」

「うん」


 ひよりは少し照れたように笑った。


「それはそこの棚の上に置いてもらってもいいかな」

「……うん」


 千景はひよりを真似て丁寧に布を敷くと、その上に木箱を置いた。


 白百合駅の中に、ひよりの種や写真が増えていく。


 その光景を見て千景は、ふと気づいた。この駅にあるのは、もう自分の物だけではない。なんとなく不思議だった。


 嫌ではない。むしろ空っぽだった場所に、色が増えたような気がした。


「千景ちゃん?」

「……何でもない」

「そう?」

「うん」


 ひよりは、それ以上聞かなかった。


 ただ、自分の荷物を小さくまとめて部屋の隅に置いた。


 * * *


 夕刻。二人は駅長室の天井を見上げていた。


「次は屋根だね」


 穴が三つ。――いや、よく見ると四つある。


「ふ、増えてるー!?」

「昨日までは三つだったの?」

「た、たぶん」

「たぶんなんだ」


 千景は工具箱を開いた。


「とりあえず応急修繕だけしよう」

「できる?」

「雨をしのぐくらいならできると思う」

「じゃあ、お願い!」


 二人で屋根裏へ上がる。


 古い梁を確認し、崩れかけた板を交換する。ひよりが部品を渡し、千景が固定する。


 時々、ひよりの髪が風で揺れる。


「そこ、押さえて」

「こう?」

「もう少し右」

「ここ?」

「うん」


 カチリと音がする。固定された。


「できた」

「すごい!」

「……まだ一部だけだよ」

「それでもすごいよ!」


 千景は黙った。


「また困ってる?」

「……ちょっとね」

「褒められるの、まだ慣れてないんだね」

「うん」

「じゃあ、少しずつ慣れてね。私、これからも千景ちゃんのこといっぱい褒めるから!」

「ど、努力する」


 ひよりは笑った。


 * * *


 夜になり、駅長室に戻る。


 雨漏りは、とりあえず止まった。


 床も片付いた。


 ベッドもある。机もある。棚もある。


 そして、すぐ近くにはひよりの部屋がある。


 千景は部屋の入口から中を見た。


 少し前まで、ただの物置だった。


 今はちゃんと、自分が帰ってきたいと思える場所になりつつある。


「千景ちゃん」

「なに?」


 ひよりが横に立つ。


「ここ、いいね」

「……うん」

「白百合駅、少しずつ家になってる」

「そうかも」


 その時、駅舎のスピーカーから、無機質な音声が流れた。


『居住空間の整備、および屋根の修繕を確認。白百合駅の総合判定レベルが生存可能から居住可能に上昇しました!』


「居住可能……!」


 ひよりが嬉しそうに呟く。


「だったら」


 ひよりが指を一本立てる。


「次は、お風呂だね!」

「……は?」


 千景の口から、間の抜けた声が漏れた。


「だって、私たち二人とも埃《ほこり》と油で真っ黒だよ!? このままじゃ、せっかく綺麗にした部屋がまた汚れちゃうし、何より気持ち悪い!」

「いや、でも、風呂なんて別に……水は出るわけだし……」

「お風呂は文明の利器です! 心と体の洗濯です! 千景ちゃんなら作れるよね!?」


 ひよりがぐいぐいと迫ってくる。千景はその勢いに完全に押され、ついに頷いてしまった。


「……給湯設備のバイパスをいじれば、お湯は作れる、かも」

「やったー! さすが千景ちゃん! 魔法使い!」


 ひよりが千景の手を取ってぴょんぴょんと跳ねる。


「……今日はもう時間も遅いし、明日の朝でもいい?」

「全然いいよ! お風呂に入れるならそれで!」

「……じゃあ、一晩だけ我慢してね」

「うん!」


 千景は、激しく上下に揺さぶられながら、心の中で大きなため息をついた。


 ――どうして彼女に頼まれると、つい引き受けてしまうのだろう。


 しかし、千景の口元は、微かに綻《ほころ》んでいる。


 なんとなく天井を見上げた。


 電気はある。水もある。寝る場所もできた。


 でも、どうやら白百合駅には、まだまだ必要なものがあるらしい。


 ひよりの笑い声が、駅舎いっぱいに響いていた。


 千景は少しだけ微笑む。


 廃駅だった場所に少しずつ生活が増えていく。


 そして次はお風呂だった。

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