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終末の白百合駅~陰キャな私が一人で廃駅を直していたら、なぜか美少女たちが住み着いて離れてくれない~  作者: すかいはい
第1部 廃駅に、最初の住人。

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15/17

第15駅 白百合駅の看板。

 翌朝。白百合駅の資材置き場には、昨日回収した部品が並んでいた。


 配管。電線。ボルト。交換用フィルター。そして、簡易整備ユニットから外してきた制御装置。


「……これだけあれば、しばらくは大丈夫」


 千景《ちかげ》は棚を見ながら呟いた。


「しばらく?」

「二週間か、三週間くらい」

「じゃあ、また探しに行くの?」

「必要になったらね」


 ひよりはじっとりとした視線で千景を見つめた。


「……次は絶対に一人で行動しないでよ」

「わ、分かってるってば」

「なら、よろしい。じゃあ、今日は何する?」

「設備の整理をしよう」


 千景は昨日のことを思い出した。


 界塵《かいじん》。不安定な道。切れた通信。


 ひよりのお弁当がなければ、本当に遭難して行き倒れていたかもしれない。


 千景は棚の奥を見た。


「とりあえず通信設備をなんとかしよう」

「通信設備……?」

「昨日、途中でユリとの通信が切れたから」

『そうです。通信品質の改善を要求します』


 YURIが即座に反応してくる。


「主張の強いAIだなぁ」

『積極的と言ってください。私からの改善案を提示します』


 端末に簡単な図が表示された。


 駅舎の外に中継アンテナを設置すれば、周辺との通信が安定するらしい。


「これならできそう」

「じゃあ、やろうよ!」


 ひよりがすぐに答える。


「うん」


 二人で作業を始めた。


 古いアンテナを修復する。電源を接続する。屋根の上に固定する。昨日回収した部品も使った。


 昼頃にはYURIが報告した。


『通信範囲が拡大しました』

「どのくらい?」

『白百合駅周辺での規格通信の安定化を確認しました』

「……よかった」


 千景は空を見上げた。


 昨日より、遠くまでつながる。それだけで少し安心できる。


「まだお昼だけど、今日はもう終わりにしようか」

「うん」


 ひよりが笑った。


 帰り際、千景は駅舎の入口に立った。


「……すっかり擦り切れてるなぁ」


 目の前にあるのは、古びた駅名標だった。


 駅の入口脇。長い間、風雨に晒《さら》されていたせいで、文字は掠《かす》れている。


 白い塗装は剥がれ、板の一部にはひびが入っていた。けれど、辛うじて読める。


 ――白百合駅。


「ねえ、千景ちゃん」


 後ろからひよりが言った。


「うん?」

「これ、ずっと気になってたんだ」

「そうなの?」

「だって、ここがどこなのか分からないみたいじゃん」

「……別に、誰が来るわけでもないんだから、看板なんて読めなくてもいいと思うけどなぁ」


 千景がそう口にすると、ひよりはわざとらしく人差し指を振った。


「誰も来ないからこそ、だよ! ここは私たちの大切な『家』なんだから、ちゃんと表札くらい出しとかないと!」

「表札かぁ。……まあ、いいけど」


 ひよりは駅名標に近づいた。指で、掠れた文字をなぞる。


 ――白百合駅。


 千景も彼女を真似するように指先で駅名票を撫でた。


「……白百合駅、か」


 その名前はよく知っている。


 もちろんここで生まれたわけではないけれど。


 子どもの頃、母に連れられて一度だけ来た。その時もこの駅には、その名前が書かれていた。


「懐かしいな」


 千景が呟く。


「千景ちゃん、来たことあるんだっけ」

「昔、一度だけね」

「お母さんとって言ってたよね」

「うん」


 ひよりは、それ以上聞かなかった。


 ただ、小さく微笑む。


「じゃあ、ちゃんと直そうよ。これも千景ちゃんの大切な思い出でしょ?」


 穏やかにそう言った。


 * * *


 まずは駅名標を外す。固定金具が錆びている。


「これ、かなり古いね」

「最低でも十七年以上は前のものだから」

「そりゃあ古いか」


 千景は工具を使って、慎重に金具を外した。駅名標を作業台へ運ぶ。


「文字はどうする?」

「上から塗り直そうと思ってる」

「できるの?」

「簡単な塗装ならね」

「さすが!」

「……っ」


 千景は一瞬、手を止めた。


「……ひよりちゃんはそうやってすぐ褒める」

「褒めるよ。千景ちゃんの素敵なところは何でも褒めてあげる。そろそろ慣れてきた?」

「ち、ちょっとだけ」

「慣れて偉いよ、千景ちゃん!」

「そういうのはいいって……」


 ひよりが笑った。


 二人で古い塗装を落とす。表面を磨く。ひび割れた部分を補修する。そして新しい塗料を薄く塗る。


 千景は、ひよりの真剣な横顔を見つめた。鼻の頭に少しペンキがついていることにも気づいていない。


 どうしてこんなに楽しそうなのだろうと思う。


 千景にとって、修理や修復は『生存確率を上げるためのタスク』だった。


 しかし、ひよりは生活を彩ること、場所を美しく整えることを、心から楽しんでいる。


 その姿を見ていると、千景の中の『タスク』という認識が、徐々に別のものへと変わっていくような気がした。


「……ひよりちゃん。ここ、もう少し手直ししていい?」

「いいよ。千景ちゃん、やる?」


 ひよりが刷毛《はけ》を渡す。


「ありがとう」

「どこ? この辺?」

「そう」

「……ねえ。今さらだけど、文字ってこの色だった?」

「たぶん合ってるんじゃないかなぁ」

「またたぶんだ」

「昔の資料、完全じゃないから」

「じゃあ、千景ちゃんの記憶で決めちゃおうよ」

「……それでいいなら」

「全然いいと思うよ!」


 しばらくして駅名標は、少しずつ元の姿を取り戻していった。


 完全に新品というわけではない。傷も残っている。


 けれど、そこにははっきりと文字がある。


 ――白百合駅。


「……できた」


 千景が呟く。


「うん」


 ひよりが笑った。


「きれい」


 千景も少しだけ頷く。


 その文字を見ていると不思議な気持ちになる。


 今まで、千景はここをただの廃駅だと思っていた。


 修理する対象。使えそうだから使っている建物。それくらいに思っていた。


 でも、名前を取り戻した瞬間、ここが急に『場所』として意味を持った気がした。


「……白百合駅、か」


 千景が声に出す。


「うん」

「白百合駅だね」

「そうだよ」


 ひよりが嬉しそうに笑った。


 * * *


 作業は駅名標の修復だけでは終わらなかった。


 千景は古い案内表示も確認する。


 出口。待合室。駅務室。ところどころ文字が消えている。


「せっかくだし、これも直そう」


 ひよりは少し目を丸くする。


「どうしたの、千景ちゃん。急にやる気じゃん」

「……なんか気になっちゃって」

「いいと思うよ。やろう!」


 二人は古い案内板を一つずつ修復していった。


 文字を読み取る。必要な場所を確認する。壊れた板を取り替える。剥がれた表示を付け直す。


 作業をしている間、ひよりは何度も『白百合駅』という言葉を口にした。


 そのたびに千景も少しだけ嬉しくなった。


「千景ちゃん」

「なに?」

「私、この駅好き」

「……っ」


 まるで自分に向かって言われているような気になり、微かに頬が赤くなった。千景は返事をしなかった。


「最初は廃駅だと思ってたんだけどね」

「今も、まだ壊れてはいるよ」

「うん」


 ひよりは笑った。


「でも、明かりがついて」


 指を一本立てる。


「水が出て」


 二本目。


「お風呂ができて」


 三本目。


「畑もできて」


 四本目。


「食堂もある」

「……うん」

「それに」


 ひよりは千景を見る。


「千景ちゃんがいる」


 千景は、少しだけ視線を逸らした。


「だから好き」


 ひよりは、どこかはにかんだような笑顔でそう言う。


 その言葉に何と返せばいいのか分からなかった。けれど――。


「……私もこの駅、好きだな」


 気づけば、そう言っていた。


 ひよりの顔がぱっと明るくなる。


「両想いだ!」

「そ、その言い方、合ってる?」

「合ってるよ! 両想い!」

「……うん」


 ひよりが嬉しそうに笑った。


 千景は少し恥ずかしくなって、駅名標に視線を戻した。


 自分がこの場所を好きだと、初めてはっきり認めた気がした。


 * * *


 夕方。修復した駅名標を、駅の入口に戻す。


 新しい金具で固定する。千景が最後のボルトを締める。


 ひよりが少し離れた場所から見る。


「どう?」

「うん」


 ――白百合駅。


 文字がはっきり見える。


 入口の古い案内表示も新しくなった。外灯も少し増えた。


 駅前はまだ完全には片付いていない。それでも以前とは大違いだ。


「遠くからもちゃんと見えるね」


 ひよりが言った。


「……そうだね」


 千景は駅前の道を見る。


 少し先まで行く。


 振り返る。


 夕方の光の中、駅名標が思ったよりもよく見えた。


 ――白百合駅。


「これなら、ここが駅だって分かる」

「うん」

「誰かが通りかかったら」


 千景が言う。


「ここに人がいるって、分かるかもしれない」


 その言葉にひよりが明るい声で言う。


「気づいた人が来てくれるといいね!」


 それを聞いた千景は少し考え込んだ。


 以前なら絶対にそんなことは思わなかった。人が来ないことが、千景にとっては理想だったから。


 でも、今は違う。


「……うん。誰か来るといいね」


 駅名標を見ながらそう答えた。


 白百合駅の名前は長い間、風雨に晒されていた。


 でも今日、もう一度、誰かに見つけてもらえる名前になった。


『駅名標の復旧を確認しました』


 YURIが告げる。


『案内表示の更新も完了しました。ありがとうございます』

「……ど、どういたしまして」

「変なやり取り」


 そばで聞いていたひよりが笑った。そして、駅名標を見上げる。


「ねえ、千景ちゃん」

「なに?」

「私たち、明日も明後日もここにいるよね?」


 千景は、一瞬だけ考えてから答えた。


「……もちろん。私は、ずっとひよりちゃんと一緒にいるよ」

「そっか」


 ひよりは微笑むと、千景の方に身を寄せる。


 彼女の笑顔を見ながら千景はもう一度、駅名標を見た。


 ――白百合駅。


 自分が誰にも会わないために選んだ場所。


 でも、今は、誰かに見つけてほしいと思える場所になりつつあった。


 その日の夜。遠く離れた道からでも『白百合駅』の文字が、微かな灯りに照らされて見えていた。

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