第12駅 足りないものを探しに。
翌朝。千景は、資材棚の前で腕を組んでいた。
「……足りないよなぁ」
棚には、鉄板。ボルト。配線。古い工具。予備のフィルター。いくつかの部品。
どれも少ない。少なすぎる。
当たり前の話だが、白百合駅を直すたびに使える部品が減っていく。
昨日、屋根の穴を見つけて応急修繕をした。その前は浴室。さらにその前は給水設備。
そして、今はさらなる修理が必要になっていた。
原因は昨夜のあの人影だ。万が一のことを考えれば今のうちに警備を強化しておきたい。
「鍵の交換部品も要るし」
千景は小さく呟いた。
「外灯のケーブルも足りない」
さらに。
「ひよりちゃんの畑に給水設備を作るなら、配管も必要」
工具箱を開け、中身を見る。予備部品は、もうほとんど残っていない。
「……探しに行かないと」
「何を?」
背後から、ひよりの声がした。千景が慌てて振り返る。
「お、おはよう」
「おはよう~」
ひよりは眠そうに目をこすりながら、千景の隣まで来た。
「何か問題でもあったの?」
「資材が足りないんだ」
「そうなの?」
「うん」
千景は棚を指差した。
「このまま修復を続けると、部品がなくなる」
「じゃあ……買いに行く? それか物々交換とか」
千景は少し黙った。
「この手の部品は買えるところなんてないんだよね」
「……あ、そっか。そうだよね」
かつての人類文明が滅びてからというもの工業製品や機械類が新しく生産されることはなくなった。もちろんそれに付随する部品もだ。千景の言葉で、ひよりもその事実に気づいたらしい。
「でも、それじゃあどうするの? 手に入れようがなくない?」
「だから、探しに行こうと思うんだ」
ひよりが目を丸くする。
「探しに行くって……駅の外にってこと?」
「もちろん。近くの施設なら、まだ使える設備が残ってるかもしれない」
千景は古い端末を起動した。
白百合駅周辺の地図が表示される。
十年以上前の情報だ。ところどころ欠損している。それでも、いくつか施設の名前が残っていた。
「北側に、昔の資材集積所がある」
「資材集積所?」
「駅や線路の修理に使う部品を置いていた場所」
「じゃあ、そこに行けば――」
「うん。何か見つかるかもしれない」
ひよりが嬉しそうに身を乗り出した。
「じゃあ、行こうよ!」
「……え?」
「私も行く!」
千景は即座に答えた。
「駄目」
「なんで?」
「危険な場所かもしれない。……だから、私が一人で行く」
ひよりが黙った。
千景は地図を見る。
「この前、灰犬がいた。一匹だったからよかったけど、群れだったら危ない」
「……うん」
「界塵の濃度も、駅から離れると予測がつかない」
「分かってるよ」
「だったら――」
千景は言葉を止めた。ひよりが、じっとこちらを見ている。
「千景ちゃん。私が足手まといになるから嫌なの?」
「ち、違うよ」
「じゃあ、何?」
「それは……」
千景は答えられなかった。
危険だから。その言葉だけではない。
もっと別の――自分でも説明しづらい理由。
「……ひよりちゃんが、怪我したら困るから」
「え?」
「だから、連れて行きたくない」
千景は視線を逸らした。
ひよりが少しだけ目を見開く。
「……っ、千景ちゃんのバカ!」
「えっ」
「気持ちは嬉しいけど、だからって千景ちゃんが一人で危険な目にあっていい理由にはならないでしょ! 千景ちゃんに何かあったら、この駅で待ってる私はどうなるの!?」
ひよりが、千景の作業着の袖をぎゅっと掴む。
「……この間、約束したよね。一人で行かないって。これも一緒だよ」
その手は、あの夜、灰犬の気配に怯えていた時と同じように震えていた。
「私も一緒に行く。……置いていかないで」
ひよりの上目遣いでの懇願。千景は、その瞳の奥にある真剣な不安を見て、小さく息を吐いた。
「……分かった。でも、絶対に私の後ろを歩くこと。少しでも危ないと思ったら、すぐに駅に引き返す。約束できる?」
「うんっ! 約束する!」
観念したように息を吐いた千景を見て、ひよりはパッと花が咲いたように表情を輝かせた。
「それじゃあ、お弁当と水筒の準備してくるね。探検だ!」
千景は、その背中を見送りながら、やれやれと首を振った。結局、この押しに弱いのだ。
『……生体反応スキャン、異常なし。駅周辺の安全は確保されています』
YURIの音声が響く。
「ユリ。私たちは少し外に出る。駅のシステムはスタンバイモードに。もし異常生物が接近したら、設備の照明や音で威嚇して」
『了解しました。探索ルートを設定しますか?』
「お願い」
YURIが地図上に線を引く。距離にして約三キロほどだ。
「最短距離で四十分くらいか。思ったより近いな」
『ただし、旧施設周辺の環境情報は不明です』
「……それは怖いかも」
不安がよぎる。やはり、ひよりは置いていくべきだろうか。
だが、そんなことを言えば、またあの可愛らしい顔を不満そうにしかめるに違いない。
「……大丈夫。きっと何も起きない」
千景は小さく頭を振り、余計な思考を打ち消した。
* * *
千景は、ひよりとともに駅の外へ出た。
一歩。それだけで。駅の中とは空気が違う。
風が強い。音も多い。
遠くから、何かの鳴き声が聞こえる。
「……やっぱり、外は空気が重いね」
防塵マスク越しに、ひよりが身震いする。
空には薄く界塵が舞っていた。
千景たちは、崩れかけたアスファルトの道を慎重に進む。千景が前を歩き、荷車を引くひよりがその後ろにピタリとくっついて歩いた。
道中、千景は錆びついた標識や、倒壊した建物の骨組みなどをチェックしながら進んだ。
「千景ちゃん、何を探してるの?」
「センサーに使えそうな光電管とか、配線ケーブル。あと、フェンスの支柱になるような鉄骨」
「鉄骨なら、さっきの十字路にいっぱい転がってたよ?」
「あれは腐食が激しくて強度が足りない。もっと屋内……倉庫の中で保存されてたやつじゃないと駄目」
千景の言葉にひよりは感心したように頷く。
「やっぱり千景ちゃんはすごいね。ただのゴミの山から、宝物を見つけ出せるんだもん」
「す、すごくなんかないよ。使えるか使えないか、判断してるだけ」
「その判断ができるのがすごいんだって。私なんて、どっちもただの鉄の棒にしか見えないし」
ひよりが楽しげに笑う。その笑い声を聞いていると、界塵の舞う空気の重さが、少しだけ和らぐような気がした。
「……見えてきた。あそこだと思う」
歩き始めて小一時間。旧資材集積所が視界に入った。
大きな倉庫。半分崩れた壁。錆びた看板。周囲には草が生い茂っている。
「これがそうなの?」
千景は古い端末を確認した。
《旧鉄道資材集積所》
間違いない。
入口は閉じている。けれど、脇に小さな整備用扉があった。
「よかった。建物は崩れてない。中にも入れそう」
千景が安堵の息を漏らす。
「やったね、千景ちゃん!」
ひよりが嬉しそうに千景の背中をつつく。
「よし、慎重に入ろう。ユリ、周辺の生体反応は?」
千景が端末に問いかけるが、酷いノイズ音だけが返ってきた。
「……界塵の濃度が上がって、電波が干渉してるのかな」
千景が舌打ちする。
「ひよりちゃん、気をつけて。ここからは、ユリのサポートはないから」
千景がレンチを握り直す。ひよりも頷き、リュックの肩紐を強く握りしめた。
二人は、薄暗い倉庫の入り口へと、ゆっくりと足を踏み入れた。




