あんまりまとまってないんですけど
『それでは、第2回ワーキンググループミーティングを始めます。今回は私、上田が進行します』
その後の話し合いで、ワーキンググループは週に2回の開催に決まった。
毎回俺が進行して誘導してしまうのも良くないと、進行担当を持ち回りにして欲しいとお願いしていた。
最後に作るレポートが、俺のレポートになっては意味がないのだ。
あくまでも、ワーキンググループの総意でなければならない。
『さて、前回DXとは何ができたら成立するのか、という疑問で終わったかと思いますので、その続きからいきましょう』
前回大枠の道筋は見えたものの、まだ細かい方向性までは見えていない為、今回の進行は以前から交流のある上田さんに頼んだ。
たぶん今回の議題における議事進行役としては、上田さんが最適だと踏んでいた。
進行を任せた理由は至って単純。
『ヒューマンイノベーション課では、データを分析して、デジタル技術を用い、業務を変革する事をDXと定義しています』
『うーん、果たして業務が変革すれば必ずDXと呼べるのでしょうか?』
『業務効率化の為にシステムを導入する事じゃないんですかね?』
『それって今までのSIと何が違うんでしょう?』
『何かこう……業務をより良い形にする事、ですかね……?』
『それだとただの業務改善ではないでしょうか?』
――こういう事である。
いつもニコニコしていて物腰もとても優しいが――何しろ、言葉の意味に厳しい。
俺が課を異動する前に同じチームに所属していて、一緒に仕事をした事もある。
俺は話していても特に気になった事はないが、言葉に弱い人にはかなり容赦なく見えるらしい。
――流石、笑顔の鬼。
同じ仕事についていた頃、不用意に知ったかぶりをした生意気な新人がどうなったか……ここではあえて語るまい。
『うーん、上手い言葉がなかなか見つかりませんね。大竹さん、何かありませんか?』
「そうですね……」
俺は、手元で映していた記事を共有する。
「経済産業省が出している定義では、『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』という事になってますね」
『……意味が全然分からない……』
「ですよね」
心を吐露した田村さんの言葉に賛同する。
これは俺も意味が分からない。
『これまで出てきた言葉としては、データ・デジタル技術・変革辺りが入ってはいますね』
『んー、ただデータ分析とかデジタル技術を使うのってあくまでも手法であって、DXされた状態を表すものではない気もするんですよね』
『DXされた状態、かぁ』
うん。議論の方向性としては良い気がする。
たぶんこの議論は、DXは何の為にやるのかという事を目指している。
そこに答えがある。俺もそう思えていた。
『……あ』
『大野さん? どうしました?』
『あぁいや、こんな記事を見つけまして』
大野さんが画面を共有してきたので、俺は共有を切った。
映し出されたのは、階段状の図。
『情報のデジタル化をして、プロセスの最適化をして、その上で……DXをする、ですか』
『うーん、そうすると業務変革とかっていうのはデジタライゼーション止まりって事になりますね』
そう。ただ変えるだけでは届かない。
ここを避けては、先に進めない。
『うーん……』
『名前だけ見たらデジタルでの変革なんだけどなぁ……』
『SIと何が違うのか……』
皆それぞれに考えが煮詰まってきているようだ。
……視点を変えてみるか。
変革した後に何が残るかと考えてみるとどうなるだろうか。
事業や業務は残る。なくなる訳じゃない。
じゃあ、他に何が残る?
「あ」
『大竹さん?』
自分の中で、少しずつパズルが組み上がっていくような感覚を覚えた。
これはもしかすると……1つの答えになるかもしれない。
「えー……と。ちょっとまだあんまりまとまってないんですけど」
『大丈夫です』
何か事業や業務があったとして。
そこには必ず、それを行う人と、その結果を受け取る人がいるはずだ。
そこに求められるものは。
「……事業や業務を行う人達の体験が最適化されている事……その結果を受け取る人達の体験が最適化されている事……」
これまでのSIではできていなかった事。
それは何だ。
「……現状を可視化して、それを分析する事で次にどうするかを考える為の仕組みがある事……」
俺はいつも、仕事のやり方を見直す時――まず現状を書き出す。
そうして、こうなったらいいじゃんと思える瞬間がある。
それは、何が満たされた時だろう。
考えを巡らせて――言葉を絞り出す。
「……人がやるべき事と、そうでない事がはっきり分かれていて、それが自然に回っている状態……ですかね」
自分なりには、かなり言語化できた気がする。
たぶん今までのIT業界は、どれかが足りなかった。
だから、DXというものが新たに定義された。
そう考えれば、自然だと思えた。
『……』
……あれ。
また無言?
何かおかしな事言ったろうか。
「ど……どうでしょう?」
『……いや、失礼。凄いと思います。私は異論ないです』
上田さんが返答してくれた。
良かった。的外れな事は言ってないらしい。
『はぁーー、なるほど。UXと、AI活用って事ですかね』
『デジタル技術の利用は大前提で、ですね』
『変革って言葉使わなくても説明ってできるんだ……』
『いいと思います。確かにそれなら、デジタライゼーションだけでは足りなさそうです』
えーと。
賛同してくれてるって事でいいんだよな。
何か、理解が中途半端な気もするけど。
間違っている訳ではない。
ただ、俺の中で繋がったものとは、少しずつ焦点がずれている気もした。
『溝井さんはどうですか? あまり発言されていませんが』
『あ、私ですか?』
溝井さんはあなたしかいないと思う。
……まさか聞いてなかったとかないよな。
結構頑張って捻り出したぞ、俺。
『あ、えーと、そうですね。自分は派遣営業なのであんまり関係ないですが、定義としてはいいんじゃないでしょうか』
……ほぅ。
関係ない、と。
……この話、部の事業の話、だよな?
頭の中に、チクリと疼く何かを感じた。
『……じゃあまぁ、定義としてはそれで統一としましょう』
上田さんが場を締める。
……危なかった。
一体何を言い出したのかと詰めに行きそうになった。
こういう時、上田さんは和やかに流してくれる。
一緒に仕事してた時も、何度か助かったなぁと思い出す。
『さて、そうすると次の議題は……』
『今定義したDXをやろうとした時に、今の部とか課でできるのか、ですかね?』
『あ、そうですね。それでいきましょう。今日はもう時間ですから、また次回という事で』
今の部でできるのか、かぁ。
できるとしたら、もうできてるような気もするんだよな。
そうじゃないから、今こんな話をしている訳で。
『えーと、それでは次回の進行担当ですが――』
『あ、自分から1ついいですか』
上田さんが口にした所で、溝井さんが差し込んだ。
『はい?』
『自分、営業なもので、客先に赴く事も多くありまして。会議に必ず参加できる訳でもありませんので、進行の持ち回りから外して頂けますか?』
……おぉ。
そう来るのか。
自分は関係ない発言の上でのこれかい。
普段ならまず間違いなく詰めに行く所ではあるのだが――
「分かりました。じゃあそれで」
――やめておいた。
せっかく、割といい流れで議論ができ始めている所に水を差したくない。
『ありがとうございます』
『それでは今回のミーティングはこれで終わります。お疲れさまでした』
そうして、2回目の会議は終了した。
通話が切れ、画面に映っていた名前が次々と消えていく。
静かになった画面を眺めながら、深く息を吐いた。
……まとまった、のか?
確かに言葉としては揃った。
方向性も、間違ってはいないはずだ。
少なくとも、俺の中では筋が通った。
それでも、どこか噛み合っていない感覚が残っている。
同じ言葉を使っているはずなのに、見ているものが違うような。
――そして。
「関係ない、かぁ……」
口を挟もうと思えば、挟めた。
けれど、やめた。
今この場でそれを指摘したところで、何かが変わる気がしなかったからだ。
……いや、違うか。
変わらないと、分かっていたからかもしれない。
言った所で意味がないと。
――でも、何でそう思ったんだろう。
これまでも、噛み合わない事はあった。
認識がずれていると感じる場面だって、一度や二度じゃない。
けれど、今日のそれは少し違った。
意見が対立したというより、最初から立っている場所が違う。
そんな感覚に近かった。
もしそうなのだとしたら。
俺達は、一体何を共有したつもりでここに集まっているんだろう。
それが何なのか、俺は言葉にできそうになかった。




