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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
何がしたいのか分かりません
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9/26

あんまりまとまってないんですけど

『それでは、第2回ワーキンググループミーティングを始めます。今回は私、上田が進行します』


 その後の話し合いで、ワーキンググループは週に2回の開催に決まった。

 毎回俺が進行して誘導してしまうのも良くないと、進行担当を持ち回りにして欲しいとお願いしていた。


 最後に作るレポートが、俺のレポートになっては意味がないのだ。

 あくまでも、ワーキンググループの総意でなければならない。


『さて、前回DXとは何ができたら成立するのか、という疑問で終わったかと思いますので、その続きからいきましょう』


 前回大枠の道筋は見えたものの、まだ細かい方向性までは見えていない為、今回の進行は以前から交流のある上田さんに頼んだ。


 たぶん今回の議題における議事進行役としては、上田さんが最適だと踏んでいた。


 進行を任せた理由は至って単純。


『ヒューマンイノベーション課では、データを分析して、デジタル技術を用い、業務を変革する事をDXと定義しています』

『うーん、果たして業務が変革すれば必ずDXと呼べるのでしょうか?』


『業務効率化の為にシステムを導入する事じゃないんですかね?』

『それって今までのSIと何が違うんでしょう?』


『何かこう……業務をより良い形にする事、ですかね……?』

『それだとただの業務改善ではないでしょうか?』 


 ――こういう事である。


 いつもニコニコしていて物腰もとても優しいが――何しろ、言葉の意味に厳しい。


 俺が課を異動する前に同じチームに所属していて、一緒に仕事をした事もある。

 俺は話していても特に気になった事はないが、言葉に弱い人にはかなり容赦なく見えるらしい。


 ――流石、笑顔の鬼。


 同じ仕事についていた頃、不用意に知ったかぶりをした生意気な新人がどうなったか……ここではあえて語るまい。


『うーん、上手い言葉がなかなか見つかりませんね。大竹さん、何かありませんか?』

「そうですね……」


 俺は、手元で映していた記事を共有する。


「経済産業省が出している定義では、『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』という事になってますね」

『……意味が全然分からない……』

「ですよね」


 心を吐露した田村さんの言葉に賛同する。

 これは俺も意味が分からない。


『これまで出てきた言葉としては、データ・デジタル技術・変革辺りが入ってはいますね』

『んー、ただデータ分析とかデジタル技術を使うのってあくまでも手法であって、DXされた状態を表すものではない気もするんですよね』

『DXされた状態、かぁ』


 うん。議論の方向性としては良い気がする。


 たぶんこの議論は、DXは何の為にやるのかという事を目指している。


 そこに答えがある。俺もそう思えていた。


『……あ』

『大野さん? どうしました?』

『あぁいや、こんな記事を見つけまして』


 大野さんが画面を共有してきたので、俺は共有を切った。


 映し出されたのは、階段状の図。


情報のデジタル化(デジタイゼーション)をして、プロセスの最適化(デジタライゼーション)をして、その上で……DXデジタルトランスフォーメーションをする、ですか』

『うーん、そうすると業務変革とかっていうのはデジタライゼーション止まりって事になりますね』


 そう。ただ変えるだけでは届かない。


 ここを避けては、先に進めない。


『うーん……』

『名前だけ見たらデジタルでの変革トランスフォーメーションなんだけどなぁ……』

『SIと何が違うのか……』


 皆それぞれに考えが煮詰まってきているようだ。


 ……視点を変えてみるか。


 変革した後に何が残るかと考えてみるとどうなるだろうか。


 事業や業務は残る。なくなる訳じゃない。


 じゃあ、他に何が残る?


「あ」

『大竹さん?』


 自分の中で、少しずつパズルが組み上がっていくような感覚を覚えた。


 これはもしかすると……1つの答えになるかもしれない。


「えー……と。ちょっとまだあんまりまとまってないんですけど」

『大丈夫です』


 何か事業や業務があったとして。


 そこには必ず、それを行う人と、その結果を受け取る人がいるはずだ。


 そこに求められるものは。


「……事業や業務を行う人達の体験が最適化されている事……その結果を受け取る人達の体験が最適化されている事……」


 これまでのSIではできていなかった事。


 それは何だ。


「……現状を可視化して、それを分析する事で次にどうするかを考える為の仕組みがある事……」


 俺はいつも、仕事のやり方を見直す時――まず現状を書き出す。

 そうして、こうなったらいいじゃんと思える瞬間がある。


 それは、何が満たされた時だろう。


 考えを巡らせて――言葉を絞り出す。


「……人がやるべき事と、そうでない事がはっきり分かれていて、それが自然に回っている状態……ですかね」


 自分なりには、かなり言語化できた気がする。


 たぶん今までのIT業界は、どれかが足りなかった。

 だから、DXというものが新たに定義された。


 そう考えれば、自然だと思えた。


『……』


 ……あれ。


 また無言?


 何かおかしな事言ったろうか。


「ど……どうでしょう?」

『……いや、失礼。凄いと思います。私は異論ないです』


 上田さんが返答してくれた。


 良かった。的外れな事は言ってないらしい。


『はぁーー、なるほど。UX(ユーザ体験)と、AI活用って事ですかね』

『デジタル技術の利用は大前提で、ですね』

『変革って言葉使わなくても説明ってできるんだ……』

『いいと思います。確かにそれなら、デジタライゼーションだけでは足りなさそうです』


 えーと。


 賛同してくれてるって事でいいんだよな。


 何か、理解が中途半端な気もするけど。


 間違っている訳ではない。

 ただ、俺の中で繋がったものとは、少しずつ焦点がずれている気もした。


『溝井さんはどうですか? あまり発言されていませんが』

『あ、私ですか?』


 溝井さんはあなたしかいないと思う。


 ……まさか聞いてなかったとかないよな。


 結構頑張って捻り出したぞ、俺。


『あ、えーと、そうですね。自分は派遣営業なのであんまり関係ないですが、定義としてはいいんじゃないでしょうか』


 ……ほぅ。


 関係ない、と。


 ……この話、部の事業の話、だよな?


 頭の中に、チクリと疼く何かを感じた。


『……じゃあまぁ、定義としてはそれで統一としましょう』


 上田さんが場を締める。


 ……危なかった。

 一体何を言い出したのかと詰めに行きそうになった。


 こういう時、上田さんは和やかに流してくれる。

 一緒に仕事してた時も、何度か助かったなぁと思い出す。


『さて、そうすると次の議題は……』

『今定義したDXをやろうとした時に、今の部とか課でできるのか、ですかね?』

『あ、そうですね。それでいきましょう。今日はもう時間ですから、また次回という事で』


 今の部でできるのか、かぁ。


 できるとしたら、もうできてるような気もするんだよな。


 そうじゃないから、今こんな話をしている訳で。


『えーと、それでは次回の進行担当ですが――』

『あ、自分から1ついいですか』


 上田さんが口にした所で、溝井さんが差し込んだ。


『はい?』

『自分、営業なもので、客先に赴く事も多くありまして。会議に必ず参加できる訳でもありませんので、進行の持ち回りから外して頂けますか?』


 ……おぉ。


 そう来るのか。


 自分は関係ない発言の上でのこれかい。


 普段ならまず間違いなく詰めに行く所ではあるのだが――


「分かりました。じゃあそれで」


 ――やめておいた。


 せっかく、割といい流れで議論ができ始めている所に水を差したくない。


『ありがとうございます』

『それでは今回のミーティングはこれで終わります。お疲れさまでした』


 そうして、2回目の会議は終了した。


 通話が切れ、画面に映っていた名前が次々と消えていく。


 静かになった画面を眺めながら、深く息を吐いた。


 ……まとまった、のか?


 確かに言葉としては揃った。

 方向性も、間違ってはいないはずだ。


 少なくとも、俺の中では筋が通った。

 それでも、どこか噛み合っていない感覚が残っている。


 同じ言葉を使っているはずなのに、見ているものが違うような。


 ――そして。


「関係ない、かぁ……」


 口を挟もうと思えば、挟めた。


 けれど、やめた。


 今この場でそれを指摘したところで、何かが変わる気がしなかったからだ。


 ……いや、違うか。


 変わらないと、分かっていたからかもしれない。


 言った所で意味がないと。


 ――でも、何でそう思ったんだろう。


 これまでも、噛み合わない事はあった。

 認識がずれていると感じる場面だって、一度や二度じゃない。


 けれど、今日のそれは少し違った。


 意見が対立したというより、最初から立っている場所が違う。

 そんな感覚に近かった。


 もしそうなのだとしたら。


 俺達は、一体何を共有したつもりでここに集まっているんだろう。


 それが何なのか、俺は言葉にできそうになかった。

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