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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
そんなルールは知りません
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行けなくはないです

 それから半年は、目まぐるしく過ごしていた。


 新しいチームのチームマネージャー――高嶺さんという優秀なエンジニア――と、チームの進め方を何度も話し合った。


 部長の一件で出てきた言葉の中で、唯一大切だと感じたもの――エンゲージメント。

 意味合いとしては愛着心に近いが、本来の意味は違うのではないかというのが高嶺さんとの共通認識だ。


 大切なのは、信頼感とモチベーション。

 最近は色々と難しい言葉で語られる事も多いが、とどの詰まりここだと思うのだ。


 マネジメントを信頼し、マネジメントから尊重され、やる気を引き出せているか。

 それを測る為に、試しにチーム内でアンケートを定期的に回してみる事にした。


 会社単位でまとめてやる所はよく見かけるが、それをチームでやってみよう、という事だ。


 アンケートの結果は、思っていたよりも正直だった。


 ――チームマネージャーが何を考えているのか、直接聞ける環境がありがたい

 ――会議でよく分からないなと思っても質問しづらかったが、補足や自分よりも進んで質問してくれる人がいるので助かる


 そんな言葉が並んでいた。


 もちろん、不満もあった。だが、むしろその方が自然だ。

 少なくとも、見える形になっている。それが重要だった。


 アンケートは言ってしまえば、メンバー達によるマネジメントの評価だ。

 上から評価を下すだけでは、メンバー達からの信頼感は得にくい。


 だから、メンバー側からも評価ができる状態にしようというのがこの取り組みの本質だった。


 そうして、色々な事がありつつも案件もいくつか取れ始め、チームとしてはよく動けていたんじゃないかと思う。


 以前なら、こういう不満は表に出てこなかったのだと思う。


 誰かが思っていても、口には出さない。

 出した所で変わらないと、どこかで諦めている。


 だが今は違う。

 少なくとも、出せば誰かが拾う。

 そう思えている状態にはなっていた。


 その状態を作れていたから、俺は高嶺さんと相談の上で、チーム内の裏方仕事を回す立場を獲得していた。

 半年前に強制出社の件は撤回されていたけれど、いつまた復活するか分からないので対策を打っておくに越した事はなかった。


 だから――部長と課長への警戒は忘れずとも、それらは頭の片隅に追いやっていた。


 そんな中で。


「――弊社の事務所に、ですか?」

『えぇ。可能であれば』


 とある案件で、一度うちの会社の事務所に訪れたいとお客様から言われていた。


『作って頂いたプロトタイプって、御社のサーバで動いているんですよね?』

「はい、そうです。一応そちらの端末でも動かせるように準備を進めておりますが……」

『いやぁお恥ずかしい話、ご用意頂いたものを動かせるまでに時間がかかってしまいそうで。一度動かしてみたいのですよ』


 ふむ。まぁよくある話ではある。


「……分かりました」

『そうですか! いやぁ良かった。楽しみなんですよ』

「ありがとうございます。日程については後日調整させてください。いらっしゃるのは――」


 あれやこれやと話して会議を終える。


 さてどうするかと考えていると、チャット画面に新しいメッセージ。


『ちょっと話しましょうか』


 お呼び出しだ。

 すぐにOKと返信し、再びヘッドセットをつける。


『お疲れさまです、大竹さん』

「高嶺さん、お疲れさまです」


 チームマネージャーの高嶺さん。

 先程のお客様とのプロジェクトのマネージャーも務めている。


「すみません、あの感じで来られると無下にはできないなと思って」

『いや、あれで正解だと思いますよ。ただ……どうしましょうね』


 悩んでいるのは、先程の要望。

 うちの会社の事務所に来たい。


 もちろん会社に事務所はあるし、大きな会議室もあるから場所の確保はできる。


 問題は――


『大竹さん、行けそうです?』


 ――俺の都合がつけられるかだ。


 高嶺さんと、プロジェクトメンバーの――紆余曲折あって課を異動してきた――丸川さんはどちらも遠方。

 参加するには出張申請を通して交通費を確保しなければならない。


 普段は近郊住まいの俺が1人で客先へ行くか、あるいはオンラインかでやり取りをしていた。


 ……正直客先に行く方が近いんだけどな。


「行けなくはないです。ただ、そうすると来訪を午後にして貰う必要がありますが」

『ですよね』


 チームマネージャーの高嶺さんにはもちろん俺の事情は伝えてある。


 事務所までは片道1時間半。流石に午前中の会議に間に合うのは厳しい。


『ほんなら午前中通常通りで、昼休憩前くらいから移動なら行けますかね?』

「はい、それなら行けます」


 それなら問題ない。

 保育園に娘を送って、その後少し仕事して、間に合うように向かうだけなら対応できる。


 普段から客先に行くときはその時だけ移動という形にしている。

 それが入社の時からの約束だと、高嶺さんも理解してくれていた。


 以前にも同じようなケースで同じ対応をした事がある。

 あの時は社内の打ち合わせだったけれど、昼過ぎから移動して自社事務所に向かい、打ち合わせに参加していた。


 そう言えば、あの時は課長もいたな。

 確か、チームでの取り組みを課長に説明する打ち合わせだったか。


 チームでやっているアンケートを、課でもやってみたらどうかと伝えたんだ。

 チームと課で見える景色が違うから、そこに対しての評価はやはり変わってくると伝えたら、意外と賛同されて驚いたっけ。


 あの時も移動が問題になった記憶はない。

 むしろ、対面で話せて良かったと課長から言われた程だ。


 その時と同じ事をするだけ。そう思っていた。


「ただ、16日だけはちょっと難しいです」

『あーあれの日か』

「すみません」

『いえいえ。大変ですもんね』


 娘の保育園の件で、区役所に行かないといけない日があって、その日は休みをとっていた。


 だから、その日以外なら問題はないはずだ。


『10日の13時からなら行けますかね? 今見たら一応そこなら会議室使えそうなんで』


 おぉ。

 うちの事務所の会議室って少ないし、いつも埋まってしまっている印象だったけど。

 ちょうどよく空いていたなら助かる。


「行けます」

『じゃあ、それで行きましょう。会議室はこっちで予約しておきます。一応私と丸川さんの分の出張申請はこっちでしておきますね』

「ありがとうございます。じゃあ俺は自分の移動申請だけしておきますね」

『はいー、それでは』


 そう言って、通話が途絶える。


 別件でどうにも話が通じない人達を相手にしているせいで、高嶺さんとの話が早いのがとても頼もしい。


 さて、そうしたらと。


 社内チャットを開いて、移動申請窓という名のチャットを開く。


 移動予定日時。移動先。目的。

 必要な項目を入力していく。


 後何を入力しないといけないんだったっけ。


 ……いい加減、チャットでの申請ってのやめて欲しいよな。


 チャットだとログが流れてしまって、過去自分が行った申請を探すのが大変だ。

 しかも誰かの雑談や別件の連絡に埋もれてしまうから、確認したい時ほど見つからない。


 毎回思うが、この申請は妙に中途半端だ。

 本来ならワークフローで管理するべきものを、何故かチャットでやっている。


 誰が承認したのか、どこまで通っているのか。

 分かるようで分かりづらい。


 そもそも勤怠管理システムに移動とか出張とかの申請を取り込めばいいのに。

 便利にしたいのか雑に済ませたいのか、正直よく分からない。


 とはいえ、今更どうこう言っても仕方がない。

 このやり方に合わせるしかないのが現状だった。


 一通り必要な項目を入力し、俺は送信ボタンをクリックした。


 申請を出せば、後は承認スタンプが並んで終わる。

 それ以上でもそれ以下でもない手続きだった。


 ……きっと管理職の承認作業を簡単にしたいが為のチャット申請なんだろうな。


 俺の送信直後、ほとんど同時くらいのスピードで、高嶺さんが承認のスタンプをつける。


 よし、後は課長の承認さえ貰えたら、当日向かうだけだ。


 と思っていると。


 俺がした投稿のすぐ下に、課長が入力中である旨のメッセージが出た。


 ……ん? 入力中?


 課長が直接何かを書き込んでくるのは珍しい。


 これまでの申請でも、基本は承認かスタンプだけだった。


 だからこそ、少しだけ引っかかった。


 何か不備でもあったか?

 そう思って入力内容を確認するが、特に間違いは見つからない。


 申請の文面はいつも通りだ。

 さっき過去の申請からコピーしてきたのだから。


 移動先も目的も、曖昧な所はない。

 向かう先が客先ではなく自社事務所なだけで、コピーしてきた元の申請とまったく同じだ。


 日時をミスったかと思ったが、それもない。

 1月10日(金)の12時半から14時。先程高嶺さんと話した通りの内容だ。


 申請としては、何も特別な事はしていない。

 いつも通り必要事項を書いて、いつも通り上長と話を通し、いつも通り承認を待っているだけだ。

 少なくとも俺の認識では、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 だから、なおさら分からなかった。


 少しして、課長からのそのメッセージは俺の眼前に叩き付けられた。


『自社事務所へのコアタイム内の移動は認められません。コアタイム前に間に合うよう調整してください』

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