組織体制を変える事になった
そんな入社から1年半が経った。
色んな事ができる。新しい事ができる。
そんな期待に満ち溢れていた俺の仕事生活は――
「……やっぱしあの時、辞めとけば良かったかなぁ……」
――鬱屈の毎日だった。
たかだか1年半の間に、色々な事があった。
入社して半年も経たない内に、課内の開発職がまとめて別部署に併合されたり。
かと思ったら2ヶ月も経たない内にまた元に戻ったり。
上司がポンポン変わって、やろうとしていた事は完全に梯子を外されたり。
挙句営業が俺に派遣案件を持ってきたり。
単純に嫌気が差して、一度転職も考えた。
だが、転職して1年も経っていなかった事で二の足を踏んだ。
……履歴書に並ぶ在籍期間を思い出す。
前回、それだけで弾かれた会社がいくつあったか。
面接まで進めたのは、ほんの一握りだった。
また同じ事になるのかと思うと、踏み出す気にはなれなかった。
そんな中で、俺は井原さんから引き留めを受けた。
いや正確には、今はまだ辞めるべきではない、と。
井原さんも俺と同じ懸念を持ったのだろう。
その代わり、別の課への異動をこぎ着けてくれた。
「……だからってこれはなぁ……」
新しい部署で俺に割り当てられたのは、社内の人事評価向けシステムの刷新。
古いシステムに色々と問題があるので、新しいシステムに置き換えようというものだ。
仕事のやり方を考え直す――俺がやりたい仕事だった。
俺は意気込んで現状を把握し、どうあるべきかを根本から考えた。
関わる人達の立場ごとにどんな煩わしさを感じているかを調査し、課題を洗い出してその対策を講じ、提案した。
――結果として。
俺の提案は内部のチームマネージャーによって握り潰され、そのマネージャーが提案した今と対して変わらないシステムが採用された。
曰く、評価制度のやり方を根本から覆すものは、作る側として責任を持てない、と。
……それをするのがこの部の仕事だと思うのだが。
目の前の画面に並ぶ、パッと見では何が変わったのか分からない画面。
直前で――チームマネージャーからの一声で――方針を変えられてしまったから仕様書もない。
ないが、見る限り操作方法が少し変わった程度で本質は何も変わっていない。
これで刷新と呼べるのか、どうにも頭を抱えてしまう。
入社してからこっち、誰の何の為にやるのかもよく分からない仕事ばかり。
これでお客様の問題解決なんてできるのかと、ふと手を止めてしまう時間が増えていた。
「あ、そろそろか」
画面の端に通知が表示された。
予定時刻になった事を示すもの。
その通知をクリックすると、画面一杯に大量の窓が開かれた。
『……揃ったかな? じゃあ始めるよ』
チームの日次会議。毎朝オンラインで行うものだ。
窓には冷淡なテキストだけが映っている。
誰も、カメラをONにしようとなんてしない。
俺はこの時間がどうも好きになれない。
会議とは名ばかりで、順番に今の進捗を言っていき、チームマネージャーから周知連絡を受けるだけの時間。
『えぇと、今日は1つ重要な連絡があるんだ』
チームマネージャーが切り出す。
重要な連絡、ね。
それこそ、口頭じゃなくてどこかに書いておくべきなんじゃないかと心の隅がちくりと痛んだ。
『もう6月になった。今月で期末だ。来月から組織体制を変える事になったので、何人かチームから異動する事になるよ』
おいおい。1ヶ月前に言う話か、それは。
仕事の引き継ぎとかどうする気だ。
『――チーム3に大竹さん』
……俺の名前が、呼ばれた。
その後も淡々とチームを異動する面々の名前が並べられる。
あ、これはあれだ。
全員の前で周知する事で、相談の余地を与えないようにするやつだ。
直感的にそう理解する。
『それから、人事異動に伴って、部長と課長が交代する事になった』
部長と課長ねぇ。
そう言えば全体会議で見た事はあるけど、一度も話した事ないな。
『部長にはデジタルデベロップメント課長だった須藤さん、課長にはその下でマネージャーをしていた久利生さんが就く事になる。近々全体に話があるはずだけど、認識しておくように』
その瞬間――心が見えない何かに鷲掴みにされたように感じた。
……須藤さん。
課を異動する前、一時的に課内の開発職が併合される事になった部署の長だった人だ。
その名前を頭の中で反芻すると、嫌な思い出が蘇る。
会社で決められた健康診断の日程で、健康診断に行くという申請をした時は。
――健康診断なんて売上に繋がらないんだから、土日に行ってこい
なんて事を言ってきたし。
自分で決めたのでなく会社からこの日でと指定があったと伝えたら。
――そこは自分で調整しろ
と返ってくる始末だ。
結局俺だけでどうにかできる訳もなく、色んな人を巻き込んだ騒動に発展した。
そう言えば、同僚が体調不良で休暇を取ろうとしたら、内容によっては認めないと言われたって話も聞いたっけ。
1つ1つはそんなに大きな問題ではない。
だが、管理職という権威でもって自分の価値観を押し付ける、そんなタイプに見えていた。
……正直、可能な限り関わり合いになりたくないタイプだ。
『連絡は以上。それじゃあ各自の進捗を――』
会議という名の報告会が淡々と進められていく。
でも――俺の耳にはそのほとんどが入って来なかった。
頭の中が、たった1つの思考に行き着いてしまっていたから。
須藤さんが部長になる。
しかも、その下で働いていたマネージャーが課長になるなんて。
以前は課長だった。それが――今度は部長になる。
背中に、悪寒が走るのを感じた。
何が起きてもおかしくない。
そんな風に考えるのは、決して考え過ぎじゃないと直感していた。
――もしも、今度こそ俺に実害が出るようなら。
すぐにでも転職活動を始めるべきかもしれない。
『おー疲れさまっすー、息してました?』
「勝手に殺すなよぅ」
期が終わりを迎える6月の末。
課異動前から親しくしていた同僚の丸川さんがチャットで時間はあるかと聞いてきた。
年は一回り下だが、妙に話しやすい先輩だった。
入社して最初の案件で一緒になってから、何かと話すようになっている。
チーム異動があるからと仕事を既に終わらせていた俺がいつでもいいよと返すと、すぐに通話が開かれた。
『あれ、意外と大丈夫そうっすね。組織変更の影響とか、あんまない感じです?』
「思いっきりあるよ。チーム変わる事になったし」
けどそれ自体はいい変化だけどねと付け加えると、丸川さんが画面の向こうで怪訝な顔をする。
『……いい変化?』
「あぁいや、新しいチームのマネージャーと話したんだけどさ。結構いい人で」
俺が異動するのは既にあるチームではなく、新しく発足するチームだった。
そこのチームマネージャーになる人から少し前に話そうと誘われて、結果4時間も話し続けるくらいに盛り上がっていた。
俺が仕事のやり方を見つめ直す仕事をしたかったんだと伝えると、チームの在り方や進め方を一緒に考えてくれたら嬉しいと言ってくれていた。
もしかしたら入社した時にやりたかった事ができるかもしれない――そんな気持ちになりつつあった。
『おー、それはいいっすねー』
「棒読みやめれ。んで、どうしたの?」
『あぁそうそうそれなんすけど……ちょっとこれ見て貰えます?』
画面にもう1つ窓が増える。
映し出されていたのは……会議の様子か?
大量の名前テキストだけが並ぶ映像の中で、1人だけカメラがONになっている人がいる。
――須藤さん。
しわくちゃの顔でにっこり笑う姿に、気分が落ちていくのを感じた。
……この人、年の割に元気だよな。
確か既に定年は過ぎていて、再雇用されているんだと聞いていた。
「これ何よ?」
『こないだ一部の人が集められた会議の録画っす。俺も貰い物なんすけど――あ、この後』
何か会議があったなんて話は聞いていない。
一部の人には入らなかったんだろう。
まぁそれ自体はよくある事だ。
丸川さんの言葉に、耳を澄ます。
『――えー、という訳で、世界的に見ても名だたる大企業が出社回帰をしていっていますんで、うちも時流に乗り遅れてはならないと、まぁそういう訳でして』
「……は?」
思わず声が出た。
出社回帰って言ったか、今。
聞き違い、かと思った。
動画から流れる須藤さんの声は皺がれていて、とても聞き取りにくかったから。
だが、画面越しの丸川さんは頭を横に振るう。
どうやら聞き違いではないらしい。
『全社員強制出社という事なのでしょうか?』
『いや、現時点では案件稼働していない人を対象にします。事務所の席数も限られているので、全員というのは今すぐは無理なんで』
『何の為に出社させるのでしょうか?』
『組織のエンゲージメント向上の為です』
『出社して何をするのでしょうか?』
『それは各リーダーと相談してください』
動画の中で、名前も分からない数人が質問をしていた。
須藤さんはそれに返答する。
世界の名だたる大企業。
出社回帰。
案件稼働していない人。
強制出社。
エンゲージメント向上。
何とか聞き取れた言葉を頭の中で反芻する。
そうこうしている内に、映像は途切れた。
……だめだ。どう頑張っても頭の中で繋がってくれない。
何をどう繋げれば、あの結論になるのだろうか。




