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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
もはや大して興味はありません
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25/26

相変わらずですか

 そして、迎えた送別会の日。


 19時開始だと伝えられたので、仕事を少し早めに切り上げた。

 普段の生活ではほとんど使う事のない電車に揺られ、その場所へ向かう。


 早めに着くようにとは思っていた。

 行った事がない場所に行くと、俺はよく迷うから。


 それが、こんな形になるとは思っていなかった。


「……誰も、いないんかい」


 まさかの、一番乗りになってしまった。


 ギリギリ10人入るくらいの半個室に通される。


 仕方ない、としばらく待っていると。


「あれ……?」


 帽子を目深に被り、マスクをしている女性が姿を表す。


 俺の顔を見ながら、何やら頭の中で疑問と戦っているようだ。


「お久し振りです、旗本さん」

「……もしかして、大竹さん?」

「です。実際にお会いするのは1年半振りですね」

「わぁ! 大竹さん、来てくれたんですね!」


 パッと見で俺だと分からなかったらしい。


 ……半年前と見た目は大して変わってないはずだけどな。


 それから。


「あれ、大竹さん!?」

「高嶺さん、お久し振りです」

「何や、皆店の前で待ってたのに……先に上がってたんですか」

「俺が来た時には誰もいなかったんで」

「相変わらずやな」


 続々と、見知った顔が増えていく。


 たった半年。

 その程度の期間しか、空いていない。


 懐かしさを感じる程でもない。


 ただ何か……外から来た人感が強かった。


 いや、間違ってはいないのだけれど。


「さて。それではこの度は。ひっじょーーーに遺憾な事ながら旗本さんが退職されるという事で」

「いや高嶺さん残念がり過ぎ」

「しゃーないやん、ほんまに残念なんやし。けどま、細やかながら感謝の意を込めて、送別会を開きたいと思います」

「ありがとうございます」

「「「かんぱーい!」」」


 そうして、送別会が始まった。


「いやーん! 旗本さんがいなくなっちゃうの寂しいですー!」

「旗本さんはうちらの姐御でしたからね」

「いや、私を姐御って呼んでくるの大体私より年上なんですけど」

「何かこう、旗本さんって一発スパーンッと気持ちいいの入れてくれますよね!」

「言葉の話ね!?」


 旗本さんの話になったり。


「そう言えば、大竹さんって今何してるんですか?」

「そんな大きくは変わってないですよ。あるサービスのプロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャー兼任してたり」

「え、大竹さん、私がいくらプロジェクトマネージャーやってって言うても全然やってくれへんかったのに」

「あの会社でそれやるの、面倒事に首突っ込むのと変わらないんですもん」

「……否定でけへん」

「できないんかい」


 俺の話になったり。


「あの案件の時、佐久間さんには苦労させられたなぁ……」

「いやぁ……あの時は本当に何も分かってなかったなぁって今思います」

「佐久間さん、あの時2年目なりたてだったもんね」

「お恥ずかしい……若気の至りです……」

「「「いや、今でもこの中で一番若いし」」」


 まだ俺がいた頃の話になったり。


「高嶺さん今30人見てるんですって?」

「そうなんですよ。ほんま大竹さん返ってきて欲しいわ」

「それは無理ですけど。人手が足りなくてーってのは大分なくなった感じですか?」

「人手動かす人手がおらんですわ。裏でこそこそ回す人がおらんと、ほんま回りません」

「いや、言い方」


 俺がいなくなった後の話になったり。


 思い思いに話をして。

 酒を酌み交わして。

 美味しいものを食べて。


 そうやって団欒が進んでいく。


 会社についても触れられた。


「あ、大竹さん。そう言えばうちの親会社が買収されたのって知ってます?」

「あぁ、ニュースで見ましたよ。俺が辞める直前に告知もされてましたし」

「あそこからちょっと話が進んで、新しい会社になったんですよ」

「え、会社変わったの?」


 それは知らなかった。


「いくつかの子会社が合併した、って言えばいいんですかね」

「へぇ。何か変わりそうなんですか?」

「何も。結局体制はそのまま併合ですし」


 ……ま、あの会社ならそうか。


「あぁでも、須藤さん次の期末で退職するそうです」

「……確か再雇用だったんでしたっけ?」

「ですです。もう流石に限界だったのか、それとはまた違うのかは分かりませんけど」


 ふぅん。


 ……何だろう。

 久利生さんの事を聞いた時も思ったけど。


 驚くほど、何も感じない。


 もうあの人達は俺の中で、過去の遺物でしかないんだろう。


 ……とりあえず、丸川さんが言っていた内緒の事はこれかと確信する。


「新しい会社が出した方針が、ほんのちょっとだけあの大竹レポートに則ってて笑いました」

「……大竹レポート?」

「あれですよ、ワーキンググループの時の」


 あぁ、あれか。


「則ってるって?」

「価値を生み続ける為にサイクルモデルにせなあかんってやつですね」

「あぁ……」


 そう言えば、そんな事書いたっけ。


「けどあんなん、中身考えへんかったら何の意味もないですわ」

「その辺は相変わらずですか」

「ちゃんと考えるってなったら、まだ後10年は無理でしょうね」

「……それで、変わりそうですか?」


 俺がそう聞くと、少しだけ間が空いた。


「……変わらんと思いますよ」


 苦笑い混じりの声だった。


「変えようとはしてるんですけどね。結局、誰もそこに責任持たんので」

「言い切るなぁ」

「いや実際そうなんですよ。あのレポートも、方向としては間違ってないって皆言ってたじゃないですか」


 まぁ、言っていた気はする。


「けど、じゃあ誰がやるのってなった瞬間、全員黙るんですよ」

「……あぁ」


 それは、何となく想像がついた。


「あのレポート、私も読みましたけど、すっごいまともな事しか書いてなくてビックリしました」

「俺はいつだってまともな事しか言いませんし」

「いやホントそれがよく分かるんですよ。あんなに言語化されたレポート、会社で見た事なくて――」


 その話を聞きながら――どこか、別の世界の事に感じられる。


 俺はもう、そこにはいない。


 それは、もう俺の日常とは交わらない世界の話だった。


 それからも、色んな話をした。


 最近の技術事情とか。

 誰々さんが結婚するらしいとか。


「大竹さんが始めてくれたエンゲージメントアンケート、あったやないですか」


 チーム発足時に始めたやつか。

 そう言えばそんなのもやってたなと思い出す。


「今もやれてるんですか」

「一応は。けど、あの時ほど色んな意見が出てくる事はなくなった気がしますわ」

「意外とねー、意見上げて貰うのも簡単じゃないんで」

「認識はしてたつもりなんですけど、やっぱりあれも誰でもできるもんちゃうんやなって」


 ……そうか?

 別に誰でもできるような気もするけど。


「人一倍今に不満持って。人一倍それを言語化して。そういう人がおらんと、皆言葉にしないんやなと思いました」

「……まぁ、そういう方面の信頼はあったのかもしれませんね」

「そらそうっすよ。久利生さんがワーキンググループに推したんやって、大竹さんなら何かブッ壊してくれそうと思ったかららしいですし」

「ブッ壊せたんだか、そうでもないんだか」

「それはまぁ……これから次第ですわね」


 他愛もない話。


「そう言えば、大竹さんは何で今日来てくれたんですか?」


 旗本さんから言われて、あぁそうだと思い出す。


「大した話じゃないんですけど、言っといた方がいいかなと思って」

「何をです?」


 ポケットから1枚の紙を取り出して見せる。


「退職後の源泉徴収票、乙欄付きで来たりするんで気を付けてくださいね、って」

「え? あ、ホントだ!」

「うわー、面倒な事するなぁ」

「これのせいで、入社後の手続きがちょっと面倒になったんで」

「そうだったんだ……ありがとうございます、気を付けておきますね」

「別枠で確定申告すれば返ってきますから」

「はい!」

「こういうの、辞める時に誰か教えてくれたらいいのにね」

「あの会社にそこまで期待したら負けですよ」

「あー……それはそうかも」

「だからまぁ、一応。最後に面倒が増えると嫌ですし」

「助かります!」


 そんな話をしながら酒は進み。

 グラスを軽く傾けながら、周りの会話をぼんやりと聞く。


 誰かが笑っている。

 別の誰かがそれにツッコミを入れる。


 笑い方も、ツッコミの入り方も、以前とほとんど変わっていなかった。


 卓上には、空いた皿とまだ手の付いていない料理が混ざって並んでいた。

 誰かが勝手によそった唐揚げが小皿に一つ転がっていて、取り皿の端にはソースが少しだけ残っている。

 グラスの中の氷は、話している間に大分小さくなっていた。


 時間はちゃんと過ぎているはずなのに、その場の空気だけが妙に昔のまま取り残されている気がする。


 ただ――その輪の中に、自分がいるのかどうかだけが、少しだけ曖昧だった。

 その中に混ざって笑っていても、もうそこへ戻る事はないのだと、妙に静かな実感だけがあった。


 話しかけられれば応じるし、会話にも入る。

 けれど、自分から何かを広げようという気にはならない。


 ……まぁ、そんなものか。


 段々と、どうでもいい笑い話だけが場を満たしていった。


 気付けば、いくつかの皿は空になり、代わりに新しい料理が運ばれてきていた。

 誰かが注文したであろう品がテーブルに並び、特に相談する事もなく、それぞれが好きに箸を伸ばしていく。


「これ頼んだの誰です?」

「知らん。美味そうやったからええやろ」

「雑ぅ」


 そんなやり取りに、また小さく笑いが起きる。

 グラスを持ち上げると、氷が軽く音を立てた。


 何度目か分からない乾杯が、どこからともなく始まる。


「とりあえず、もう一回乾杯しときます?」

「理由が雑過ぎるやろ」

「いいじゃないですか、送別会なんですし」

「ほな、旗本さんに」

「え、また私ですか?」

「ついでに、大竹さんにも」

「ついでかよ」

「「「かんぱーい」」」


 軽い調子の声が重なり、グラス同士が触れ合う音が広がる。


 その音も、やはりどこか懐かしくて――けれど、少しだけ遠かった。

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