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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
もはや大して興味はありません
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26/26

機関車、かなぁ

「すみません、そろそろお時間になりますので……」

「あ、はーい。皆さん、終わりでーす」


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去るものだ。


 店員に促され、賑やかだった空気が少しずつほどけていく。


「じゃあそろそろ行きますか」


 誰かが言った言葉をきっかけに、場が動き出す。


 席を立つ者。

 上着を探す者。

 テーブルの上に残ったグラスを一気に空ける者。


 さっきまでのまとまりが、少しずつほどけていく。


「うわ、もうこんな時間か」

「早いっすねー」

「全然話し足りんわ」


 そんな声があちこちから上がる。

 けれど、誰もそれを本気で引き留めようとはしない。


 終わる時は、いつもこんなものだ。


 誰かが伝票を持って立ち上がる。

 それをきっかけに、また別の誰かが動く。


 連鎖するように、全員が帰る準備に入っていく。


 ――さっきまであれだけ盛り上がっていたのに。


 少しだけ不思議な感覚だった。


 自分も同じように上着に手を伸ばす。


 けれど、どこか少しだけ動きが遅い。

 急ぐ理由が、もうそこにはなかった。


「そんじゃ、1人5000円です」


 高嶺さんの言葉に、財布を取り出す――


「あ、旗本さんと大竹さんはなしで」


 ――前に、止められた。


「え、旗本さんは主賓だからともかく、俺も?」

「いやぁ……大竹さんの送別会、結局やれてなかったですし」

「はぁ」

「もう忙し過ぎてそれどこでなくて。せっかく来てくれましたし、ここで合わせてって事で」


 ……まぁ、それなら甘んじておくか。

 金を払わなくていいのは、正直嬉しいし。


 会計を済ませ、店を出る。


 来た時にはまだ明るかったが、もうすっかり日が落ちていた。


「そう言えば」


 ぽつりと、誰かが言った。


「最近、あんまり変な事言う人いなくなりましたよ」

「変な事?」

「いや、その……言いづらい事を、普通に言う人っていうか」

「あー……」


 何となく、空気が揺れる。


「前は、何かあったら大竹さんがそのまま言ってたじゃないですか」

「まぁ、言ってましたね」

「今も思ってる人は多分いるんですけど」


 一瞬だけ、言葉を選ぶ間があった。


「――言わなくなっただけっていうか」


 苦笑い。


「……平和にはなりましたけどね」

「それはそれでどうなんですかね」

「知らん」


 小さく笑いが起きる。


「さて。これからまだ飲みに行ける人は行こうかと思うんですけど……どうします?」


 高嶺さんが俺と旗本さんに聞いてくる。


「やめときます。家で娘が待ってるんで」

「私も。旦那に子供任せっぱなしなんで」

「あーそっか、2人とも家庭がありますからね」

「俺もあるんですけどー」

「大和くんは強制」

「何でー?」


 高嶺さんは、こちらに向き直る。


「それでは改めて。大竹さん、旗本さん、これまでお疲れさまでした」

「こちらこそ、お世話になりました」

「これから何があるか分かりませんが……戻ってきたくなったらいつでも戻ってきてくださいね」

「流石にそれはないです」

「高嶺さんが会社立ち上げたりしたら考えるかもしれませんけど」

「ハードルたっかー」


 一笑い。


「大竹さん」


 名前を呼ばれて振り向く。

 藤崎さんだった。


「……あの時は、すみませんでした」


 少しだけ頭を下げる。


「え、何の話?」

「ワーキンググループの時です。正直、何言ってるか分からなくて……」

「あー……」


 そんな事もあったな、と思い出す。


「今なら、ちょっと分かる気がします」


 照れくさそうに笑う。


「だから……ありがとうございました」

「いや、別に。大した事はしてないんで」

「それでも、です」


 それだけ言って、軽く会釈して去っていく。


 引き止める理由もない。

 その背中を、ただ少しだけ目で追った。


「まぁ、またお会いしましょう。連絡先はもろたし」

「はい、お元気で」

「今日はありがとうございました」


 そう言って、続けて飲みに行く組は街の雑踏に消えていった。


 後には、俺と旗本さんが残される。


「帰り、どっちですか?」

「私は品川駅です」

「一緒ですね、じゃあ行きますか」


 そう言って、2人で歩き出す。


「大竹さん、今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ。っていうか俺も送られる側になっちゃいましたし」

「ああいう所、高嶺さんらしいですよね」

「ですねー」


 人混みの中を右へ左へ。


 金曜日の夜は流石に人混みが激しい。


 これが皆、どこかの店に入って盛り上がるのだろう。


「あの……大竹さん」


 不意に、旗本さんが言葉を漏らした。


「はい?」

「最後に聞いてみたいんですけど……」


 何やら聞きづらそうにもじもじしている。


 何だろう。旗本さんっぽくないような。


「――会社って、何だと思います?」


 とてつもなく抽象的な質問が投げつけられた。


 会社、かぁ。


「うーん……あくまでも俺の感覚でしかないですけど」

「はい、それを聞きたいんで」


 そんな大層な言葉を求められても困るが。


「――機関車、かなぁ」

「機関車?」


 どこかへ向かって走っている機関車。

 たくさんの車両を繋いで、色んな人を乗せて、止まらず進んでいく。


 俺達はたまたま同じ車両に乗り合わせて、少しの間だけ一緒に揺られていた。


 そんなものなんじゃないかと思う。


「けど、その行き先が自分の行きたい場所と同じとは限らないんですよ」


 途中で乗る人もいれば、途中で降りる人だっている。


 俺達は、途中で降りた。


 それだけの事だ。


「もちろん、その機関車を作った人や動かしてる人は、もっとたくさんの人に乗って欲しいと思うんでしょうけど」


 それは、見方によっては無責任とか根性がないとか言われるかもしれない。


 けど、俺にはそうは思えない。


 目的地が違うのなら、それに乗っている事は無駄だろう。


「だから、気にせず乗り換えてっていいと思ってますよ」


 しばらく、言葉が途切れる。


 さっきまであれだけ賑やかだったはずなのに、2人になると妙に静かだった。


 人の流れは相変わらず多い。

 肩がぶつかりそうになって、少しだけ歩幅を調整する。


 信号で足を止める。


 赤から青に変わるまでのわずかな時間。

 隣に立つ旗本さんが、何かを考えているように見えた。


「……何か、ちょっと分かる気がします」


 ぽつりと、そんな言葉が落ちる。


「詩的ですね」

「そうですか?」

「そうですよ。……でも」


 旗本さんが少しだけ言い淀む。


「何か、安心しました」

「安心?」

「はい。辞めるのって、どこかで間違ってるんじゃないかって、ちょっと思ってたんですけど」


 小さく笑う。


「そういうものだって言ってもらえると、まぁいいかって思えます」


 笑いながら、駅へと向かう。


 程なくして、駅の入口が見えてくる。


 人の流れは、そこで一度だけ収束する。


 改札に向かう者。

 別の路線へと向かう者。


 それぞれの方向へ、迷いなく分かれていく。


 その流れに乗るように、自分も足を進める。


 ほんの少しだけ立ち止まって、上を見上げる。


 路線図が、等間隔に並んでいる。


 どこへでも行けるようでいて。

 行き先は、自分で決めるしかない。


 ――まぁ、当たり前か。


 小さく息を吐いて、改札へと歩き出した。


「じゃあ、私はこっちのホームなので」

「俺はこっちです。それじゃ旗本さん、お元気で」

「はい、大竹さんも」


 お世話になりました、とお互いに礼を言って、分かれる。


 旗本さんの背中が、人の流れの中に紛れていった。


 人の流れに紛れていく旗本さんの背中を見ながら、さっきまでの会話を反芻する。


 会社の話をしていたはずなのに、最後に残ったのは不思議なくらい静かな感覚だった。


 何かをやり切ったというほどでもない。

 何も残せなかったと切り捨てる程でもない。


 ただ、自分がいた時間は確かにそこにあったのだと、そんな事だけを思った。


 俺も、別の方向へと歩みを進める。


 エンゲージメントアンケートの事だとか。

 ワーキンググループのレポートだとか。

 裏で人を動かしていた話だとか。


 あの場でぽろぽろと出てきた言葉を思い返す。


 別に、俺がいなければ何も出来なかった、なんて話ではない。


 会社はあの後も続いていたし、これからも続いていく。


 けれど――何も残らなかった訳でも、なかったのかもしれない。


 それで、十分なんだろうと思った。


 もう、あそこは俺の居場所ではない。

 もう、俺が何かを気にする場所でもない。


 ポケットの中で、スマートフォンが微かに震えた。

 取り出して見ると、妻からのメッセージだった。


『瑞穂が寝ないで待ってるよ。帰り気をつけてね』


 短い一文。

 それだけで、意識がふっと現実に引き戻される。


『これから帰るよ』


 そう返して、画面を閉じた。


 一瞬だけ、画面に映った自分の顔が目に入る。


 少しだけ疲れていて。

 けれど、どこか軽くなっているようにも見えた。


 ――まぁ、こんなものか。


 スマートフォンの電源を落とし、ポケットにしまう。


 足取りは、自然と少しだけ速くなっていた。


 もう、向かう先は決まっている。


 次の機関車がそこに向かうものかはまだ分からないけれど。


 そうだと信じて、俺は乗り込む事にした。


 後は、揺られながら確かめていくしかない。


 それが分かるのは、きっとずっと後になるだろう。

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