何だそりゃ
転職から半年。
俺は、新たな職場で日々の仕事に忙殺されながら。
ようやくそれらにも少し慣れ、平和な日常を過ごしていた。
そんな中――
『お久し振りです。元気にされていますか?』
『こちらは相変わらずの日々を送っています』
『あれから、組織体制だけは大きく変わりました』
変わらないのか変わったのかどっちだよ。
『プロダクトイノベーション課がアナリティクスイノベーション課に統合され、1つのチームとして久利生さんがマネージャーをしていたのですが』
『この度それが解体され、高嶺さんチームに併合されました』
へー。
まぁ、大して仕事とれてなかった課をそのまま持ってきたって良くはならないわな。
『おかけでチームは一気に30人近くに膨れ上がり』
『高嶺さんは今からでも大竹さんに戻ってきて貰えないだろうかとぼやく毎日です』
高嶺さんの苦労がありありと思い浮かぶ。
勘弁してくれ。そんなのに巻き込まれたくないぞ。
……って。
「それをわざわざ音読する為に掛けてきたの?」
『大竹さんが全然返してくんないから掛けたんじゃないですかー!』
通話相手は丸川さん。
結局辞める事もなく、今もあの会社で働いているらしい。
何だかんだ文句言いながらも、忙しい毎日を送っているそうな。
『珍しく頭使ってメール送ったのにー!』
「そんなメール来てないぞ」
『送りましたって。私の赤裸々な日々をお見せしちゃいます♪ってタイトルの』
……あー。
そう言えば、そんなメールが来ていたような気もする。
そのメールは、1ヶ月くらい前に俺に届いていた。
差出人は丸川さん。
だが、俺はその中身を見る事もないまま日常を過ごしていた。
それに業を煮やした丸川さんが、プライベートで繋がっているコミュニケーションアプリでコンタクトをとってきた、という訳だ。
「どう見てもスパムじゃん」
『軽ーいジョークじゃないっすかー』
「いや分からんて。通知見てそのまま削除したよたぶん」
『酷いッ!』
丸川さんと話すのもかれこれ3ヶ月振りくらいか。
前に話した時は特に大きな変化はないって事だったと思うけど。
この3ヶ月でそんなに変わったんだな。
『久利生さんは結局チームマネージャーからも降格になりましたよ』
「だから言ったじゃん。管理職の適性がないんだよ」
『まぁ、そりゃそうっすよねー。プレイヤーとしては優秀かもしれないっすけど』
「そういう事だよ」
もう、興味の欠片もないけど。
「っていうか。丸川さんは今どうなの?」
『俺っすか? まぁ火炙りにはされてないっすね』
「基準低いな。何か良くなりそう?」
『いいえー。結局給料も上がりませんし』
「良くも悪くも進展はなしか」
『言わんでくださいよー、人に言われるともやるー』
そういうものなのか。
「で、本当は何で掛けてきたの?」
『いや、本題はこの後なんすよ』
まだ聞けって?
……仕方ない。確かに読まなかったのは俺だしな。
『――実はこの度、旗本さんが退職される運びとなりました』
「旗本さん?」
高嶺さんチームのメンバーだ。
同じチームにはなったけど、早々に事情で休職に入って、俺の退職直前に復職したんだったか。
姐御肌で面白い人だったなと思い出す。
『彼女は大竹さんの後を追い、会社から飛び出して――』
「どんなトレンディドラマだ。展開が古いぞ」
『――放っといてくださいっす』
丸川さん、俺よりも一回り下のはずなんだけどな。
意外な趣味に少し驚いた。
『んでまぁ、今度送別会をやる事になったんすよ』
「へー、送別会ねぇ」
『俺はちょっと行けないんすけど、大竹さんもどうかなと』
……あのタイトルで送別会の誘いだなんて思うかい。
せめてチャットならまだしも、何であえてメールで送ってきたんだよ。
とは思ったが、どうせ丸川さんの事だ。
気分で、とか言うに決まっている。
「俺が参加していいの? チーム、大分増えたんだろ?」
知らない人が大量にいる送別会とか、できれば参加したくないぞ。
『あ、そこは大丈夫っす。参加予定なのは併合前からいるメンバーだけなんで』
「そうなの?」
『併合したって言っても、中で小チーム化しちゃってるんで、あんまし交流度高くないんすよ』
「……そこは元々そっちの課だった丸川さんが繋ぐとこなんでは?」
『嫌っす。面倒っす』
丸川さん自身も離れてから1年近く経つし、分からない人もちらほらいるらしい。
……そんなものなのかもな。
「んで、何で君は来られないの?」
前はそういうのがあると、出張って事にして来ていたような気がするのだが。
『やー、あれっす。新課長が方針変えて、可能な限り交通費かけるなになったんす』
「へぇ?」
へぇ、そう来たか。
まぁ、無駄な交通費はそりゃあ使いたくないわな。
『なんで、高嶺さん以外の遠方組は不参加っす』
そうすると、元々高嶺さんチームだった近郊メンバーが来るわけか。
……大体顔は浮かぶな。
それならまぁ、俺が行っても別にいいのかもな。
――そう言えば、俺送別会ってされてないなとふと思う。
どこかで時間がとれたらと高嶺さんと連絡先の交換はしておいたけど。
特に連絡もないまま、もう半年が過ぎていた。
あの時は、それどころじゃなかったのもあるし。
誰かが何かを言い出す空気でもなかった。
……今更どうこう言う話でもない。
まぁ、断る理由も特にないか。
少しだけ、考える。
顔を出したところで、何かが変わる訳でもない。
ただ、もう一度あの場所の話を聞く事になる。
……別に、嫌という訳でもないか。
そう思ったところで、結論は出ていた。
「分かった。行くよ」
『ホントっすか! りょーかいっす!』
「何で君が嬉しそうなのよ?」
来ないのに。
『むふふー、それは内緒っす。当日のお楽しみという事で』
「何だそりゃ」
やれやれ。
辞めた会社の人達と後から接点を持つ事なんて今までほとんどなかった。
丸川さんのように、辞める前から仲良くしていた人は別だが。
……まぁ。
たまにはそういう事があってもいいかもしれない。
退職するらしい旗本さんとは仕事でそれなりに話してもいたし。
仕事部屋のテーブルを眺める。
書きかけのメモと、使いかけのペン。
今の仕事の事が、そこには並んでいる。
……少なくとも、今は同じ事は起きていない。
聞いてもらえない話も、なかった事にされる事も、ない。
出したものには、何かしらの返答がある。
良いか悪いかはともかく、そこに理由はある。
それだけで、ずいぶんと楽になるものだ。
……あの頃は、それすらなかったな。
ふと、そんな事を思う。
だからこそ、なのかもしれない。
もう今なら、外から見られる気がする。
あの中にいた時とは違う形で。
……あれの事もあるし。
手元にあったペンを、指先で軽く回す。
それから、机の上に置いた。
――久々に、皆の顔を拝みに行くか。
丸川さんや、高嶺さんの顔は、すぐに浮かぶ。
他にも、何人か。
名前を思い出そうとして、途中でやめた。
……まぁ、行けば分かるか。
それに。
あの時、最後まで言わなかった事もある。
言うほどの事でもないと思っていたし、
言ったところで何かが変わるとも思えなかったからだ。
――今なら、少しは違うかもしれない。
そう思う程度には、もうあの場所から離れていた。
スマートフォンの画面が、ふと目に入る。
通話は、いつの間にか切れていた。
静かになった部屋の中で、しばらくそのまま椅子に座る。
――半年。
長かったような、短かったような。
あの場所にいた時間よりも、ずっと穏やかで。
あの頃の事はまるで関係ないように、日々は動いている。
軽く息を吐いて、立ち上がる。
カレンダーに、予定を1つ追加した。




