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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
ここには無駄しかありません
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23/26

見限る理由しかありません

『おー疲れさまっすー、どうすか、地上で溺れてたりしないすか』

「色んなレパートリーで毎回殺してくんなっつの」


 内部通報の決着がついてから2ヶ月。

 会社は別に変わる事もなく、今まで通りの光景が広がっている。


 俺はいつも通り、丸川さんとの雑談に勤しんでいた。


『やー、ビックリしましたねー。まさかの1年で課長交代とは』

「だねぇ」

『あり? あんなに色々あったのに、ざまぁーって感じではないんすか?』

「別に今更何とも思わんて」


 前期の初めに人事異動で課長に収まった久利生さんは、今期の人事異動でチームマネージャーに降格していた。


 理由は、特に誰も語らない。


「単に管理職の適性がなかったとかなんじゃないの?」

『やー、それはその通りっすけど。内部通報までしてたのに』

「あれは部長の発言に対してであって、久利生さんは関係ないよ」


 久利生さんの件も触れはしたが、あくまで部長の発言に繋がる経緯としてだ。


『結局須藤さんはあのまんまっすねー』

「あの年代で、上から怒られたから考え方変えましたーみたいにコロッと変わられたらそっちのが怖いわ」

『あー、それも確かに』


 須藤部長はそのまま継続らしい。

 最近は大分大人しいと高嶺さんから聞いたが、次にやったら懲罰委員会リーチが効いているのか、それとも次の乱の前触れなのか――そんな事は、もう俺の知る所ではなかった。


『大竹さん先に辞めちゃうなんてなー』

「先にって何だよ。別に誰とも競ってないぞ」

『今度のとこはどんな感じの所なんすか?』


 転職先はもう決まっている。

 とはいえ、どこまで話していいものか少し迷う。


「んー、とりあえず、社長が俺と同じような境遇かな」

『境遇? お子さんのって事です?』

「そう」

『へぇー、それならうちみたいな理不尽な目には遭わないっすね』

「だといいけどね」

『けど、高嶺さんよく受け入れましたね』


 半月くらい前、俺は高嶺さんに退職を申し出た。

 色々話はしたけれど、俺の役目は終わりましたと伝えると、そういう事ならと承諾してくれた。


「ま、あんだけ騒動の渦中にいたらね。引き止めづらくもなるんでしょ」

『けど新課長からは引き止め食らわなかったんすか?』

「んー、あったというか何と言うか」


 正確には、あったとは言えないかもしれない。


 高嶺さんから話が上がったのだろう。

 しばらくして、新しい課長から一度話をしたいと言われた。


 だが。


「別に話す事ないですって突っぱねたからなぁ」

『わ! 大竹さんカックイイ!』

「うるさいよ」


 新しい課長が就任前に一度だけ話をした事がある。

 新しく課長に就くからと、事前に全メンバーとの面談を1ヶ月もかけてやっていた。


 俺も例に漏れず話をする事になったのだが。


 ――何か改善できる点があったら教えて貰えませんか?


 そう言われて、口をあんぐり開けてしまったのを思い出す。


『いや、大竹さん思いっきり改善提案レポート出しましたやん』

「見てないんだろうねー」


 もしかしたら存在すら知らない可能性もある。


 ――高嶺さんに逐一お伝えしてます

 ――いや率直な意見を聞きたくて

 ――逆に、どんな課だったら良いと思いますか?

 ――それはこれから探していくしかないからさ


 その返答を聞いた時点で、もう十分だった。


 率直な意見を聞きたいのではない。

 自分で探らずに済む形で、誰かに整理された答えを渡して欲しいだけだ。


 そういう人に、今更何を言ったところで意味はないと思った。


「実際は知らんけど……物事の本質を見るタイプではない気がするよ」


 いきなり改善できる点を聞いてくる。

 その時点で、今何が起きているのかを自分で掴む気はあまりないのだろうと思った。


 目の前に並んでいるものをどう売るかには関心があっても、そもそもそれが売り物として成り立っているのかには、あまり興味がない。

 そんな印象だった。


『ずばり、大竹さん的に新課長を一言で表すなら?』

「んー……また別の方向に行ってる須藤さんかなー」


 須藤部長は売上至上主義で、新課長は売り方至上主義。


 方向は違っても、事業の成立そのものに目が向いていないように見えた。


『うわー、詰んでんじゃないすか。俺も早く辞めないとかなー』

「近所で転職先がないって嘆いてなかったっけ?」

『そうなんすよねー……いやまぁ、選り好みしなければあるはあるっすけど』

「ま、その時が来たら手伝うくらいはするよ。最近リファレンスチェックとかもあって結構面倒だし」

『お願いしまっす』

「任せられたっす」


 互いに敬礼――のようなポーズだけとって、通話を終える。


 テーブルの上に載ったカレンダーに目をやる。


 退職日まで、後半月。


 半月後には、俺はもうこの場所にはいない。


 退職の手続きも、もうやる事はない。

 退職前のアンケートも提出したし、宣誓書も書いた。


 後は、辞めた後に端末を返して、転職先への引き継ぎ手続きが少しあるくらいだ。


 思った以上に、あっさりと準備は終わった。


 高嶺さんに退職を申し出た時の事を思い返す。


『大竹さんいなくなると、私も動きづらくなりそうですわ』

『……どうでしょうね、意外とそうでもないかもしれませんよ』

『いやいや。表がめっちゃ動けるんは、裏がしっかりしとってくれるからですし。その裏をやってくれてたんが大竹さんですから』

『やぁどうも、影の支配者です』

『そこまでは言うてへん』


 高嶺さんに言われた時、妙な気恥ずかしさを覚えた。


 俺は、意識的にそこをやろうとしていたから。

 それをあえて伝えはしていなかったから。


 高嶺さんがそこを見ていてくれたのが嬉しくて――恥ずかしかった。


『けど、大竹さんやないとできんかった事を他の人にやってもらえるようになるまでがまた大変やなー』

『……そんな事あります?』

『やー、まぁまぁありますよ。チームミーティングで私に食って掛かってきてくれんのも大竹さんやし』

『それは丸川さんでできますって』

『お客様からの言われ仕事にならんように進めんの、私1人でどこまでできるか』

『……まぁ。俺が関わった事で何か1つ価値を足さなきゃと思ってやってましたしね』

『それができる人があんまいないんですって』

『それはまぁ……高嶺さんが指導してくしかないでしょうね、体制が変わらない限り』

『丸投げやー』


 俺がここにいた意味は、ゼロではなかったのかもしれない。


 ただ、それを渡せた相手は驚くほどに少ない。


 大体は、受け取っても貰えなかったから。


 いつか見た動画で言っていた事が頭に浮かぶ。


 ――言っても無駄か居ても無駄、どっちかやっちゃうと人は離れていくんです。


 今この瞬間、実感としてその意味が分かる。


 いつからだったのかは、もうよく分からない。


 一つずつなら、まだ我慢できると思っていた。

 その内どこかで変わるのかもしれないとも思っていた。


 けれど、気付けばもう数える気にもならなくなっていた。


 言っても無駄。

 やっても無駄。

 居ても無駄。


 どれが最初だったのかは分からない。

 ただ、全部揃った時には、もう終わっていたのだと思う。


 そうしている内に、どこから見限り始めたのかすら、もうどうでもよくなっていた。


 何か一つ決定的な出来事があったからではない。

 小さなズレを、その都度見ないふりでは越えきれなくなっただけだ。


 入社した事で、出逢えた人達は確かにいる。


 井原さんも。

 丸川さんも。

 高嶺さんも。

 上田さんも。

 チームのメンバーも。


『だけどそれでも。この会社には――見限る理由しかありません』


 高嶺さんに伝えた、あの言葉。


 あれが、俺の中での全てだったんだと思う。


 未練がない、というのはこういう事なのかもしれなかった。


 それでも、仕事自体は淡々と続いていた。


 定例会議の予定は並び、チャットにはいつも通り相談や確認が流れてくる。

 誰かが案件の進め方で詰まり、誰かが承認を求め、誰かが雑談を投げる。


 そのどれもが、少し前までの俺には無関係ではなかった。


 気になれば口を出したし、危ういと思えば止めもした。

 足りない所があれば埋めようとしていた。


 けれど今は、そこに自分から手を伸ばそうという感覚がほとんどない。


 やれと言われた事はやる。

 引き継ぐべき事は引き継ぐ。


 それだけだ。


 誰かが困っていても、前のように身体が先に動く事はなかった。

 冷たくしたというより、もう自分の役目ではないと分かっていたのだと思う。


 そうやって線を引いてみると、案外会社というものは普通に回っていく。


 そして多分、それでいいのだろう。


 俺もまた、その輪の外に出るだけだ。





 ――そして半月後。


 返却物をまとめ、最後の手続きを済ませ、貸与端末の電源を落とした。


 机の上に残ったのは、元から自分の物だったものばかりだ。

 会社から借りていたものなんて、思っていたより何もなかった。


 画面が暗くなるのを見届けても、特に何かが込み上げてくる事はなかった。

 ほっとしたような、寂しいような、そういう区切りらしい感情もない。


 それで終わりだった。


 株式会社ネクストフロンティアソリューションズを辞めるというのは、驚くほど静かな出来事だった。

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