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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
ここには無駄しかありません
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22/26

区切りはついた

「ご無沙汰しております」

『……お久し振りです』


 それから1週間。


 その間、特に何かをした訳ではない。


 進捗を確認する気にもならず、ただ時間だけが過ぎていった。

 問い合わせれば何かが変わるとも思えなかったし、変わったところでどうなるものでもない。


 業務の合間に、ふと受信箱を開く事はあった。

 それらしい件名が並んでいない事を確認して、すぐに閉じる。


 それを何度か繰り返している内に、確認する事自体もやめていた。


 ようやく海藤役員から、調査人に選出されたと連絡が来た。

 選出前から既に調査は進められており、おおよその対応を終えたとの事で、最終的な結果の通告を行いたいと打ち合わせを求められた。


 文書で送られてきてもいいとは思ったが、目を通すのも面倒だ。

 そのまま応じる事にした。


『連絡が来るまでこんなにかかるとは思っていなかったんだが……何かあったのか? あの日に通報するのだとばかり思っていたが』

「え、聞いてないんですか?」

『あぁ、特に何も』


 ……やれやれ。


「面談当日に通報して、受理されてますよ」

『そうなのか?』

「えぇ。ただ……その後、報告が上がってなかったみたいで」

『……すまん。それはまた別の問題だな。後で所管には伝えておく』

「まぁ別にいいです」


 どうでもいい。


『……だとしたら、あの面談を先にしておいて良かったな。予め動けていた』

「ですね」

『では、調査結果について通告させて貰う』


 海藤役員が咳払いをし、画面に向き直る。


『まず、採用面接時の記録だが、問題なく採用部に残っていた』

「……私の事情や制限についても、ですか?」

『そうだ。入社承諾書についての確認経緯も含めて、しっかり残っている』

「という事は、やはり部長や課長の確認不足だった、という事ですね」

『そうなる』


 短く、答えが返る。


「何故、採用と人事とで情報が共有されていないのでしょうか?」

『人事では、役職者等に関する情報しか扱っていない』

「人事評価とかは?」

『それはまた別の所管だ』


 ……そういうものか。


 以前であれば、もう少し踏み込んで聞いていたかもしれない。


 どこまでが誰の責任で、どの時点で情報が止まったのか。

 そういう事を整理しようとしていたはずだ。


 だが、今はそこまで考える気にはならない。


 仕組みとしてそうなっているのなら、何を言ってもどうしようもない。


『少なくとも、大竹さんの事情については、事前に把握されていた事が確認できた。それを判断材料として扱えなかったのはこちらの落ち度だ。申し訳ない』

「いえ」

『それで……須藤部長の件なんだが』


 海藤役員が、ほんの僅かに視線を落とした。


『本人としては、あくまで例えで言っただけで、そうしろと命じたつもりはない、との事だ』

「まぁ、そう言うでしょうね」

『そうだな。ただ、発言した事自体は事実だ』

「はい」

『その上で、今回の件は前回の再発と判断した』


 淡々とした口調のまま、言葉が続く。


『過去の経緯も踏まえ、次に同様の事象が発生した場合には懲罰委員会にかける、という勧告を行った』


 ――次に、か。


 その言葉だけが、少しだけ引っかかった。


 今回の事ではなく、その先の話。

 今ではなく、未来のどこかで起きるかもしれない出来事に対してだけ、線が引かれる。


 その線が引かれるのは、いつも『これから先』だ。

 今ここで何があったのかではなく、これから何が起きるかに対してだけ、条件が付けられる。


 だから、今の出来事には、何も残らない。


 それが、この組織なのだろう。


「分かりました。それで問題ありません」


 それで十分だった。


 内部通報は受理され、調査もされた。

 記録として残り、再発時の扱いも定められた。


 そこまで進んでいるなら、もういい。

 これ以上、何かを求める気にはならなかった。


 海藤役員が、ほんの少しだけ表情を緩めたように見えた。


 それを見て、何かを思う事もない。


 ただ、ここまで来たというだけだ。


 ――これで。


 ――終わりにできる。


 海藤役員は一度言葉を切り、軽く息を吐いた。


『……他に、確認しておきたい事はあるか?』


 少しだけ考える。


 特別、聞きたい事はない。

 調査として必要な情報は、もう出揃っている。


 ただ――


「1点だけ、いいですか」

『あぁ』

「ワーキンググループで提出したレポートについてなんですが」


 画面越しに、僅かに空気が変わる。


「内容としては、現状の組織では事業として成立していない事と、その改善案まで含めてまとめたつもりです」

『……あぁ、目は通している』

「その上でなんですが――あれを踏まえて、何かしら検討や対応ってされているんでしょうか?」


 一拍、間があった。


 短くはない。

 だが、長すぎる訳でもない。


『組織としての課題については、以前から認識している部分も多い』


 返ってきたのは、そんな言葉だった。


『その上で、各課単位でも改善の取り組みは進めている』

「そうですか」


 それだけ返す。

 それ以上、言葉は続かなかった。


 ――認識している。

 ――取り組んでいる。


 どこかで何度も聞いた事のある言葉だ。


 それが具体的に何を指しているのかを、今更問い返す気にもならない。


 恐らく、聞いたところで返ってくるものは変わらない。


 同じような言葉は、これまでにも何度も聞いてきた。


 会議の場で。

 報告の場で。

 あるいは、雑談のようなやり取りの中で。


 その度に、何かが変わるのではないかと考えた事もあった。


 だが――


 変わったものを、具体的に思い出す事はできない。


 言葉としては間違っていない。


 認識しているのも、取り組んでいるのも、きっと事実なのだろう。


 ただ、それがどこに向かっているのかだけが、見えない。


 見えないままで不安にならないのだろうか。


 ……ならないんだろうな、きっと。


『ただ、レポートとしてまとめられていた内容自体は、非常によく整理されていたと思う』


 付け加えるように、海藤役員が言う。


『一社員の立場で、あそこまで構造的に整理できているのは評価に値する』

「ありがとうございます」


 口ではそう返す。


 だが、その言葉に対して何かを感じる事はなかった。


 評価されたからといって、何かが変わる訳ではない。

 変わるのであれば、とっくに変わっている。


 そういうものだ。


『今回の件も含めて、組織として改善すべき点はあると認識している』


 再び、似たような言葉が続く。


『時間はかかるかもしれないが、少しずつでも是正していく必要がある』

「……そうですね」


 肯定とも、否定とも取れる返事を返す。


 それ以上の会話は、続かなかった。

 互いに、話すべき事は終わっている。


 画面の向こうで、海藤役員が小さく頷いた。


『以上が、今回の調査結果となる』

「承知しました」


 短く答える。


 それで、十分だった。


 通報は受理され、調査も行われた。


 結果として、記録は残り、勧告もなされた。


 組織としての課題も、認識はされているそうだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 画面の端に映る自分の姿が、ふと目に入る。

 特に何かを感じる訳でもない。


 ただ、そこにいるだけだ。


『……今回は、すまなかった』


 最後に、海藤役員がそう言った。


「いえ」


 それ以上の言葉は、出てこなかった。


 数秒の沈黙の後、通話が切れる。

 静かになった画面を、しばらくそのまま眺めていた。


 画面には、自分の顔も、相手の顔ももう映っていない。


 黒くなった表示領域と、会議が終わった事を告げる小さな表示だけが残っている。


 ほんの少し前まで話していたはずなのに、そこにはもう何の気配もない。


 何かが終わった、という実感だけが残る。


 解決した訳ではない。

 納得した訳でもない。


 ただ――区切りは、ついた。


 それだけだ。


 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


 いつからか、こうして何も考えずにいる時間が増えた気がする。

 考えたところで、どうにもならない事ばかりが積み重なっていく。


 そういうものだと分かってしまえば、無理に考える必要もなくなる。


 考えなくなった事で、楽になった部分もある。

 その代わりに、何かが切り離されたような感覚が残っている。


 それが何なのかを確かめるつもりは、もうなかった。


 この場所に対して、まだ何かを期待していた時期もあった。


 言えば伝わるかもしれない。

 整理すれば動くかもしれない。

 記録として残せば、次は変わるかもしれない。


 そういう考えは、いつの間にか、ひとつずつ消えていた。


 次に何をするかは、もう決まっている。


 考える必要もない。


 ――この場所での俺の役目は、これでもう終わった。

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