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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
流石に看過できません
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20/26

よろしくお願いします

 井原さんの行動力は、正直なところ底が知れない。


 俺と会話をしながら裏で早々に役員と話をつけてしまったらしく、会話を終えようとした時にはもう役員との面談予定が組まれていた。


 ……普通、そう簡単に役員との面談なんて組めないと思うんだけど。


 ワーキンググループの役員ヒヤリングなんて1ヶ月かかっても予定決まらなかったのに。

 まぁあれは、課長が動かなかっただけかもしれないけど。


 この行動力は本当に真似できない。


 もっとも――だからといって、こちらがやる事は変わらない。


 俺は、部長からの打ち合わせ要請を何だかんだと理由をつけて回避しながらその日を待った。


 正直、話が前に進むなんて欠片も思えなかったから。


 高嶺さんや丸川さんにも経緯を話し、しなくてもいい会議予定を量産して、物理的に時間を塞いだ。


 こんな時に協力してくれる人達には、本当に感謝をしなくちゃいけない。


 そうやって数日を稼ぎ。


 ――その時がやってくる。


 入室ボタンを押す。


 少し早過ぎたのか、まだ誰も入ってはいなかった。


 目を閉じて、待つ。


『お。大竹さん、お疲れさま』

「お疲れさまです」


 井原さんが来てくれた。


 役員とどんな話になったのか、その証人として。


 それから、少しの時間が経つ。


 予定時間までのせいぜい1、2分だったろうけれど、やたらと長く感じる。


 そして。


『お疲れさまです。待たせたかな?』

「いえ、時間通りです」


 海藤役員が、訪れた。


 顔を見るのは、須藤の乱以来半年振りだ。


『君が、大竹さんかな?』

「はい。大竹です」

『あのレポートを書いたんだよね? いつか話したいと思ってたよ』

「恐縮です。その節は、伺えず失礼いたしました」


 ……別に俺1人で書いた訳ではないけど。


 まぁいい。今大切なのはそこじゃない。


「本日は、そのレポートに関するヒヤリングの際の経緯と、先日受けた須藤部長の発言についてご相談したく――井原さんに繋いで頂きました」

『うん。井原さんから聞いてるよ。私としても、ちょっと聞き流せない話だったのでね。時間を取らせて貰ったんだ』

「ありがとうございます」

『それじゃあ――』


 海藤役員は、一拍置いてからゆっくりと言う。


『――改めて、経緯を当事者の立場から説明して貰えるかな』

「はい」


 俺が説明しようと口を開こうとした瞬間。


『井原さんから聞いている限りでは』


 海藤役員が先に言葉を置く。


『採用面接の時点で、事情については明確に伝えていたという事だけど、合ってる?』

「はい」

『それは、誰に対して?』

「当時のプロダクトイノベーション課長だった猪田さんと、同席していた井原さん、採用の神林さんです」

『ふむ……』


 海藤役員は、手元に視線を落とす。


 何か、手元で確認しているのだろうか。


『入社自体はスムーズに?』

「いえ、入社承諾書で1つ引っ掛かりまして、確認を入れました」

『確認というと?』

「会社からの指示で勤務地や勤務時間を変更するというものです」

『あぁなるほど。できる範囲では対応するが、という事かな?』

「はい。原則はフルリモートで、必要な場合必要な間だけ相談ベースで、という事で頂きました」


 海藤役員の腕が僅かに揺れる。


 何か、書いているみたいだ。


『だとすると、人事異動時の出社要請とは前提が一致していないように見えるが』

「あぁいえ、あの時私は案件稼働をしている状態でしたので」

『対象にはなってなかったという事か』

「はい」

『これまでに出社要請はどれぐらいあった?』

「部の全体会議で1回、チーム打ち合わせで1回、顧客対応で2回、ワーキンググループで1回の、計5回です」

『応じられたのは?』

「3回です。顧客対応で出社するならコアタイム前に移動しなければならないというルールが初めて出てきてオンライン対応にしてます」

『その3回は人事異動の前か?』

「全体会議だけです。それ以外は人事異動後ですね」

『……人事異動後の2回は朝から来られたの?』

「いえ、昼過ぎから移動しています。チームの打ち合わせの際は久利生課長も参加されています」

『え、そうなのか?』


 その言い方に、わずかな引っ掛かりを覚える。


 2回は認められていたって話、報告に上がっていないのか。


「はい。その時は、ルールの話はありませんでした。少なくとも、その場では」

『そうか……では、直近の顧客対応とこの間のミーティングだけ扱いが変わっている訳だね』

「そうです。ワーキンググループに参加する際に出社はできないと申し上げていて、その時はそれで許可を得ていました」

『我々とのミーティングだけ違ったと?』

「鷲頭課長からはオンライン参加許可を頂いていたのですが、久利生課長から却下されてしまいました」

『そうだったのか……事情があって休暇をとっていると聞いていたんだが』

「役員とのミーティングに参加できないのに通常業務に当たるのは心証が悪いと思い……申し訳ありません」

『あぁいや。いい。仕事には影響はなかったんだね?』

「はい」

『そうか……』


 海藤役員が、頭に手を当てて天を仰ぐ。


 情報を整理しているのだろうか。


『……それで、今回の一件に繋がる訳だね』


 少しの間が空いて、告げられる。


「はい。最初は課長からのヒヤリングでした」

『課長から? どんなヒヤリングだった?』

「基本的にはそれまで伝え続けてきた事情の再確認でした。後……配慮が足りなかったと謝罪を受けています」

『配慮?』

「個別の事由を考慮せず、ルールに則ろうとしたから、だそうです」

『ふむ。それはまぁそうだね』


 海藤役員が画面の向こうで頷く。


「須藤部長からの打ち合わせが入ったのはその翌日です。夜中に入れられていて、朝一で入っていました」

『何時に入っていたのかな?』

「入れられていたのは朝の9時半です。招待メールは前日の23時頃に来ていました」

『コアタイム外か……事前の打診などは?』

「ありません」


 海藤役員が再び何かを手元で書く。


『なるほど、ここまでの経緯は分かった。あちらの言い分も聞かないと公平ではないから、そこは了承して欲しい』

「はい、構いません」

『ありがとう。それで――須藤さんには何て言われたんだっけ?』


 やっと本題に辿り着いた。


 俺は一度深呼吸してから、その言葉を口にする。


「――ベビーシッターでも何でも雇って、仕事を最優先に会社の都合に合わせる事が、社会人としての在り方だと」

『……そう言ったの?』

「話があちこち飛んだので、私が理解できた内容としては、という言い方になりますが。録画は残してあります」

『そう、か……』


 海藤役員の声が、沈んだ気がした。


 まさか須藤さんがと思っているのか。

 それとも、録画が残っている事に驚いているのか。


『……さっきも言った通り、あちらの言い分を聞いてからでないと最終的な判断は下せないが――』


 少し空けて、海藤役員が告げる。


『――少なくともそれらは、我々役員からの指示ではなく、須藤部長の独断であるとは断言できる』


 あぁ。


 やっぱり。


「独断……ですか」

『あぁ。経営側の意向としては、以前の騒動の際に周知した通りだ』

「出社を強制したい意図はないと宣言されていましたね」

『そう。あくまでも必要に応じて対象者に相談し、その必要性についてもしっかりと説明して納得して貰ってから出社して欲しい』


 再三須藤さんにも伝えてきているんだけどね、と海藤役員は続ける。


『それに、採用面接の記録は人事部にはない。あるのは採用部だ』

「人事と採用って別なんですか?」

『あぁ。後で採用部にはこちらで当たってみよう。記録がないなど聞いた事がない』


 そこも、か。


 採用面接で伝えた事だと言ったのに。


『……正直に言うと、一度や二度ではない。あの人のこういう事は』

「そうなんですか?」

『内部通報だけでも4回。人事異動の時の件は大量に届いたけれど1回と数えてね』


 ……やはり、そうか。


 4回。表に出ているだけでその数。


 きっとそれ以上の数が、積み重なっている。


「……私は今回の一件について、内部通報を行うつもりです」


 意を決して、口を開く。


「私の事情を把握していれば、一般のベビーシッターなんかで対応できるものではない事は、容易に想像がつくと思います」


「にも関わらず――あくまで例えで言ったのでしょうが――あの発言は、私の家族に対する侮辱以外の何者でもありません」


「仕事よりも優先すべきものがあるという認識は、変えるつもりはありません」


「――何卒、厳正かつ公平な対応を、お願いします」


 俺が話している間、海藤役員は口を挟まずに聞いていた。


 何を考えているのかは分からない。

 ただ、画面越しにこちらを真っ直ぐ見ていた。


『……分かった』


 重々しく、その口が開かれる。


『正規の手続きに則って対応する。この後すぐ通報するか?』

「はい。準備はできているので、遅くとも本日中には」

『分かった。そのつもりでこちらは先に動かせて貰う』

「よろしくお願いします」


 それからいくつかの確認を追加で行った。


 レポートに関する話も少しした。


『……君がいたら、あんな終わり方はしていなかったかもな』

「……」


 そう言われたが、俺は何も答えなかった。


 返そうと思えば、いくらでも言葉は作れた気がする。

 けれど、どれも違うと思った。


 今更、あのワーキンググループの結末について何かを語る気にはなれなかった。


 そうして、打ち合わせは終わった。


 井原さんからは、サムズアップの絵文字だけが届いていた。

 よく言ったという事だろうと受け取っておく。


 通報用の入力欄を開く。


 事実関係だけを書けばいい。

 そう分かっているのに、指が止まる瞬間が何度かあった。


 それでも、止める理由はもうなかった。


 その日の内に所定の内容を記入して、俺は内部通報窓口へ連絡を入れた。

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