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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
思い通りには行かせません
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12/26

好きにしたらいい

 ワーキンググループ最終日。

 俺は待ち切れず、開始5分前に会議に入る。


 当然そこにはまだ誰もいない。

 何も映らない中で、静寂だけが漂っていた。


 ……あの時も物凄い静かだったなぁ。


 初回の会議で、話題があるかを聞いてみた時の事を思い出す。

 今と違って人はたくさんいたのに、同じように何一つ音がしなかった。


 俺の回線が切れてるんじゃないかと疑ったっけ。


 今日で――それが終わる。


 何を目的に進むのかも。

 どう進めていくのかも。


 何も分からない中で始まったこの時間が、終わりを迎えようとしている。


 感慨深いかというとそんな事もない。

 あぁ、やっと終わってくれるのか、という感じだ。


 その終わりが、ワーキンググループの終わりだけで済むのか。


 ――それとも、それ以外のものも終わらせないといけないのか。


 それを確かめる為の始まりに繋げる為に。


 さぁ、終わらせにいこうか。


『あ、お疲れさまです。早いですね』

「お疲れさまですー」


 田村さんがやってくる。

 1人、2人、3人と増え……て、そこまでだった。


『あー、最後の最後で5人ですかー……』


 別に驚きはしなかった。

 ワーキンググループの参加率は、回を重ねるごとに下がっていたから。


 まぁ、仕方のない事だ。

 若手とは言え、元々それなりに忙しい立場の人達が集まっている。

 他の仕事でどうしても調整できなければ、参加しなくても良いというルールにしていた。


 例の自分には関係ない発言をした溝井さんに至っては、後半から1回も顔を出していないし。


 1回も休まずにいたのは、俺以外だと1人いたかどうかだ。


『ま、いっか。それでは始めまーす』

「よろしくお願いします」

『まず最初に大竹さん、レポート作成ありがとうございましたー!』

「あぁいえ。上田さんにも手伝って貰いましたので」


 上田さんと作ったレポートは、既にメンバー達に見える所に置いていた。

 内容を確認して欲しいのと、それぞれの感想を書いて貰う為だ。


 さっき確認してみたら、感想は全員分入力されているようだった。


『中身読ませて貰いました。何か……あんな取り留めもない話してただけなのに、まとめるとあんな風に繋がるんだーってビックリで』


 そうなるように書いたからね。


 手伝ってくれた上田さんにもちゃんと感謝しないといけない。


 ……今日は別件があってここにはいないけど。


『私としては何の文句もないんですけど、あれで完成で大丈夫ですか?』


 俺以外の他の人達に向けて尋ねる。


 それぞれの顔の前に映し出されるサムズアップ。


 良い、という事らしい。


『では、本ワーキンググループの最終成果物としては、あちらのレポートで完成としますね』

『そうすると、後は提出だけですかね?』

『中間報告の時は大竹さんが送ってくれましたけど、今回どうしますかね?』

『今回も大竹さんの方がいいんじゃ?』

「勘弁してください……」


 中間報告と今回とで2回もレポート書いて、1回は俺から送付もしてるんだぞ。

 何気に会議の誘導したり、鷲頭課長の相手までしてるんだ。


 流石に、俺を働かせ過ぎだと思う。


「最後だけでも他の人から送らないと、私だけがやったものみたいに見えちゃいますから」

『まぁそれもそうですねぇ』

『ほとんど大竹さんがやったと思いますけど』


 おい誰だ、さっきから俺の名前を出し続けてるのは。


 嬉しいけどやめてくれ。


『分かりました。そしたらあたしから送っちゃいますね』


 田村さんが声を挙げてくれる。


『送るのって、部長と課長達だけでしたっけ?』

「前回は中間報告だったのでそうしましたけど……1個、思った事があって」

『ほぅ?』


 今朝、今日がレポートの提出日だと思った時に、ふと思った。


 このまま部長と課長達だけに送って終わりで、本当に良いのかと。


 これから送りつけるレポートは、少なからず管理職にとっては耳が痛いもののはずだ。


 ――握り潰されるのでは?


 そんな、小さな予感がした。


 だから――


「役員と、部内メンバー全員CCに入れて送りません?」


 ――なかった事に、させたくない。


 少なくとも俺達はレポートを出した。


 問題を指摘し、改善案まで出した。


 それに対して何もしないのなら、それは管理職の責任にできる。


 俺達が、結局何にも辿り着けなかった。


 そんな事にさせない為に。


 俺はそれを提案した。


『役員と……』

『部内メンバー全員……』


 ゴクリ、と息を飲む音が聴こえた気がした。


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 否定でも肯定でもない、ただ迷っているだけの沈黙。

 マイクの向こうで息を潜めているような、妙な気配だけがあった。


 画面には各自のアイコンだけが並んでいて、誰がどんな顔をしているのかも分からない。

 けれど、踏み込みたくないと思っている事だけは、嫌になる程伝わってきた。


 さっきまで普通に話していたのが嘘のように静まりかえる。


 まるで、初回のあの時に戻ったみたいだ。


 ――何となく、こうなる気はしていた。


 かれこれ1ヶ月半の間、週に2回ずつ顔を合わせて話をしてきた。


 初めはとてもぎこちなくて、気を遣い合いながらしていた会話。


 少しずつ、硬さがとれていった気はしていた。


 ……それでも。


 同じ所を見ているのか、どうにも気になっていた。


 ――この人達は、本当に変えたいと思っているのだろうか。


 どう思っているのかなんて、直接聞く以外分からない。


 ただ、流石にそれはできない。


 俺は主催でも何でもない。


 俺も、ただ巻き込まれただけの――皆と同じ立場だから。


 何かをやらせる権限なんて、俺にはない。


「……どう、ですかね?」


 だから――これは賭けだ。


 変えるには、管理職の壁を越えないといけない。


 俺達だけの力では足りない。


 あのレポートを読んで、賛同してくれる人を集めないと。


 それぐらいの事もできないのなら、灯した火は時間で消えてしまうから。


 それをしようと思うのかどうか。


 確かめたかった。


『……えぇと……』


 やがて――誰かが口を開く。


 カメラがついていないから、誰なのかが分からなかった。


 言葉が出てくるのを、待つ。


『……流石に、それはやり過ぎなんじゃないですかね……?』


 ……。


 ……そう、か。


 やっぱり、無理か。


『一応今回って、管理職からの依頼でやってる訳ですし』

『何かこう……管理職を吊るし上げるみたいになっちゃうような気もして……』

『……そこまで広げる話でもない気がしますし……』

『そうですね、まずは管理職の人達が見る形でいいんじゃないですかね……』


 それ以上、誰も続けなかった。


 反対意見を言い切ったというより、そこから先へは進まないと皆で確認し合ったような空気だけが残った。


 ……そうだろうな。


 この人達は、自分で変えるつもりまではなくて。

 ただ、どこかで変わってくれればいいと思っているのかもしれなかった。


 仕方がないと思う。

 組織を変えるなんて事は、生半可な覚悟でできるものではないから。


 俺の中で、何かが折れた気がした。


「……ですよね。すみません、忘れてください」


 それだけ言って、一度マイクをミュートにする。


 そう言えば、ワーキンググループが始まってからミュートにしたのなんて初めてだ。


 大きく息を吸い込んで――一気に吐き出す。


 後はもう、任せよう。


 言葉は尽くした。

 文字は並べた。


 後は――好きにしたらいい。


『え、えーと。そしたら部長と課長達に送るって事で、いいですかね?』

『……役員には送ってもいいかもですけどね』

『あー、それもそうですね。どうでしょう?』


 それぞれの顔の前に映し出されるサムズアップ。


 ――俺も、同じ意思表示をする。


『それでは、これで結論とします。送付は田村から行います。他に何かある方はいますか?』

『……』


 無言の肯定が示される。


『ありがとうございます。それでは、ミーティングは以上です。お疲れさまでした』

『お疲れさまでしたー』


 画面が暗くなる。


 そこに映った自分の顔を眺める。


 ――無表情。


 落胆は、していなかった。


 絶望も、特にはなかった。


 ただ、虚しさだけが残っていた。


 これからレポートが提出されるだろうけれど、大した効果はないかもしれないなと思っていた。


 中間報告の時の管理職達のメールが頭の中に浮かぶ。

 ズレた解釈。表面しか捉えられない言葉。


 今回も、同じだろうとしか思えないのは、考え過ぎではない気がする。


 ワーキンググループは正直、最初は何でそんな事に付き合わないといけないのかと思っていた。


 ただ、実際に始まってみて。

 俺が思う以上にどうしたらいいか分からないメンバー達を見て。


 またとない機会かもしれないと思い直していた。


 たぶん――メンバー達は勘違いをしている。


 この集まりは管理職達の指示で始めたものだ。


 その結果が管理職達の思った通りの結果でなかったとしても。


 それは、管理職達の責任だ。

 俺達は責任を負わされてなどいない。


 やれと言われたからやった。

 そんな体裁でここまでの事を言える機会など、もうおそらくない。


 しかも今回は、誰か個人の不満としてではなく、ワーキンググループの成果物として出せる。

 自分一人の我儘だと片付けられにくい形で言える機会なんて、そう何度もあるものじゃない。


 最初で最後の機会だった。

 そんな風に考えるのは、大袈裟なのだろうか。


 せっかくここまで形にしたのに、結局届く所まで届かない。

 そんな終わり方になるのだとしたら、あまりにも中途半端な結末に思える。


 俺の言葉は――メンバー達に届かなかったのだろう。


 それが悔しいのとは少し違う気がした。


 ただ、もったいないなという気持ちだけが残っていて。


 言った言葉が、無駄になってしまった気がして。


 それが――ただただ、虚しかった。

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