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見限る理由しかありません  作者: 高杉零
思い通りには行かせません
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11/26

言いたい事は全て書いた

『お疲れさまですー』

「お疲れさまです。上田さんすみませんね、付き合わせちゃって」

『いえいえ』


 3月に入り、そろそろ最終成果物をまとめないといけないとなった頃。

 俺は、上田さんに時間を貰いワーキンググループとは別の会議に臨んでいた。


『ほとんど丸投げみたいな状態になっちゃいましたし』


 ワーキンググループは、おおよそ収束の気配を見せ始めていた。

 議論は大体終わり、後は改善案の擦り合わせをするくらい。


 そんな中で、誰かが言った。


 ――中間報告のレポート、意外と良さげな返答でしたし、このまま大竹さんがまとめた方が良いのでは?


 俺としては今度は別の誰かに任せたい所だったのだけれど。

 あれよあれよと言う間に賛同が集まり、結局俺が最終報告レポートまで作る羽目になってしまっていた。


 これまでの議事録やらメモやらも色々と見返していたのだが。


 1人で考えているとどうも自分の感情が前面に出てしまうので、整理に付き合って欲しいと上田さんにお願いしていた。


「――さて。一番初めは、この部って何する部なのって所から始まりましたよね」

『そうですね』


 課も部も結局何をしているのかっていう定義はどこにもなくて。


 それぞれのメンバーの認識もバラバラだった。


 前提が違うのだと思ったから、その前提から落としていってみようとなったんだ。


『えぇと、会社のビジョンが『テクノロジーと人の力で価値を創出し、社会の変化に対応し続ける』でしたっけ?』

「ですです。それで、本部に落とすなら『新たな価値の創出』なんじゃないかってなりましたね」

『えぇ。技術者派遣の事業は顧客側で価値を創出する労働力の支援だろうって事になりました』


 そう。それで、部はDXイノベーション事業部だったから。


 ――既存事業や社内業務の変革により新たな価値を創出する。


 それが、部のビジョンじゃないかって仮説を立てた。


『そこで大竹さんが、DXって何したらDXしたって言うんだろうって疑問を挙げたんでしたね』

「あはは……ごめんなさい、気になっちゃって」

『いやいや。何話したらいいのかもよく分からなかった中で、話題を提供してくれたのはありがたかったですよ』


 そう言って貰えるとありがたい。


「DXの認識もこれまたバラバラでしたね」

『ですね。私も正直、そこまで考えた事はなかったです』


 認識がバラバラのままそれをまとめるのは無理がある気がして。


 DXをした後に何が残るんだろうかって考えてみたんだったな。


 それで。


『大竹さんが言ってた定義、いい感じだったと思います』

「ありがとうございます」


 ――事業や業務を行う人達の体験が最適化されている事。

 ――その結果を受け取る人達の体験が最適化されている事。

 ――現状を可視化して、それを分析する事で次にどうするかを考える為の仕組みがある事。

 ――人がやるべき事と、そうでない事がはっきり分かれていて、それが自然に回っている状態。


 それらが揃って初めて、DXしたと言えるのではないか。


 そうすると。


「DXはつまり、体験を最適化して、現状分析する仕組みを作って、プロセスが最高効率を目指している状態を作る事だから……」

『価値を設計して、実現して、疑う事――って事になりましたよね』


 そうだった。


 つまりここで大切なのは――価値。


 それそのものを扱わないと意味がないという事になる。


 さて――ここまでが、前提の整理。


 本題はここからだ。


「今、この部はそれができるのか――でしたっけ、次の議題」

『はい。あれは揉めましたね』


 いや、あれは単に責任を押し付け合ってただけだと思う。


 ――それはそっちの課の担当範囲では?

 ――いや、その案件はこっちの課は入ってないですし。

 ――でも元々の建付けではうちは実装がメインで。

 ――いやだからって実装全部そっちの課って訳にもいかないでしょ。


 それぞれが勝手に自分達の範囲を決めてしまって、その狭間にあるものの責任が宙に浮く。


 それがその時の結論だった。


『それで……根本的な問題としてはいくつになったんでしたっけ?』

「3つです。大きく分けて、ですけど」


 誰が何をやるのかが曖昧なのではなく、誰が何をやるべきかを決める仕組みそのものが見当たらない。


 だから、案件ごとにその場しのぎで線引きが行われる。

 その度に、担当範囲の話になり、役割の話にはならない。


 そうして議論を一段抽象化していった結果、ようやく見えてきた根本問題が3つだった。


 ――価値を定義し、検証する役割がない。


 仮に価値創出を目的とするのであれば、それを設計・検証する役割が必要になる。

 それは管理としてではなく、実務として検討が必要なものだ。


 しかし、その役割が明確に存在しているようには見えない。


 誰かが価値を定め、それが妥当かを疑い、必要なら修正する。

 本来ならそういう循環が要るはずなのに、実際には案件を取る、作る、納めるの流れだけが先に立っていた。


 ――各課が独立して案件を請けているので、課としての役割は特にない。


 会社と部が繋がっていなかったように、部と課も繋がっていない。

 それぞれで案件を受けて完結するので、課が役割ではなく単に分かれている何かでしかない。


 その為、課ごとの特色はあっても、部全体として何を担うのかが見えない。

 部としての最適化ではなく、各課がそれぞれ生き残る為に動いているようにしか見えなかった。


 ……何なら、課の間で案件の取り合いが発生したりする。

 それは部としては何の意味もない小競り合いだ。


 ――内部の業務プロセスが最適化されていない。


 特に手続きや実務のフローは、各々がその場で判断しているのが実情だ。


 手順が人によって違えば、判断も属人化する。

 そうなると、同じ事をしているつもりでも成果にばらつきが出るし、何か問題が起きた時にどこを直せばいいのかも分からない。


 それでは、改善の為の蓄積すらできない。

 そうなれば、再現可能な形で価値を提供するのは難しいだろう。


 ……そもそも、業務フローの定義自体がないのだと思うのだけれど。


『実際に業務としては行われている以上、ないって言っちゃうと反感を買うかもしれません』

「そういうもんですかねぇ……」


 上田さんに説得されて、書き換える。


 まぁいい。上手くは進んでいない事が分かればいいのだから。

 伝わる形に整えさえすればいい。


 他にも細かく挙げたい不満は山程あったが、事業としての成立に限定した方がいいという事になった。


 そして――


『改善案、ですね』


 ――それらの課題を、どうしたら解決できるのか。


 単に役割を置けばいいとか、そういう事ではない。


 部全体として事業を成立させる為に、どう変えるのが良いのか。


「それぞれの根本問題ごとに改善案をまとめてましたね」

『はい。それぞれ――』


 ――DXをする為に必要な役割を再定義する。


 事業を行うのに必要な役割を揃えないと、事業は行えない。

 そこに価値の定義や検証を行う役割も加えて事業を行える体制を整える。


 ――課の担当役割を見直す、あるいは、課の分断をなくす。


 現在のように『課』という単位で機能を束ねている限り、役割ごとの最適化は難しい。

 仮に機能単位で再構成するのであれば、既存の区分は一度解体せざるを得ないだろう。


 ――内部の業務プロセスを最適化する。


 要するに自分達の業務をDXする事と同じだ。

 自社の業務を最適化する事そのものが、DX手法の検証にもなる。


『で、それらを束ねると――』


 定義、役割、プロセス、体制が整う。


 そこまで揃えば。


 ――事業が、成立する。


 逆に言えば、どれか1つだけを直しても足りないという事でもある。


 役割だけ増やしても、課の分断が残れば噛み合わない。

 課の分け方だけ変えても、価値を定義する機能がなければ迷走する。

 業務フローだけ整えても、何の為に最適化するのかが曖昧なら意味がない。


 だから、必要なのは部分的な改善ではなく、構造ごとの見直しだった。


「……よし、こんなトコ、ですかね」

『1回確認しますね……うん。うん……問題ないと思います』


 上田さんが画面を見たまま頷く。


 俺も、開いたままのレポートを見返した。


 直したい所は、もう特に見当たらなかった。


『後はこれを、メンバーにも確認して貰って、最終提出ですかね』

「そうですね。いやー上田さん、ホント助かりました。ありがとうございます」

『いえいえ、それではまた』


 上田さんの顔が消えた。


 改めてレポートを追う。


 画面の中には、ここまで積み上げてきた議論が、ようやく一本の筋として並んでいた。

 あの時は噛み合わなかった話も、こうして文章にすると、何が足りなくて何が必要なのかは案外単純だった。


 もっと色々な書き方はあったのかもしれない。

 角が立たないようにぼかす事も、当たり障りのない結論に寄せる事もできただろう。


 けれど、それでは意味がない。

 少なくとも今の俺には、ここまで削った言葉以上に削る気にはなれなかった。


 言いたい事は、全て書いた。

 何が問題で。何がズレていて。どうすべきか。全部が、そこでは繋がっている。


 後は――提出するだけだ。

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