98式噴進砲 その14 (魔女が笑っていた…)
ポチです。
題名で…
あ!
と思っていただければ幸いです。
ではお楽しみください。
ニューギニア島は、かなり大きな島である。
日本列島を二つ以上まとめたほどの広大な島。
その中央には、島の南と北を隔てるように巨大な山脈が横たわっている。
標高四千メートルを超える山々が連なり、深い密林と雲に覆われる。
そこには、「魔女」が棲んでいるともいわれた。
人々もまた、山と森と河川によって隔てられていた。八百を超える言語が話され、それぞれの集団が各地に村をつくって暮らしている。隣の谷へ行けば、もう言葉が違うことさえある。「ワントーク」。同じ言葉を話さない者は同じヒトとは考えられなかったという報告もある。
近代的な町は少ない。ポートモレスビー、ラエ、サラモア、マダンといった植民地行政や港、鉱山によって生まれた町が、海岸沿いに点々とあるだけだった。
そして何より――道路が、ほとんどない。
海岸から少し内陸へ入れば密林。その先には湿地。さらに進めば山である。
島は大きい。だが、その中を人や物が移動するための道は、ほとんどなかった。
しかし、日本はこの島を狙った。
日本軍はラバウルを南太平洋方面の拠点としたのち、同年3月、ニューギニア北東岸のラエ、サラモアを占領する。その目的の一つは、ニューギニア南岸にあるポートモレスビーであった。
ここを取れば珊瑚海は日本にとって「バスタブ」となる。連合軍にとってはオーストラリアへの圧迫となる。
珊瑚海海戦が始まる。
傍から見れば、後に続くミッドウェーの前哨戦のように語られることも多い。
だが日本にとっては、開戦以来初めて、予定していた攻略作戦を途中で止められた戦いでもあった。
「延期」という名前の「中止」
海軍にとって、ポートモレスビー攻略そのものはひとまず棚に上がった。
航空隊を出す。輸送船を護衛する。必要なら艦艇も出す。
「手は貸してますよ(唾つけとこ)」
……くらいの距離感である。
が、ガダルカナルがすべてを変えた。海軍はそちらの方へ戦力の全振りを行う。
陸軍は違っていた。海から駄目なら、北岸から山を越えて行く。そうスタンレー山脈を越えてポートモレスビーへ。地図には道があり、山脈には、ココダ・ギャップと呼ばれる切れ目があった。地図の上では、そう見える。だが、「ギャップ」という名前から想像するような、一本の峠道ではなく、山脈が十キロ余りにわたって少し低くなっているだけである。そこへ至る道も、車が通れるような道路ではなかった。人が歩くための道だった。
最初は日本軍が豪州軍を押し続け、破竹というべき勢いでココダを占領。山脈を越えてポートモレスビーへと歩みを進める。が、ポートモレスビー手前のイオリバイワを占領した時点で、南海支隊は当初の四分の一にまで減っていた。
「ポートモレスビーの町の灯が見える」
ここで最大の敵になったのは結局補給。道と言っても実態は山中の獣道よりはましな狭い徒歩路に過ぎない。重火器も弾薬も食糧も人力輸送に頼らざるを得ない。そして、前進すればするほど、活躍すればするほど補給線が伸びていった。兵は飢えていく、病傷人も増えていき、部隊そのものが消耗する。
誰が悪い?
歩いて行かせた本土の作戦部? 行けると判断した現場の上層部? 運べなかった現地の兵?
ニューギニア戦では、最初から「輸送」が戦闘そのものだった。
山脈を越えてポートモレスビーを奪う作戦は、そこで断念された。補給が続かなかった。だからポートモレスビーへ届かなかった。山脈を意気揚々と越えていった兵は、その数を減らした。そしてまたその山脈を足を引きずりつつ戻っていった。
「魔女は笑っていた」
日本陸軍は北へ退く。山脈の低まり――ココダ・ギャップを抜け、密林の中を這うように続くココダ・トラックを、今度は来た方向へ戻っていく。その後ろを豪州軍が追った。
ココダという互いに戦前まではよく知らなかった地名が表に現れる。山の中にわずかな平地があり、小さな集落と政府の駐在所、そして飛行場がある。それだけだった。
だが、この戦争では、その小さな飛行場があるというだけで意味を持った。
日本軍はしばらくポートモレスビーをあきらめた。それはもちろんニューギニアの放棄を意味するものではない。陸軍が山脈を歩いていたころ、海軍はニューギニア東端のミルン湾を攻略することを画策する。ここには連合軍の飛行場があり、日本側から見れば放置できない場所、海軍としてもどうにかしようと戦力を集めた。が上陸部隊は豪州軍・米軍に阻止され、9月初めに撤退する。失敗の原因? いつものことだ。連合軍兵力を大きく過小評価していただけだ。
日本側の攻勢は次第に行き詰まり始める。
ここで、やっと、日本は攻勢から防御へと舵を取る。ほんとにやっと。
最初に上陸した北岸のブナ、ゴナ、サナナンダ周辺を中心に防御陣地を築く。つまり、島の中へと兵を出すのではなく海岸の拠点へと。日本軍は掩体、塹壕、機関銃陣地を組み合わせて抵抗するが、豪州軍と米軍は航空支援を受けながら徐々に圧迫していく。この三つの拠点はじわじわと、それこそ真綿で首を絞められるような形で攻められ、陥落する。それはガダルカナル島からの撤収作戦とほぼ同時のことであった。
だが、まだ攻める余力が完全になくなったわけではなかった。
ラエ、サラモアの内陸には、ワウという小さな町がある。
ここにも飛行場があった。日本軍はサラモアから山道を進み、これを奪おうとした。また山である。1943年1月、日本軍はワウまであと数キロというところまで迫った。だが、今度は連合軍が飛行場を使った。
輸送機が次々と降り、兵を運び、弾薬を運ぶ。
日本軍が山道を歩いている間に、豪州軍は空から増えていった。
ワウ攻略も失敗した。
ニューギニアでの輸送能力の差が、ここではっきりと姿を現し始めた。
ポートモレスビーへ攻め込むための足場は、次々に失われていた。だが、日本軍にはまだ残された拠点があった。ラエ、そしてサラモアである。
連合軍から見れば、次は当然ここを攻める予定。
日本側から見ると、ラエ・サラモアは絶対に維持しなければならない場所。
維持のためには兵力を、補給を…
ただ、もちろん陸路はほとんど使えない。細すぎる航空輸送だけではどう考えても量が足りない。ならば?船で運ぶしかない。
話は多少、さかのぼる。
この時期のラバウル航空隊の活躍もあって、海軍航空隊ばかりがニューギニアやガダルカナル島を巡る戦いに明け暮れたかのように見えるが、日本陸軍の航空隊もそれぞれに活躍していた。単に表に出ていないだけである。
「無理? 新しい機関砲を届けたぞ?」
そう。そのころ、やっと数が揃い始めた十二・七粍機関砲が、これまでの七・七粍に代わって載せられ始めていた。陸軍戦闘機は、ようやく連合軍機に対抗できるだけの火力を手に入れつつあった。
「ベテランは置いときます。あの連中は自分でどうにかします。が――足らないんです。火力が」
「足らない?」
「双発爆撃機なら、なんとかしているようです。しかしB-24、B-17……あいつらは無理です。墜とせません」
「あ……あれ、三十七粍があったよな?」
鼻で笑う。
「飛んでる最中に一発ずつ込めて、撃つんですよ。理屈の上では大したものですが……」
「海軍は二十粍を前から持っていますよね」
「欲しいですね。こっちもいろいろ作っているみたいですが……すぐとなれば」
「なら、どうする?」
しばらく誰も答えなかった。
「あの……」
別の一人がおずおずと口を開いた。
「面白い資料がありまして…ノモンハンです」
「ノモンハン?」
昭和十四年。ハルハ河でソ連軍は、I-16戦闘機の翼下にRS-82――八十二粍噴進弾を搭載し、日本機に向けて実際に発射している。当然、日本側でもそれは観測され、報告されていた。忘れられていただけだった。一枚の古い報告書が机の上に広げられた。
しばらくして、一人が言った。
「……だったら」
「九九式襲撃機で試している噴進弾。あれって――」
少し間を置く。
「対空用にも使えませんかね?」
誰かの仕事が知らないうちにまた増えた。
試作は、飛んだ。それなりに満足な出来であった。そこまではよかった、問題は、その次だった。
「まず二千、実戦用に…」
しばらく返事がなかった。
「二千?」
「うまくいけば増える」
また、嫌な言葉が出た。
増える。
千発単位になると、自分の仕事なのだろうか?
噴進弾は一つの工場では作れない。
日本では
「「巨大企業一社が全部つくる」(一社の一工場で弾体から信管、推進薬、電装まで全部作れるわけではない)のではなく、政府が中心になって、既存企業・国営工場・自動車会社・下請工場を一つの生産網として動かす」
という方向で量産体制を作り上げた。
後から考えると、イギリスの「Shadow Factory Scheme(シャドウ・ファクトリー計画)」というのが近いかもしれない。
「航空機会社だけでは足りない。ならば政府が工場・設備を資金面で用意し新しい工場を作り、自動車会社などの量産能力を航空機生産へ動員する」(ん~~近いか? まあアメリカやソビエト、ドイツの量産体制よりは近いといっていいかも?)
日本には、そこまでの余裕はない。なら、今ある工場をつなぐ。
鋼管が得意な会社には弾体。
精密機械会社には信管。
化学工場には推進薬。
板金会社には翼。
電装会社には点火装置。
これまで何の関係がなかった会社同士が繋がっていく。
軍需品を作っていなかった工場がその旋盤で部品を削る。
そう、周辺の小工場が部品を供給したのだ。
得意なところに、得意なものを作らせる。そこまでは難しくない。難しいのは、その次だった。
別々の工場で作ったものを、何も調整せずに組み合わせる。それらを最後に合わせるところ、最終的な組み立てを行うのが工場グループのトップの役割である。
規格、図面、公差、ゲージ、そして検査法、ロット管理。
つまり「既に各地に散らばっている専門能力を生かして部品を製造」そして「規格・図面・ゲージ・検査法によって一つの製品へ束ねる」という二工程が似ているようで少し違う、というか、日本の弱点であった『公差』をできるだけ使えるようにとした結果である。
第一次大戦を経て、日本でも工業品の規格統一の必要が強く意識されるようになった。
結果として「日本標準規格、JES」を設定した。しかし、日本には三つの物差しがあった。
一つはもちろんメートル、
次に米・英のインチ・フィート、
そして尺。
これらはそのまま工場に流布され、そして使われている。それをメートル単位の「JES」とする。官庁の図面はメートルへ移っていった。だが工場の中から、インチと尺が突然消えるわけではなかった。今まで使っていたものを使うなということはなかなか難しかった。しかし、戦争は一気に「臨時日本標準規格(臨JES)」へとなだれ込む。戦争は「臨JES」を生む。残す規格があり、緩められる規格、新しく決めなければならない規格を。
そして軍需品の図面でも、同じことをやる。どこまで違ってよいのか。
一つ一つは、特別に珍しい仕事ではなかった。
問題は、全部が同じものを作らなければならない、ということである。それは、一個一個の職人技を排除したというより、職人技を必要とする場所を減らしたのである。
だれが作っても同じものを
最初のころのロットは、かなり撥ねられた。
「昨日の弾では入ります。今日来たやつが入りません」
「図面は?」
「同じです」
その言葉を聞いて、工場の検査員の顔が曇った。
また、それだった。図面は同じ。だが、出来上がったものは同じではない。
発射架、弾頭、弾体、羽根、など、それぞれの製造工場では「この寸法なら合格」として送り出した。それぞれが正しい。が、二つを合わせると入らない。
それぞれの穴の位置、サイズ、かすかな角度。
それを最終的に組み立て工場の職人が一つずつ調整していく。(またそれか? それなんです!)
検査は繰り返され、少しずつ部品は改善されていく。それぞれの工場に文句を言うより先にどうすれば良いかの提案を与えるために組立工場の検査掛が図面を抱えて各工場を走り回った。このままいけばこの工場は未完成品に溢れる。そして「雲の上」からのお叱りを受ける。それくらいならばまだ走る方がマシだ。
原因を追う。翼? 弾体? 噴進部? それとも最終組み立て?
一本だけ調べても分からない。調べる数だけが増えていく。
製造番号を見る。同じ日に作ったものを集める。同じ工場から来たものを並べる。
そこで、ようやく癖が見えてくる。
帳簿をめくると、そこに部品の工場名が出る。次は材料の受入記録。その次は加工日。更に検査表、担当者。製造者だけでなく検査員のことも調査の一つだった。
一発の噴進弾を調べるたびに凄まじい勢いで紙の束が増えていく。
「……どこかで聞いた話だな」
誰かが呟いた。みんな、聞こえなかったふりをした。
仕事が、書類が加速度的に増えていく。
空中で使う。
「どのくらい散る?」
「このくらいです」
紙に円を描く。まあ考慮のうちだ。諦めよう。
「千までは?」
「落下量も散布界も、まあ読めます」
「二千は?」
「……どこへ行くか分かりません。それに…実戦は経験してませんから…」
なるほど…確かにそうだ。
噴進薬の出来。弾体の重さ。翼の取り付け。発射架の向き。その一つ一つの誤差は小さい。だが、それが重なる。そして空では、それが何百メートル先の差になる。
そこで製造工程がまた変わった。全部を精密にするのではない。飛び方に効くところだけを揃える。必要なところだけ公差を狭める。どうでもいいところは広げる。
削る時間を減らす。検査を減らす。だが、飛翔に効くところは逆に厳しくする。
それはいつもの話だった。
必要ならやる。必要でないなら、やらない。
「弾頭ですが…このままで良いですか?」
誰かが提案する。いかん、聞くな、仕事が増える言葉だ。誰かの悲鳴が聞こえる言葉だ。
「まず、直接当てることを考えてますよね」
弾だからな、当てることが当然だ。
「けれど、散る。ならば、散弾でできませんか?」
悪くない考え方だ、誰が作るかを考えなかったら…
「タ弾、使えません?」
ここに航空関係だけでなく、技官がいたら天井を見上げたろう。
そう決まった瞬間から、噴進弾そのものだけでなく、タ弾をまき散らすための信管のばらつきまで問題になった。そこで、発射試験が製造検査の一部になった。要求だけが増えていく。
それでも、少しずつ形になっていく。
やがて、木箱に入った噴進弾が倉庫へ積まれ始めた。
一本ずつではない。十箱。百箱。箱の側面には製造番号と検査印。
整備員向けの薄い説明書。
扱い方は短かった。
大型爆撃機に使用。一度に撃て。
現場の航空兵が、その紙を読んだ。
「ずいぶん簡単だな」
整備兵が箱を開ける。
中に並んでいるのは、見慣れない太い弾だった。
「これで四発機が落ちるのかな?」
「知らん、試してくれってことだろ」
「で、どこへ持っていく?」
書類を読む。そこには行先が書いてあった。
ラバウル。その下に、さらに小さな文字がある。ニューギニア方面航空部隊用。
工場では、もう次の製造組が流れていた。
ビスマルク海、日本軍が拠点のラバウルからニューギニア北岸のラエへ向かう船団は、ビスマルク海を横切り、ダンピール、ヴィティアズ両海峡方面を抜けていく。ラバウルからラエまでは直線でも700km前後。もちろん島を回り込むのでそれ以上の距離となる。その距離を敵航空機が襲う。その中を低速の輸送船で向かい、到着後には港湾設備の乏しい港や海岸で兵・砲・弾薬・食糧をほぼ人力で揚げなければならない。
1943年初頭、次に重要になるのはずのラエ・サラモアへの輸送を考えた。ここを維持するには、兵も弾薬も食糧も増やさなければならない。船しかない。大量に運ぶためには。
「第八十一号作戦」
何の意味もない、数字だけの作戦。が、陸軍にしても海軍にしても本気の作戦を考えた。
第51師団を中心とする約6,900名と大量の兵器・物資。それを運ぶための輸送船8隻、そしてそれを守るための駆逐艦8隻。
輸送船と同数の駆逐艦? (この数を理解できた貴方は偉い!)
これまでの輸送でその危険さを理解したためである。特に連合軍の航空機の攻撃。駆逐艦で守れるのか?
駆逐艦にはラバウルでかき集められるだけの機銃を増設した。そしてその中には四角い箱も。駆逐艦には二箱、そして甲板に余裕がある輸送船にも二箱。
2月28日の夜に船団はラバウルを静かに出発する。ラエ・サラモアへ。
夜をついて出港したにもかかわらず、すでにこの船団の動きは通信情報などから事前に連合軍に知られていた。出港前の19日、船団準備の情報をつかみ偵察を強化していた。同時に米第5航空軍と豪空軍は対船舶攻撃を狙っていた。上陸させると面倒が増える、ならばフネに乗っている時にその面倒を少なくしよう。
船団は悪天候を利用しながらニューブリテン島北岸を回り、ラエへと向かう。
「ダンピール海峡」
ここを抜けようとしていた。そこに…雲の切れ間からB-24。見つかった。爆弾は落ちなかった。その方が、むしろまずかった。
翌3月2日。再び船団は発見され、B-17がやってきた。
ここに既に一式戦が侍っていた。飛行第11戦隊の一式戦。既に12.7ミリ機関砲に換装した機体ではあったが、今回は対空噴進弾をそれぞれの翼に3発。全部で6発…
「あいつか…」
日本軍としてもこのダンピール海峡が狙われやすい場所だということは分かっている。だからこそ、近辺の陸海軍の戦闘機部隊が守りを固めていた。
最初は12.7ミリ機関砲、あたりを付ける、そして翼下の噴進弾。
白い煙が南の空に流れる。6つの火箭が空に、傘を開く。いくつ当たったかは分からない。B17から伸びていた機銃火が、一瞬ばらけた。それが必要である。チラリと周囲を探ると、一機のB17が直撃したらしく火を噴きながら高度を落としていく。こっちはまただ、機体を近づけ、12.7ミリ機関砲を全て打ち込む。ぐらりと機体が崩れる。ぶつかる前に機体を上へ。白煙と黒煙。効いた?効いてない? どちらでもいい。編隊がバラバラとなり、それぞれの機体が勝手に進路と高度を変える。それだけで船団が守られる。
ダンピール海峡が狙われる場所だということは分かっていた。だから日本陸海軍共にそれなりの数の戦闘機を繰り出した。その日は高空からの攻撃に陸軍が対応し、輸送船2隻に爆弾が降った。1隻は大破しそのうち沈没、もう1隻は小破、自力でついて行ける。その日は船団を守ったのだろう。ただ、未だにダンピール海峡を抜けていない。
夜、木村がまた髭を蠢かす。
「雪風、朝雲へ連絡、拾った兵をラエへ持っていけ」
一瞬、返事が遅れた。護衛の駆逐艦を二隻、船団から外すことになる。
「ここまで運んできたんだ。届けろ」
夜、雪風と朝雲が船団を離れた。二隻は兵を降ろすと、翌朝にはまた船団へ戻ってきた。
次の日、3月3日。
ここで戦いの様相が変わる。いや、前日の戦いが連合軍の本気度を上げたとも言える。船団はラエへ近づく。連合軍、米豪航空隊が大規模な協同攻撃をかけることとなる。
上空にB-17、中高度にB-25、低空にボーファイター、さらにA-20。敵の戦闘機も散らばっていた。
非常に厄介。さまざまな攻撃方法が同時に来る。対応できるか?
B17には陸軍の航空隊が取り付いた、前日の対空ロケット弾の影響である。皆が自信を持っている。低空へとその隊を作ったB25やボーファイターには海軍航空隊も降りていった。艦艇攻撃のための場所・高度、日本海軍にとっても分かりやすい連中である。
しかしB25は低空へと…海面すれすれから…いわゆる「反跳爆撃(skip bombing)」。
木村昌福少将
この時の護衛のたの駆逐艦隊司令である。
「空、すごいな…」
自慢のひげを蠢かせながら、白雪の艦橋で呟く。
あちらこちらで敵・味方の飛行機が飛び交い、白煙、赤い火箭、短く赤く連続する点、空一杯に広がっていた。所々で黒い煙を上げながら墜ちている。アレは双発機、敵か…
「低空、監視を強化」
もちろん中高度を無視することはない。が、周囲は、その一言で動き回る。伝令が走り、他艦へは無電、またカチカチと点灯式の通信機がその意思を伝える。
「機銃は? 噴進砲は?」
「配置、ついてます」
「よし、伝令。『諸君らの奮戦を求む』と」
まずはボーファイターが攻撃に来た。輸送船との隙間に入り込み機銃を浴びせる。次に雷撃のA20、そしてB25が雷撃さながらの超低空で迫った。その高度も違い、攻撃方向も違っていた。一機一機の技量だけが問題ではなかった。異なる攻撃方法を同時にぶつけてくる。
艦の機銃はその攻撃に右へ左へ、上へ下へと振り回されていた。しかし噴進砲は異なっていた。自分の守るべき位置を知り最小限に角度を振りそして発射した、一斉に。それまで数回の実戦を受け対空噴進砲はその能力の限界を理解して敵機を邪魔することに自兵器の役割を果たそうとしていた。動かす兵らは未だ十分にはこの箱を知らない。が、実戦を通す中で、マニュアルは洗練され、そして共通知識として浸み込んでいた。
20数発の白煙が艦から離れる。低空を飛んでいたB25の中の1機がぐらりとし、そしてそのまま海へとざんぶと入る。水煙が上る。艦のあちこちで歓声が上がる。その間、耐火服を着、黙々と弾を込める兵がいた。
木村は船団の形が崩れないように、護衛の駆逐艦に次々と命令を出す。しかし被弾した駆逐艦、輸送船への被弾に対応してそちらへと救援に行く駆逐艦、次第に船団はその形を崩していく。勝手に動き出すフネもいる。生き残ろうとしているのだろう。命令を出す。また報告が来る。また命令を出す。髭が崩れる。そして船団も崩れていった。
それは連合軍にとって狙っていたことでもある。
「どうやれば船団を壊せるか」
それこそが複数多方向攻撃となっていた。
しかし、高空の攻撃には噴進弾を利用した陸軍航空隊が、中・低空の攻撃には海軍航空隊が、そして低・超低空の攻撃には駆逐艦の増設された機銃と対空噴進砲が…
万全の準備をしてきた連合軍航空隊だった。だがその攻撃は予定したほど綺麗には重ならなかった。訓練が悪かったわけでも連合軍の連絡か悪かったわけでもない。
ただ、空では戦闘機が絡み、低空では白煙が広がる。船も避けて、駆逐艦も撃つ。
一つ一つは、小さな邪魔だった。その小さな邪魔が、同時に重なった。
万全の用意をしていた連合軍航空機隊はその攻撃力を、日本の輸送船団を壊滅するために編制された攻撃力を発揮できないままに終わっていた。
損害は出た。しかし船団そのものはラエまで押し込めることができた。
白雪はラへへとその進路を向けていた。後2時間くらいだろう。
甲板上には輸送船が沈められて泳がされた陸軍兵。
「助けられて良かった…」
兵器と食料・物資さえあれば、この兵らは戦力となる。そしてそれ以上に人の命が助かった。
翌4日。輸送船は8隻から6隻へと、駆逐艦8隻は6隻へと。
ラエにその残存船団をあずけるとすぐにダンピールの海域に戻り、海に残っていた生存者をずっと救助していた2隻の駆逐艦を助けつつ救難活動を続けてラバウル方面へと戻る。
救難活動を邪魔する連合軍機に対して、残っている防空用の兵器を全て使い切った。
「航空優勢を失った海域へ、大型輸送船団を送り込む」
今回は損害を受けながらも通った。
が、次も通るとは、誰も思わなかった。
同じ賭けを、何度も繰り返せる輸送方法ではなかった。元金はそこまで多くはない。それができるのはかの連合艦隊の司令長官くらいであった。
ならば?
輸送は駆逐艦、潜水艦、小型舟艇・大発などへ依存していく。
それは、ガダルカナル島への輸送体制と同様のこと。一度に運べる量は激減していく。
兵器は間違っていなかった。ただ敵の戦い方が、それ一種類ではなかっただけだ。
報告書が本土へ送られた。
『効果アリ』
その四文字の下には、当然のように要求数量が書いてあった。
担当者は数字を見る。
「……また増えるのか」
増える。
そして今度は、同じものを大量に作らなければならなかった。
別の場所、日本国内ではある。
新しい図面と限界ゲージを収めた小さな木箱が閉じられていた。複数ある。
行先は、まだ噴進弾を作ったことのない工場の一つ。それが複数。
単なる部品の図面。しかし、これからの「数」を支えるモノ。
「ゲージも送りますよね?」
「ああ」
当たり前のことを聞くなと言うような雑な答え方。
「図面だけじゃなく…」
「…図面だけじゃ、また入らなくなる」
お前はこの数ヶ月、何を見ていたのかというような呆れた口調。
蓋が打ち付けられる。
その音が工場内の騒音の中でも響く。
何か、悲鳴のような、嘆き声のような、歓声のような、そんな音だった。
「魔女が笑っていた」
ちょっとまとめすぎたかな?
という気持ちもありますが…
かの『スタンレーの魔女』
に敬意を表して、描かせてもらいました。
さて、
噴進砲開発はこれからも続きますが、視点はこれから諸島戦が主となります。
これまでの幾つかの文章の中では描かなかった…島。
避けていたわけではないのですが…あの島にこの兵器を入れたら…ということで、どう書こうかと結構苦しんでます。
たぶんまた来週に
ではでは。




