98式噴進砲 その9(百発百中?百発一中?)
ポチです。
今回は
砲兵を中心にまとめました。
お楽しみください。
陸軍技術本部第一部・火砲班
日本陸軍の砲という砲、その研究・開発・審査の中枢の一つである。大は要塞砲から、小は擲弾筒まで。砲と呼ばれるものの多くが、何らかの形でここの机を通った。
ではそこに属する人員が多いかというと、現代の地方大学、その工学部教職員くらい…と言えば、規模感は想像できるだろうか。従って複数の砲開発を兼務したり、成果を融通し合うのは珍しくなかった。
いわゆる「噴進砲」もその一つである。
そう、やっと名前が決まる。
『仮称98式噴進砲』(そのうちにまた名前が生える 笑)
様々な名前でいろいろなところで呼ばれていたものが一つの名称となる。
え? 名前なんてどうでも良いだろう?
いや、案外そうでもない。
陸軍も、海軍も、技術本部も、火薬廠も、造兵廠も、民間会社も、同じ名前を使う。
図面にも、試験成績にも、補給の書類にも、その名前が書かれる。
同じ名前で呼べるということは、同じものについて同じ認識で話せるということだった。
技術本部の一角に人が集まる。そこまで多い人数ではないが、日本各地にある砲兵関連の場所から集まった人々であった。
着弾図を見ていた砲兵将校が言った。
それは工兵用の「破障弾」を元とし、発射架を簡易な砲身で運用するようにしたもの。とりあえず試験としてはそれで十分なものだった。
「ここまで散るのか…」
冷めた視線であった。
「こんなものを砲というのか? いや、いって良いのか?」
別の者が図を横から見る。
「……何発撃った?」
「二十発です」
「じゃあ百発撃ってみろ、話はそれからだ」
一ヶ月後、噴進砲は大阪の造兵廠から貨物車で運ばれてきた。臨時便ではあったものの鉄道院は定期の列車の隙間を埋める形で運行した。千葉の富津射撃場まで二日。
封緘を切り、扉を開ける。うずたかく木箱が積まれている。
「三百?」
「第一陣でそれだけ、この十倍は飛ばすよ」
準備に二日かけた。
「撃て!」
一発、そしてしばらくして一発…
白煙が発射位置にたまり始める。十発も撃つと止めるしかない。
「やはり散りますね」
聞いていた1人が鼻を鳴らす
「後ろに飛ばないだけマシだ」
かの初期の頃の試験結果も共有されている。
「少なくともまっすぐには…標的近くには飛んでいる」
やっと白煙が薄くなってきた。周辺に待機していた砲兵らがまた砲架に弾を運んでいる。
「やれやれ、十発でこれならば百発撃つには日が暮れますね」
発射時間と待機時間とがさほど変わらない。
はっとした。
「砲は、発射する砲はいくつ持ってきた?」
何かしらがひらめいた。ただぼんやりとしている。
「確か、十門ですが…それが何か?」
目の前にあるのは二門。試験なのだから、その程度で十分だ。十分なはずだ。
が、
どこかで見た図が頭に浮かんだ。着弾点が、ばらばらと紙の上に散っている。
しかし、本当か?本当にそれでいいのか?
そして、周りが納得するのか?
「これ、一発ずつ撃つ必要あるのか?」
その言葉は小さかった。
「…じゃあ…、十門いっぺんに撃つんですか?」
そして現場は慌ただしくなる。ただ、それは二つのグループによって質が異なった。
一つは砲兵である。倉庫に保管されていた残りの砲を運ぶ、弾ももちろん運び込む。位置を決め、整地し、砲を備える。スコップが大活躍だ。均土車は未だ配備されていない。
もう一つは天幕の下、開発部の10人に満たない将校の群れだ。
「危険すぎる、無茶だ」
「無駄が多すぎる」
その反駁は予想されたものであった。
「だからこそここでやるんです」
「何?」
「戦場で十門並べてから、駄目でしたじゃ困るでしょう」
批判は少し小さくなった。
「戦場で失敗することを少しでも減らしたいだけです」
富津の結果は次の日には技術本部へと上げられた。
「いっぺんに撃つ? 十発を…」
「いや、その辺はこれからまた考えますが、重量的には速射砲の砲架あたりでも六門は載ります、大砲みたいな反動はありませんし…」
砲兵監部から来た将校が問う。
「何のために使う?いや、何に使える?」
「前線の陣地攻撃に直射、少し距離がありますが敵砲兵陣地などに曲射……」
「点…ではなく面か…、なるほど……」
歩兵連隊の歩兵砲中隊(連隊砲)に四一式山砲を装備される砲の門数は四門。一斉に撃ったとしても四発。そして発射速度は毎分六発程度。二十数発。その二十数発以上を一斉に、数秒のうちに撃てる。しかも試作のものとはいえ口径は倍近い。
「使い方次第だな…使える…」
軽く頷くと、こちらをチラリと見る。
「とりあえず作れ、使い方はこっちで考える」
「まだ試作ですが…」
「だからだ、今だったらあれこれ考えられる。15センチだったな? 20センチにしろ」
だからって、無茶ぶりしないで欲しい…
多連装化が本格化する。砲を砲架に何本並べるか、一斉射か時間差か、どのくらいの面積を覆えるかを試す。弾体は工兵用では前線まで人力でしかも中腰や匍匐前進で運ぶことを考え15センチに抑えられていた。だが砲兵なら事情が違う。車両と弾薬段を使える。ならば一発の威力を増やせる。量産時の口径整理も考え、20センチへと拡大された。ちなみに先行して海軍が作った20センチ(正確には8インチ)のものを選んだからではなく、偶然の一致、もしくはその頃の兵隊さんの体力が一致しただけかもしれない。
砲兵監部から人が多くなる。砲兵監部はその砲を部隊編成を含めて何を用意し、どう使い、どう教育するかを整理する側である。野戦砲兵学校からさえ人が来るようになった。こちらは野戦砲兵に関する学術の調査研究、兵器・資材の研究・試験研究、そして教育機関でもある。
試作は制式となり、戦場で使う兵器としての扱いをうけた。
轟音。
いや砲が出すものではなく別のもの、連続した発射音が続く。
機動速射砲用に開発されたらしい砲架を元に強化されたもの。その上に六門の筒が円形に並んでいた。
「重いな」
「六発ありますから」
「五発にする?」
「いや、六発の方がきれいです」
見た目で決めるなよ! お前…
発射の時に離れていた兵が次の弾を運んでいる。もたもたした動きは見せない。なにせすぐ近くに教官が目を光らせている。
野戦砲兵学校
千葉県旭村。ここに集まっているのは各地に散らばっている砲兵連隊のこれからの中核となる将校や下士官。
富津へと連れられ、そして目新しいもの、噴進砲を目の前にした。
説明を聞く、困惑する、なにせこれまでの常識とは異なる。砲? 砲なのか?一斉に撃つ?最初から?あまりにも違う。が、言われた以上やってみるしかない。
「既に試験は終わっている。効果も確認した。だが、どう使うかはこれからだ。で、我々は実際に部隊で使う方法を見ている。諸君らには、それを一つ一つ確認して欲しい」
次の日から、中隊単位で実際に撃つ。
1発ずつ、二発ずつ、三発ずつ…そして六発の斉射。
更には中隊全門四基の斉射。
散布界、射距離、観測、斉射法、陣地転換などを詰める。
兵器として成立した噴進砲が、今度は「部隊」という新しい身体を要求し始めた。
「これって、もっと大きくならない? 30センチくらい…」
仕事増やすなよ!お前…
◇ ◇
昭和十六年十二月二十二日 ルソン島、
その日、リンガエン湾へ第十四軍主力が上陸した。
日本としてもマレーに続く大きな上陸作戦であった。陸軍に割り当てられた輸送船を中心とした船団が、まずは小発や大発、それを支援する小艇をクレーンで降ろし、そしてまた兵らが縄梯子で大発へと乗り込む。もちろん、人間だけではない。トラック、砲、戦車、そして様々な物資も載せられていく。
海は荒れていた。大発はなかなか安定しない。フネの高い艦舷にぶつかりそうになり、それでも操縦手や乗員は腕力と脚力でフネとの間隔を空けていた。
「演習よりマシだ」
そう、上陸演習は何度も繰り返され死者が出た時もあった。
「無事に上陸させるさ!」
まず人が上がる。車両も上がった。だが、重いものほど後になる。砲にしても戦車にしても遅れがちとなる。その中に、山砲兵第48聯隊に新設された噴進砲中隊もあった。すでに中国では何度か実戦経験をしていたが、そのほとんどは補助的な役割ばかりである。なにせ聯隊本部は未だどう使って良いのかが分かっていないからだ。
同じ使うのならば、使い勝手が分かっているものを使う、そういうことだ。
『100式20センチ多連装噴進砲』
と名付けられたもの。
砲身は短い。
駐退機もない。
試製四十七粍速射砲の機械牽引用砲架を基礎に補強した砲架の上へ、六本の筒が並んでいる。
砲架自体は比較的軽い、少なくとも普通の大砲よりは揚げやすかった。
「弾は?」
「次の大発です」
「……兵器ってのは面倒だな」
山砲の弾薬に比べるとその弾体は重く、そしてその消費量は多い。上陸戦では痛し痒しのところがある。が、山砲よりも早めに揃った。次の大発でとりあえず数斉射分の弾体も揃った。
「先に行け、歩兵が待っている」
聯隊本部は噴進砲中隊に前進を求めた。聯隊全てが揃うまでは時間がかかる、そして上陸地点をいつまでも塞いだままにはできない。
中隊は前進した。
翌二十三日。
日本なら冬の時期である。だが、ここには冬の色がない。遠くの山だけが薄く霞んでいた。
それまで順調だった歩兵第47聯隊の前進が止まった。
「何に止められてる」
聯隊長の柳勇大佐は伝令に訊ねる。
「砲兵です」
伝令役の若い少尉は地図の上、シソン南方に指を置いた。前進の途中である。連隊本部などは常に移動している。天幕などは使う暇がない。
「被害を考えなければ突破できます。けれど…」
「まだ始まったばかりだ、必要な損害の場所ではない」
「で、その位置は?」
「正確には分かりません。前はこの辺です」
鉛筆で丸が描かれる。
小さくない。
「……だいたいの位置しか分からんのか?」
「砲そのものが見えません。林の向こうです。発砲は確認しています」
目の前には多少の段はあるが比較的広がった田園風景、そしてその間を伸びる道路。兵らが隠れるような地形が少ない。そしてその向こうに樹木を抱えた丘陵が迫っているその中に敵の砲兵陣地がある。時折発砲煙だけが樹木の向こうに白くちらつく。少し遅れて砲声が来る。さらに遅れて、こちら側で土が跳ねた。
「撃ってくれと言っているみたいじゃないか?」
連隊長だけでない。本部の連中が地図を覗き込む。そして砲兵将校がその丸を見た。
富津で見た着弾図を思い出した。その後も何度も同じような図を見た。
「噴進砲中隊を前へ」
歩兵連隊に追随していた噴進砲が前線へとかり出され、しばらくして砲列ができた。
「どこを狙います?」
噴進砲中隊長が尋ねる。
聯隊付きの砲兵将校が地図を見た。
少し考えた。
「狙わなくていい」
指が、先ほどの丸をなぞった。
「この辺を適当に撃て、斉射だ、全力で行け」
「全部?」
中隊長は一度だけ地図を見る。
そして、少し笑った。
「……なら、得意です」
砲兵将校が顔を上げた。
「この兵器、一発を当てるのは苦手なんですよ」
六本の筒が仰角を取った。
隣も六本。
さらにその隣。
中国では一発ずつを狙いながら撃たされた。
しかし富津では何度もやった。
射距離。散布界。発射間隔。斉射。陣地転換。
だが、今度は標的が土でも旗でも紙ではない。
「第一小隊、方位、仰角、合わせました」
上陸時に濡れた衣服は既に乾いていたが、砲配置のための汗が噴き出ていた。
疲れがあるだろうに、兵らは元気だ。
弾薬手が離れ、一瞬、射撃手と副射撃手だけになる。
「撃て」
射撃手と副射撃手も少し離れ、砲から伸ばした点火線、そのスイッチを押す。発射位置から人が消えた。
轟音。
一基六発。
間を置かず、次。また次、更に次…。
白煙が道路脇を覆った。山砲の発砲音とは違う。一発ずつ腹へ響く音ではない。短い時間に、音そのものが重なる。向こう側で土煙が上がる。樹木が飛ぶ。そして砲兵陣地と思われる場所。しばらくすると湿ったような土の匂いがかすかにこちらにも流れてくる。
当然、全部は当たらない。というより、かなり外れた。
が、その威力は山砲の一斉射撃に比較しても数倍のように思えた。
「……散ってます」
「知ってる」
二斉射目。
また白煙。
今度は向こう側の爆発が、一つ一つ数えられなくなった。
これまで一定の間隔で聞こえていた敵砲の音がない。遠くでは噴進弾の爆発だけが続いている。
「敵砲撃、弱まりました」
しばらくして歩兵隊の方から伝令が来た。
「弱まった?」
「突っ込みます」
完全に破壊したわけではないだろう。砲が何門壊れたかも分からない。
しかし、弾がこちらに飛んでくる、その間は砲手は伏せる。何もできなくなる。観測も止まり、連絡も途切れる。命令も来ない。その間だけ、砲は砲兵は機能しなくなる。
「歩兵、前へ出ます」
砲兵将校は双眼鏡を下ろしす。
「……もう一斉射、やや後方へ…」
「ダメ押しですか?」
「戦果の拡大…と言うところさ」
しばらくすると、上空を飛行機が飛び始めた。やっと追いついてきたのだ。上から敵の位置が分かる、これから少しは楽になるだろう。
弾の補給のために段列を待つ。暫くは道路端で待機だ。もう一斉射撃一回分しか残っていない。このまま進むのは「勇気」ではなく「馬鹿」だと証明することとなる。
待機している横を戦車が履帯の音を立てながら通り過ぎる。
戦車の後ろには補給物資を載せたトラック。砲兵よりも優先されているらしい。
「おい、あれって?」
トラックの助手席に座っていた戦車兵将校がちらりと道ばたを見る。
「ああ、噴進砲ですね? 砲兵が飛ばしているのを見たことがあります」
トラックを運転していた下士官が何気なく答える。
「なんだかさっきすごい音がしたが…あれか?」
「このへんにはあれしかないようですので、たぶん…」
「砲か… うちにも欲しいな…」
「またまた」
薄笑いを浮かべる。この上官のなんか変なものに興味を持つことは良くある。能力は間違いないけれど…
「あれ…トラックなんかに載せたら、戦車に同行できないか?」
あ、ダメだ、間違いなく上司に話すぞ。強引だからなぁ、上司もまた上に掛け合うだろう。
「くわばらくわばら」
能力を発揮するのは戦場だけで良いのに…心の中で、自分がそれに巻き込まれないようにと呟いた。
そして、その願いは数ヶ月後、富津で崩れた。
いかがだったでしょうか?
お分かりの方も多いと思いますが、あのロケット兵器の原型はドイツの21cm ネーベルヴェルファー42型です。
連休中に少しでも進めます。
ではでは。




