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98式噴進砲 その7(そして…ある『モノ』へと)

ポチです。


やっと始まった?

いやいや、まだ半分まで行かない程度です。

ホントは五文章くらいで終わるかなぁ~と思ってたんですよ(ホントだよ)


今回もあの若手の研究員を使います。

一人の視点って、結構使いやすいなぁ~


では

お楽しみください。

 香港島。

 十二月十九日、朝から、機関銃が撃っていた。

 百メートルほど先。いや、もう少しあるか。山肌に灰色のものが見える。岩ではない。コンクリートだ。そのコンクリートのわずかに空いた銃眼から、また火が瞬いた。

 歩兵が地面へ張りつく。撃たれる。止まる。少し動く。また撃たれる。それを朝から繰り返していた。

 黄泥涌峡。

 香港島の中央部を抜ける道路と山道が交わる。地図の上では、ただの線だった。実際には違う。谷があり、だからこそ斜面がある。道路は曲がっている。その上から敵が見ている。こちらから敵が見えるということは、向こうからもこちらが見えているということだ。


「大隊砲は?」


「まだ来ません、伝令は飛ばしましたが、繋がってないんです」


 また機関銃音、乾いた音が斜面に跳ね返る。

 分隊長が鉄帽を少し持ち上げ、すぐ引っ込めた。


 「工兵を出すか」

 つぶやきつつ、いやいや確かに敵陣までの間に低い灌木と岩があり、隠れられないわけではない。が、最後の数十メートルは開けていた。その間を工兵が走れば…たぶん途中で撃たれる。

「……無理か」

 誰も答えなかった。


「筒ならあります」

 後ろから声がした。工兵隊の将校だった。泥のついた兵隊服、その後ろに数名の工兵。肩に妙な物を担いでいる。ただの筒に見えた。


「何だ、それ?」


「上海で使った奴の改良型です」


 歩兵の将校が見る、確か…知ってはいた。工兵が何やら妙な兵器を試しているという話だった。弾そのものが飛んでいく、そんなよく分からない話だった。


「当たるのか」


 工兵は少し困った顔をした。

「……そこは、…まぁ当たらないとは言いません。あのくらいならばその近くには」


「近く?」

 また機関銃が撃った。周囲の皆が伏せる。

「じゃあ、使ってくれ」


 筒は二本あった。

 第38師団の工兵に持ち込まれた物で、正式な歩兵装備でもなければ、定数表にもない。

 予備の弾も多くない。

「まだ試験用ですから。誰も、こんなに使うと思ってなかったみたいです」


 歩兵の将校は黙った。

 『軍隊では、使えると分かった物は急に足りなくなる』


 工兵が筒を据えた。道路脇にその脚を食い込ませる。角度を合わせ、手際よく弾を入れる。後方を確認し、ガスマスクのその自分の顔の位置をなおす。

「火が出る、後ろに立つな!」

道路脇の歩兵が左右に散る。

 工兵が照準器を覗き、装填手が左右を確認する。

 「よし!」

と言いながら、発射手の鉄帽を軽く叩く。

 発射。音は砲とは違う、短い破裂音。その直後、弾が白い煙を引いた。

 外れた。トーチカの右手で土と石が跳ね上がる。

 「次!」

 別の筒が発射する。何度も訓練したのだろう、見ている限り手順は変わっていない。

 今度は低い。コンクリートの手前で爆発、破片が斜面を叩くものの敵の機関銃は止まらなかった。

 「次!」

 工兵将校は何のためらいもなく、焦りもなく命令を下す。

 三発目、煙、また弾は銃眼へは入らなかった。壁の左側の爆発。黒い煙と土埃が、コンクリート陣地を包んだ。そして機関銃は歩兵の進撃を止めていたその発射を終えた。

 歩兵が走った。

 壊れてはいない。トーチカは残っており銃眼もある。中の敵もほぼ生きていた。だが撃てる状況にはなくなっていた。爆風。破片。煙。何よりも次にも来るかもしれないという不安。そんな中で数秒、射撃を止めた、その数秒だけで十分だ。

 歩兵が岩陰へと進み、また機関銃が再び撃ち始めた時には前とは距離が違っていた。


「壊れてないな」

 戦闘が終わってから、歩兵の将校はコンクリート壁を叩いた。それは確かに硬い。筒の出した弾の破片痕はあるものの陣地そのものは行き残っていたようだ。


「破壊できるとは最初から言ってませんよ」

工兵将校は笑っていた。

「でも、役に立ったでしょう?」


 確かに。

 あの数秒がなければ、何人もが斜面に転がっていただろう。


「弾は…あと何発ある?」


「確か……八発ですね」


「置いてけよ」


「駄目です」

工兵将校は笑いながらいった。

「員数外ではありますが、我々の大切な仲間です。それに…」


おいおいかっこつけんなよ

「それに?」


「まだ工兵用の試用機材なんですよ? 歩兵に渡したら何と言われるかと」


 歩兵の将校は筒を見た。

 命中精度も悪い。弾もかさばる。大隊砲や連隊砲ほどの威力はない。だが砲兵を待てない時に撃てる。砲が来ない場所にいる。工兵が爆薬を抱えて走る前に、そして多数の機関銃などで敵の頭を下げさせられる前に間に合う。


「歩兵でも撃てるよな?」


「訓練すれば。そこまで難しくはありません」


 歩兵将校の顔が微妙に変わった。

 そして

 工兵将校は嫌な予感がした。あの顔は良からぬことを考えている顔だ……


「で、どこに話を付ければ良い?」



  ◇        ◇


 ロケット兵器の研究開発はこれまで陸軍科学研究所の小さな一部門が細々としているに過ぎなかった。が、上海での実戦の中で試作品ながら使えるものとしての認識が広がった。

「命中率は悪いが、使い方次第では…」

工兵が使った、歩兵が見た、砲兵が興味を持った。そして海軍も使いたいと思った。陸軍省でさえ無視できるものではなかった。既に工兵相手だけの兵器とは言えなくなった。

 問い合わせが相次ぐ、射程、弾頭、信管、発射器、そして製造数。研究どころではなくなった。一部門が担うものとは言えなくなった。科学研究所を隷下に置く陸軍技術本部が、ロケット兵器の研究開発そのものを直接取りまとめることになった。

「ロケット兵器に対する連絡会議」

が立ち上がり、大きなシステムとして全体が動き始めた。


そんな中、一人でも国中をあちこちに調べて回る者もいた。




 一晩、汽車の中で寝て、翌日もまだ汽車に乗っている。

 鞄の中は既に混沌としていた。さまざまな資料が増えた。そして唐津でも増えた。きちんと整理する前の段階だが、同じ姿勢で座っているうちに痛くなった腰のままででできることは限られている。気になった資料は早めに目を通していくに限る。

 明るいとは言えない車中で資料に目を落とす。


「その測定器が同じだと、誰が保証します?」


誰の言葉だったか。唐津だったような気もする。いや、もっと昔の話だったか、言い方こそ違ったが似たようなことをこれまで何度も聞かされていた。

 寸法は出せる。一個なら。百個なら話は別だ。測ったと言う。

では、その測った物差しは正しいのか。

研究員は紙を繰った。

また一枚、別の工場の資料が出てきた。


 たどり着いた東京でその日は休暇となっていたもののまた研究室へと足が向いた。

増えた資料は、前の資料と共に整理されないと他人が見えない。

 工作機械。測定器。欠かせないのが工員・職工。

 そして、その余白に一つの名前があった。

 元久保孝一。

 会うべき人物だ。


 行ってみれば、唐津鐵工所とは比べものにならないほど小さかった。

 機械が数台。職工がいる。削る音。油の匂い。

 ただし、作っているのは唐津と同じ、工作機械だった。



「唐津から昨日戻りました」


 そう言うと、元久保は少し驚いた顔をした。

「元気でしたか」


「ええ」

 それだけで挨拶は終わった。

「唐津で、あなたの名前を聞きました」


「昔の話ですよ、明治の終わり頃です」


「それから?」


「呉の海軍工廠、その後に新潟鉄工所の浦田工場」


 唐津、呉、東京。

 そして東京の百反坂で工場を立ち上げた。

 研究員は工場を見回した。

「唐津で覚えたんですか?工作機械」


 元久保は少し考えた。

「唐津でも覚えました。呉でも。浦田でも。人間ですから動きますよ」

 簡単に言った。


 唐津では、機械だけを見ていた。だが、機械は歩かない。人は歩く。

「唐津を出た人は多いんですか」


「私だけじゃありませんよ」


「東京にも?」


 元久保は笑った。

「探してみたらどうです」



 探した。本当にいた。


 大崎。

 ここでは唐津と違って、工場の隣にも工場があった。そのまた向こうにも工場がある。

 荷車が走る。鋼材を積んだ貨物自動車が止まる。昼でも煙が薄く漂っていた。


 園池製作所。

 ここにも、あちこちから来た人間がいた。

 陸軍砲兵工廠。

 海軍工廠。

 唐津鐵工所。

 それぞれ違うところで機械を覚えた人間が、同じ工場で機械を作っている。


「唐津にも行ったそうですね。どうでした?」


「田んぼの中に旋盤がありました」


 相手が笑う。

「そうでしょう。最初は皆そう言うんです」


 研究員は机の上の品物を見た。

「これは?」


「マイクロメータです」


「それくらいは知っています」


「失礼」

 また笑った。

 研究員は少しむっとした。


「唐津で言われたんです。同じ物を作りたいなら、まず同じように測れ、と」


「正しいですよ」

 相手はマイクロメータを手に取った。

「うちも同じところで転びました」


「転んだ?」


「以前、大阪砲兵工廠からねじゲージを大量に注文されたことがあります」


「ゲージ?寸法を検査する道具ですよね」


「ええ、注文通り作りました。で測れませんでした」


「……え?」

研究員が止まった。

「ゲージを作ったんですよね。なのに測れない?」


「正確に、ですよ」

 加工はできた。研削もできた。職人もいる。だが、作った物が本当に要求された寸法になっているか。それを確かめるだけの設備がなかった。


「どうしたんです?」


「最初の一個を作りました。そして大阪へ持っていきました」


「……大阪?」


「砲兵工廠で測ってもらいました」


「ここから?東京から大阪に?」

 大阪に、そして測る、違う。夜行列車で東京へ戻る。直す、もう一度作る。また大阪に、また測る。昨日までの自分だ。腰を気にした自分がいた。

「毎回?」


「最初は」

 唖然とした。

「馬鹿馬鹿しいでしょう」

「だから自分たちで測れるようにしたんですよ」

笑いが切れる。真面目な、真摯な顔だ。

 マイクロメータ。精密測定器。そして、さらに精度の高い万能測定機。

 測るために自分たちで作る。測定器械のための工作機械を作る。工具が要る。工具を作る。更に測定器が要る。測定器を使う。

結局、その測定器が正しいかどうかを確かめる物が要る。


「……きりがないですね。終わりってあるんですか?」


「さあ」

 相手は小さく笑った。

「うちはまだ途中です」


 研究員は、持ってきた部品を机へ出した。

 十三個。

「これが合わなかったんです」


 園池の技術者が一つ取った。マイクロメータを当てる。

 「十四・九六」

 「十五・〇三」

 「十五・〇五」


「十五ミリじゃないんですか」


「十五ミリですよ」


「違うじゃないですか?数字」


「だから、どこまで違っていいんです?」


「十五・〇〇〇〇〇……を百個作らせるんですか?まあ、そこまで追い込むこと自体はできないとは言いません」

 研究員が顔を上げた。眉が微妙に上がっていた。

「金と時間、人をいくら使ってもいいなら」

 うん、研究者、開発者の顔だ。うちにはいくらでもいる。

「ロケットの部品とか聞きました」

ロケットという言葉を知っているらしい。月旅行かゴダードのことを知っているのかは分からないが、説明しなくてもすむと安心してた、が。

「ここは?」

設計図のひとところを指さす。


「きっちりとしないとまっすぐ飛びません。ガタが出ると困ります」

設計図ではなく、実物を思い出しながら答える。


「ならここは?」

 頷きながら図面の別の箇所を指す。


 考える。

「とりあえず嵌まればいいです、まあ別に多少違っても…」


「なら、同じ精度で作らせる必要はないでしょう?」

最初から答えを知っていた、そんな返答だった。


「じゃあ、どこまでならいいんです」


「それを決めるのは設計屋さんでしょう?」


 しまった。

 結局は自分のところの問題だったのかも?。


『公差』

という言葉を実感した瞬間だった。

 寸法を決める。だが、一点には決められない。設計図の中では十五ミリ、その中にどこまで大きくてもいいか、どこまで小さくてもいいか。幅を持たせる。

 公差。

 言葉は知っていた。もちろん図面にも書いたことはある。それまでは単に精度を示す数字だと思っていた。

 違った。

 作ってよい範囲を決める数字だった。厳しくすることは簡単だった。図面に零を一つ増やせばいい。その零一つのために、研削が増え、測定が増え、頭痛の元の不良が増える。

 そこまでして必要なのか。必要ならやる、必要でないなら、やらない。

 研究員は頭の中で図面に鉛筆を入れ始めた。


 園池の技術者が言う。

「ゲージ屋へ行った方が早いですよ、蒲田にいます」

 研究員は嫌な予感しかしなかった。



 黒田挾範製作所。

 黒田三郎。


 話を聞き、少しの調査、研究員はまた妙な顔をした。

「あなたも園池に?」


「いました」


「……またですか」

 それだけではなかった。黒田は若いころ、鉱山機械を作る幸袋工作所の職工学校で学んでいる。そこで教えた者の一人が、

 竹尾年助。

 唐津鐵工所を育てた技術者だった。

「……唐津」

 妙なものだった。東京から唐津、そして唐津から東京へ。東京へ来たのに、唐津が先回りしている。人は動く、そこに技術もついてくる。そして今度は、ついてきた技術から、新しい会社が生まれていた。


 大正十四年に黒田三郎は蒲田で、自分の工場を始めた。作る物は、

 ゲージ。

 それだけだった。


「ゲージだけで商売になるんですか」


「ならなければ困りますね」

 黒田は笑った。

「日本には、これまで専業のところがなかったんです」

 机に二つの道具を置いた。

「入れてみてください」


「これを?」

 研究員が軸を差し込む。

 入った。


「こっちは?」

 もう一方。

 入らない。


「入らないですよね、それだからいいんです」


「は?」


 通る。止まる。

「その間なら合格です」


 研究員は二つを見た。

「数字を読まないんですか」


「読まなくてもいいでしょう?必要なことは、部品が使えるかどうかです」


 研究員はもう一度やった。

 通る。

 止まる。

 それだけだった。


 マイクロメータなら、目盛を読む。そして図面を見、判定する。

 ゲージなら、通る、止まる。終わり。


「……速いですね」


 そこで黒田が言った。

「それ、誰がやっても同じなんです」


 研究員の手が止まった。唐津で見た若い職工を思い出した、年長の職工に測り方を直されていた。人間を育てるには時間がかかる。だが、道具の側で判断を簡単にできるなら。


「これを全国の工場に配れば……」

 東京でも、名古屋でも、大阪でも、遠い唐津でも。通れば使うし止まれば使わない。


 研究員は笑みを浮かべた。ようやく答えに着いた気がした。


 黒田が続けた。

「ただし」

 嫌な言葉だった。絶対に自分の仕事が増える言葉だ。

「図面の公差がまともなら、ですが」


 戻ってきた。



 公差は狭ければよいわけではない。

黒田は、それを工場へ説明して回っていた。東京市の商工相談所でも話した。ゲージとは何か。限界寸法とは何か。穴と軸を、どう組み合わせるか。そしてなぜ互換性が必要なのか。


「こんなに厳しくしてください」

 ある工場主が図面を出す。

「精密すぎます」

「高くなりますよ」

価格は全てを止める時がある。


 黒田がこちらを見た。

「陸軍さんも、よくやります」


「……耳が痛いです」

 厳しい公差を書けば、設計者は安心する。困るのは工場だった。全ては捨てられる自分製品だ。公差を半分にすれば、苦労は二倍では済まない。


「必要なところだけ厳しくする、で、必要でないところは、緩くする。そのための公差です」


 研究員は図面を再度見る、頭の中が覚えていてもまた見る。

 精密時計ではない。だが、何でもよいわけでもない。その精度が必要なところ。そしてそこまで同じ精度は要らないところ。

 図面の数字を消し書き直し、また消し、必要な精度だけを残す。すると作れる工場が増えた。同じ部品を、全部同じ工場で作る必要はなくなった。

 ゲージを渡す、同じ精度ではない。通る、止まる。使える、使えない。

 それは図面より簡単な言葉だった。


 そして困った。

「このゲージ、本当に合ってます?」

 町工場の親父が言った。


「黒田製です、だから……合ってるでしょう」


「うちのマイクロで測ると、少し違うんですよ」

困惑顔の親父さんがそこにいる。


「そのマイクロが違うんじゃないですか」


「どっちが正しいんです? いやどっちを使えば良いんです?」

 合う、合わないの前の話だった。研究員は黙るしかなかった。


 まただ。


 何度目の「また」か。



 測る道具は、それ自体が正しくなければならない。それは間違いない。


 蒲田には、マイクロメータを作るためだけに始まった小さな工場があった。

 三豊製作所。

 最初は三十坪ほどだったという。

 目標は国産マイクロメータ。


 何年も試した。ようやく百個できた。

「百個全部、検査には通ったんですか」


「通りました」


「じゃあ出荷を?」


「しませんでした」


 机の上に、十七個のマイクロメータが並んでいた。

「これだけの数にしました」


「百個作ったんですよね、残りの八十三個は?」


「埋めました」


 研究員は耳を疑った。

「埋めた? 売れる物を? どうして?」


「測る物ですから」

 短かった。


 百個のうち、不良が八十三個だったわけではない。

 百個とも検査には合格した。

 商品として使える。

 それでも、自分たちが「完全」と認めた十七個だけを残した。

 残りは工場の敷地に埋めた。


「もったいない」


「だから埋めたんでしょう」

 創業者である沼田惠範は、自分の会社の矜持を埋めるという行為で示した。

 研究員は黙るしかなかった。測定器が一分狂えば、それで測った部品も一分狂う。それは一個ではない、百個、千個。

 その測定器が使われる限り、ずっと。


「なるほど……」

 研究員は一本を手に取った。そして、気づいた。

「百個から十七個を選んだ、で、何かと比べたんですよね?」


 今度は向こうが黙った。

「ゲージブロックです」

 また調べる名前が増えた。



 津上退助という人物がいた。

 大正年間に東京本所でこれも小さな会社を立ち上げた。

 始めたのは、工作機械ではなかった。最初からゲージブロックの研究だった。

 見せられた物は、あまりに小さかった。


「これです」

 研究員は拍子抜けした。唐津の旋盤とは違う。園池の工作機械とも違う。

 単なるただの小さな鋼の塊に見えた。

 表面が磨かれている。


「二つ取ってください」

 渡された。

「重ねて、少し滑らせて」

 言われたとおりにする。

 ぴたり。くっついた。


「え?」

 押しても引いても、簡単には離れない。


「何です、これ」


「密着です」

 違う長さのブロックを組み合わせる。

 一ミリ。 二ミリ。 三ミリ。

 組み合わせれば、欲しい寸法を作れる。マイクロメータを確かめる。ゲージを確かめる。工作機械の精度を確かめる。

 研究員の顔が次第に明るくなる。

「じゃあ、これを全国に配れば」

 簡単に言う。言ってしまった。

 だが、二つの面を、ほとんど隙間なく合わせなければならない。

 平らにし、平行に、そして寸法を出す。ただ鋼は熱で伸びる。人間の手で持ってでさえ温まる。むろん測る部屋の温度まで問題になる。変にがたが付いてきたと磨けば寸法が変わる。置いておくだけでも材料そのものが僅かに変わることもある。


「……鉄の塊ですよね」


「精密な物ほど、ただの鉄の塊ですよ」

 津上は笑った。

「形が単純な分、ごまかしはききません」


 研究員は十ミリのブロックを持った。

「これが十ミリ。そしてこれでマイクロメータを調べる。そのマイクロメータで部品を測べ、限界ゲージも?」


「調べられます」


 ようやく一本につながった。

 ゲージブロック。測定器。ゲージ。工作機械。部品。

 そしてその先にロケット。


「……なるほど」

 研究員は笑った。今度こそ終わった、やっと解答にたどり着いた。

「じゃあ」

 十ミリの鋼片を摘まむ。

「これが十ミリなら、全部決まるんですね」


「そうなります」


 少し考えた。

「これが十ミリだって、どうやって決めるんです?」


 津上の技術者が研究員を見た。そう、貴方もそこにたどり着いたかなどという大学の教授が学生相手にしている顔だった。

「そこへ行きますか。もっと面倒なところ」

軽く頷きながら

「貴方、そこにたどり着いたんですよ、言いますよ、遠いところです」


「唐津より?」


「唐津よりずっと遠いですよ」

いやこの人は唐津まで行ったことないんじゃ?などという疑問はどうでもいいのだろう。

「外国ですか」


 研究員の顔が曇った。笑われた。愉快そうだったが、あまり不快感はなかった。

「東京で済みます、何キロとかいう距離の話じゃありません」


 私っていったいどこに行かされるの?

 そう、またそういう話だった。



 中央度量衡器検定所。

 研究員は、ここへ来るまでに随分と大きな物を見てきた。

 旋盤。中ぐり盤。研削盤。言わば鋼鉄の塊だった。

 だから少し期待していた。

 日本中の長さを決める物なのだ。

 さぞ大掛かりな装置だろう。


 案内された会議室のような部屋で、

「こちらです」

 と言われた。


「……どれです?」

 目の前にあった。

 一本。

 それだけだった。

 白金とイリジウム。断面は単純な棒ではなく、歪みにくい形、XとHを組み合わせた形に作られている。

 箱に番号がある。

 No.22。


「これが……?」


「日本国メートル原器です」


 研究員は、しばらく見ていた。

「一メートルなんですか」


「正確には違います、端から端が一メートルなのではありません」

 白い手袋をした職員が側面を指さす、そこには表面に細い線が刻まれていた。

「この二本の標線の間で…これです」


 研究員は顔を近づけた。刻まれた線。ただそれだけだった。


「日本中の一メートルが?」


「ここへつながります」


 明治時代に日本はメートル条約へ加盟した。日本の手本となる国は幾つかあった。アメリカ、イギリス、フランス、そしてドイツ。けれど日本には尺貫法も存在していた。メートル基準にしようとしたのは人も組織も正確には分からない。(調べれば調べるほど「闇」が始まる。現在の立場に立つとそれ自体は間違っていなかったろう、くらいの感覚でしかない)

 フランスから日本へ一本の原器が届いた。

 世界各国へ配られた原器(正確に言うと原器の一次レプリカ)の一つ。

  No.22。

 遠くフランスの国際原器と比較された、日本の長さの根だった。

 そこから原器のレプリカが量産されて現在の基準へと移される。

 物差しへ。測定器へ。ゲージブロックへ。ゲージへ。更には工場へ。


 そう、結局は図面。


 研究員は抱えている小箱を開いた。

 十三個の部品が入っている。一つ取り出す。


「何ですか」


「いや」

 部品を戻した。

 唐津で旋盤を見た、東京でゲージを見た、蒲田でマイクロメータを見た、本所で小さな鋼片を見た。


 ずいぶん遠くまで来たつもりだった。

 最後にあったのは、

 1本の合金製の棒に刻まれた二本の線だった。


「これが、一メートル」

 研究員は、もう一度原器を見た。

「じゃあ、一ミリは」


 案内した技師が答えた。

「その千分の一です」


 研究員は鞄の中の図面を思い出した。そこには、十五ミリ、十二ミリ、二十八ミリ。

 いくつもの数字が幾つかの箇所で並んでいる。

 今までなかった数字も増えていた。

 プラス,マイナス,そして許される幅。それは公差と呼ばれるものだった。

 研究員は頭の中にある図面に鉛筆と消しゴムを取り出す。

 最初にあったはずの公差の数字を消す。少し考えて、前より大きな数字を書いた。別のもう一ヶ所は、逆に小さくした。


 案内の職員が動かなくなった自分の横から覗きこみ、

「何を作ってるんです?」

揶揄った顔ではない。分かっている顔だ、この場所でこんな時にそんな顔をしている人は多いようだ。


「噴進砲です」


「噴進砲?」


「ロケットです」


「ああ」

納得した顔だった。


 研究員は原器を見た。もう一度、図面を頭の中で整える。そして

「百個作ったら、十三個合わなかったんですよ」


「それは大変でしたね」


 頭の中で鉛筆を走らせる。

「でも、今度は合うと思います」





「月に行くんですか?」

職員のこの一言が妙に刺さった。



いかがだったでしょうか?


戦争中の大量生産体制を先取りする形のモノですが、どうしても「ものさし」が気になって調べたことを並べただけになったかも?


次はまた明日に


ではでは。

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飛行機とか原子力の加工屋で品質保証やっとりました 国際標準とのトレーサビリティとかやってましたよ 図面屋と技術屋と品質保証 似て非なるもの まあ、足掻け
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