98式噴進砲 その6 (日本のどこかで…)
やあやあポチです。
最初に言います。
唐津鐵工所を見つけたからこの話を作ったわけではありません。
確かに唐津鐵工所は面白い。
かの46㎝砲用の超大型砲身中ぐり盤を作るという、
「え?」
の会社です。
実は『公差』という視点で資料を整理していると、源流近くにこの会社がいた。そう、いたのです。
唐津は地元近くですので何度も訪れていたけれど、そんな目で見たことはない。
ならば…
お楽しみください。
「じぃーー!」
振り向く、擦り切れた赤い着物の孫が道ばたにいる。そしてこのあたりでは珍しい陸軍の士官服を着た若い男がいた。鍬を片手に怪訝な顔をしていると、その男は軽く帽子に手を添えてぺこりと頭を下げていた。
「あの~~、鉄工所に行きたいんですが…」
ああ、そんなら…と道を教えると、またペコリと頭を下げた。ずいぶん頭の低い男だな、と手ぬぐいで汗を拭き取った。
「じぃーー!一緒に行くーー!」
孫が手を繋いでその士官を案内するらしい。近いし、よく知っている場所だ。
おう、と返事するより先に二人は歩き出した。
道の両側には田畑があった。水路。低い家並み。遠くに煙が見えた。
「まだ?」
「もうすぐ!」
さっきから三度目だった。
東京なら、工場へ近づけば町が変わる。家が増え、店が増え、人が増える。大阪でも似たようなものだった。でも…ここは違った。
田畑があり家があり、また畑がある。
その向こうから、低い機械の音が聞こえてきた。
「……あれ?」
「あそこ!」
女の子が指を差した。門があった。建物があった。そして、その奥から金属を削る音がかすかに聞こえていた。
『唐津鐵工所』
「ここ!」
女の子には、何の不思議もないらしい。
「海軍さんはたまに来ますが、陸軍なんかから人が来るのは珍しい。注文ですか?」
「いえ、今回は少し違います」
応接室へ通された。鞄から部品を出した。
一つ。もう一つ。さらに図面。
「百個作らせました。で、八十七個しか組み上がりませんでした」
相手の技術者が部品を手に取った。
見る。そして図面を見る。
「十三個は?」
「残りました」
「不良品?」
「各工場は、図面どおりだと言っています」
技術者が顔を上げた。
「なるほど……よくある話です」
「よくあるんですか」
「一個なら」
ずいっと部品を机へ戻した。
「それぞれ腕のいい職人に作らせたんでしょう?なら作れますよ。うちのも数少ないですから作れてます」
「でも合わない」
「百個になると、別の話ですから」
どこかで聞いたような言葉だった。
研究員は少し嫌な顔をした。
「最近、そればかり聞くんですが」
「そうですか」
図面の寸法を指で追う。
「これ、どうやって測らせました?」
「どうやって?」
「図面に寸法があります。測定器もあります」
「で…どこの?」
「……どこの?」
そこで研究員の返事が止まった。
「工場、見ますか」
建物へ入った。音が変わった。旋盤。中ぐり盤。研削盤。加工するものも大きかった。
「ここ、工作機械を作ってるんですよね。どうして唐津なんです?」
技術者が振り向いた。
「唐津だからでしょうね」
「炭鉱がありましたから」
「炭鉱?」
「最初は鉄工所じゃありません」
歩きながら話した。
明治四十二年。
芳谷炭鉱。
鉱山では機械を使う。しかし壊れる。直さなければならない。必要なら作らなければならない。そのために、炭鉱の一部門として鉄工所ができた。
「竹内明太郎です」
研究員が顔を上げた。
「……あの竹内さんか」
「ご存じですか」
竹内明太郎。
鉱山を経営しながら、機械工業を育てようとした男だった。
鉄工所ができて二年後には、十四インチ旋盤を作った。その工場は炭鉱から離れ、唐津鐵工所として独立した。
「炭鉱の機械を直すところから?」
「最初は」
「それで旋盤を作る?」
「必要だったんでしょう、直すためには」
技術者はそれだけ言った。
研究員は機械を見上げた。
大きかった。
「竹内明太郎……」
何か思い出した。
「小松の鉄工所も…」
「ええ、向こうは銅山でしたけれどね」
研究員は黙った。炭鉱。銅山。そして必要な機械。必要だから作る。結果として鉄工所が残る。
「なんでこんなところに、と思ってました」
「こんなところ、ですか」
「あ」
「東京の人はよく言います」
一台の旋盤が動いていた。刃物が進み、材料が削られる。戻る。職工が測る。また削る。
研究員が横で見ていた。
「機械が良ければ、同じ寸法になりますか」
「なりませんよ」
返事が早かった。
「据え方でも変わります」
機械の足元を指した。
「床が悪けりゃ狂う。刃物でも変わる。熱でも変わる。使う人でも変わる」
「機械には精度があります。そして、削った物が、そのまま同じになるとは限りません」
職工が加工物へ測定器を当てた。
「測るんです。削って、測る。直して、また測る」
「東京の町工場でも言われました。寸法は出せる。でも一個だけだ、と」
「でしょうね」
「百個なら図面を直せとも」
「まともな職人さんですね」
別の場所。加工の終わった部品が並んでいた。
「じゃあ、何を基準にするんです?、ここの一寸と、東京の一寸」
「同じなんですか?」
技術者が少しだけ笑った。
「やっとそこですか」
「最初から、それを聞きに来たんじゃないんですか」
「十三個を何とかしに来たんです」
部品を一つ取った。
「同じ寸法って、何でしょうね」
研究員は答えなかった。
「図面に数字を書くのは簡単です。問題は、東京でも大阪でも唐津でも、その数字を同じものとして作れるかです」
「だから測る。同じ測定器を使えば?」
「その測定器が同じだと、誰が保証します?」
また止まった。
「結局は公差の問題です」
「限界ゲージ」
紙へ二本の線を引いた。
「入る」
一本。
「入らない」
もう一本。
「その間なら使う」
研究員が身を乗り出した。
「それ、どこで作ってます?」
技術者が研究員を見る。
「東京へ戻ることになりますけど…」
「さっき東京から来ました」
唐津の技術者が笑った。
「まあ、戻る前に見ていってください。うちがどうやって測っているかくらいは」
そう言って、また工場の奥へ戻っていった。
研究員もついていく。
工員は同じことを何度も繰り返していた。そして測る度に使う道具が違った。
ノギス。
マイクロメータ。
ゲージ。
名前だけは知っているものもある。初めて見るものもあった。
しかし、研究員が一番気になったのは道具ではなかった。
「これ、誰が教えるんです?」
技術者は少し考えた。
「先輩でしょうね」
向こうで若い職工が測定器を覗き込んでいる。その横から年長の男が手を伸ばし、何かを指していた。
「みんな学校から来るわけじゃない」
「見習いから?」
機械を掃除する。材料を運ぶ。刃物を研ぐ。少しずつ機械に触る。測らせてもらう。
そして失敗する。怒られる。でもまたやる。
「そうやって覚えるんですか」
「そうやって覚えた人が、今度は教えるんでしょう」
研究員は工場の中を見回した。機械だけではなかった。人も、ここで作っていた。
夕方。
鉄工所を出ると、昼間より少し風が涼しくなっていた。鞄の中の紙は増えている。
来た時には、ここ、唐津鐵工所を見れば何か分かると思っていた。
分かった。
その結果、行かなければならない場所が増えた。
「おじちゃーん!」
なんだか聞き覚えのある声だった。振り向く。赤い着物が走ってきた。
「終わった?」
「終わったよ」
「お父ちゃーん!」
「え?」
工場の門から、一人の男が出てくる。作業着だった。袖と胸元に、黒い油染みがある。
「お前、また来てたんか」
「おじちゃん連れてきた!」
「軍人さん?」
「はい。道を教えてもらいました」
研究員が頭を下げた。
男も、少し慌てたように頭を下げた。
「娘が何かしましたか」
「いえ。鉄工所まで連れてきてもらいました」
「勝手なことするなあ」
「した!」
女の子は笑った。
三人で道を歩いた。
田の向こうに、朝の老人がいた。
「お父さんですか」
「ええ」
「農家なんですね」
「うちは、そうです」
研究員が男を見る。
「あなたは鉄工所?」
「ええ」
「家は…貴方が?」
男は一瞬だけ研究員を見た。
「兄貴がいます。東京です」
「東京?」
「学校へ行きました」
「長男が?」
「長男です」
研究員は少し意外そうな顔をしたらしい。
男が笑った。
「長男は家を継ぐものだ、と思いました?」
「まあ……普通はそうでしょうね」
田の方を見る。
「でも、兄貴は出来が良かったんです」
前を歩く女の子が、狭い水路を飛び越えた。
「せっかく出来るんだからって、親父が…」
「それで東京へ」
「ええ。で俺はここです」
「鉄工所」
「鉄工所」
「兄貴ほどじゃなかった」
「…………」
「そんな顔しないでください」
笑った。
「こっちはこっちで、機械を覚えましたから」
研究員は少し後ろを振り返った。鉄工所の屋根が見える。その向こうから、まだ低い機械の音が聞こえていた。
「家はどうするんです?」
「……まあ」
少し間があった。
「俺でしょうね」
男は何でもないことのように言った。男が研究員を見る。今度は、少しだけおかしそうな顔だった。
長男が外へ出た。次男が残った。
だからといって、次男が田だけを守っているわけではない。昼は鉄工所で機械を作る。家へ帰れば田がある。墓もある。
そのどちらも、この土地にあった。
「兄貴は偉くなるかもしれません」
男が言った。
「そうなんですか」
「さあ」
笑った。
「でも、俺は俺で、こっちがありますから」
鉄工所の方を顎で示した。研究員もそちらを見る。田畑の向こう。煙。その下で工作機械が動いている。
「じぃーー!」
女の子が走り出した。田の中で老人が顔を上げる。
「おう」
朝と同じ声だった。
鞄の中には、新しい名前が一つ増えている。
ゲージ。
研究員は鞄を閉じた。
唐津を出れば、また東京だった。
すみません。
久しぶりの「女性回」です (笑
まだポチには「孫」という存在がないので、このIF話は僕のIF話でもあります。
「やれやれ」
そんな存在をつい出しました。
ある会社を見る。
たぶん、地元の人間ばかりだろうな?
でも、調べてみると様々な場所から集まっている。
技術も一緒だ。
太い流れ、本流は確かにあるが、その支流もある。そしてその場に留まって独自に進化・深化している技術もある。
そんな、なんとなく地方の企業を応援したくなった結果としての本文です。
説教くさい?
ジーサンの戯言ですから(笑
次は…
まだチャッピーに課金してますから、元は取りたいと思ってます(苦笑
来週の連休は、連日投下の予定です。
ではでは。




