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クズ勇者と決別した俺は、魔王軍で働くことにした  作者: 趙雲


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第7話 魔主

その日の夜。


魔王城の宴会場。


細長い食卓には色褪せた麻の卓布が敷かれ、天井から吊り下げられた燭台が席を照らしていた。


これが、魔界における最高格式の晩餐だった。


長卓の最上座には、魔王アシュリーアが座っている。


その左右には、八人の魔主が珍しく一堂に会していた。


万象魔主メフィストと夜影魔主セシリアのほかにも、全身を重厚な鎧で包み、顔さえ面頬の奥に隠した歴戦の武将、獅子の頭を持つ狂獣人、背中を丸めた死霊魔術師など、異形の強者たちが並んでいる。


この九人こそが、魔族の頂点に立つ戦力だった。


人間の帝国が、最も警戒する敵でもある。


その長卓の末席に、一人の人間が座っていた。


レインは身体に染みついていた酸っぱい馬糞の臭いと泥汚れを洗い落とし、身体に合った漆黒の長衣へ着替えている。


「どん」


レインは木製の大皿を抱えて厨房から現れ、それを食卓の中央へ安定した手つきで置いた。


「最後の一品。土窯で焼いた芋餅、魔獣の挽き肉添えだ」


手を拭いながら自分の席へ戻る。


「食おうぜ」


晩餐に並んだ料理は、どれも質素なものだった。


使われているのは、ごくありふれた食材ばかりだ。


それでも、レインの工夫を凝らした調理によって、どの料理からも食欲をそそる香りが立ち上っていた。


晩餐が始まった。


八人の魔主と魔王アシュリーアは、無言のまま木の匙を手に取った。


芋餅を切り分け、口へ運ぶ。


脂の旨みと、満ち足りた炭水化物の味わいが舌の上で広がった。


空っぽだった内臓が満たされていくような、確かな満腹感が魔主たちの身体へ染み込んでいく。


それでも、誰一人として料理を褒めなかった。


晩餐の間、響くのは木の匙が皿を擦る小さな音だけだった。


空気は重く、息苦しいほどに張り詰めている。


この場にいる魔主たちは、全員が理解していた。


聖戦の鐘は、すでに鳴らされた。


勇者の一行は集結しつつある。


そして神々の視線も、すでにこの地へ向けられている。


いつ、どの戦場でそうなるかは分からない。


だが、この席にいる誰かが、二度と戻らず戦場で永遠の眠りにつく可能性は、決して低くなかった。


半刻ほどが過ぎ、晩餐は沈黙のまま終わった。


アシュリーアは木の匙を置き、ハンカチで口元を拭った。


それから、その場にいる部下たちを一人ずつ見渡す。


「皆が揃っている今、直ちに実行すべきことがあります」


「王命を伝えます。明日から、すべての魔族の民を、老人、子供、病人、負傷者から順に、北方へ移動させてください」


アシュリーアはわずかに目を伏せた。


「定められた戦いから逃れることはできません。勇者の刃は、いずれ必ず玉座へ向けられるでしょう」


「ですが、私たちにできることはあります」


「この戦火へ、できる限り民を巻き込まないことです」


「魔族の民は、飢えに苦しみながら、すでに十分すぎるほど辛い日々を送ってきました」


長卓の両側で、八人の魔主が一斉に頭を下げ、無言でうなずいた。


彼らは誰もが、屍の山と血の海を越えてきた最上級の強者だった。


それでも、その命令を受け入れる姿は、自らの死を静かに受け入れた決死の兵と変わらない。


己の肉体を盾とし、血を流しながら、民が逃げるための時間を稼ぐ。


その覚悟が、あまりにも当然のものとして漂っていた。


「バンッ!」


レインが手にしていた木の杯を、卓上へ叩きつけた。


「さっきから黙って聞いてたけど、もう我慢できねえ」


どうしても理解できず、レインは問い詰めるように口を開いた。


「あんたら、素手で城壁を砕けるような化け物ばっかりなんだろ?」


「まだ戦いすら始まってないのに、何で全員揃って遺言でも残すような顔して、最初から負ける前提で話してるんだよ!」


レインは城外を指差した。


「人間が商路を封鎖するなら、こっちから打ち破ればいい!」


「勇者が来るなら、罠を張って殺せばいい!」


「敵が来れば迎え撃ち、水が来れば土を盛って塞ぐ! 戦う前から怯えるなんて、どこの兵法だ!」


魔主たちは驚いたように顔を上げた。


人間の大賢者が、そこまで無邪気な疑問を口にするとは思わなかったらしい。


「大賢者。あなたには、まだ分からないのです」


アシュリーアが静かに説明した。


「魔族が強いことは事実です。個々の戦闘力だけを比べるなら、人間の騎士十人でも、魔族の戦士一人には敵わないでしょう」


「ですが……魔族は、常に孤立して戦ってきました」


「人間には女神が授ける奇跡があります。エルフには世界樹の庇護があり、ドワーフでさえ鍛冶神の恩寵を受けています」


「神々は彼らへ、尽きることのない加護を与えます」


「天命を導く神器を授け、進むべき道を示し、時には絶望の淵で神罰さえ降ろす」


アシュリーアの声が、わずかに沈んだ。


「ですが、魔族には……神がいません」


「私たちには神の加護も、神器の力もありません」


「そして、私たちの側へ立ってくれる同盟者も、一人としていない」


「世界そのものの意思を相手に、孤独に戦っているのです」


「結末は、最初から決められています」


「これは神々が筋書きを書いた虐殺なのです」


メフィストが、その言葉を引き継いだ。


「数千年にわたり、ずっと同じことが繰り返されてきました」


「魔族は立ち上がり、抗います。そして神々の加護を受けた勇者に敗れ、深淵へ退いて傷を舐める」


「数百年後、ようやく立ち直ったところで、また討伐されるのです」


「私たちは戦いを恐れているわけではありません」


「ただ、この呪われた宿命を果たそうとしているだけです」


魔族とは、そういう強靭な種族だった。


神々に偏った規則によって何度叩き潰されても。


何度、滅亡寸前まで追い詰められても。


彼らは泥の中から再び立ち上がり、不公平な運命へ拳を振り上げてきた。


レインは、何も言えなかった。


これまでは、国と国、種族と種族が争う、ごく普通の戦争だと思っていた。


近代的な戦術と兵站を活用すれば、弱者が強者を打ち破る可能性もある。


そう考えていた。


だが、これは戦争ではない。


規則そのものを操る相手へ挑む、最初から仕組まれた勝負だ。


どれほど強くとも、魔族はあくまで生身の存在にすぎない。


一方の勇者は、神々に力を与えられた物語の主人公だった。


魔族には、神がいない。


……


「ぐふっ……わはははは!」


その場にそぐわない、太く豪快な笑い声が突然響いた。


笑ったのは、メフィストの隣に座っていた魔主だった。


その身体は、肉の山と見紛うほど巨大だった。


笑うたびに腹の脂肪が激しく揺れ、片手には食べかけの芋餅が握られている。


巨腹魔主バル。


「バル爺、何がおかしいの?」


セシリアが眉をひそめた。


「いやなに、お前たちが可笑しくてな」


バルは重そうな身体をどうにか前へ動かした。


肥えた顔に、人の良さそうな、それでいてどこか抜け目のない笑みを浮かべる。


「普段は揃いも揃って偉そうにしているくせに、今日は死霊よりも陰気ではないか」


「確かに、我々は数千年もの間、毎回負け続けてきた」


「なぜなら、いつも同じ筋書きだったからだ」


バルは芋餅へ大きくかぶりつき、口の中でもごもごと噛みながら続けた。


「だが……今回は違うかもしれんぞ?」


「この人間の大賢者を見てみろ」


「高みにいる神々は、数千年もの間、我々へ麦粒一つ与えなかった」


「だが、この男はやって来た初日に、水と灰だけを使い、命を奪う毒草を腹の膨れる宝物へ変えてしまった」


「神々にできなかったことを、こやつはやり遂げたのだ」


バルは大きく口元をつり上げた。


「世の中に、絶対などない」


「忘れるな、大賢者」


「お前は、奇跡を生み出す者なのだぞ」


長卓を囲む魔主たちの視線が、一斉にレインへ集まった。


レインは何も言わなかった。


静かに席へ座ったまま、脳裏にこの数年間の記憶が蘇る。


人間社会で受けた異端審問。


焼き払われた、自分の作ったもの。


蔑みと侮辱に満ちた、数え切れないほどの視線。


やがてレインは顔を上げた。


肥えた魔主をまっすぐに見返し、アシュリーアへ目を向ける。


さらに、その場にいる全員を見渡した。


そして、自分の皿から、黄金色に輝く火の通ったジャガイモを一つ手に取った。


ありふれた食べ物を、頭上へ高く掲げる。


天井の燭台が放つ淡い光へ、まっすぐにかざした。


光はジャガイモの縁を透かし、その輝きがレインの瞳へ映り込む。


「もしかしたら……」


レインは静かに口を開いた。


「勝利は、思っているほど遠くないのかもしれない」


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