↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クズ勇者と決別した俺は、魔王軍で働くことにした  作者: 趙雲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/18

第5話 希望

レインは飲み込みづらい灰褐色のスープを手にしたまま、目の前の白髪の少女を見つめていた。


何だ、これは。


この柔らかそうな小娘が、青い顔に牙を生やし、人肉を生で喰らい、その名を聞いただけで帝国の子供すら泣きやむと噂される、今代の魔王だというのか?


人間の教会に属する情報機関は、揃いも揃って節穴なのか。


それとも、わざと魔王を怪物として描いているのか。


レインの無遠慮な視線を受けても、白髪の少女は特に気にした様子を見せなかった。


木製の盆を持ったまま、自然な動作でレインの向かい側の長椅子へ腰を下ろす。


「こほん」


そばにいたメフィストが姿勢を正した。


砂時計へ目を向けると、軽く身をかがめる。


「魔王陛下。大賢者殿も到着されましたので、私はこれで失礼いたします。暗影山脈の外縁で、強欲な亜人商隊がまた騒ぎを起こしておりまして」


「人間側が商路を封鎖したことにつけ込み、粗塩と質の悪い古麦の取引価格を、さらに三割も引き上げてきました」


そこまで話すと、普段は余裕を崩さない万象魔主も、さすがに眉をひそめた。


「分かりました」


魔王は小さくうなずく。


「できる限り彼らをなだめ、争いは避けてください。冬を迎えた今、前線の兵士たちに塩を欠かすわけにはいきません」


「御意」


メフィストは再び右手を胸へ当て、礼をする。


立ち去る直前、何かを含んだ目でレインを一瞥すると、そのまま身を翻し、足早に食堂を出ていった。


メフィストが去ると、辺りには静寂だけが残った。


魔王は木の匙を手に取り、少しずつスープを口へ運んでいる。


レインは黙ってその姿を眺めていた。


残酷で冷血な魔王という想像と、目の前で慎重にスープを飲んでいる小柄な少女。


あまりにもかけ離れた現実を前に、何を言えばいいのか分からなかった。


粗末な食事は、ほどなくしてすべてなくなった。


魔王は木の匙を置き、色の抜けた麻のハンカチで口元を拭った。


そして窓の外へ顔を向ける。


「大賢者。あの窓の向こうに、何が見えますか?」


静かな声で尋ねられ、レインもその視線を追った。


先ほど泣き叫んでいた魔族の少女を思い出し、低い声で答える。


「不毛な土地だ」


「それだけではありません」


魔王は訂正した。


暗赤色の瞳に、空が映り込んでいる。


「苦しみもあります」


少し間を置いた。


声音は穏やかなままだが、その奥には押し殺した感情がにじんでいる。


「この大地は痩せています。荒れ狂う魔力のせいで、草一本まともに育たないからです」


「ですが同時に、ここは世界で最も豊かな土地でもあります」


「この暗赤色の土の下には、大陸でもっとも純度が高く、巨大な魔晶鉱脈が眠っています」


魔晶鉱脈。


その言葉を聞き、レインの瞳孔がわずかに縮んだ。


人間社会において、魔晶は確かな価値を持つ財産だ。


魔法陣を動かし、魔法武器を鋳造し、上流貴族が地位を誇示するための高級品にも使われる。


爪ほどの大きさしかない純度の高い魔晶でも、平民の一家が一生遊んで暮らせるほどの価値がある。


「ですが、皮肉な話でしょう?」


魔王は自嘲するように目を伏せた。


「生まれながらに魔力炉を持つ魔族にとって、魔晶など道端の石と何も変わりません。腹を満たすことすらできないのですから」


「それでも、人間はそれをひどく欲しがります」


「強欲な人間たちは地下の富を狙っています。しかし、魔族の強大な戦力を恐れ、全面戦争には踏み切れない」


「そこで教会と手を組み、神々の名のもとに異端を討つという偽りの大義を掲げました」


「商路を封鎖し、食料の供給を断ち、長い飢えによって少しずつ魔族の血を枯らそうとしているのです」


身に余る宝を持つ者は、それだけで罪に問われる。


レインは、この種族間戦争の根底にある理屈を理解した。


聖戦も、光と闇の対立も、すべて建前にすぎない。


正体は、宗教の衣をかぶった資源の奪い合いだ。


「それなら、種族全体で移住すればいいんじゃないか?」


レインは思わず尋ねた。


「魔族は一人ひとりが強い。魔晶はなくても農業に向いた人間領の平原を一つ奪うくらい、難しくないだろ」


魔王は顔を向け、じっとレインを見つめた。


長い沈黙のあと、ようやく小さな声で答える。


「ここが、魔族の故郷だからです」


「私たちの祖先はこの地に生まれ、今もこの大地の下で眠っています」


故郷。


レインは黙り込んだ。


生まれ故郷である地球へ二度と帰れない転移者だからこそ、その言葉の重さは誰よりも理解できた。


二人は無言で盆を片づけた。


やがて魔王が立ち上がり、提案する。


「話を聞くだけでは分からないこともあります。大賢者、実際にこの大地を近くで見てみませんか?」


食事を終えたあと、魔王はレインを連れ、黒石の宮殿を出た。


レインが本当の意味で魔族の土地へ足を踏み入れるのは、これが初めてだった。


地面を踏んだ瞬間、足元の土から脈動のようなものが伝わってくる気がした。


まるで、この大地そのものが生きているようだった。


レインは開けた場所まで進むと、その場へしゃがみ込んだ。


手を土の中へ差し入れ、黒みを帯びた暗赤色の土をひとつかみすくい上げる。


指先で擦り、粒の細かさと湿り気を確かめる。


それから鼻先へ近づけ、匂いを嗅いだ。


「黒土か……もったいないな」


手についた土を払いながら、レインは惜しむように呟いた。


これほど肥沃な土壌が、魔力に満ちすぎているせいで、作物の育たない死の大地へ変わっている。


あまりにも惜しい話だった。


魔王はレインの顔に浮かんだ表情へ気づいた。


それでも邪魔はせず、そばに静かに立ったまま言う。


「自由に見て回ってください」


レインは立ち上がり、荒れ地を見渡した。


そして、先ほど魔族の少女が地面を掘っていた場所へ、まっすぐ歩いていく。


掘られた穴はまだ残っていた。


その場へしゃがみ、辺りを探し回る。


やがて少し離れた場所で、少年に叩き落とされ、そのまま捨てられていたものを見つけた。


表面には粗い瘤が浮かび、不気味な紫と緑の斑点が広がっている。


指ほどの大きさしかない、ねじ曲がった根茎だった。


レインはそれを手に取り、何度も裏返しながら観察した。


次第に眉間へ皺が寄っていく。


魔王もそばまで歩み寄った。


レインが手にしているものを見て、注意を促す。


「それは呪われた毒草です。魔界の荒れ地には、いたるところに生えています」


「口にすれば腹痛や嘔吐を引き起こし、ひどい場合は喉が痙攣します。餓死寸前でもない限り、誰にも食べることは勧められません」


その説明を聞いた瞬間、レインの頭の中で思考が激しく巡った。


小さく歪んだそれを、何度も見直す。


やがて口元が、ゆっくりと持ち上がった。


どう見ても、これは呪われた毒草などではない。


まだ一度も人の手で品種改良されていない、野生のジャガイモだ。


考えてみれば当然だった。


魔界のような特殊な土地でも、しぶとく根を張って育てる植物を挙げるなら、ジャガイモは間違いなく有力候補の一つだ。


原始的な野生のジャガイモには、もともと非常に多くのソラニンが含まれている。


古代の先住民たちが、何千年もの歳月をかけ、世代を重ねて選別し、毒を減らし、栽培化してきた。


その結果、ジャガイモは丸く、黄金色で、毒の少ない高収量の主食作物になったのだ。


そして魔界の大地には、その最も原始的で、毒を含んだ荒々しい姿が、そのまま残されていた。


毒があるか。


もちろん、ある。


だがレインは、物理的な処理によってソラニンの毒性を除去し、あるいは大幅に弱める方法をいくつも知っている。


毒草を手にしたまま、レインの目が輝き始めた。


その様子を見て、魔王は不思議そうに首を傾げる。


「それに……何か特別な価値があるのですか?」


レインは立ち上がった。


そして、自分より頭一つ分ほど小さな魔界の君主へ向き直る。


「魔王陛下」


手の中で、歪んだ毒ジャガイモを軽く転がす。


「俺……飢えを解決する方法を見つけたかもしれない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。