ロシアのような街
「じゃ、二人とも真岡行ったことないのかよ」
向かいに座った江口が、ピロシキを片手に言った。
「ないよ」
冬真の横で、芽瑠萌が答えた。
「小さい頃、北樺太にいたし」
「そうだったのか」
江口は知らなかったらしい。
「宝台までは行った。あと町外れを高速で通った。でも真岡そのものに行ったことはない」
そう言いつつ、冬真は自分でも少し意外な気がした。
真岡はそこそこ近い。名前も歴史の授業で必ず出てくる。そのわりに行く機会はなかった。
「真岡、けっこう面白いよ」
菜月が口を挟んだ。
「ウラジオストクから船が来るから、港の方に行くとロシア人がすごく多い。ロシアのお菓子とかも売ってる」
「へえ」
「ロシアの街みたいな感じ。ロシアの人たち、真岡のこと、真岡じゃなくてホルムスクって呼んだりするし」
「ホルムスク?」
「丘の町、かな?」
芽瑠萌があまり自信なさげに言った。
ロシア人が多くて、ロシア語の名前まであるロシアのような街。それは少し気になった。
「今度、ふたりで行ってこいよ。二郎もあるし」
江口が横から口を挟んだ。
「お前の真岡は二郎しかないのか」
「家系もあるぞ」
「そういうことじゃない」
*
熊笹峠の長いトンネルを抜けると、下り坂の向こうに日本海が見えた。
前に小能登呂へ向かったときにもここは通っている。でも、そのときは真岡に立ち寄らなかった。
高速道路が左に大きくカーブし、真岡の街が視界に入る。冬真はハンドルを握ったまま、フロントガラスの向こうの景色を見た。
真岡の街は海と山の間に細長く広がっている。
斜面の下の狭い平地に住宅とビルが集まり、その先に製紙工場の煙突、木材置場、冷蔵倉庫、港湾クレーンが並んでいる。
貨物線が道路と一緒に海の方へ延びている。
「見えた」
芽瑠萌が言った。
「初真岡」
「うん、初真岡」
市街地へ下りると、道路標識には日本語の下にロシア語も併記されていた。ロシア語はホテルの入口にも、レンタカーにも、ドラッグストアにもあった。
駐車場に車を入れて外へ出ると、大きなキャリーケースを引いた男女がロシア語で話しながら横を通り過ぎた。
交差点の向こうからもロシア語が聞こえた。市場の方へ歩くと、もっと増えた。
魚屋の店頭にはホッケ、カレイ、タラ、カニが並び、イクラの瓶詰めの横にロシア語の札がある。
干物を見ていたロシア人の男が店員に何か尋ねた。
「Да, сегодня. Очень свежая」
店員はどこにでもいそうな日本人の顔をしたおばあさんだったが、流れるようなロシア語で返事をしている。
冬真は芽瑠萌を見た。
「今の分かる?」
「今日、とても新鮮、くらい」
「おお」
「たぶん」
その店で、冬真たちは燻製の鮭を試食した。
「これ、甘くないんですね」
芽瑠萌が言うと、店員が、
「こっちは塩と胡椒だけ。樺太の昔からの作り方に近いやつ」
と答えた。
冬真がもう一切れ取ろうとしたところで、後ろから声がした。
「Извините, а сколько это хранится?」
店員は振り向いた。
「В холодильнике — около недели. Если хотите, можем упаковать в вакуум」
そのまま、また流暢なロシア語になった。
冬真は手を止めた。
芽瑠萌も店員を見た。
「分かる?」
冬真が小声で聞いた。
芽瑠萌は少し考えた。
「冷蔵庫と、一週間……あと分かんない」
「何の話?」
「それもよく分かんない」
しばらく会話が続いたあと、店員が戻ってきた。
「ごめんなさいね。で、こっちがトドの大和煮」
「トド」
冬真が言った。
「はい。西海岸の。試してみる?」
「食べます」
芽瑠萌が言った。
店を出ると、芽瑠萌が振り返った。
「すごいね」
「黒川より喋れる」
「当たり前だよ」
少し先で、冬真たちは呼び止められた。
「Простите! Как отсюда пройти к паромному терминалу Холмска?」
振り返ると、五十代くらいのロシア人女性が片手に地図を持っていた。髪を金色に染め、化粧が濃い。
早口で何か言われたが、冬真は一語も分からなかった。芽瑠萌も固まっている。
女が苛立たしげに地図を指先で叩いた。フェリーターミナルらしい。
芽瑠萌が慎重に言った。
「Э-э……порт?」
女の顔が明るくなり、さらに大量のロシア語が降ってきた。
芽瑠萌が冬真を見た。
「無理」
「俺を見るなよ」
芽瑠萌は地図を受け取って現在地を探し、指で道を示しながら、知っている単語をつないだ。
「Прямо……и……налево」
女は何度も頷いた。
「Спасибо!」
そのあと女は足早に去っていき、少し離れたところで別の日本人男性に声をかけた。男性はロシア語で何かを説明している。
「伝わらなかったのかな」
芽瑠萌が落ち込んだ顔をした。
「一緒に旅行している人に伝えに行ったのかも」
冬真はそう言ったが、よくわからなかった。
港へ近づくにつれて、ロシア語はさらに増えた。
日本語の呼び込みの横でロシア語の値段交渉があり、携帯電話でロシア語を話す船員が横切り、旅行会社の前では添乗員がロシア語で人数を数えていた。
フェリーターミナルでは、日本語の案内放送が終わる前から、近くの家族がロシア語で喋っていた。
放送がロシア語に切り替わった。
電光掲示板には、
《Владивосток》
の文字が何度も出ていた。
ウラジオストク行き。
ウラジオストク発。
次のウラジオストク行き。
岸壁には大型フェリーが着いていた。
その船腹にも日本語とロシア語で真岡―ウラジオストクと書かれている。
「ロシアに来たみたい」
芽瑠萌が言った。
「本物のロシアは知らないけどな」
「向こうに行く船も普通にあるし」
冬真はフェリーを見た。
「乗ればウラジオストクか」
「うん」
港沿いをしばらく歩いたあと、二人は貨物線を跨ぐ歩道橋を渡った。
海から離れる道は、すぐに上り坂になった。坂を上りきったところで、冬真が足を止めた。
「これって」
芽瑠萌も見上げる。
「有名なところだよね」
通りに沿って、淡い灰色の石を積んだ低い壁が長く続いていた。その中央が大きく開き、幅の広い石段が緩やかに上っている。
壁には、『国立樺太戦争記念館』と大きな文字が刻まれていた。
石段の先には、真岡の街中とは思えないほど広い前庭があった。
中央に黒い石のモニュメントが立っている。何枚もの厚い石板を海へ向けて立てたような形で、その前の浅い円形の窪みでは、小さな炎が揺れていた。
左右には芝生が広がり、白樺の並木が建物まで続いている。
奥に、ガラスと淡い灰色の石で造られた大きな建物があった。
三階建てだが横に長く、中央部だけが高くなっている。正面には三層を貫く巨大なガラス面があり、その向こうに吹き抜けのロビーと、左右へ延びる幅の広い階段が見えた。石造りの両翼は前庭を囲むように少し前へ張り出している。
建物の中央を通して、その向こうに日本海が見えた。
入口へ向かう人の流れが絶えなかった。観光客に混じって、揃いの帽子をかぶった小学生の一団が歩いている。大型バスが二台停まり、別の修学旅行らしい中学生たちが、パンフレットを手に喋りながら出てきた。
前庭のモニュメントの前では、年配の夫婦がしばらく立ち止まっていた。その横を、制服姿の高校生たちが建物へ入っていく。
冬真はもう一度、建物を見上げた。
「せっかくだから、見ていこうか」
「うん」
*
広い階段を上って最初の展示室に入ると、藍色の壁いっぱいに巨大な樺太の地図が描かれていた。
地図の上には大きな文字が書かれている。
《その日、ソ連が来た》
── В тот день пришли советские войска
樺太の地図の北から太い赤い矢印が伸び、海からも何本も刺さっていた。
八月九日、北部正面、約六万二千。
北東部上陸、約九千。
西岸北部上陸、約一万一千。
真岡方面、第一波約七千五百、後続を含め約一万八千。
航空機、艦艇、輸送船。
数字の横に上陸艇、兵士、戦車、攻撃機の写真が並ぶ。
ソ連の指揮官たちの肖像写真もあった。
中央にある軍人の写真の脇には、黒々とした文字が記されている。
「樺太は島としてではなく、一つの戦線として占領されなければならない」
――A・M・ヴァシレフスキー、1945年8月10日
「あの人、見覚えある」
芽瑠萌がそれを見上げて、小声で言った。
「教科書に写真載ってたな」
冬真も言った。
次の部屋に進む。
《樺太に「終戦」はなかった》
──Для Карафуто война не закончилась
入口には、八月十五日正午を示す大きな時計があった。
その下に、ラジオの前に集まって玉音放送に耳を傾ける豊原の人々。工場の事務所で直立して聞く従業員。駅前で号外を読む人たち。
壁を曲がると、日付は八月十六日になった。
南へ向かう避難民。海上を進むソ連軍の輸送船。海岸へ降りる上陸部隊。
さらに八月十七日、十八日、十九日と日付が続いていた。
途中の展示ケースには、日本側が停戦を求めて送った電文と、その後も続いたソ連軍の作戦記録が並べられている。
部屋の最後の日付は、八月二十日だった。
壁いっぱいの写真に、海から見た真岡の街が写っていた。その手前を、上陸用舟艇が何隻も岸へ向かっていた。
扉を抜けて次の部屋に進むと、壁面の色が濃い灰色に変わった。
《北部崩壊――25万人の南下》
── Крах севера — 250 тысяч человек бегут на юг
駅を埋める人々。貨車に乗る家族。線路沿いを歩く人々。荷物を満載したトラック。南へ続く避難民の列。
奥端の展示では、写真が一つの建物に集中していた。
『奥端正教会――避難所への空襲』
境内を埋める避難民。荷物を抱えて教会へ入る母子。床に毛布を敷いて座る人々。
その次の写真では、尖塔の後ろに爆煙が立ち上っていた。
屋根から炎が上がる写真。消火にあたる人々。壁と焼け焦げた尖塔だけが残っている写真。
最後は、灰の上に落ちた十字架と、割れたイコンだった。
芽瑠萌が立ち止まって教会の写真を見上げた。
「ここ、知ってる」
「うん」
次の壁には、一語だけ大きく書かれていた。
『弁連沼』
写真が壁一面に並んでいた。
黒煙を上げる避難列車。客車から飛び降りる人々。湿原へ逃げる群衆。
子供を抱えて走る女。線路脇に伏せる人影。散らばった荷物。倒れた自転車。横倒しになった乳母車。
「これも教科書にあったな」
「テレビでも見た」
遠くから列車を撮った写真もあった。
攻撃直後の写真。
人々が車両から離れていく写真。
湖畔に点々と人影が広がっている写真。
冬真はそのうち一枚の前で止まった。
「これ、初めて見た」
芽瑠萌が隣に来た。
「私も」
その先には、
《なぜ列車は攻撃されたのか》
とあった。
ソ連側の戦闘記録、生存者証言、列車編成図、乗客名簿、戦後の調査報告。
軍用列車との誤認だったとする説。停止後も逃げる民間人への攻撃が続いたとする多数の証言。
論争は戦後八十年以上続いていた。
階段を二階に下りると、壁は暗い赤色に変わった。
真岡の展示になった。
《真岡上陸》
──Высадка в Холмске
八月二十日、ソ連軍が海から上陸した。 舟艇から兵士が降りる写真。炎上する港。市街は一時占領された。
《宝台の奇跡》
──Чудо Такарадая
山中へ集結する日本軍。
鉄道で運び込まれる兵員と物資。
八月二十三日、宝台に真岡反攻部隊が集結した。
《真岡奪回》
──Возвращение Маоки
宝台から始まった反攻。
市街戦。
奪回後の真岡。
戦没者の名簿。
芽瑠萌が古い真岡市街の写真を見て言った。
「さっき歩いたところ、この辺?」
「たぶん。港がこっちだから」
二人は現在の地図と見比べた。
角を曲がって最後の展示に進む。
《米軍進駐とソ連撤退》
──Ввод американских войск и вывод советских войск
南部へ進駐する米軍。
停戦後も樺太に残った複数の軍隊。
占領地域と行政権をめぐる交渉。
その壁際で、一人の男が手帳に何かを書いていた。
冬真はその横を通り過ぎかけて、足を止めた。
見覚えがあった。
「……黒川」
芽瑠萌もそちらを見た。
「え」
二人とも動けなかった。
「なんで」
芽瑠萌が小声で言った。
「真岡だぞ」
「うん」
アレクセイ・ヴォローニンは赤い壁に掲示された説明文を読み、ときどき横の地図を見ながら、手帳に何かを書き込み続けている。
旭ヶ丘で双眼鏡を覗いていた姿が浮かんだ。
川上温泉と炭鉱についての問い合わせの記録も。
そのとき、ヴォローニンがふと顔を上げて横を見た。
目が合った。
二人ともビクッとした。
ヴォローニンは数秒、目を細めて何かを思い出そうとするような表情をしたあと、
「あ」
と軽く手を叩いた。
「もしかして、豊原駅の」
「はい」
冬真が硬い声で答えた。
「観光案内所の」
「はい」
「今日は、仕事ですか?」
「……いえ、観光です」
「いいですね」
ヴォローニンは人あたりの良さそうな笑顔を浮かべた。
芽瑠萌が少しためらってから声を上げた。
「あの」
「はい?」
「ナタリヤ・セルゲーエヴナ・モロゾワと、お知り合いなんですか」
ヴォローニンは一瞬きょとんとした。
「ああ、ナタリヤ」
「私の学校の先生なんです。この前、豊原駅の地下でヴォローニンさんと話しているのを見かけました」
ヴォローニンはまた笑顔になった。
「なんと、それは……日本語でなんて言いましたっけ。き……きてん……いや、奇縁。奇縁ですね。声をかけてくれても良かったのに」
「どういうお知り合いなんですか」
今度は冬真が聞いた。
「ナタリヤには数年前に現地ガイドをしてもらいまして」
「……ガイド?」
「共通の知人に紹介してもらって。ナタリヤは豊原にとても詳しい。助かりました」
「……そうだったんですか」
それ以上、何を聞けばいいのか分からなくなった。
ヴォローニンは気にした様子もなく、
「では、よい休日を」
と軽く手を上げた。
二人も頭を下げた。
少し離れてから、冬真が言った。
「ガイドだって」
「うん」
「普通だったな」
「うん」
記念館の外へ出ると、港の方から船の汽笛が聞こえた。




