正解のない問い
グリフは、久しぶりに海に潜っていた。
水面を抜けると、島の音が遠ざかる。
人の声も、波の砕ける音も、加工場の機械音も、すべてが膜の向こう側に退いていった。
残るのは、自分の吐く泡の音と、海の青さだけだった。
グリフは、魚を銛で突く漁が好きだった。
日本を離れてこの島に長くいる理由を一つだけ挙げろと言われれば、この海だと答えるかもしれない。
生活そのものは、日本のほうが何倍も快適だった。
蛇口をひねれば水が出る。夜になっても明るい。病院もある。道も舗装されている。
それでも、この島の海と、島民たちとの近さは、グリフを惹きつけて離さなかった。
最初は、まったく魚が取れなかった。
魚は見えているのに、銛を放つとそこにはもういない。
海の中では、自分の体も、魚の速さも、陸とはまるで違っていた。
それでも何度も潜った。
漁師たちに笑われ、ファジャルにからかわれ、チャンドラには「畑仕事より下手だな」と言われたこともある。
今では、島民の中でもうまいほうに入る。
だが今日は、外してばかりいた。
目の前を銀色の魚影が走る。
グリフは息を止め、銛を構えた。
魚の群れが、珊瑚の上を斜めに横切っていく。
放つ。
外れた。
銛の先は、魚の尾びれの後ろを虚しく通り過ぎ、砂地に突き刺さった。
(……だめだな)
グリフは銛を回収しながら、胸の中でつぶやいた。
ディオには、何か方法を考えると言った。
だが、妙案があるわけではなかった。
冷凍施設と、新作物の育成。
どちらも問題なく進めることは、もう諦めた。
無理なものは無理だ。
そこを出発点にするしかない。
島全体の利益を考えれば、冷凍施設を優先するべきだ。
それは分かっている。
冷凍施設が動けば、すぐに金になる。魚を高く売れる。
加工場にも仕事が増える。島に現金が回る。
だが、そうすれば農民の不満は深くなる。
漁民と農民の軋轢は、今よりも大きくなる。
それは避けたかった。
グリフは岩陰に身を寄せ、息を整えた。
小魚の群れが、光を反射しながら目の前を通り過ぎる。
まるで考えそのものが、形を持って逃げていくようだった。
漁民が実利を得るのなら、農民には名利を与えればよいのではないか。
そう考えた。
たとえば、ディオに話したように、農民の集会所にだけテレビや冷蔵庫を置く。
漁民の村にはないものを与える。
「自分たちも大事にされている」と思える形を作る。
悪くはない。
だが、薄い。
それだけで本当に納得するのか。
さらに言えば、ディオには言えなかったが、村長の座をベニに渡すことも考えた。
国の行政組織としての村長は、形式上は選挙で選ばれる。
だが、この島では選挙など形だけだった。
族長しか立候補しない。
だから自然に、族長であるディオが村長になる。
族長以外が立候補するなど、この島の空気では考えにくい。
もしそんな者が出れば、日本で言う村八分のような扱いになるだろう。
だから、次の選挙でディオが立候補せず、ベニを立てる。
ディオがそう決めれば、ベニは自然に村長になる。
行政機関としての村長には、実質的な力はあまりない。
権威は族長であるディオが持っている。
だから、名誉をベニに与え、実権はディオが保つこともできる。
だが――
(ファジャルが黙っていない)
グリフは岩を蹴り、少しだけ沖へ出た。
ファジャルも立候補するかもしれない。
そうなれば、島を二分する選挙戦になる。
表立って勝敗がつく。
そして選挙が終わっても、対立構造は残る。
そんなものは避けたかった。
いっそ、電力設備などなければよかったのではないか。
昔ながらの島の生活を続けることが、島民にとって幸せだったのではないか。
そう考えることもできる。
たぶん、自分がただの観光客なら、そう思っただろう。
「電気のない素朴な島」
「自然とともに生きる人々」
そんな言葉を並べて、満足して帰ったかもしれない。
だが、今のグリフにとって、それは選択肢にすら入らなかった。
この島は貧しい。
餓死するほどではない。
だが、栄養や衛生に気を遣う余裕はない。
体力のない者、運の悪い者から、静かに死んでいく。
大人になれない子どもがいる。
アンダルも、日本なら違ったはずだ。
両足を失っても、車椅子を使いながら農業支援の指示を出せただろう。
技術者や役人と話し、若者を育て、島に戻ることだってできたかもしれない。
ディオだってそうだ。
部族長で、加工場のオーナーで、生活に余裕があるから、片足でもやっていける。
もし彼がただの島民だったなら、どれほど陽気で頭がよくても、お荷物扱いされていたかもしれない。
グリフは、少し深く潜った。
海底近くは、光が柔らかくなっている。
珊瑚の隙間から、青い小魚が顔を出し、すぐに引っ込んだ。
冷凍施設を優先する。
それを農民に納得してもらうことは可能だろうか。
ベニやローサを見ていると、相当に難しそうだった。
たぶん、彼らの意見が農民の代表的な意見なのだろう。
そう考えかけて、グリフは動きを止めた。
(……本当に代表なのか?)
ふと、別の記憶が浮かんだ。
ゲリラ対策の罠を撤去するかどうかの会議。
あのときも、農民が不便を訴えていると聞いた。
アンダルの話を聞き、グリフは撤去に傾いた。
だが後でチャンドラに聞くと、違う感触だった。
不便ではあった。
だが、撤去するほどではない。
少なくとも、農民全員が強く望んでいたわけではない。
では、どちらが本当だったのか。
アンダルがいい加減なことを言うはずはない。
ベニに言われたからといって、それだけで会議に持ち込むような人間ではない。
他にも色々な人から聞いていただろう。
何より、アンダル自身も不便を感じていたのだろう。
だから、あの主張は嘘ではなかった。
でも、チャンドラも嘘をついていたわけではない。
不便だが、罠を撤去するほどではない。
そう感じていた農民もいた。
(どっちが本当だ?)
いや、違う。
どちらも本当だったのかもしれない。
農民という一つの塊があるわけではない。
ベニが代表する農民。
アンダルが見ていた農民。
チャンドラのような農民。
ローサのような、農民でありながら農業から逃げたがっていた者。
全部、違う。
結果論だが、罠は撤去しないほうがよかった。
罠が残っていれば、復旧する必要はなかった。
アンダルが丸太に足を潰されることもなかったかもしれない。
グリフは奥歯を噛んだ。
そのとき、アジの群れが目の前を横切った。
反射的に、銛を構える。
考えごとのまま、群れに向かって放った。
外れた。
銛は、群れの真ん中を通ったはずなのに、すべての魚にかわされた。
銀色の群れが、一斉に方向を変え、まるで一つの生き物のように遠ざかっていく。
グリフは水中で、思わず苦笑した。
(……そうだった)
群れに向かって、なんとなく撃っても当たらない。
1匹を見なければならない。
1匹の動き。
向き。
速度。
次に逃げる方向。
そこに集中しなければ、仕留められない。
基本だった。
こんなことも忘れていた。
(同じか)
農民を「農民」として見ていた。
漁民を「漁民」として見ていた。
でも、本当は違う。
一人一人、考え方も、不満の形も、怖れていることも違う。
ベニが何を言うかではなく、ベニの後ろにいる人間が何を思っているか。
ローサが怒る理由。
チャンドラが黙る理由。
古い農民が変化を怖がる理由。
新しい作物に希望を見る若者がいるかどうか。
そこを見なければならない。
グリフは、銛を手元に引き戻した。
諸葛孔明のように、巧みな計略で一気に解決したい。
本当は、そう思っていた。
皆が驚くような案を出し、ディオが笑い、ベニもファジャルも黙り込む。
そんな都合のいい展開を、どこかで期待していた。
だが、今回は違う。
正面から行くしかない。
一人一人に話を聞く。
面倒で、時間がかかり、格好もつかないやり方。
だが、そこにしか突破口はない気がした。
グリフはもう一度、アジの群れを探した。
少し先に、1匹だけ群れから遅れた魚がいた。
尾びれの動きが、わずかに鈍い。
グリフは息を止めた。
今度は群れを見ない。
その1匹だけを見る。
距離を詰める。
体を流れに預ける。
銛の先を、魚の進行方向の少し先に置く。
放つ。
今度は、命中した。
魚が一瞬だけ身を震わせ、やがて静かになった。
グリフは銛を引き寄せながら、海面を見上げた。
揺れる光の向こうに、島の影が見える。
(まずは、1人ずつだ)
そう決めると、不思議と少しだけ息が楽になった。
***
グリフはまず学校に向かった。
昼前の校庭は明るく、子どもたちの声が風に乗って広がっていた。裸足で走る子、木陰で座って何かを分け合っている子、棒切れを振り回して戦いごっこをしている子――どこを見ても、島の日常がそのまま転がっているようだった。
その光景を見ながら、グリフは少しだけ肩の力が抜けた。
(ここからか……)
トニーに事情を話すと、彼はすぐに理解を示した。
「いい考えだと思うよ。子どもたちは、大人よりも正直だからね。ただし――」
トニーは少し笑った。
「正直すぎるかもしれないが」
「それは、覚悟してます」
グリフはそう答えながらも、自分がどこまで耐えられるのかはわからなかった。
――丁寧に説明しなければ理解してもらえない相手と話す。
――それでもイライラしないようにする。
そのための練習として、子どもを選んだ。
だが、それだけではない。
本音を聞くためには、自分が変わらなければならない。
それは頭ではわかっていた。
グリフは、自分が人に緊張を与えるタイプであることを知っていた。
日本にいたころもそうだった。
見た目、運動、成績――どれも平均より上にあったせいで、無意識に距離を作ってしまう。
祖父の田舎では「お高く留まってんじゃねえよ」と、まるで決まり文句のように絡まれたこともある。
殴り合いになったこともある。
祖父は「自分から仕掛けるな、だが降りかかる火は払え」と言っていた。
その結果、気づけば不良たちの中でリーダーのような立場になっていた。
(……あの頃と、何が違うんだろうな)
そんなことを思いながら、校舎の陰に入ると、トニーが1人の少年を連れてきた。
「この子がジョコだ」
少年は、少し日に焼けた肌に、黒くて大きな目をしていた。年は11歳。グリフを見上げるその視線には、警戒と好奇心が半分ずつ混じっている。
「ジョコ、実はこのグリフというお兄ちゃんが、君に話を聞きたいらしいんだ。協力してくれるかな」
「いいよ」
ジョコはあっさりと言った。
「グリフは有名だから知ってる」
その言い方に、グリフは少し苦笑した。
(有名……か)
自警団の訓練のせいだろうか。子どもたちにとっては、格好のヒーローなのかもしれない。
グリフはゆっくりとしゃがみ、ジョコと目線を合わせた。
「ジョコの家は農業をやっているのかい?」
ジョコは一瞬、トニーの顔を見た。
トニーが軽くうなずく。
「そうだけど、それがなんか関係あるの?」
少しだけ警戒が強くなった声だった。
「ああ、ごめん。関係なかったな」
グリフはすぐに言い直した。
「実は島のことで、お兄ちゃんがちょっと悩んでてさ。ジョコの意見を聞きたかったんだ」
「大人に聞けばいいじゃん」
まっすぐな返しだった。
「そうなんだけど……」
グリフは言葉を探した。
「ジョコみたいな子に最初に聞きたかったんだ。理由はうまく言えないけど……偏見がないだろ?」
「へんけんってなに」
(そこからか……)
グリフは少し考えてから答えた。
「うーん、色眼鏡みたいなものかな。例えば青いメガネをかけると、全部青く見えるだろ。本当は違う色かもしれないのに、そう見えちゃう。そういう思い込みのこと」
ジョコは少し考えたあと、つまらなそうに肩をすくめた。
「なんとなくわかった。で、この話どれくらいかかるの?このあと遊びに行く約束あるんだけど」
「……ああ、ごめん」
(思ってたより容赦ないな)
グリフが苦笑した瞬間、ジョコの目が輝いた。
「それよりさ、グリフって強いんでしょ?ジケイダンの練習見てたんだけど、みんなグリフに勝てなかった。俺、強くなりたいんだ。どうやったら強くなれる?」
話が完全に逸れた。
グリフの口元から、さっきまであった笑みがすっと消えた。
「それは……後でいいかな」
間を見て、トニーが入る。
「よし、じゃあ今度グリフを先生にして、みんなに強くなる方法を教えてもらう授業をやろう。グリフ、いいかな」
「あ、はい、もちろん」
「やった!」
ジョコが飛び跳ねる。
「で、何の話だったっけ、グリフ」
トニーがさりげなく本題に戻した。
グリフは小さく息を吐いた。
「じゃあ聞きたいんだけどさ、今度電気を作る建物ができたじゃないか」
「ああ、発電所ね」
(そこは知ってるのか……)
「そう、その発電所。その使い方で悩んでるんだ。魚のための冷凍施設に使うか、新しい作物を育てるために使うか」
「両方じゃだめなの?」
「普段はできる。でも、暑い日とかは電気が足りなくなる。そのときはどっちかを選ばないといけないんだ」
ジョコは少し真剣な顔になった。
「選ばれなかったらどうなるの」
「冷凍施設なら魚が腐る。お金をすごく損する。新作物なら……うまく育ってたものがダメになるかもしれない。すぐじゃないけど、ずっと遅れる」
「それは……ローサ姉ちゃん怒るな」
ジョコは即答した。
「すごい頑張ってるもん」
「そうなんだよ」
グリフはうなずいた。
「俺もローサを応援したい。……でも、この島に将来、病院を作りたいんだ。そのためにはお金が必要で、お金を稼げる可能性が高いのは冷凍施設なんだ」
言いながら、グリフは自分の言葉に注意を払っていた。
(今のは誘導してないか……?)
自分の結論に引き寄せていないか。
「事実だけ」を話すつもりだったのに、どこまでが事実でどこからが解釈なのか、境界が曖昧になっていく。
グリフは少し言葉を足した。
「でもね、新作物も、すぐにじゃないけど、お金を稼げるようになるんだ」
ジョコは黙って聞いている。
「逆に魚は、たくさん取れる日もあれば、取れない日もある。取れない日が続くと、冷凍施設を動かす分だけ損になることもあるんだよ」
グリフは少し前のめりになった。
「でも新作物は、うまくいけば、あまり良いときと悪いときの差が少ない。安定する可能性があるんだ」
ジョコは少し首をかしげた。
「じゃあ、新作物のほうがいいんじゃないの」
(よし、ここは――)
グリフはすぐに続けた。
「それが、そうとばかりも言えなくてさ」
少し熱が入る。
「魚も『養殖』っていって、畑みたいにたくさん育てることができるんだ。いままでやっていなかったのは、お金がかかるのと、冷凍施設がなかったからなんだよ」
ジョコの視線が少し泳ぎ始める。
グリフは気づかない。
「でも冷凍施設があれば、獲れた魚を保存できるし、養殖にも挑戦できる。そうなれば、魚も安定してお金になるかもしれない」
「じゃあ、冷凍施設でいいじゃん」
ジョコは、さっきより少し雑に言った。
「ところがね――」
グリフは止まらなかった。
「新作物がうまくいくとすると、島のお土産としてホテルにお客さんが増えるかもしれないんだ。そうすると働く場所も増えるし、島を出て働きに行かなくてもいいかもしれない」
言葉が自然と広がっていく。
「それに俺やディオが日本とつながりがあるだろ。直接日本に売れば、かなり儲かる可能性もある」
話しているうちに、頭の中で島の未来がどんどん組み立てられていく。
観光客が増える。
新しい作物がブランドになる。
冷凍施設と連携して輸出もできる。
港が発展し、電力も増強されて――
(……あれ?)
グリフはそこで、自分の思考がどこか遠くへ行っていることに気づいた。
目の前のジョコを見る。
ジョコは、完全に飽きていた。
片足で砂を蹴りながら、明らかに別のことを考えている。
「……はあ」
ため息だった。
グリフの話に対するものだと、誰が見てもわかるため息だった。
「なんかさ」
ジョコが顔を上げる。
「イライラしてきた」
「え?」
グリフは間の抜けた声を出した。
「だってさ」
ジョコは腕を組んだ。
「さっきからグリフの話、『かもしれない』ばっかじゃん」
グリフは言葉を失う。
「新作物も『儲かるかもしれない』、魚も『うまくいくかもしれない』、どっちも『かもしれない』」
ジョコは続けた。
「そんなの、決められるわけないじゃん」
そして、あっさりと言った。
「じゃんけんで決めればいいよ」
あまりにも軽い。
あまりにも単純。
だが、その言葉は、さっきまでのグリフの説明を一刀両断にした。
「じゃんけん……?」
「うん」
ジョコは真顔でうなずく。
「だって未来のことなんて誰にもわかんないでしょ。だったら神様に任せるしかないじゃん」
少し間をおいて、さらに言った。
「それか、もうどっちもやめれば?」
トニーが吹き出しそうになっている。
グリフは、しばらく何も言えなかった。
頭の中で組み上げていた未来図が、砂の城みたいに崩れていく。
「……」
沈黙。
その沈黙に耐えられなくなったのはジョコのほうだった。
「もういい?」
トニーを見る。
トニーは苦笑しながらうなずいた。
ジョコは一瞬で元の子どもに戻り、走り出していった。
校庭の中に飛び込み、さっきまでの真剣な顔は跡形もなく消えた。
――残されたのは、グリフとトニー。
「どうだった?」
トニーが聞く。
グリフは少し考えてから答えた。
「……さすがに、じゃんけんは想定外でした」
トニーは肩を揺らして笑った。
「私もだ。だが――」
少しだけ真顔になる。
「本質は突いているかもしれないな」
グリフは何も答えなかった。
ただ、校庭で遊ぶジョコの姿を見ていた。
その背中は軽く、迷いがなかった。
(……俺のほうが、迷ってるな)
グリフはそう思いながら、小さく息を吐いた。
そして、自分が選んだ「正面突破」の重さを、改めて実感していた。
子どもたちとの話し合いは、その後3日間続いた。
最初の日に気づいたのは、一対一で向き合うと子どもは必要以上に緊張するということだった。視線が泳ぎ、正解を探すような返事になる。
それでは意味がない。
グリフはやり方を変えた。仲のいい子ども同士、3人から5人くらいの小さなグループを相手にすることにした。
校庭の木陰、教室の隅、海沿いの岩場――場所もその場その場で変えた。
話はよく脱線した。
魚の話から喧嘩の話になり、そこから好きな食べ物の話になり、気がつけば鬼ごっこが始まっていることもあった。
グリフはそれを止めなかった。
(これも含めて「話を聞く」なんだ)
そう思うことにした。
本題に入るタイミングは、笑いが一段落したあとや、誰かがふと静かになった瞬間だった。
「なあ、ちょっとだけいいか」
そう切り出し、発電所の話をする。
冷凍施設のこと、新作物のこと――
ただし、問い方は変えた。
「どっちが島にとっていいと思う?」
その質問はやめた。
代わりに、
「どっちのほうが好き?」
「もし働くならどっちがいい?」
そう聞いた。
それでも答えられない子もいた。
そんなときは無理に引き出さず、「じゃあ今のままでもいいか」と軽く流した。
――3日間。
その結果は、グリフの予想とは違っていた。
漁民の子どもに聞いても、新作物栽培のほうがいいと答える子が多かったのだ。
(逆だと思ってたんだけどな……)
魚で育った子どもたちだ。
冷凍施設のほうに魅力を感じると思っていた。
だが、違った。
理由は単純だった。
「ローサ姉ちゃんがやってるから」
何人もの子どもがそう言った。
グリフは苦笑した。
(結局そこか……)
事業の中身よりも、「誰がやっているか」。
信頼や親近感が判断の軸になっている。
それは子どもだけの話ではない気がした。
(日本でもそうだったな……)
政策よりも人物。
握手したときの印象、話したときの空気。
理屈ではなく、感情。
(人間って、そういうもんか……)
グリフは小さく息を吐いた。




