表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『婚約破棄された悪役令嬢、廃棄された機械竜を拾う』〜辺境の錆びた砦を再建していたら王国の防衛機構まで握ってしまいました〜  作者: Akarino−Hiro


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第2話 廃棄令嬢、辺境砦を再起動する

王都の鐘が、鳴り止まなかった。


それは祝宴の鐘ではない。


婚約破棄で浮かれた貴族たちを祝う音でもない。


王国全土の城塞にだけ繋がる、防衛盤の警鐘だった。


王宮大広間では、まだ夜会が続いていた。


王太子レグルスは聖女アメリの手を取り、勝利者のように微笑んでいた。


少なくとも、最初の鐘が鳴るまでは。


ごおん。


古い魔導鐘の音が、大広間を震わせた。


楽団が止まる。

貴族たちの扇が止まる。

アメリの笑みが、白い仮面のように固まる。


王宮の壁に埋め込まれた防衛盤が、青白い光を放った。


《古代防衛機構、再起動》


《機械竜アルヴィオン、主認証を更新》


《新規管理者:セレスティア・ベルクライン》


レグルスの顔から、血の気が引いた。


「なぜ、あの女の名が出る」


誰も答えられなかった。


宰相だけが、険しい顔で防衛盤を見つめている。


「殿下。アルヴィオンという名に、覚えは?」


「知らん。そんなものは神話だろう」


「初代王国が北境に残したとされる、古代機械竜の名です」


「実在するはずがない!」


レグルスの声が裏返った。


その横で、アメリが小さく呟く。


「セレスティア様は……何をなさったのですか?」


その声には、隠しきれない恐怖が混じっていた。


当然だ。


ほんの数刻前、王都はセレスティアを捨てた。


悪役令嬢として笑い、流刑地へ押し込み、二度と戻らない敗者にした。


その名が今、王国の防衛機構そのものに刻まれている。


王都が捨てた女が、王国の心臓に手をかけていた。


一方。


灰雪領エルデンの地下廃棄場で、私は膝をついていた。


巨大な機械竜の胸に手を当てたまま、息を整える。


母から受け継いだ修繕魔法は、攻撃魔法ではない。


華やかな光もない。

敵を焼く炎もない。


けれど、壊れた魔導具の奥に残った熱を探すことができる。


アルヴィオンの炉心は、完全には死んでいなかった。


どくん。


鋼鉄の胸の奥で、もう一度、低い音が鳴る。


『炉心再点火。稼働率、一二パーセント』


地下の闇に、金色の光が広がった。


ミレットが私の背後で小さく悲鳴を上げる。


「お、お嬢様。竜です。竜が起きました。どうしましょう」


「まずは挨拶かしら」


『不要。戦闘不能。飛行不能。右前肢、駆動不良。左翼、欠損。尾部、断裂。武装系統、九割喪失』


「思ったより満身創痍ね」


『廃棄機です』


「私もよ」


『確認済み。廃棄令嬢セレスティア』


「その呼び方、定着させないでいただける?」


『不満を確認』


「ええ。不満よ」


アルヴィオンの片目が、ゆっくり瞬いた。


機械なのに、少し考えているように見えた。


『では、主セレスティア』


その呼び名に、地下の空気が少しだけ変わった。


主。


ついさっきまで、私は王都で不要品だった。


未来の王妃にふさわしくない。

可愛げがない。

悪役令嬢。


そう断じられた。


それなのに、この壊れた竜は、私を主と呼んだ。


胸の奥が、少し熱くなる。


けれど、泣く時間はない。


「アルヴィオン。あなたの機能で、この領地にすぐ役立つものは?」


『防衛塔との接続。地下水脈探査。熱源炉の再点火。魔獣警戒網の復旧』


「素晴らしいわ」


『ただし、素材不足。人員不足。砦設備の破損多数。成功率、低』


「成功率は?」


『総合復旧、三・一パーセント』


ミレットが顔を覆った。


「絶望的です!」


「三パーセントもあるなら、始める価値はあるわ」


『合理性がありません』


「よく言われるわ」


私は立ち上がった。


「まず井戸を直しましょう」


『王国防衛機構の再起動直後に、井戸ですか』


「水がなければ人は死ぬでしょう」


アルヴィオンはしばらく沈黙した。


『優先順位を更新。井戸、最上位』


「よろしい」


地上へ戻ると、空が青白く光っていた。


北の山脈に埋もれていた古代塔が、一本、また一本と目を覚ましている。


凍った風の中で、村人たちは砦の広場に集まっていた。


恐怖。

困惑。

そして、ほんのわずかな期待。


すべてが混ざった目で、彼らは私を見ている。


代官のグレンが、震えた声で言った。


「ベルクライン嬢……いえ、セレスティア様。今の光は何ですか」


「古代防衛機構です」


「なぜ、それがこの廃領で」


「廃領だから残っていたのでしょうね」


私は北の山を見上げた。


「王都の方々は、壊れたものに興味がありませんから」


誰かが、くすりと笑った。


すぐに咳でごまかされたけれど。


私は広場の中央にある古井戸へ向かった。


滑車は錆び、縄は腐り、井戸の縁は崩れている。


村人たちが自力で直そうとした跡があった。


不器用な木材の補強。

割れた石を縛った布。

何度も諦めかけて、それでも諦めきれなかった跡。


私は、そういうものを見ると胸が痛くなる。


壊れたものにも、誰かが生かそうとした痕跡がある。


「ミレット、工具箱を」


「はい!」


私は袖をまくり、井戸の縁に手を当てた。


ひび割れ。

沈下。

水脈のズレ。

滑車軸の摩耗。

地下の導水管に詰まった氷。


見える。


全部、見える。


「アルヴィオン。地下水脈の位置を」


『北東へ七・二メートル。旧導水管と接続可能』


「代官グレン。人手を十人。鍬と縄を」


「しかし、夜です。雪も」


「では、凍死しない速度で動きなさい」


グレンは一瞬ぽかんとして、それから笑った。


「承知しました」


動き出すと、村人たちは早かった。


最初は恐る恐る。


けれど次第に、誰かの指示を待たずに手が動くようになった。


私は井戸の縁を補強し、滑車軸を外し、母の工具で錆を落とす。


アルヴィオンは地下から細い金色の光を伸ばし、導水管の位置を示してくれた。


「お嬢様、これは竜の魔法ですか?」


ミレットが目を丸くする。


「いいえ。古代の測量機能ね」


『訂正。王国防衛機構標準搭載の水脈探査術式』


「同じようなものよ」


『異なります』


「細かい竜ね」


『精密機です』


ミレットが吹き出した。


広場の空気が、少しだけ軽くなる。


そして、夜明け前。


凍った井戸の底から、水音がした。


こぽり。


小さな音だった。


けれど、それを聞いた瞬間、村人たちの顔が変わった。


こぽり、こぽり。


澄んだ水が、井戸の底へ戻ってくる。


痩せた子どもが一歩前へ出た。


母親が止めようとして、止められなかった。


子どもは井戸を覗き込み、小さく言った。


「水だ」


その声は、砦の広場に広がった。


誰かが泣いた。

誰かが笑った。

誰かが膝をついた。


ミレットはもう、堂々と泣いていた。


「お嬢様……」


「まだ泣くには早いわ。次は倉庫。次に炉。夜までに毛布と粥の配給表を作る」


「そういうところです!」


「何が?」


「そういうところが、大好きです!」


私は返事に困って、工具を片づけた。


その時、アルヴィオンの声が響いた。


『外部干渉を検知』


「王都?」


『はい。王宮防衛盤より、主認証の強制剥奪命令』


広場の空気が凍った。


代官グレンが顔を上げる。


「王都が、セレスティア様から機械竜を奪おうとしているのですか」


『肯定』


「できるの?」


私は尋ねた。


アルヴィオンの金色の目が、静かに光る。


『旧王国法により、防衛機構の主は、稼働炉心の現地再点火者に優先認証されます』


「つまり?」


『拒否可能』


「なら、拒否なさい」


『理由の入力が必要です』


「理由?」


王都の灯り。

大広間の嘲笑。

レグルス殿下の怒声。

アメリ様の笑み。

悪役令嬢という、綺麗に磨かれた廃棄札。


それらを思い出して、私は井戸の水音を聞いた。


こぽり。


この領地には、水が必要だ。


毛布が必要だ。

炉が必要だ。

壁が必要だ。


王都の面子ではなく、生きるためのものが必要だ。


「理由は、現地に水が必要だから」


『王宮防衛盤へ送信します』


「そのまま送るの?」


『はい』


「もう少し格式が」


遅かった。


アルヴィオンは淡々と告げた。


『送信完了。主認証剥奪命令に対する回答、現地に水が必要だから』


広場が静まり返った。


そして、誰かが笑った。


最初は一人。

次に二人。


やがて、疲れ果てた辺境の人々が、こらえきれないように笑い出した。


王都への返答としては、あまりにも無礼。

あまりにも実務的。

あまりにも、今の私たちらしい。


私も、少しだけ笑った。


「まあ、いいわ」


『不備がありましたか』


「いいえ。最高の返答よ」


そのころ、王都では。


王太子レグルスが、顔を真っ赤にしていた。


防衛盤に刻まれた返答を、貴族たちは黙って見つめている。


《主認証剥奪命令を拒否》


《理由:現地に水が必要だから》


「ふざけるな!」


レグルスが杯を床に叩きつけた。


だが、宰相は笑わなかった。


彼だけが、事態の深刻さに気づいていた。


灰雪領エルデンは、王国最北の蓋だ。


北の魔境から来る魔獣を防ぐ、最後の壁。

その防衛機構が、セレスティアの名で再起動した。


もし彼女を完全に敵に回せば。


王都は、自分たちが捨てた令嬢に、北門の鍵を握られる。


灰雪領では、夜が明けた。


井戸の水が戻り、村人たちはまだ広場にいた。

誰も帰ろうとしない。


私が声をかけようとした時、アルヴィオンの片目が赤く点滅した。


『警戒網、部分復旧』


「どうしたの」


『北方三十二キロ地点。魔獣群の移動を確認』


広場の笑いが消えた。


グレンが青ざめる。


「まさか、氷狼ですか」


『氷狼、三十六。大型個体、四。進路、灰雪領エルデン砦』


ミレットが息を呑む。


「お嬢様、砦の壁はまだ……」


「ええ。穴だらけね」


『防衛成功率、一一パーセント』


「さっきより高いわ」


『誤差範囲です』


「では、誤差を積み上げましょう」


私は工具箱を閉じ、北の空を見た。


王都に捨てられた。

辺境に来た。

竜を拾った。

井戸を直した。


そして次は、戦争だ。


北の雪原の向こうで、狼の遠吠えが上がる。


その直後、アルヴィオンが低く告げた。


『主セレスティア。防衛指揮を開始してください』


王都が私を捨てた翌朝。


王国最北の空に、最初の戦火が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ