88.
粉砕された会議室の扉の残骸が散らばる中、ミシェルの冷酷な声だけが淡々と響き続けていた。
彼女の前には、ティルが王国の書庫や隠し金庫から押収してきた分厚い書類の束が山のように積まれている。
ミシェルはその一枚一枚を正確に読み上げ、這いつくばる高官たちを順番に血祭りに上げていった。
「次。内務大臣のブラッド卿。貴方は過去三年間、王都の孤児院に支給されるはずの特別予算を九割方着服し、自身の愛人への貢ぎ物に充てていましたね。その金額、金貨にして約五万枚」
「ひぃっ。そ、それは、孤児院の運営がずさんだったため、一時的に私が預かっていただけで」
「見え透いた嘘は不快です。すでに貴方の愛人の館には、帝国の監査部隊が踏み込んでいます。隠し金庫の暗証番号も解析済みであり、押収した宝石類はすべて孤児院への寄付金として換金させました。貴方は明日から、着の身着のままで王都を追放されることになります」
内務大臣が泡を吹いてその場に崩れ落ちる。
ミシェルは彼を一瞥すらせず、すぐに次の羊皮紙を手に取った。
「続いて、法務大臣。貴方は関税の数値を意図的に操作し、隣国との密貿易で莫大な利益を得ていましたね。その利益で暗殺ギルドと通じ、邪魔な政敵を次々と消していた。完全な国家反逆罪です」
「ば、馬鹿なっ。あの暗号化された裏帳簿を、どうやって解読したというのだっ。それに、私は王族の遠縁にあたる身分だぞっ。貴様のような小娘に裁かれる覚えはないっ」
法務大臣が真っ赤な顔で立ち上がり、無意味な権威をかざしてわめき散らす。
しかし、ミシェルは表情一つ変えることなく、冷たく言い放った。
「あのような子供のパズル程度の暗号、移動中の馬車の中で十五分もあれば解読できます。それに、王族の遠縁が何人いようと、帝国の絶対的な国力の前では無意味です。貴方の知能指数に合わせて、もう少しわかりやすく説明してあげるべきでしたか」
「その通りだ。俺の機嫌次第で、お前の一族の首がいくつ飛ぶか数えてみろ」
横に控えていた皇帝ギデオンが、地鳴りのような低い声で凄んだ。
その圧倒的な殺気にあてられ、法務大臣は再び床に這いつくばり、狂ったように泣き叫び始める。
「ギデオン。野蛮な物理的脅迫は不要です。わたしはあくまで、データに基づいて合法的に彼らを裁いているのですから」
「ふっ。相変わらず手厳しい女だ。だがそこがいい」
ミシェルの冷たい窘めに対し、ギデオンはなぜか嬉しそうに鼻を鳴らした。
二人のやり取りの裏でも、不正の告発は止まらない。
「外務大臣。貴方は周辺諸国に我が国の軍事機密を売り渡す対価として、王城の宝物庫から国宝級の美術品を横流ししていましたね。軍務大臣、貴方は辺境を警備する兵士たちの給与を横領し、武器の調達を安価な粗悪品にすり替えて差額を懐に入れていた」
決定的な証拠である密書の写しや、裏取引の領収書が次々とテーブルに叩きつけられる。
王国の重鎮たちが、一人、また一人と、完膚なきまでに社会的な息の根を止められていく。
「ひぃいいっ。ミ、ミシェル様っ。もうそのくらいで十分じゃないですかぁ」
部屋の隅で、猛烈な勢いで調書の記録を取らされているティルが、涙声で悲鳴を上げた。
彼女の右手はすでに限界を超え、ペンを握る指先がプルプルと震えている。
「なんでこんなことするんですぅ。彼らはもう完全に終わっているですよぉ。これ以上やったら、国そのものが消滅しちゃいますぅ。私の手首も消滅しますぅっ」
「ティル。貴方は相変わらず、危機管理能力が甘いですね」
ミシェルは中指で眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、氷のように冷たい視線をティルに向けた。
「中途半端に生かして権力や財産を残しておけば、彼らは必ずまた裏で結託し、帝国に、そしてカイウスに牙を剥きます。愚か者特有の、見当違いな復讐心というやつです」
ミシェルの視線の先には、大賢者ピクシーが張った防音結界の中で、皇帝ギデオンの持ち込んだ積み木で平和に遊んでいるカイウスの姿があった。
彼に大人たちの醜い断罪劇を見せないための、ミシェルなりの配慮である。
「だからこそ、ここで完全に膿を出し切るのです。二度と帝国にちょっかいを出そうなどという気を起こさせないよう、財産、権力、人脈、軍事力、そのすべてを奪い尽くす。国として単独で機能できないレベルまで、徹底的に弱体化させる必要があります」
それは、ただの報復ではない。
愛する者を未来永劫にわたって守り抜くための、極めて合理的で冷酷な防衛手段であった。
「逃げようなどと思うなよ、小悪党ども」
扉の残骸の前に立ち塞がる巨大な皇帝ギデオンが、再び声を張り上げる。
逃亡を図ろうと這いずっていた数名の高官が、その声にビクッと肩を跳ねさせ、絶望のあまり失禁して床に突っ伏した。
「俺の女の計算は完璧だ。お前らの腐った命と財産、一滴残らず帝国のために絞り取ってやるからな。ミシェルの邪魔をする者は、俺がこの手でスクラップにしてやる」
ギデオンは凶悪な笑みを浮かべ、自身の太い腕で力強く胸を叩く。
ミシェルの絶対的な頭脳による告発を、ギデオンの圧倒的な武力が逃げ場なく封じ込める。
この二人の連携の前に、王国の高官たちにできることなど、ただ泣き喚きながら己の破滅を受け入れることだけであった。
「さあ、まだ書類は半分以上残っていますよ。夜は長いです。一人残らず、綺麗に清算してさしあげましょう」
ミシェルの澄んだ声が、地獄のような会議室に冷たく響き渡る。
ゲータニィガ王国が地図上の独立国から、帝国の完全なる属国へと転落した、歴史的な夜であった。




