107.
保守派大臣たちは、ミシェルたちのもとを去った後、ほっと安堵の息をつく。
急に腹が空き出したのだ。
無理もない。
先程まで、極度の緊張状態であったのだ。
ストレスを感じて食事どころではなかった。
しかし、大臣たちは胃を押さえる。
「腹が減りましたな」
「しかしなんだか胃がキリキリと痛みますゆえ、あまり油っぽいものはちょっと……」
大衆食堂の料理は基本、量が多いし脂っこい。
とはいえ宮廷料理は、いささか味に飽きていた。
似たような料理が毎回出てきて、少しげんなりしていたところである。
ふと。
「何やら良い香りがいたしませぬか?」
大臣の一人が、どこからか漂う香りに気づく。
スパイシーで、しかしどことなく、異国風な香りである。
その匂いが彼らの食欲をさらに促進。
彼らの足は出所へと向かう。
「あら、こんにちは」
彼らがたどり着いたのは帝城のキッチン。
大鍋の前には見覚えのない女が立っていた。
若い女だ。
髪は長く、胸ははち切れんばかりに大きい。
胸と同じくらいに大きな尻。
それら極上のボディを、少しぴっちりとした服装で包み込んでいる。
食欲と、そして性欲が刺激される。
なんだあの美女はと誰もが気になっていた。
「な、何者であるか?」
「エステラと申します。先日より、ミシェル様にスカウトされまして、ここでご厄介になっております」
「ミシェル皇妃のスカウト……」
何故こんな時期に新しい人材を?
妖艶な美女の前には巨大鍋があり、そこから良き香りが漂っている。
「ぬしのつくってるそれはなんだ?」
「スープカリーで、ございます」
「なんだそれは?」
「異国の料理でございます」
エステラは微笑むと、少し、スープをよそって、皿に盛り付ける。
そばにいた大臣に近づいて、皿を指しだしてきた。
「よろしければ、一口どうぞ?」
ミシェルと敵対してる大臣たち。
その身内から出されたものなのだ。
当然、口にできるわけがなかった。
断固たる決意をもって、大臣は結構! と突っぱねるつもりだった。
よしと気合を入れる。
「いただこうっ」
……周りの大臣たちから冷ややかな目線を浴びる。
しかし目の前には極上の美女。
少し伏し目がちの、なんとも美味そうな女。
彼女の醸し出す色気にあてられ、ノーと言えなかったのである。
大臣はスープカリーを一口啜る。
「な、なんだこれは。こんな香辛料が、たくさん使われてるのに、全然辛くないぞっ」
啜れば啜るほどに、食欲が出てくる。
カリー、すなわちカレーだ。
ストレスによりダメージを負った胃には、少々重い。
だがエステラのカレーは違った。
「ココナツの汁などをまぜて、味わいをマイルドにしているのですわ。これなら胃に負担がかからないかと……」
スープを啜った大臣に、エステラは微笑む。
「仕事で疲れてる胃を、少しでも元気づけられたらと……」
エステラが近づき、つつ、と、大臣の腹を手でさする。
それでもう、ダメだった。
「う、うむ! 気遣い感謝する、エステラ殿!」
大臣はだらしのない顔つきになっていた。
彼女の料理、そして色香によって、すっかり骨抜きにされてしまったのである。
無論エステラに、他者を誑かすと言う気持ちは一切ない。
全ては自然に行っている。
当然、これがミシェルの策略だと彼らは気づいていない。
エステラ当人が気づいてないのだから。
「なるほど、だからミシェルは、エステラに何も吹き込まなかったのだな」
ギデオンは遠くから一部始終をみたあと、ミシェルの元に帰ってきた。
なおも、ミシェルは書類仕事をしてる。
今回の策が首尾よく進むことなんて、ミシェルにはわかっていたことだった。
「エステラの母性は武器になる。けれどそれを悪意を持って使えば、必ずどこかで不満が噴出し、国家を揺るがすことになりかねないですから」
それゆえに、武器の使い方を、エステラ自身に委ねたのだ。
料理を作ったのも、大臣たちに優しくしたのも、全てはエステラが決め、実行したのだ。
「とはいえ、そうなるよう配置したのはミシェルだろう? 大した女だ」
「貴方」
ミシェルが冷たい眼差しをギデオンに向ける。
「こんなところで無駄口を叩いてるくらいなら、カイウスの面倒を見てきなさい」
ミシェルは今手が離せないのだ。
可愛くて仕方ない、カイウスのそばにほんとは居たくてたまらないのに。
「ふっ、今ティルのやつに面倒を見させてある。完璧だ」
「何が完璧ですか。ティルにはティルの仕事があるのです。おまえも自分のやるべきことをやりなさい。他人に可愛いカイウスの面倒を押し付けるな」
ギデオンはミシェルから叱責され、しかしそれが心地よいのか「承知した」と笑顔で去っていく。
ギデオンは彼女と会話したことで、モチベーションが上がった。
しかしこれは別にミシェルの策でもなんでもなかった。
「変わった男。まったく……」
……ミシェル皇妃が笑っていた。
という噂が後日、流れることになるのだが、ミシェルは頑なにそれを認めないのだった。




