108.
Sランク冒険者グレースは帝国の若き軍人たちに訓練をつけていた。
どんな恐ろしい訓練が待ち受けているのか。
軍人たちは皆戦々恐々としていた。
だが訓練内容は割とシンプルだった。
グレース一人に対して、軍人たちが襲いかかる。
それだけである。
彼女に一撃でも入れられたらその日の訓練は終わり。
だが裏を返すと、一本入れるまで訓練は終わらないのである。
軍人たちは木刀を手に、グレースに四方八方から切り掛かる。
だが無手のグレースは、敵の木刀を掴み、そして大きく放り投げる。
軍人たちは木の葉のように吹っ飛ばされて、ぐしゃりと地面に落ちる。
なんという膂力。
女子とは思えぬ剛力に、誰もが慄く。
「受け身をしっかりとりな! 戦場ではモタモタしてるやつから死ぬよ!」
グレースがまず彼らに叩き込んでいるのは、痛み。
様々な痛みを与え、そしてその痛みからいかに早く立ち直るか。
戦場では予想外の攻撃がやってくる。
それに対応できずに命を落とすもののなんと多いことか。
どんな攻撃が来ても対応できるよう、まずは受け身を身に付けさせる。
投げ、打撃、締め。
グレースは一つとして同じ攻撃をしない。
多彩な攻撃をもってして、若人たちに痛みを、教訓として教えていく。経験させておく。
本番で、これを味わったことがある、という経験が絶対に生きてくるのだ。
さて。
軍人たちは早々にダウンしていた。
グレースは割と本気で、死なない程度の力で、彼らをしごいている。
キツい訓練だ。
当然若き軍人たちはすぐに音を上げてしまう。
……ただ一人を除いて。
「はぁはぁ、ま、まだまだぁ」
マルコー。
貧乏貴族の子息にして、若き軍人たちのエース的存在だ。
彼は根性だけは誰にも負けないという自負があった。
グレースに、何度も投げ飛ばされても、果敢に立ち向かっていく。
……グレースはそんなマルコーの、男らしさに心底惚れていた。
だが、相手は年下だし、教え子だ。
そんな甘い関係になれるわけがない。
加えて、グレースは恋愛経験がゼロだ。
そんなグレースが、好いた男にどういう対応を取るかというと……
「おらぁ!」
「ぶぼぉおお!」
グレースは本気の拳をマルコーの顔面に叩き込んでしまう。
マルコーは何度もバウンドし、無様に地面に転がる。
(や、やっちまったぁ……あたしは何やってんだ……好きな男に顔面パンチ喰らわすとか……)
しかも割と本気の一撃だった。
並の魔物だったらこれで顔面粉砕されていただろう。
だが、マルコーは強化魔法でとっさにガードしていたのだ。
確かに死にはしなかったが、相当な恐怖を覚えたことだろう。
逃げても仕方ない。だが。
「グレース様……もう一度。ぼくはまだまだ、やれます!」
(か、か、かぁわいい〜)
グレースは健気なマルコーにメロメロだった。
さっきまでは本気でぶん殴ったことを後悔していた。
だが、もうそんなネガティブな気持ちは綺麗さっぱり忘れていた。
グレースが接近し、そのままタックル。
またも強烈な一撃を受けてぶっ飛ぶマルコー。
だが、立ち上がる。
不屈の精神に、グレースはまた内心で甘い声をあげる。
「マルコーかわいそう……」「教官にいじめられてるぜ」「おいミシェル様に誰か報告しにいけよ」
軍人たちは、これがグレースの嫌がらせに見えてしまうのも、まあ無理はない話だった。




