表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
第二章「関ヶ原に遅刻した男」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/27

遅刻到着・家康との対面

慶長五年九月十五日。


関ヶ原の戦いは、午後には決していた。


西軍の諸将は散り、小早川の裏切りで崩れた陣形は煙のように消え、残ったのは勝者の旗と、広野に転がる無数の痕跡だった。


家康の本陣には、夕刻から勝者たちが集まってきた。東軍の主だった将たちが順々に顔を出し、戦功を報告し、杯を受けた。熱気があった。高揚があった。四半世紀の積み重ねがここに収束したという、重くて明るい空気があった。


本多正信は本陣の端に座り、その様子を静かに見ていた。


手帳を開いていたが、書くものがなかった。記録すべきことは山ほどあった。それでも筆が動かなかったのは、正信の頭が別のことを考えていたからだった。


秀忠軍は、まだ来ていなかった。


岡崎主水正忠則おかざきもんどのしょうただのりが本陣の外れに立っていたのは、その夕刻のことである。


西の空が燃えるように赤かった。戦が終わった日の夕焼けというのは、いつもより少し乱暴に見えると岡崎は思った。あるいは自分の目がそういうものを映しているだけかもしれない。


「岡崎様」


竹松が傍に来た。


「何か」


「……まだ、おいでになりません」


「わかっている」


「家康様が」


「わかっている」


岡崎は腕を組んだままだった。西の空の赤みが少しずつ薄れていくのを、見るとも見ないともなく眺めていた。


真田の足止めが三日。その後の行軍に何日かかったか。算術をするまでもない。関ヶ原は終わっている。終わってしまっている。秀忠様はそこへ、今から着く。


家康様が何をおっしゃるか。


それを思うと、岡崎は少しだけ胃のあたりが重くなった。


「……竹松」


「はい」


「お前はこういう時、何を考える」


竹松はしばらく黙った。


「……なぜでございますか、と思います」


「何が」


「何もかもが」


岡崎は返事をしなかった。竹松も続けなかった。二人は並んで、暮れていく空を見ていた。


その夜、秀忠軍が到着した。


知らせを受けた家康の表情が、岡崎には遠くからでも見えた。それがどういう表情だったか、岡崎は後々まで正確に言葉にできなかった。怒りだとは思った。しかしそれだけではないような気もした。長い旅の果てにようやく着いた者を出迎える、そういう何かが混ざっていたかもしれない。


秀忠が本陣に入ってきた。


行軍の疲れが顔に出ていた。髪が乱れていた。鎧の一部が泥で汚れていた。


岡崎は背筋を正した。傍の竹松も、知らずと背が伸びていた。


場の空気が、ぴんと張った。


家康がゆっくりと立ち上がった。


諸将が見守る中、父と子が向き合った。


「……」


家康が何かを言おうとした。


秀忠が、一瞬早く口を開いた。


「お父さん、お腹すいた」


静寂があった。


本陣の中にいた全員が、あるいは静止した。


あるいは吸っていた息を、どこへ吐けばいいかわからなくなった。


岡崎は自分の口が少し開いているのを感じた。閉じようとしたが、うまくいかなかった。


家康は眉間に皺を寄せた。一拍、二拍、三拍の沈黙。


「貴様ァ……!!」


本陣が震えた。


「なぜこんなに遅れたか分かっておるのか!! 天下分け目の戦に間に合わなかったのだぞ!!」


「……だって寒かったし」


「言い訳をするな!!」


「寒かったのは本当のことです」


「それが言い訳というんじゃ!!」


秀忠は少し考えた。


「……ごめんなさい」


場の全員が思った。謝った。謝ったぞ。


「それと」と秀忠が続けた。「真田のおじさんもしつこかったんですよ。三日も足止めされて、こっちだってそれなりに大変だったわけで……」


「言い訳をするなと申しておる!!」


「ごめんなさいとは言いました」


「言い訳の後に謝っても……!!」


「順番の問題ですか」


「問題か問題でないかという話をしておるのではなく……!!」


「あの、ご飯は」


「黙れ黙れ黙れ……!!」


本多正信は本陣の端に座ったまま、やり取りを聞いていた。


手帳は開いていたが、今は何も書かなかった。


書くべきことは多すぎたし、少なすぎた。


家康様が怒鳴っている。秀忠様が「ごめんなさい」と言っている。「ご飯は」と言っている。場の全員が置いていかれている。これは記録か。記録とは何か。


正信は手帳を閉じた。


「……秀忠様」


声が出た。自分でも驚いたが、すでに立ち上がっていた。


家康が鋭い目を向けた。


「なんじゃ」


「一言、よろしいでしょうか」


「……言え」


正信は家康に近づき、声を落とした。耳打ちというほど近くはないが、本陣の全員には聞こえない距離だった。


「上田城で真田昌幸が秀忠様の軍を三日足止めした間、昌幸は西軍への援軍に動けませんでした。その三日が、関ヶ原の戦況を変えた一因でございます」


家康は何も言わなかった。


「真田が西軍本隊に加わっていれば、この戦の結末は変わっていたかもしれません。秀忠様が上田に引きつけた三日間は……」


「……わかった」


正信はそれ以上言わなかった。


家康は、しばらく何も言わなかった。


正信も、言い終えた後は黙っていた。こういう時に余計なことを言うと、矛先が自分に向くことを、三十年の経験で知っていたからである。


家康は秀忠を見た。


秀忠はどこから出てきたのか団子を片手に持ち、「勝ったんでしょ? だったらよかったじゃん」と言っていた。


勝利の余韻も、遅刻への反省も、英雄的な自覚も、何一つない顔だった。ただ団子が旨そうだった。


「……この馬鹿者めが」


家康は怒鳴った。


しかし口元が、少しだけ緩んでいた。


「飯を持ってこい」


「あ、よかった」と秀忠が言った。


竹松は「秀忠様が何をよかったと思っているのか」が判断できなかったが、それを問うことはしなかった。


岡崎主水正は壁際に立ったまま、その一部始終を見ていた。


「……なぜ」


声が出た。自分でも気づかなかった。


竹松が横で静かに言った。


「私もわかりません」


二人とも、それ以上は何も言わなかった。


本陣に飯の支度が整い、家康と秀忠が向き合って座った。


諸将はそれぞれ席を離れ、本陣の外へ散っていった。二人の間の空気は、先ほどとは少し違っていた。怒鳴り合いの後の、疲れたような、それでいて妙に落ち着いた空気だった。


秀忠は飯をよく食べた。


家康はそれを横目で見ながら、時々杯を口に運んだ。


「……大変だったか」


家康がぼそりと言った。


「まあ、それなりに」


「真田め」


「しつこかったです。三日も待たせて。ひどいじゃないですか」


「……お前が言うか」


「僕のどこが悪いんですか」


家康は答えなかった。


しばらく二人とも黙って飯を食べた。


「……帰ったら」と家康が言った。「江戸でゆっくりせい」


秀忠は少しだけ顔を上げた。


「……はい」


それだけだった。


親子の会話はそこで終わった。外では家臣たちが勝利の喧騒の中にいたが、この場だけは静かだった。



その夜、本多正信は秀忠の陣に戻った。


秀忠は団子を食べ終えて、すやすやと寝ていた。


正信はしばらく、その顔を見ていた。


戦略家の顔ではなかった。天才の顔でもなかった。どう見ても、ただ満腹で眠い男の顔だった。


正信は手帳を開いた。


今日の記録を書こうとして、少し迷った。


「真田を釘付けにしたことで西軍への援軍が遮断された」という事実。これは正しい。記録する価値がある。


しかし「その理由が秀忠様の意図によるものかどうか」については、正信にも確認する方法がなかった。


正信はしばらく考えてから、こう書いた。


「結果のみ記録する。動機の詮索は控える。なぜなら、動機が何であれ結果は変わらないからである。ただし動機の詮索を控えるのは、答えが出ないからではなく、答えが出た場合に困るからである」


最後の一行を書いてから、正信は筆を置いた。


「……答えが出た場合に困る」


自分で書いておいて、自分でそこに引っかかった。


答えが出た場合に何が困るのか。


「ただの怠け者でした」という答えが出た場合。


……それはそれで、困る。


「すべて計算の上でした」という答えが出た場合。


……それはもっと、困る。


正信は三冊目の手帳を閉じた。今夜はもう書かないことにした。


秀忠の寝息が、規則正しく聞こえていた。


「……わかりかねる」


誰にも言わずに、正信はそう呟いた。


関ヶ原の後、江戸へ戻る道中。


土井利勝が、初めて本多正信に直接問うた。


「正信殿」


「はい」


「殿は……本当に、何も考えていないのでしょうか」


正信は馬上で、少しの間黙った。


「土井殿はどう思われますか」


「……わかりません。だからお聞きしているのです」


また少し黙った。


「では一つお聞きします」


「はい」


「あなたは今まで、秀忠様が『出たくない』とおっしゃった結果、うまくいかなかった例を見たことがあるか」


土井は記憶を辿った。剣術大会。初陣。関ヶ原への出立。上田城。


「……ありません」


「では、秀忠様が積極的に動こうとした結果、まずくなった例は」


土井はさらに辿った。


「……これも、ありません」


「そうだ」


「ただそれは、あまりにも……」


「うまくいきすぎている、と言いたいのですな」


「はい」


正信はまた少し黙ってから、静かに言った。


「私もそう思っています」


「では、その理由は」


「わかりかねます」


土井は「また『わかりかねます』だ」と思った。しかし今回の「わかりかねます」は、以前と少し違う響きを持っていた。


以前の「わかりかねます」は「答えを言いたくない」という意味だった気がした。


今回の「わかりかねます」は、本当に「わからない」という意味に聞こえた。


本多正信が本当に「わからない」と言う時、世の中に怖いものは何もないと土井は思った。


その夜から、土井利勝も眠れない夜が始まった。


岡崎主水正は、帰路の馬上で巻物を一つ懐に持っていた。


「改訂版」と書いた二十一ページの作戦書、ではなく、新しく書き始めた巻物だった。


表には、まだ何も書いていなかった。


書くべき題目がわからなかった。


「秀忠様の軍略について」と書こうとして、やめた。「軍略」という言葉が正しいかどうかが、わからなかった。


「秀忠様の御性質について」と書こうとして、やめた。「御性質」で収まるかどうかが、わからなかった。


岡崎は白紙の巻物を懐にしまった。


江戸に帰ったら、考える。


そう思ったが、江戸に帰ってからも、ずっと白紙のままだった。



◇後世の歴史家注◇

関ヶ原において秀忠が遅参した理由については、諸説ある。「真田の足止め」「行軍速度の問題」「指揮系統の混乱」がその主なものだが、一次資料の中に「寒かったから」とする証言が一点存在することは、研究者の間でほぼ黙殺されている。家康との対面場面については、「父子の間でいかなる言葉が交わされたか」を詳述する資料はなく、「心を通わせた父子の邂逅」という表現が各書で踏襲されている。「お腹すいた」という発言の記録は現存しない。本多正信の耳打ちの内容は、正信自身の手帳に記録があったとされるが、手帳は現存しない。「わかりかねる」という正信の呟きを記録した者もいない。土井利勝が帰路に眠れない夜を過ごした事実も、記録には残っていない。残っているのは「関ヶ原後、東軍の結束は揺るぎなく、秀忠の遅参は後世への教訓とされた」という一行だけである。教訓の内容については、書いた者も読んだ者も、どちらが困るかを考えるのをやめたのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ