出発前夜の大ごね
――作者より一言――
歴史家というのは、遅刻した人間に必ず「深謀遠慮があった」と言いたがる生き物である。そして当の本人が「寒かったから」と言い訳している一次資料を発見した時、その一次資料の方を「後世の捏造」と疑う。これが学問というものの、最も困った性質である。
なお本章の行軍中、手帳を四冊費やした人物が一人いる。その人物もまた、結局「わかりかねる」という結論に至った。歴史家と大差ない。
EP1 出発前夜の大ごね
慶長五年。
天下分け目と呼ばれる戦いが、いよいよ近づいていた。
江戸城の本陣では夜に入っても篝火が絶えず、軍議の声があちこちの部屋から漏れ聞こえた。廊下を行き交う家臣の足音は速く、書状を運ぶ小者は小走りで、誰もが明後日の出立に向けて神経を張り詰めていた。この三日で、城全体の空気がひりひりと研ぎ澄まされていた。
岡崎主水正忠則も、その夜は子の刻を過ぎても眠っていなかった。
文机の前に正座し、三日かけて仕上げた作戦書の最後の一行を書き終えたところだった。全二十一ページ。行軍経路から敵の想定兵力、天候の変動まで、考えられることはすべて書き込んだ。明朝、これを秀忠様にお渡しする。将軍家の後継として、出陣前に目を通していただかねばならない。
岡崎は巻物を丁寧に結び、机の上に置いた。
廊下に出ると、篝火の揺れる橙の光の中を、榊原康政が歩いてくるのが見えた。
「岡崎殿、遅い時刻まで」
「明朝の準備を。榊原殿こそ」
「作戦の確認を、と思っておりまして」
二人は少しの間、廊下の格子越しに夜の庭を眺めた。
「……若様には、お伝えしましたか」榊原が静かに言った。「明後日の出立のこと」
「家康様から、とのことで。私からは」
「さようか」
沈黙があった。
「……一応、確かめてまいります」
榊原がそう言って、廊下の奥へ歩き出した。
秀忠の部屋の前で、榊原康政は立ち止まった。
障子の向こうから、かすかな寝息が聞こえた。
榊原は少し迷ってから、静かに声をかけた。
「秀忠様。明後日の出立について、作戦の確認をしたく参りました」
返事がない。
「……秀忠様」
「……んん」
布団が動く気配がした。
「秀忠様、明後日には出立でございます。確認事項が……」
「うん、知ってる」
低い声が障子越しに返ってきた。「だから今のうちに寝てる」
榊原は少しの間、障子を見つめた。返す言葉を探したが、論理的に反論できる部分がなかった。明後日に出立することは事実だった。今のうちに寝ておくことの合理性も、確かにあった。
「では……作戦の確認を」
「榊原さん」
「はい」
「全部任せていい?」
榊原は、自分の口が少し開いたまま動かなくなっているのを感じた。
「……何を、でございますか」
「戦のこと、全部。僕は旗だけ持ってるから」
沈黙が落ちた。庭の虫の声が、やけに大きく聞こえた。
「……旗だけ、でございますか」
「大将って旗持ってるだけでいいんでしょ。それだけやるから、あとはよろしく」
障子の向こうで、布団がふわりと動く音がした。秀忠が寝返りを打ったのだった。
榊原康政は、生まれて初めて言葉を失った。
四十年生きてきて、言葉を失ったのは今日で二度目だった。最初は十七の時に川で溺れかけた時だ。あの時と今で、どちらが窮地かは判断がつかなかった。
榊原が廊下に引き返してきたとき、岡崎が待っていた。
「……いかがでしたか」
「一言でいいのなら、申し上げます」
「はい」
「旗だけ持つとのことです」
岡崎は目を瞬いた。「旗だけ、とは」
「他はすべて任せる。大将は旗を持っておればよい、という……」
「そのようなことが」岡崎の声に、じわじわと熱が滲んだ。「将軍家の後継として、かくあるべき、いえ、では私が参ります」
榊原が振り返った。
「岡崎殿?」
「三日かけて作戦書を作りました。全二十一ページ、行軍経路から敵の想定兵力まで網羅しております。これを若様に……」
岡崎は巻物を胸に抱えて、秀忠の部屋へ向かった。
「秀忠様、出陣に際しましての作戦書でございます。全二十一ページ、行軍経路、兵力配置、天候の変動に応じた複数の対応案まで……」
障子が少し開いた。布団の奥から、のそりと顔が出た。
秀忠は岡崎の持っている巻物を一瞥した。
「長い。榊原さんに渡して」
「し、しかし、将軍家の後継として、ご自身でご確認を……」
「長い。以上」
布団に顔が戻った。
岡崎は二十一ページの巻物を持ったまま、しばらく部屋の前に立っていた。
廊下の遠い方で、本多正信が何事もなかったように手帳に何かを書き込んでいた。こちらに目を向けようとしない。
榊原が通りかかった。岡崎から巻物を黙って受け取り、懐にしまった。
「……ありがとうございます」と岡崎が言った。
「いや」と榊原が言った。
二人とも、それ以上は何も言わなかった。
翌日も、秀忠は布団から出なかった。
午前のうちに竹松が「そろそろお起きを」と知らせに行った。
「もうちょっと」
昼前に家臣の一人が「出立の準備を」と声をかけた。
「明後日でしょ」
「……本日は準備の確認を……」
「確認は皆さんがやってくれれば十分じゃないですか」
家臣は廊下に戻ってきた。他の家臣たちが顔を見合わせた。
打つ手が、なかった。
道理も通らない。説得も通らない。声をかけても布団が答える。
しばらく廊下で固まっていた家臣たちは、ついに顔を見合わせた。
「……誰か、奥方様に」
「それしかない」
「しかし奥方様に頼むということは」
「……我々が手に負えなかったということを、正式に認めることになる」
しばらく沈黙があった。
「行ってきます」
一番若い家臣が、決死の表情で立ち上がった。
お江が現れた。
廊下を歩く足音が、他の誰とも違った。
竹松は廊下の端に寄った。岡崎は思わず背筋を正した。本多正信は手帳を静かに閉じた。お江は真っ直ぐ秀忠の部屋へ向かい、一瞬も迷わずに障子を開いた。
部屋の中央に、こんもりとした布団があった。
お江は無言で布団を引っぺがした。
「さっ、寒い! なにすんの!」
布団の下から、丸まった秀忠が現れた。
「行きなさい」
「嫌だ。関ヶ原寒そうだし、真田のおじさんしつこそうだし、馬疲れるし……」
「あなたが行かないと、誰が行くの」
一瞬の沈黙があった。
秀忠は丸まったまま、少し考えた。
「……お父さんが行けばいいじゃん」
廊下の家臣たちが息を呑んだ。竹松は「ああ」と思った。岡崎は目を閉じた。
お江は深呼吸をした。静かに、言った。
「家康様はもう、あなたに任せると決めたの。わかる?」
秀忠は布団の中で黙った。
「……」
「わかる?」
「……わかった」
ぐずぐずと布団を起こし、ぶつぶつと何かを言いながら、秀忠はのろのろと立ち上がった。「寒い」「関ヶ原遠い」「早く帰りたい」と言いながら、しかし着替えを受け取り、腰を上げた。
廊下の家臣たちはそっとその場を離れ、出発の準備へと散った。
お江は部屋の入口に立ったまま、秀忠の背中を見送った。
側にいた侍女、ひさが、小声で問うた。
「奥方様は、殿が必ず行かれると思っておられましたか」
お江は少しの間、廊下の先を見ていた。秀忠がぶつぶつ言いながら家臣に追いついていくのが見えた。
「当たり前でしょ。あの人、いざとなれば必ずやるんだから」
ひさは何も言わなかった。
言える雰囲気でもなかったし、何より、奥方様がそれを確信を持って言い切れる根拠が、どこにあるのか、さっぱりわからなかったからである。
いざとなれば、とはどこからどこまでのことを言うのだろう。誰がそれを見極めるのだろう。奥方様はなぜ、それがわかるのだろう。
ひさはその日の夜、床に入ってからも少し考えた。
答えは、出なかった。
岡崎主水正忠則は、その夜、自室に戻ってから巻物を広げた。
二十一ページ。三日かけた作戦書。「長い。以上」の一言で無効化された書物。
岡崎はそれをもう一度丁寧に読み直した。
内容は正しかった。行軍経路の分析も、兵力配置の考察も、どこにも誤りはなかった。
岡崎は筆を取り、巻物の表に小さく書き加えた。
「改訂版」と。
読まれないことはわかっていた。しかし書かずにはいられなかった。
翌朝、秀忠軍は出立した。
旗が風に揺れた。大将の旗は、秀忠が持った。
約束どおり、それだけだった。
後世の軍事学者はこの出立について、「秀忠の指揮系統における権限委譲の徹底ぶりが、のちの意思決定速度の速さを生んだ」と評した。
現場での判断は榊原・本多忠勝ら歴戦の家臣たちが下し、命令は現場で完結し、本陣の確認を要するための遅延が発生しなかった。
秀忠が口を出さなかったからである。
秀忠が口を出さなかった理由:旗を持っているだけで精一杯だったから。
◇後世の歴史家注◇
「秀忠軍の意思決定の速さは当時随一であった」という評価は、関ヶ原に関連する軍事研究の中でほぼ一致している。権限委譲の先駆けとして高く評価され、「大将は戦略の中心ではなく、権威の象徴として機能すべし」という秀忠の思想の表れと解釈する論文は多い。なお本陣では前日夜に「旗だけ持ちます」という発言があったとする口伝が残っているが、いずれの公式記録にも採録されていない。岡崎主水正の「改訂版」の巻物は現存していない。お江の「いざとなれば必ずやる」発言は、侍女ひさの聞き書きによるとされるが、ひさは生涯それを誰にも語らなかったため、出所は不明のままである。




