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ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
エピローグ「最強のぐうたら」

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眠いから後で

――作者より一言――

人間の死というのも、その人らしい死に方というものがある。秀忠の場合、これ以上なくその人らしい最期だった。遺言を「眠いから後で」と断ったまま目を覚まさなかった男の話を、最後までお付き合いいただいたことに、深く感謝申し上げる。

なお本章の構成は「笑い→笑い→余韻」の順番になっている。最後に泣いたとしたら、それは読者の問題であって、筆者の責任ではない。

なお遺品整理の最中に、もう一つだけ発見されたものがある。それが何だったかは、竹松だけが知っていた。竹松は誰にも言わなかった。言い方がわからなかったからである。



EP1 眠いから後で


寛永九年、正月。


徳川秀忠は、自室で昼寝をしたまま、そのまま目を覚まさなかった。享年五十四。


臨終の床で、家臣たちは遺言を賜りたいと願った。


「眠いから後で」


几帳面な記録係がこれを書き留めた。


翌朝もまた願った。


「眠いから後で」


また書いた。


三日目。四日目。五日目。六日目。


「眠いから後で」「眠いから後で」「眠いから後で」「眠いから後で」


七回目の翌朝、殿はお目覚めにならなかった。


記録係は八回目の欄を空白のまま、筆を置いた。


後で、は永遠に来なかった。


訃報を聞いた家光は、しばらく黙っていた。


それから、静かに言った。


「……父上らしい」


秀忠の死後、家臣たちが口々に言った。


「あのお方は一体何を考えておられたのか……」


「きっと深い御考えがおありだったのでしょう」


「天才とは凡人には理解できぬものよ」


後世の歴史書には、こう記された。


「徳川二代将軍・秀忠は、慎重かつ堅実な政治で幕府の基礎を築いた名君」


どこかで秀忠が言いそうな気がした。


「天下泰平って、そういうことじゃないと思うけど……まあいいか」


誰も聞いていなかった。


秀忠の死から一月後。


岡崎主水正は老中として家光に拝謁した。その帰り道、廊下で若い旗本に声をかけられた。


「岡崎様は、二代将軍様のもとで長くお仕えになったと伺っております。……秀忠様は、どのようなお方でございましたか」


岡崎は立ち止まった。


三十年分を思い返した。


二十一ページの作戦書。全二十七か条の法度草案。十二項目の参勤案。十七か条の作法手順書。五日がかりの布陣図。引退に異議を申し立てた廊下。「なぜか」と十一回書いた陣中日記。廊下で石につまずいた夜。壁に額をつけた夜。草案を書いては渡し、渡しては読まれず、しかし骨格だけは活きていた、あの全ての夜。


岡崎は少しの間、黙っていた。


それから、静かに答えた。


「……わからなかった」


旗本が聞き返した。「は?」


「わからなかった。ただ……」


岡崎は廊下の先を見た。


「気づいたら、天下泰平だった」


旗本は何も言えなかった。


岡崎は一礼して、歩き出した。今度も石につまずかなかった。


竹松がこの話を人伝てに聞いたのは、その翌年のことだった。


竹松は少しの間、黙っていた。


それから、静かに笑った。


誰も見ていなかったので、その笑い方がどんなものだったか、記録には残っていない。



◇後世の歴史家注◇

「眠いから後で」という発言については、「次代への無言の委任」「老子の思想の完全な体現」とする解釈が定説である。記録係が八回目の欄を空白のまま筆を置いた件については、「最も誠実な記録者による、最も正確な記録行為」とする評価が高い。岡崎主水正の「わからなかった。ただ、気づいたら天下泰平だった」という発言は後世に広く引用され、「謙虚な名臣の言葉」として家臣の鑑とされている。竹松がなぜ笑ったのかについては、誰も聞かなかった。聞ける雰囲気でもなかった。

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