表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
第七章「将軍を辞めたい!」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/41

父の部屋で

家康が使っていた部屋を、秀忠が時々使うようになった。


何をするわけでもない。ただそこに座って、お茶を飲んで、猫を撫でて、うとうとする。


家臣たちはその部屋から出てくる秀忠が、心なしかいつもより機嫌がいいことに気づいていた。しかし理由を聞ける者は誰もいなかった。


竹松がある日、土井利勝に問うた。


「土井殿。秀忠様はなぜ、家康様のお部屋をお使いになるのでしょうか」


「……わかりません」


「落ち着くのでしょうか」


「おそらく」


「なぜ落ち着くのでしょうか」


土井は少し考えた。


「……わかりません」


「正信殿に聞いてみますか」


「……やめておきましょう」


「なぜ」


「聞くと、手帳が出てきます」


竹松は「なるほど」と言って、歩き出した。


五歩進んで止まった。


「土井殿」


「なんですか」


「正信殿に聞かない、という判断を、私も自分でできるようになりました」


「……それは、成長です」


「二十年かかりました」


「……そうですね」


二人は別々の廊下を歩いていった。


本多正信だけが、一度だけ、その部屋の前で立ち止まったことがある。


用があって来たのではなかった。廊下を歩いていたら、その前に来てしまった。


口を開きかけた。


何を言おうとしたのかは、自分でもわからなかった。挨拶か。何かの報告か。それとも……


障子の向こうから、秀忠のひとり言が聞こえた。


「……今日も特になし。以上」


正信は口を閉じた。


何も聞かなかったことにして、廊下を歩いていった。


手帳は出さなかった。


正信は、秀忠が父の部屋に通うようになってから、何も手帳に書かなかった。


記録しなかったことが、最も正確な記録だった。


その日の昼下がり。


秀忠は父の部屋に入って、いつものように座った。


お茶を飲んだ。猫を撫でた。うとうとした。


窓の外で風が鳴った。


秀忠は目を細めながら、ぽつりと言った。


「……今日も特になし。以上」


誰も聞いていなかった。


返事もなかった。


それでよかった。



◇後世の歴史家注◇

秀忠が晩年、特定の部屋を好んで使用したことは複数の記録から確認できる。その部屋が家康の旧居であったことは確かだが、秀忠がそこで何をしていたかについては「政務の省察」「先代への報告」「静養」など諸説ある。「今日も特になし。以上」という言葉については、一次資料が存在しない。存在しないが、この言葉が記録されなかった理由を問われた研究者は「記録する必要がなかったからではないか」と答えた。なぜ必要がなかったのか、という次の問いに対しては、「わからない」と答えた。その答えが最も正確だったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ