父の部屋で
家康が使っていた部屋を、秀忠が時々使うようになった。
何をするわけでもない。ただそこに座って、お茶を飲んで、猫を撫でて、うとうとする。
家臣たちはその部屋から出てくる秀忠が、心なしかいつもより機嫌がいいことに気づいていた。しかし理由を聞ける者は誰もいなかった。
竹松がある日、土井利勝に問うた。
「土井殿。秀忠様はなぜ、家康様のお部屋をお使いになるのでしょうか」
「……わかりません」
「落ち着くのでしょうか」
「おそらく」
「なぜ落ち着くのでしょうか」
土井は少し考えた。
「……わかりません」
「正信殿に聞いてみますか」
「……やめておきましょう」
「なぜ」
「聞くと、手帳が出てきます」
竹松は「なるほど」と言って、歩き出した。
五歩進んで止まった。
「土井殿」
「なんですか」
「正信殿に聞かない、という判断を、私も自分でできるようになりました」
「……それは、成長です」
「二十年かかりました」
「……そうですね」
二人は別々の廊下を歩いていった。
本多正信だけが、一度だけ、その部屋の前で立ち止まったことがある。
用があって来たのではなかった。廊下を歩いていたら、その前に来てしまった。
口を開きかけた。
何を言おうとしたのかは、自分でもわからなかった。挨拶か。何かの報告か。それとも……
障子の向こうから、秀忠のひとり言が聞こえた。
「……今日も特になし。以上」
正信は口を閉じた。
何も聞かなかったことにして、廊下を歩いていった。
手帳は出さなかった。
正信は、秀忠が父の部屋に通うようになってから、何も手帳に書かなかった。
記録しなかったことが、最も正確な記録だった。
その日の昼下がり。
秀忠は父の部屋に入って、いつものように座った。
お茶を飲んだ。猫を撫でた。うとうとした。
窓の外で風が鳴った。
秀忠は目を細めながら、ぽつりと言った。
「……今日も特になし。以上」
誰も聞いていなかった。
返事もなかった。
それでよかった。
◇後世の歴史家注◇
秀忠が晩年、特定の部屋を好んで使用したことは複数の記録から確認できる。その部屋が家康の旧居であったことは確かだが、秀忠がそこで何をしていたかについては「政務の省察」「先代への報告」「静養」など諸説ある。「今日も特になし。以上」という言葉については、一次資料が存在しない。存在しないが、この言葉が記録されなかった理由を問われた研究者は「記録する必要がなかったからではないか」と答えた。なぜ必要がなかったのか、という次の問いに対しては、「わからない」と答えた。その答えが最も正確だったかもしれない。




