大御所生活は思ったより全然楽じゃなかった件
── 追い払いきれなかっただけが、二頭体制を生んだ ──
将軍を退き、大御所となった秀忠。
初日は満面の笑みで二度寝した。
二日目も寝た。三日目も寝た。
「これだ」と秀忠は思った。これが自分のあるべき姿だ、と。
四日目の朝だった。
「大御所様、西国のとある大名が不穏な動きをしており、ご意見を賜りたく……」
「……え、なんで僕のところに来るんですか。将軍は家光でしょう」
「はあ、しかし大御所様のお知恵を……」
「家光に聞いてください」
「家光様もぜひ大御所様に、と」
「……」
来客は昼前に帰った。
秀忠は縁側に出て、猫を撫でた。
「まあ、一人くらいは来るか」と思った。
五日目も来た。
六日目も来た。
七日目は三人来た。
秀忠は竹松を呼んだ。
「竹松、将軍を辞めたら楽になるって思ってたんですけど」
「……はい」
「なってないです」
「……はい」
「なんでですか」
竹松は「なぜでございますか」と言いかけて、止めた。この問いに「なぜでございますか」と返すのは、適切でないと思った。
「……皆様、大御所様のお考えをお聞きしたいのだと思います」
「でも将軍は家光でしょう」
「はい」
「家光に聞けばいいじゃないですか」
「……おそらく、大御所様がいらっしゃることで、安心感があるのかと」
「安心感」
「はい。何かある時に、頼れる方がいる、という」
秀忠はしばらく考えた。
「……それは、僕が何かしなくていいんですか」
「何かしなくていいと思います」
「いるだけでいい?」
「……おそらく」
秀忠は猫を撫でた。
「……それなら、まあ」
「はい」
「いるだけなら、できます」
竹松は「それでよかったのか」と思いながら、「よかった」という結論を出した。
二週間後、秀忠は自室の前に貼り紙をした。
「用のある者は土井利勝まで」
翌日。土井利勝が秀忠のところへ来た。
「秀忠様、あの貼り紙なのですが」
「うん。効果ありましたか」
「……三人来ました」
「僕のところにですか」
「いえ、私のところに。『大御所様直々のお言葉をいただきたく、土井様からお取次ぎを』と」
秀忠は少し黙った。
「……つまり」
「はあ」
「僕が貼り紙をしたことで、土井のところに来る人が増えた?」
「さようでございます」
秀忠は天井を見た。
「……それは、土井に申し訳なかった」
「いえ、それはよいのですが……」
「じゃあ貼り紙を剥がします」
「それはそれで……」
「剥がしたら戻ってきますか、僕のところに」
「おそらく」
秀忠はまた天井を見た。
「……難しいな、貼り紙って」
土井利勝は何かを言おうとして、やめた。
やめてから、小さく言った。
「……お役に立てず、申し訳ございません」
秀忠が、少し意外そうな顔をした。
「土井は十分役に立ってますよ。いつも」
土井利勝は、この一言を生涯忘れなかった。
将軍から大御所になっても、あの人はこういうことを言う。何も変わっていない。何も変わっていないことが、なぜか一番ありがたかった。
本多正信はこの一件を廊下で聞いていた。
「土井は十分役に立ってます」
正信は手帳を出した。
出して、少し考えた。
また閉じた。
これは書かなくていい、と思った。書かなくても、この言葉は消えない。消えない言葉は、紙に残さなくていい。
土井の顔が、廊下の奥で少し動いたように見えた。
何も言わずに正信は歩いていった。
この「大御所と将軍の二頭体制」が、権力の円滑な移行と幕府組織の安定化に絶大な効果をもたらしたことは、後の歴史が証明している。
秀忠はその仕組みを意図して作ったわけでは全くなかった。
ただ、来る人間を追い払いきれなかっただけだった。
◇後世の歴史家注◇
「用のある者は土井利勝まで」の貼り紙については、「秀忠が大御所として表に出ず、実務者に権限を委ねる姿勢を明示した意図的な制度設計」とする解釈が定説である。貼り紙によって土井への陳情が増えた事実については、「大御所の意を体した実務者への信任の証」と説明されている。「追い払いきれなかっただけ」とする説は、史料的根拠を欠くとして、いや、史料は存在する。ただ歴史家たちがそれを見ないことにしている、という事情がある。この注釈を書いた歴史家は後に別の論文に転じた。理由は書いていない。




