夏の陣・秀忠の陣中日記
── 「猫が恋しい」の意味について、正信は最後まで答えを出せなかった ──
冬の陣が終わり、翌年の夏、再び大坂へ向かうことになった。
秀忠の感想は一言だった。
「また行くんですか」
土井利勝の返答も一言だった。
「はい」
「……めんどくさい」
「はい」
秀忠はしばらく黙った。それから「わかりました」と言った。竹松はこの「わかりました」を記録しようとして、何と書けばいいか迷い、「秀忠様、夏の陣への出陣をご承諾」と書いた。ご承諾、という言葉が正確かどうかについては、後から三度読み返しても結論が出なかった。
夏の陣が始まった。
暑かった。
陣に入って四日目の朝、竹松は秀忠の部屋に書類を持っていった。
秀忠は縁側に座っていた。筆を持っていた。
「……殿、何をされていますか」
「日記」
竹松は少し止まった。
「陣中で、日記を」
「暇なんですよ」と秀忠は言った。「土井が戦況を報告しに来る。うなずく。以上、ということが多くて。その間に書いてます」
「……左様でございますか」
竹松は書類を脇に置いた。筆を動かす秀忠の手元を、少しだけ見た。
五月某日 晴れ。暑い。早く終わってほしい。飯は普通だった。
竹松は三秒、読んだ。
「……殿」
「なんですか」
「もう少し、書くことはないのでしょうか」
「あります?」
竹松は考えた。考えて、思いつかなかった。確かに、戦況は土井が把握していた。陣の様子は軍目付が記録していた。秀忠が記録すべき出来事は、今日のところは「晴れ。暑い。早く終わってほしい。飯は普通だった」以外に思いつかなかった。
「……ございません」
「でしょう」
竹松は書類を持って部屋を出た。廊下で本多正信とすれ違った。
「竹松、今、秀忠様は」
「陣中日記を書いておられます」
正信は少し止まった。
「……日記」
「はい。今日分は『晴れ。暑い。早く終わってほしい。飯は普通だった』とのことです」
正信は目を細めた。
「……それだけか」
「それだけでございます」
「……そうか」
竹松は「何かおっしゃいますか」と思ったが、正信は何も言わなかった。ただ少し考える顔をして、廊下の向こうへ歩いていった。
その夜、本多正信は秀忠の陣中日記を一度だけ覗いた。
秀忠が席を外した隙に、表紙を開いた。
五月某日 晴れ。暑い。早く終わってほしい。飯は普通だった。
五月某日 また暑い。なんで夏にやるのか意味がわからない。昨日より暑い。土井が戦況を報告しに来た。うなずいた。
五月某日 敵が攻めてきたらしい。うちの兵が応戦した。僕は本陣にいた。暑かった。
正信は読んで、閉じた。
しばらく考えた。
「……暑い、と書いた」
「早く終わってほしい、と書いた」
「飯は普通だった、と書いた」
「うなずいた、と書いた」
普通に読めば、ただの怠惰な日記だった。しかし正信はこの数年の観察経験から、秀忠の言葉を額面通りに受け取ることへの警戒心が、どこかに染み込んでいた。
……暑い。これは陣中の状況を的確に一言で表した、環境認識の記録では。
早く終わってほしい。これは将軍としての時間感覚、長期化を避け、短期決戦を望む意志の表れでは。
飯は普通だった。兵の食事の質を将軍自ら確認した、という記録では。
うなずいた。戦況報告を受け、将軍が意思を示した、という記録では。
正信は手帳を開いて、「日記分析」と書いてから、筆を置いた。
少し考えて、また書いた。
……違うかもしれない。ただの日記かもしれない。しかし、もしただの日記であれば、なぜこれほど核心的な言葉だけが並んでいるのか。
正信は日記を見つめた。
余計な言葉が一つもない。感傷がない。冗長な説明がない。ただ、事実と感想だけが、研ぎ澄まされた言葉で並んでいる。
「……これは、文章の才能かもしれない」
正信は手帳を閉じた。
翌日の夜、正信は土井に言った。
「土井殿。秀忠様の陣中日記を見たか」
「……拝見しました。天気と飯のことしか」
「そう見えるか」
土井は少し止まった。
「……そう見えます」
「私には、研ぎ澄まされた観察記録に見えた」
「……正信殿」
「なんですか」
「今回ばかりは、天気と飯だと思います」
「そう思うか」
「はい。確信を持って」
正信は手帳を閉じた。
「……そうかもしれない」
「はい」
「……しかし」
土井は「また『しかし』が来る」と身構えた。経験上、この「しかし」の後に来るものは、一つとして同じ形をしていなかった。
「『猫が恋しい』と書いてあった」
「……はい」
「なぜ猫か」
「それは……家に猫がいるので」
「陣中で、猫を思う」と正信は言った。「……将軍が、陣中で家を思う。これは……」
「正信殿」
「なんですか」
「猫が恋しかっただけだと思います」
しばらく沈黙があった。
「……そうかもしれない」と正信は言った。
「はい」
「わかりかねる」
「はい」
この会話を廊下で聞いていた岡崎主水正が、翌日自分の日記に書いた。
正信殿と土井殿が何かを話していた。猫のことのようだった。なぜか。わからない。
「なぜか」は十二件目だった。
同じ頃、岡崎主水正も陣中に記録を残していた。
```
五月某日 晴れ。暑い。布陣図通りに敵が動かない。なぜか。
秀忠様の本陣から「早く終わらせろ」という声が届く。
なぜかその方向の敵が崩れ始めた。なぜか。
五月某日 昨日の続き。秀忠様は「帰りたい」とおっしゃっている。
帰りたいという意志が、前進する力になるのか。
なぜか。
五月某日 また昨日の続き。私の三か月分の計画より、
秀忠様の「めんどくさい」の方が、結果として優れている。
なぜか。わからない。寝られない。暑い。
五月某日 勝った。なぜ勝ったかは、わかった気がしない。
秀忠様は「もう帰れる?やった」とおっしゃった。
理由が違う。しかし結果は同じ。なぜか。
```
後世にこの日記を発見した歴史家は、「岡崎の記録は秀忠軍の動きを克明に記録した稀有な一次資料」と評価した。
「なぜか」という言葉が十一回登場することについては、「岡崎の謙虚な探究心の表れ」とする解釈が定説となっている。
岡崎本人は、寝られなかっただけだった。暑くて、わからなくて、寝られなかった。その事実だけは、記録に残っている。
夏の陣が終わった。
豊臣家は滅んだ。
秀忠は「もう帰れる? やった」と言って拳を突き上げた。理由は、戦が終わったからではなく、帰れるからだった。周囲の誰もそれを指摘しなかった。指摘する必要がなかったからでも、遠慮したからでもなく、全員が疲れていたからだった。
帰陣の支度が始まった夜。
本多正信は一人で、陣中に灯りをともしていた。
手元には白紙があった。
長い戦が終わった。正信はこの二十年近く、秀忠のことを観察し、記録し、分析してきた。手帳は既に十冊を超えていた。それでも「わかりかねる」は消えていなかった。
今夜こそ、何か書けるかもしれないと思った。
戦が終わった夜、灯りの前で、筆を執る、書けそうな気がした。気がしただけだったが、そう感じた。
正信は筆を取った。
書いた。
天才と書けば……
止まった。
嘘になる。天才ではないかもしれない。少なくとも、天才とだけ書けば、何かが欠ける。
怠け者と書けば……
止まった。
これも嘘になる。怠け者なら、なぜこれほど結果が出るのか。怠け者とだけ書いたのでは、何も説明していない。
どちらでもない、と書けば……
止まった。
どちらでもないのなら、一体何なのだ、ということになる。
正信は書いたものをすべて丸めた。
丸めて、灯りにかざした。
紙が燃えた。
「……わかりかねる」
側にいた竹松が、恐る恐る問うた。
「……何を書いておられたのですか」
「わからんのだ」と正信は言った。燃え尽きた紙の灰を見ながら。「秀忠様のことを書こうとしたのだが。……天才と書けば嘘になる。怠け者と書いても嘘になる」
竹松は何も言えなかった。
「どちらでもない、と書けば、それが最も正確なのかもしれんが……どちらでもないのなら、一体何なのだ、ということになる」
「……」
「答えが、ない」
正信は静かに言った。静かだったが、重かった。これまでの「わかりかねる」とは、少し違った。これまでは「まだわからない」だった。今夜のそれは、「もしかすると、わかる答えが最初からないのかもしれない」に近かった。
「わかりかねる」
竹松はその夜、なぜか眠れなかった。
正信に問うたびに「わかりかねる」と返されてきた。しかし今夜の「わかりかねる」は、これまでとどこか違う気がした。何が違うのかは、わからなかった。
正信が灰を見つめていた顔が、頭から離れなかった。
あの顔は、諦めの顔ではなかった。怒りの顔でも、悲しみの顔でも、困惑の顔でもなかった。
何の顔だったのか、竹松には言葉がなかった。
夜明けが近くなって、竹松はようやく眠った。眠る前に一つだけ書き留めた。
正信殿、今夜白紙を燃やされた。何を書いていたかは不明。「わかりかねる」とおっしゃった。いつもと、少し違った。どう違うかは、書けない。
書けない、と書いた。書けないことが書ける、というのは奇妙なことだと思ったが、それ以上の言葉はなかった。
翌朝、陣を発った。
秀忠は馬に乗りながら、「早く江戸に帰りたい」と言った。
土井が「はい」と答えた。
正信が手帳に何かを書いた。
岡崎が「なぜか」を十三件目に数えた。
竹松が記録した。
陣の煙が、夏の青空に薄く溶けていった。
◇後世の歴史家注◇
秀忠の陣中日記は後世に発見され、「将軍自ら陣中の様子を克明に記録するとは、秀忠の几帳面な性格が伺える、稀有な一次資料である」と評価された。「先生、これはほぼ天気と飯の感想では」という学会での質問については、「日々の些細な記録の中にこそ、将軍の真情が宿るのです」とする答えが定説化している。なお「猫が恋しい」という一文については、「将軍が陣中において家居と日常を想起した、人間的な記述」として引用されることが多いが、猫の名前は記されておらず、また帰還後に秀忠が真っ先に向かったのが猫の元であったことは公式記録に残っていない。残っていない理由については、誰も記録しなかったからである。本多正信が白紙を燃やした件については、竹松の覚書に一行あるのみで、何を書いていたかは永久に不明である。研究者の中には「それが最も正確な秀忠評だったかもしれない」とする者がいるが、確認する手段はない。
帰還から数日後。
秀忠は縁側に座っていた。
猫が膝の上にいた。
猫の背中を撫でながら、秀忠は特に何も言わなかった。
竹松が書類を持ってきた。
「殿、政務の……」
「後で」
「……はい」
竹松は書類を持ったまま、少しだけ秀忠の顔を見た。
戦から帰ってきた顔だった。しかし何かが変わった顔でも、何かを得た顔でも、何かを失った顔でもなかった。
ただ、猫を撫でていた。
「竹松」
「はい」
「江戸はやっぱりいいですね」
「……はい」
「猫もいるし」
「はい」
「飯もうまいし」
「はい」
「戦に行かなくていいし」
竹松は「今しばらくは」と言いかけて、止めた。
「……はい」とだけ言った。
秀忠は猫の背中を撫で続けた。
縁側に、秋の気配が混じり始めた風が通った。
それだけのことだった。




