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ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
第五章「大坂の陣も行きたくない!」

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出陣前の大ごね大会

――作者より一言――

戦というのは、行きたくない人間を無理やり連れて行くと、かえってうまくいく場合があるらしい。この逆説は、軍事学のどの教科書にも載っていない。載せようとした学者が一人いたが、編集者に「実例を出してください」と言われて困り果て、「実例はあるのだが、出せないのだ」という奇妙な苦境に立たされた。その学者の名前は残っていない。残す必要がなかったからである。

なお本章には、秀忠の陣中日記を「研ぎ澄まされた観察記録」と読んだ男が一人いる。土井に「今回ばかりは天気と飯だと思います」と確信を持って言われ、それでも「しかし」と言い始めた男の話である。



EP1 出陣前の大ごね大会

── 鎧が重い、という主張が、徳川軍の機動力を変えた件 ──


慶長十九年、冬。


大坂の役が始まろうとしていた。


諸将の顔は引き締まっていた。輸送の手配が整い、馬が用意され、兵糧の算段もついた。あとは将軍が動けば、すべてが動く。


本多正信は廊下を歩きながら、この半年の政務の流れを頭の中で整理していた。三十枚の書類が三枚になり、担当官が責任を持って動くようになった。参勤交代の話も形になりつつある。大名への法度も落ち着いた。


政は、うまく回っていた。


だから正信は、出陣もうまく回ると思っていた。


その認識が甘かったと気づいたのは、出陣の前々日の午前のことだった。


岡崎主水正が土井利勝に布陣図を広げたのは、政務の間の廊下の端だった。


「土井殿。大坂城の包囲について、地形を精密に測量し、兵力配置と進軍経路を設計しました」


岡崎は声に微かな誇りを乗せていた。五日がかりだった。朝から晩まで地形図と向き合い、赤と青の線を引き直し、数字を確認した。五日分の仕事がそこにあった。


「兵力の展開、補給経路、撤退路の確保、すべて盛り込んでございます」


広げると、精緻な地図に赤と青の線が縦横に走っていた。数字が細かく書き込まれ、矢印が幾重にも重なっていた。


土井はそれを眺めた。


「……よくできています」


「では秀忠様に……」


「ちなみに岡崎殿」


「はい」


「秀忠様は今、何をされていると思いますか」


岡崎は一瞬止まった。


「……ご出陣の準備を」


「鎧が重いとおっしゃって、座り込んでおられます」


「……」


「先ほどから一刻が経ちます」


岡崎は布陣図を見た。五日分を見た。


縦横の線を見た。精緻な数字を見た。


「……鎧が、重い」


「はい」


「鎧が重くて、座っておられる」


「はい」


「それを解決しないと、この布陣図を見ていただけない」


「おそらく」


岡崎は布陣図をしまった。それから、踵を返した。


「どちらへ」


「大工と職人を、呼んでまいります」


土井は少し目を丸くした。


「……岡崎殿、鎧の軽量化は岡崎殿のお仕事では……」


「将軍が動かなければ、私の布陣図も動きません」


岡崎はそのまま廊下を歩いていった。


その背中を見送りながら、土井は少し考えた。


五日分の布陣図が、職人を呼ぶために使われようとしている。これはどこかがおかしい、と思った。どこがおかしいのかは、うまく言えなかった。


※後世の記録には「出陣の前に鎧の改良が行われた」とあるが、誰が職人を手配したかは書かれていない。岡崎の名は、ここでも出てこない。



出陣の朝だった。


諸将が整列し、馬も用意され、空には薄い雲が広がっていた。旗が風に揺れた。太鼓の音が遠くから届いた。あとは将軍が出てくるだけ、という状況で、すでに一刻が経過していた。


家臣の一人が様子を見に行くと、秀忠は鎧を前に座り込んでいた。


完全に座り込んでいた。膝を抱えるようにして、鎧を眺めていた。


「……殿、お時間が」


「重い」


「は?」


「鎧が重いんです。なんでこんな重いものを着て、遠くまで行かなきゃいけないんですか」


「それは……戦でございますので……」


「矢とか飛んでくるんですよね」


「はあ、まあ」


「刀とかも」


「はあ」


「……それで、重い鎧を着ていれば、矢や刀は防げるんですか」


家臣は少し考えた。考えなければよかったと後から思った。しかしその瞬間は、正直に考えてしまった。


「……完全には」


「完全には?」


「……防げません」


「じゃあ意味なくないですか」


家臣は答えられなかった。完全には防げない。しかし着ないよりは、その「しかし」を言語化しようとした瞬間に、秀忠が畳み掛けた。


「重くて動けなくなって、そこに矢が刺さったら、重い分だけ損じゃないですか」


家臣、沈黙。論理が、正しい方向に向かっていないのに、反論できない。


外から太鼓の音が届いた。


「……絶対嫌だ」


秀忠は、鎧を見た。それから視線を逸らした。それが答えだった。


家臣が土井利勝を呼んだ。土井利勝が来て状況を見た。土井利勝が本多正信を呼んだ。本多正信が来て状況を見た。


三人が廊下の隅で短く話し合った。


「……説得は」と家臣が言った。


「難しい」と土井が答えた。「論理が正しい方向を向いていませんので」


「では」


「職人が来ています。岡崎殿が昨日呼んでおられた」


正信は「岡崎殿が」と言いかけて、止めた。「……なるほど」とだけ言った。


「軽量化の案を、職人と大工に出させましょう。それで秀忠様が納得されれば……」


「されると思うか」


「……一割でも軽くなれば、おそらく」


正信は少し考えた。


「で、一刻後に動けるか」


「間に合わせます」


「わかった」


こうして、出陣の朝に、江戸城の玄関先で鎧の軽量化作業が始まった。


玄関先で待ち続けた諸将は誰も笑わなかった。笑えなかった。笑える立場の者が一人もいなかったとも言う。


二刻が経った。


職人が仕上げた改良鎧を、家臣が秀忠の前に持ってきた。


「殿、軽くなりました」


秀忠はそれを手に取った。持ち上げた。少し考えた。


「……軽い」


「はい」


「……これなら、まあ」


家臣は「ありがとうございます」と言いかけて、言わなかった。この場面で「ありがとうございます」を言うのが自分なのか秀忠なのか、一瞬わからなくなったからだった。


二刻遅れで、出陣した。


廊下から見送った本多正信は、手帳に短く書いた。


「出陣。二刻遅延。理由:鎧が重い。結果:鎧の軽量化。」


少し考えてから、もう一行書いた。


「重い、という訴えが、改良につながった。重い、と言わなければ、誰も改良しなかった。……わかりかねる。」


その夜、岡崎主水正は自分の部屋で布陣図を広げていた。


五日がかりの布陣図だった。赤と青の線が縦横に走り、数字が細かく書き込まれていた。


結局、今日は見ていただけなかった。


鎧の件が片付いた後、秀忠はようやく出陣した。本陣の設営が始まり、岡崎が布陣図を持って行こうとした時、秀忠はすでに馬に乗っていた。


「……後でいい」


と言われた。


その「後で」がいつなのかは、わからなかった。


岡崎は布陣図を巻いて、抱えて歩いた。


廊下の角で、土井利勝とすれ違った。


「岡崎殿」


「……はい」


「今日の件ですが、職人を手配していただいたこと、秀忠様は特にご存じないかもしれませんが」


「構いません」


「しかしあの改良鎧は、今後、軽量化の基準として整備していくつもりでして。岡崎殿のご尽力があってこそで……」


「構いません」


岡崎はもう一度、短く言った。


「布陣図は、今夜中に見ていただけますか」


「……今夜、秀忠様のご都合を確認して参ります」


「お願いします」


岡崎は廊下を歩き始めた。


「岡崎殿」


土井が呼んだ。振り返った。


「……今日のことは、よかったと思います」


岡崎は一瞬止まった。


「布陣図ではなく、鎧の件が、ですか」


「両方です」


岡崎はそれ以上は言わずに、歩き続けた。


三歩目で、廊下のわずかな段差につまずいた。


振り返ったが、段差は特に見当たらなかった。


後に、この日に軽量化された鎧の仕様は、徳川軍の標準装備として整備されていった。


より機動力の高い兵が動けるようになった。長距離行軍での疲労が軽減された。戦場での展開速度が上がった。


これらの改善は、後世の研究者によって「秀忠が大坂の役に際して実施した軍制の合理化の一環」として論じられることになった。



◇後世の歴史家注◇

「完全には防げません」という家臣の答えに対して秀忠が示した反応について、「鎧の軽量化という軍事改革の端緒を、秀忠が問答によって引き出した」とする研究が有力視されている。「重くて嫌だっただけ」とする一次資料は、「本人の謙遜」として解釈されることが多い。なお出陣が二刻遅れた件については、「入念な準備のために時間を要した」とする公式記録が残っているが、「準備の内容」については「不明」とされている。職人を手配したのが誰かを記した文書は、発見されていない。



出陣の翌日、本多正信は手帳の続きを書いた。


「観察追記。鎧の軽量化は、秀忠様の訴えから始まった。訴えの内容:重い。動けなくなる。動けなくなったら損。この論理は、軍事の常識とは逆の方向を向いていた。しかし、結果として軍の機動力に貢献した。」


「仮説:秀忠様は、常識が見落としている問いを、常識と逆の方向から当てることがある。当ててから、なぜ当たったかを確認しない。当たったことに気づかない。ただ、当たっている。」


書いて、しばらく眺めた。


それから、横に一行書き足した。


「……これが仮説であれば、反証が欲しい。しかし手帳を振り返ると、反証の候補が一件も出てこない。これは観察不足か、それとも、わかりかねる。」


正信は手帳を閉じた。


外は冬の晴れだった。


陣の方角から、うっすらと炊事の煙が上がっていた。


なお、この日の記録として、もう一件残っている。


出陣の一刻後、本陣に到着した秀忠が、馬から降りて最初に言った言葉が伝わっている。


「……疲れた。昼寝する場所ある?」


側にいた竹松が「戦場でございますので……」と言いかけた時、土井利勝が竹松の肩を静かに叩いた。


「探してまいります」と土井は言った。


竹松は「なぜでございますか」と聞きかけて、止めた。


経験上、そういう場合は聞かない方が早い。


これは竹松が、半年前より少しだけ早く学んだことだった。

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