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ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
第一章「将軍なんてなりたくない!」

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勉強なんてしたくない!

剣術大会の崩落から十日後。


江戸城には新たな来訪者があった。


京より呼ばれた儒学者・道玄斎どうげんさいである。四十年の経歴を持つ、京でも指折りの学者だった。論語を諳んじることは朝飯前であり、歴代の大名家の子弟たちに帝王学を説いてきた。その評判は早々に徳川家康の耳に届き、「秀忠に帝王学を教えていただきたい」という依頼に、道玄斎はこころよく応じた。天下人の嫡子への指導。これほど名誉なことはない。張り切って江戸まで出向いてきた。


岡崎主水正忠則おかざきもんどのしょうただのりも、この報せを聞いて内心でほっとしていた。


剣術大会の一件以来、彼はずっと悶々としていた。天井が崩落したのは事実だが、武士の子として剣術大会に出なかったことへの釈然としない思いが、どこか胸の奥に残ったままだった。しかし今度こそは違う。帝王学。論語、礼儀、国家の治め方。これこそが将軍たるものが備えるべき学問である。


廊下で書類を抱えていた岡崎は、思わず独り言を漏らした。


「これで若様も、しかるべき素養を……」


通りかかった本多正信が、歩みを止めた。


「岡崎殿」


「はい」


「若様には、すでに告げましたか」


「……何をでございますか」


「勉強することを」


岡崎はわずかに眉を動かした。「それは、家康様が……」


「さようでございますな」


正信はそれだけ言って、また歩き出した。岡崎は廊下の格子越しに庭を見た。縁側で秀忠が団子を食べながら猫の腹をこねくり回しているのが見えた。


翌日から、と岡崎は思った。始まれば変わる、と。


勉強の件は、前日の夕刻に竹松が秀忠へ告げた。


「明日から、京のえらい先生が来て勉強をお教えくださいます」


竹松は几帳面にそう伝えてから、若様のお顔を伺った。


秀忠は猫をなでる手を止めて、少し考えた。


「何日?」


「……聞いておりませんでした」


「聞いてきて」


竹松は駆けていって、三十秒後に戻ってきた。


「特に期限はないと、そのように……」


「やだ」


竹松は固まった。「……若様……」


「期限のない勉強って、無理じゃないですか」


秀忠はまた猫の腹を撫で始めた。


竹松はなぜでございますか、と心の中で問うた。期限のない勉強を嫌だという気持ちは、なんとなくわかる気もした。しかし、それを二文字で言い切る明快さの前で、毎回どこか言葉を失う。


翌朝、道玄斎は書院に正座して待っていた。


秀忠はその十分後に現れた。座って、道玄斎が論語を広げる前に、口を開いた。


「先生、これ全部覚えないといけないんですか」


道玄斎は固まった。


四十年の経歴の中で、初日の三十秒でこの質問をされたのは、初めてだった。


「さようでございます」


「……帰っていいですか」


しかし秀忠は帰らなかった。


正確には、帰ろうとした直前に家康本人が廊下を通りかかったため、そのまま座っていることを余儀なくされた。家康は書院の前で足を止め、秀忠に目を合わせて「精が出るな」とだけ言って歩き去った。


これが意図的だったのかどうか、竹松には判断がつかなかった。


結局、秀忠は三日間、道玄斎の前に座り続けた。


三日間、勉強したかどうかといえば、したのかもしれないし、していないのかもしれなかった。道玄斎が論語を開いても、秀忠は首をかしげていた。書を写す気配もなければ、暗唱しようとする様子もなかった。ただ、問いだけを発し続けた。


「孔子先生って、弟子に褒められて本当に嬉しかったんですかね。なんか、嬉しいふりをしてただけじゃないですか」


道玄斎は一瞬、ぴたりと止まった。四十年の経歴で、この問いを立てた者は一人もいなかった。


「……続けてください」


「面子のために死ぬ話がありますよね。死んだ本人は、すっきりしてたんでしょうか。それとも死ぬ瞬間に『やっぱり生きてればよかった』って思ったんじゃないですか」


道玄斎は、答えようとして、止まった。止まったまま、しばらく秀忠を見ていた。


翌日。


「忠義って、上の人が間違っていても従うってことですか」


「それは。主君の徳を信じることが……」


「上の人が得するだけじゃないですか。下の人は死んでおしまいで」


道玄斎は口を閉じた。


これが帝王学を学びたくない少年の「どうせやるなら核心だけ聞いてさっさと帰ろう」精神によるものであることを、道玄斎は知らなかった。 道玄斎には「二十年かけても辿り着けなかった問いを、この少年は無邪気に口にしている」にしか見えなかった。


三日目の夕刻。秀忠は「明日から他の勉強があるって聞いたんで、先生これで最後ですよね」と言った。


道玄斎には、最後かどうか家康から何も聞いていなかった。しかし、なぜか、そうだと思った。


「……若様は、何を学びたかったのですか」


秀忠は手元の団子を口に入れてから、少し間を置いて答えた。


「べつに、なにも。ただ聞いてみただけです」


道玄斎はその夜、宿所で長いこと天井を見ていた。四十年かけても答えられなかった問いを、この子供はただ「聞いてみただけ」で投げてきた。


眠れなかった。


帰京の前、道玄斎は家康に拝謁した。


「秀忠様は恐ろしいほどの素養をお持ちです」


家康の顔に、一瞬、何とも言えない表情が浮かんだ。


三日で逃げた子の話ですよね……


その言葉は口から出なかった。


「……そうか」


「学問の本質とは何かを問う前に、何が問えるかをご存知のお方でございます。二十年かけて辿り着けなかった問いを、あのお方は無邪気に口にされる」


家康は少し考えてから、「うむ」とだけ言った。


道玄斎(内心):二度と江戸では教えない。あの問いに答えられなかった自分が悔しい。


二人の思惑は完全にすれ違っていたが、どちらも口には出さなかった。


道玄斎が帰ったあと、家康は縁側に出た。


庭に秀忠がいた。池の鯉に向かって、小石を投げていた。団子の串を片手に、飽きた様子もなく、ぽちゃぽちゃと石を投げ続けていた。鯉は驚いて逃げていた。また石を投げた。また鯉が逃げた。


それを何度も繰り返していた。


家康はしばらく見ていた。


「……天才か、馬鹿か」


声には出さなかった。この判断は、今回も出なかった。


本多正信は、その夜また手帳を開いた。


「第二の事例:三日間の帝王学授業。学習の記録なし。問いのみ。道玄斎、『恐ろしいほどの素養』と評す。動機:早く終わらせたかっただけの可能性が高い。結果:学者の人生を揺さぶる。」


正信は少しの間、書いた文字を眺めた。


動機と結果が一致しない。この「ずれ」が何を意味するのか、正信はまだうまく言語化できなかった。


手帳の残りページが、少し心許なく感じ始めていた。

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