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ダダッコ秀忠 ~天下一のぐうたら将軍~  作者: おしゃまな耳かき
第四章「政務なんてやりたくない!」

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口上が長すぎるから短くさせよう、の顛末

── 短くしたかっただけが、謁見制度の改善になった件 ──


翌朝のことだった。


六十三人分の口上を、何度か眠りながら聞き終えた大名謁見の翌朝、秀忠は珍しく、自分から誰かを呼んだ。


「土井さん、ちょっといいですか」


竹松が廊下の向こうへ消え、しばらくして土井利勝が現れた。


「失礼します」


正座した土井は、瞬時に昨日の出来事を頭の中で整理した。二十五回以上起こした。腕が疲れた。大名方は全員感激して帰った。記録には「つつがなく完了」と書いた。この「昨日のこと」が何を指しているかは、判断がつかなかった。


「……昨日の、どのようなことでございましょうか」


「口上です」


「口上」


「あれ、短くできませんか」


土井は、すぐには答えなかった。


「短く、とは……」


「要するに名前と出身と何か言いたいことの三つだけでいいじゃないですか。それ以外はどこかに紙で出してもらえばいい」


秀忠は湯飲みを両手で包みながら続けた。


「そうしたら一人三分で終わりますよ」


一人三分。


土井は、その数字を頭の中に置いた。六十三人で一人三分。合計百八十九分、三刻強。昨日の半分以下だった。


「大名の格式の問題が……」と土井は言いかけた。


口上の長さは格式の表れである。長い口上を許される者はそれだけ格が高い。大名間の序列に関わる慣習を変えることは、単に「短くする」だけの話ではない……


そこで、土井は止まった。


待て。


土井は少し考えた。大名たちが本当に、一刻の口上を望んでいるのか。


慣習だから長くしている。慣習だから始まる前から終わりが決まっている。長い方が格が高く見えるから、各自がそれぞれ長くする。結果として全体が長くなる。


では、短くていい、という許可が将軍から出たなら。


大名側にとっても、一刻の口上より三分の方が楽に決まっていた。


紙で提出するなら内容を後でゆっくり確認できる。将軍側も大名側も時間が減る。書いてきた内容と口頭の内容が違う、という事態も減る。情報管理の精度が上がる……


土井は、自分が今こんなにすらすら理由を並べられることを、少し不思議に思った。


なぜ今まで、誰も言わなかったのか。


「あの、秀忠様」


「はい」


「それでは大名が『事前に書面で提出し、口上は要点のみ』という形にしてはいかがでしょうか」


「それでいいです。それで」


「……承知しました」


土井が退出した後、秀忠はまた湯飲みを傾けた。


猫が縁側から部屋に入ってきて、秀忠の膝に乗った。秀忠は特に何も言わずにその背中を撫でた。


「昨日は疲れた」


猫は何も言わなかった。


「また六十三人来るんだろうか」


猫はあくびをした。


「今日は昼寝できるといいな」


竹松が廊下から声をかけてきた。


「本日の御予定でございますが、書類が何件か……」


「土井さんで」


「……はい」


「以上です」


「……はい」


竹松は廊下に立ったまま、手帳を持っていないことを今日も確認した。本多正信の習慣だった。ただ、何かを書き留めておきたい気持ちは、正信のものと同じような気がした。


何を書くかは、わからなかった。


夕方、土井利勝は書類の山に向かいながら、午前中に提案した「書面提出・要点口上」の件を思い返していた。


合理的だった。


事前書面で各藩の状況を把握してから謁見に臨むなら、対応も的確になる。口上の当日に初めて大名の状況を知るより、あらかじめ書面を読んでおいた方が、返す言葉も、下手に的外れにならない。それは将軍の側にとっても、大名の側にとっても、好ましいはずだった。


そして何より。


口上が三分で終われば、秀忠が二十五回眠ることもない。


これが一番の実益かもしれなかった。土井はそれを誰にも言わなかった。言ったところで何が変わるでもなかった。


翌月、次の大名謁見の前に、「事前書面の提出を求める旨を各藩へ通知」という文書が土井の手から出た。


それだけだった。


以後の大名謁見は、大幅に短縮された。


事前書面で各藩の状況を把握したうえで謁見を迎えるため、将軍側の対応は格段に整理された。「書いてきた内容と口頭が違う」という事態も減り、情報の精度が上がった。


大名側からの反発は、なかった。


むしろ、そういう声が土井の元に届いた。


「今度の御形式は、準備がしやすくてよい」


「前もって書面を出せるから、言い忘れがない」


「長い口上を覚えるための仕込みが要らなくなった」


誰も「短くなって格が落ちた」とは言わなかった。


土井はその声を聞きながら、三日ほど、何かが腑に落ちない感覚を持ち続けた。腑に落ちないというより、落ちすぎる、という感覚だった。


こんなに合理的な形式が、なぜ今まで誰も提案しなかったのか。


その問いの答えを探す気力は、土井にはなかった。仕事が速く回っていた。それで十分だった。


本多正信が土井に声をかけてきたのは、変更から十日ほど後のことだった。


「土井殿。謁見の形式が変わったそうだな」


「はい。書面提出に変えました」


「秀忠様からのご発案か」


「おおよそ」と土井は言った。


正信は少し考える様子を見せた。


「謁見の翌朝、秀忠様が御自ら呼んだと聞いた」


「はい」


「何とおっしゃったか」


「『口上、短くできませんか』と」


正信は目を細めた。


「それで今の形式になったわけか」


「私が『書面提出・要点口上』という形をご提案し、秀忠様が『それでいいです』とおっしゃいました」


「なるほど」


しばらく沈黙があった。


「正信殿は」と土井が言った。「今回の件をどうお記しになりますか」


正信は少し考えた。手帳を取り出し、何かを書き始めた。


「第二の観察。大名謁見の翌朝、口上が長いという訴えから、書面提出制度が生まれた。担当:土井利勝。発端:秀忠の一言。」


書いてから、少し考えた。


「……動機は」と土井が聞いた。


正信は、一拍置いて書いた。


「一刻も聞きたくなかった」


「……書いていいんですか、それは」


「私の手帳だ。誰も読まない」


「読んだら」


「読んだ者が正しく解釈すれば問題ない。誤解する者には、この字が読めないだろう」


土井はそれ以上は聞かなかった。


正信は手帳を閉じながら、別のことを考えていた。


「一刻も聞きたくなかった」、その一念から、書面の事前提出が生まれた。慣習を壊すことへの抵抗も、格式への配慮も、土井が一旦引っかかっただけで、最終的には全部「合理的」という結論に着地した。


着地させたのは、土井だった。


しかし着地する理由を作ったのは、秀忠の一言だった。


正信は、その二つの間にある距離を、うまく言葉にできなかった。


できなかったので、何も書かなかった。



◇後世の歴史家注◇

「事前書面+要点口上」という謁見形式が江戸初期に整備されたことは、幕府文書行政の発展として知られる。将軍の意向として記録されているが、具体的な発案の経緯は不明である。「一刻も聞きたくなかった」という発言に類する記録は、土井利勝の私的な覚書の中に断片的に残っているが、現在も「文脈が不明」として未解釈のままとなっている。なお同覚書の余白には「短くできますか」「それでいいです」という二行が、何の説明もなく並んで書かれているページがある。研究者の間では「秀忠の意思決定の速さを示す」「土井が自身の仕事を記した自戒の覚書」など諸説あるが、どちらが話したかも含めて決着を見ていない。

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