お江と家康の場面
慶長八年、春。
四日目の朝。
秀忠の布団は、まだ縁側にあった。
竹松が朝の掃除の際に確認した。布団は動いていなかった。中の人間も動いていなかった。団子の空き皿が昨日より二枚増えていた以外、変化らしい変化はなかった。
竹松は黙って空き皿を下げた。
「……なぜでございますか」と言いたいことはあったが、言わなかった。言ったところでどうにもならないことを、ここ数日で学んでいた。それが正しい学びかどうかは、わからなかった。ただ、正座して待つことに慣れてきた自分がいた。
家康は、その日の朝から書斎に籠もっていた。
本多正信は廊下で待機していた。長年の習慣で、呼ばれてもいないのに近くにいるのが正信の流儀だった。
昼近くになって、書斎の障子が開いた。
「正信」
「はい」
「あれは、まだ動かんか」
正信は少し間を置いた。
「……今朝、竹松から。変化なしとのことでございます」
「……そうか」
家康はしばらく黙った。庭の方を見た。三日前には満開だった桜が、ほぼ散り終えていた。四日もあれば桜は散る。しかし秀忠は動かない。
庭石の上に、散り残った花びらが一枚あった。
「お江を呼べ」
正信は一拍おいた。
「……よろしいのですか」
「よろしいも何も、他に手がない」
これは天下人として、珍しい言葉だった。正信はそれを記録するかどうか一瞬迷ったが、記録することにした。後世に何と言われようとも、事実は事実だった。
「かしこまりました」
お江が書斎に入った時、家康はすでに向き直って待っていた。
茶が一杯、用意されていた。客人への礼儀だった。
正信は廊下に控えた。
お江は座って、茶を受け取った。飲まなかった。ただ、両手で持って、家康を見た。
「お呼びと聞きました」
「うむ」
短い間があった。
天下人というのは、言葉に詰まることがない。少なくとも、表には出さない。しかしこの日の朝、家康は確かに一度、言葉を止めた。
「お江よ。あれを何とかしてくれ」
お江はすぐには答えなかった。茶碗を静かに置いた。
それから、家康の目を真っ直ぐ見た。
「何とかしろとおっしゃるなら、一つ聞かせてください」
「なんだ」
「あなたは本当に、秀忠でいいと思っているんですか」
家康は絶句した。
長い生涯で、様々な問いかけを受けてきた。戦場では命を問われ、政では天下を問われ、密室では忠義を問われた。しかしこれほど真正面から、これほど簡潔に、核心だけを問われたことは、そうなかった。
正信でさえ、こういう問い方はしない。
いや、正信にはできない問いだった。正信は策略家だから、問いの形を変えて、核心をぼかす。しかしお江には、そういう迂回路がなかった。問うべきことを、問うべき言葉で、問うだけだった。
「迷っているなら、私が断らせます」
お江の声は静かだった。怒っているのでも、責めているのでもなかった。
「でも覚悟を決めているなら、私が連れて行きます」
庭で鳥が鳴いた。縁側に光が差していた。
家康はしばらく黙った。人の前で長く黙ることは、家康の習慣ではなかった。しかしこの問いには、黙る以外のことができなかった。
考えていたのではない。
答えは、とっくに出ていた。ただ、声に出すことに、どこかで少し時間がかかった。六十年以上を生きて、初めて気づくことがある。自分の覚悟を、言葉にするのが思いのほか難しいということを。
やがて、天下人は静かに言った。
「……頼む」
それだけだった。
お江は一礼して、立ち上がった。
その背中を見送りながら、家康は思った。息子はよい妻を持った、と。そしてその次に、自分にはこういう問いをしてくれる人間が、生涯ついに現れなかったということも、ふと思った。
思っただけで、口には出さなかった。天下人というのは、そういうものだと、長い間決めてきたから。
廊下に出たお江の横に、正信が静かについた。
「奥方様」
お江は足を止めなかった。
「秀忠の部屋に向かっています」
「……かしこまりました。お止めする理由が、見当たりませんので」
「止める必要はないわよ」
お江は曲がり角を曲がった。
正信はその場に立ち止まった。それ以上ついて行かなかった。廊下の端に背をもたせかけて、消えていく背中をしばらく見ていた。
それから、手帳を取り出した。
「奥方様、動かれた。家康様、頼む、と言われた。動機、明確。結果、これより判明する。追記:『頼む』という言葉の重さは、言った側と聞いた側とでは、おそらく異なる。どちらの重さが正しいかは、わかりかねる」
お江は秀忠の部屋の前に立った。
侍女のひさが廊下で「奥方様……」と小声で言ったが、お江は止まらなかった。
障子を開けて、中に入った。
部屋は薄暗かった。縁側の布団が、丸まっていた。四日目にして、その山は相当な形状になっていた。
お江は迷わず布団の端を掴んだ。
一気に引っぺがした。
「寒い! なにすんの!」
布団の中から、寝ぐせだらけの頭が飛び出した。目が半分しか開いていなかった。
「行くわよ」
「嫌だって言ってるじゃん! なんで僕が……」
「私が将軍の妻になるって決めたの。だからあなたが将軍になるの。以上」
秀忠は口を開きかけて、閉じた。
開きかけて、また閉じた。
「……その論理、おかしくないですか」
「おかしくない」
「いや、普通は将軍になる人がいて、その妻になるわけで……」
「おかしくない」
「……」
「行くわよ」
お江は布団を部屋の端に寄せた。秀忠が立てるだけの空間を作った。
秀忠は膝を抱えて座ったまま、しばらく何かを考えていた。反論の糸口を探しているようだったが、見つからなかった。見つからなかったのは、探す気力が四日で尽きていたからかもしれないし、そもそも反論できる構造ではなかったからかもしれない。
「……」
「早く」
「……わかりました」
秀忠は立ち上がった。渋々というより、どこか拍子抜けしたような顔だった。
着物の裾が乱れていたが、直す気力もなかったらしく、そのまま出口に向かった。
「着物、直しなさい」
「……はい」
廊下に出た。ひさが着物を直すのを、秀忠は黙って受けた。
廊下を歩きながら、秀忠は一度だけ振り返った。
「……行けばいいんでしょ」
「行けばいい」
「行ったら、もう戻れないんでしょ」
お江は答えなかった。
これが答えだった。
秀忠は前を向いて、また歩き始めた。足音が廊下を遠ざかっていった。
お江はそれを見送った。
背中が曲がり角に消えるまで、動かなかった。
お江は部屋に残った。
ひさが恐る恐る入ってきた。団子の空き皿がまだ残っていた。お江は皿には目もくれずに、縁側の窓を開けた。
外の光が入ってきた。散り終えた桜の木に、新しい緑がわずかに出始めていた。
「奥方様は……殿が必ず立ち上がられると思っておられましたか」
「当たり前でしょ。あの人、追い詰めれば必ずやるんだから」
「……追い詰めれば、とは」
「そういう人なのよ」
「でも、いつもは逃げておられるように……」
「逃げる、というのは、まだ動けるということでしょ」
ひさは「……なるほど」と言ったが、何もわかっていなかった。
わかろうとしたが、わからなかった。お江が答えないことが答えだと解釈し続けるのが、ひさの生き方だった。しかし今回は答えてくれたにもかかわらず、やはりわからなかった。これはひさの理解力の問題なのか、答え自体の問題なのか、それすらわからなかった。
「奥方様は……」と続けようとしたが、続きが出なかった。
お江はそれを聞いていなかった。窓の外を見ていた。桜の木の根本に、散った花びらがまだ残っていた。
「片付けなさい」
「はい」
「あとで。今は、いい」
ひさは「はい」と言って、片付けるのをやめた。
その日の夕方。
家康は正信を呼んだ。
「秀忠は、動いたか」
「はい。午後から土井殿と話をされていたそうです」
「……そうか」
家康は縁側に目をやった。庭に光が傾いていた。
「……お江は」
「奥方様は、奥に戻られました。特に何もおっしゃっていなかったとのことです」
「そうか」
しばらく黙った。
「……よい妻だ」
「さようでございます」
「儂には、ああいう人間がおらんかった」
正信は何も言わなかった。言えることが、なかった。長年仕えてきた中で、家康がこういう形の言葉を口にしたことは、ほとんどなかった。
「……それだけだ。下がれ」
「はい」
正信は廊下に出た。足を止めた。
手帳を開いた。
「家康様、ご自身のことを話された。生涯現れなかった、と言われた。記録してよいかどうか、迷う。しかし記録した。後世に何と言われようとも、事実は事実だった」
書いてから、もう一行書いた。
「補記:迷った挙句に書いた記録というのは、書かなかった記録よりも正直かもしれない。それが良いことかどうかは、わかりかねる」
その夜、竹松は廊下で秀忠の部屋の前を通りかかった。
中から声が聞こえた。
「……なんで僕が将軍なんですかねえ」
誰かに向かって言っているのではなかった。ひとり言だった。
竹松は足を止めた。
答えようとして、「……なぜでございますか」と言いかけて、それが自分の口癖になっていることに気づいて、やめた。廊下の柱に背をもたせかけて、少しだけ考えた。
答えは出なかった。
出なかったが、それでいいような気もした。答えが出ないまま廊下で少しだけ立っているということも、何かの役に立っているかもしれなかった。竹松にはわからなかった。
ただ、立っていた。
しばらくして、部屋の中から「竹松、団子ある?」という声が聞こえた。
「ただいまお持ちいたします」
竹松は走り出した。答えが出ないまま、走ることだけはできた。それが今の自分にできることだと思いながら、台所へ向かった。
◇後世の歴史家注◇
「家康がお江に頭を下げた」とする直接的な記録は存在しない。「頼む」という言葉が交わされたとする一次資料も確認されていない。一方で、この時期の家康の書状に「秀忠のことは任せた」という表現が複数回現れることが指摘されており、研究者によって解釈が異なる。「任せた」の主語が誰で、何を任せたのかについては、現在も諸説が存在する。また、秀忠が四日目に土井利勝と話をしたという記録は残っているが、内容については「将軍就任に関するご相談」とのみ記されており、詳細は不明である。なお「私が将軍の妻になるって決めたの」という発言については、どの歴史書にも記載がない。これをどう解釈するかは、読者諸氏に委ねたい。




