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9 オープン


澄み切った青が広がる晴天の下で、2人は向き合っていた。


睨み合うだけの膠着(こうちゃく)状態をキープしていて、その間にはなんとも言えない緊張感が漂っていた。周りの観客は固唾を飲んで見守るが、見守っている対象は2人ではなく、1()()


勝てるはずの試合をさっさと始めない高嶺に向けられていた。


(ど、どうしよう.....さっきあんなこと言っちゃったけど、本気でやったらアイツが死んじゃう。けど、真面目なやんないとみんなからの評価が.....)


高峰の考え方は正しい。


高嶺の能力である『物体霧散(フィードスモッグ)』は非常に強力かつ、使い方を誤れば人を殺めることもできる。なぜなら、彼女の能力は手に触れた物体が生物以外なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、また()()()()()()()()()()()()()()()()の2種類が備わっているから。


そんな能力を振りかざして無能力者と戦おうものなら、悲惨な結末は避けられない。



そう、相手が()()()()だった場合だーー。



「どうした、言い出しっぺが来ないのか?」


いきなり発せられた言葉に体が一瞬浮いたような感覚に襲われる高嶺。視線を上げると.....


「えっ?」



先程まで10m強ほど離れていたというのに、今まさに目の前まで詰めてきた男ーー神代透が立っていた。



なぜ?


そう考える間もなく、高嶺は反射的に拳を神代に振りかざす。ボクシングのジャブのような鋭く、速い一撃が神代の腹部に向かって飛んだ。そして、腹部に拳がぶつかると、高くも鈍い音が辺りに響く。


「....!...う、嘘.....嘘でしょ?」


神代がいつも持ち歩いている雑学書によると、生物学的に人間が反射で行った行動は加減ができない。そのため高嶺は全力で神代を殴ろうとしていた。芳泉が押さえつけられるほどの力を持った拳、無能力者の神代が耐えられるはずがないーー。



「.....どうした、もっと腰入れろよ。」



だが、神代は無傷どころか、何事もなかったかのように涼しい顔で立っていた。



「な、なんで.......なんでよ!?」


驚きと気味悪さで一歩後ろに下がってしまう高嶺。彼女の本能が目前の男が危険だと、精神的に拒絶する。


いつもとは違う


高嶺にそう思わせる何かが、神城にはあった。


「今、本気で殴ったろ?」

「っ......!!」

「図星ってやつか?.....お手本、見せてやろうか....?」


ゾワッとする寒気が全身を駆け抜け、高嶺は思わず腕を目の前で交差して受け身の体勢を取る。ところが、彼女のしていることはどうやら意味がなかったらしい。


「ほっ.....らよっ!!」

「えっ.....キャッ!?」


神代に本気で殴られた高嶺は衝撃で地から離れて吹き飛ぶ。その勢いのまま校庭の横にあるプールの方まで飛んでいくと、水柱を立てて着水した。


「....ゲホッ、ゴフッ……!」


高嶺の口から溢れ出す血がプール内の水を赤く着色していく。神代に殴られたことにより身体の力が抜けて水に浮かべているが、その状態では違う問題が発生してしまう。


「えっ......高嶺、どうしたの?」「はっ?け、結構吹っ飛ばされてたよな?」「ど、どういうこと!?こ、このままじゃあーー。」



無能力者(神代)に負けてしまうのではないか?



対戦を観戦している生徒や教員はそう考えてしまう。だが、あくまで物理的な話だ。確かに高嶺は強いが肉弾戦はそれほど得意ではない。


本領は能力を使用したときにあるーー。


「どうした、能力を使わないのか?」


弱々しい力でプール中央からサイドまで泳ぎ切った高嶺に向かって神代は言い放つ。疑問.....というより怒っているという感覚のほうが近いだろう。現に神代は高嶺のことを厳しい眼差しで見つめていた。


「カハッ……!.....どんなに高級なレストランでも味見ってするのよ。だから私もしていたのよ.....アンタの味見をね。つまり、わざと受けてあげたのよ。」

「強がってんじゃねぇよ、ザコが。味見にしては味が濃すぎたようだな?」

「え、えぇ.....そのようね。どうやら私はアンタのことを舐めてたみたい....。だから、使()()()()()()()()。」


高嶺はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって腕を神代へと向ける。指の一本一本をまっすぐと伸ばして....。(はた)から見ると、それは何かを掴もうとしている様子にも見えた。


「.....アンタのせいなんだからね...。」


高嶺がそこまで言い終わると、辺りの空気がいきなりピリつき出す。



能力(スモッグ).....解放(オープン)...。」



刹那、プール周辺が濃い霧で満たされる。


高嶺が能力を使ったのだ。それを瞬時に判断した神代は急いで霧の中から出ようとするが、一つの人影がそれを阻止する。


「ちょっと足がお粗末じゃない?」

「ガッ.....!」


プールサイドという滑りやすい足場は大体の人が踵を上げて移動するため通常より重心が前になる。それを狙った高嶺は、霧の中を瞬時に移動して神代の背後に取って背中を蹴ったのだ。


だが、神代自身もそんなに柔ではない。


倒れた勢いで両手を地面に着けると、勢いよく押して高嶺の顔に向けて跳び蹴りをかます。だが、それほどの威力はなく、後ろに数歩下がる程度。


(いや.....それでいい!)


神代は高嶺が後ろにのけ反ったのを確認すると、一気に走り出して校庭とプールの間にあるフェンスを乗り越える。


慌てていたのか着地の勢いで前転して砂まみれになる神城に対して、礼儀正しくフェンス扉から校庭に現れた高嶺。一瞬にして立場が変わった2人だが、どちらとも内心はとても焦っていた。


「お前......服乾いてるな。.....まさか、服の水気を霧に使ったか....?」

「ふふ、正解よ。そんな細かいところまで気づくなんて.....能力があればモテたかもしれないわね?」


ただ会話しているように見えて、お互いが精神的な揺さぶりをかけている。戦いにおいて失敗を重ねたほうが負けるのは定石。そしてその失敗が起こる原因が、9割9分感情の揺らぎからなるもの。


「さて、まずは褒めて差し上げますわ。この私に能力を使わせたこと.....一生物の宝ね。」

「一生?.....ははっ、お前は宝って書いてガラクタって読むのか?そんな宝は考える間もなく焼却処理場行きだわ。」


その言葉に周りの観客がざわつき始める。今朝まではおとなしかった男が、今では学年でトップの存在に歯向かっている。観客のほとんどはそれが不満で不気味で仕方がないのだ。しかし、中には神代のことを応援し出す者もいた。


狂乱


憎悪


興奮


全てがこの試合の中にあった。


「....ここからはもう少しギアあげるわよ?」

「はっ?」


高嶺の言葉に疑問を抱いているのも束の間、再度2人を中心に濃い霧が現れる。


神代は視界が奪われて焦る気持ちを落ち着かせ、今の状況を冷静に見直して思考する。


神代が今考えなければならないのが、この霧について。何を媒体にしているか、媒体の個数の2つの要素。媒体に関しては相手の服装や周りの状況などを使って逆算すればいいが、問題となってくるのは媒体の個数である。


霧という物質上、見た目では霧の数などは断定できない。ましてや、先ほどの水気のように個数という概念が無い物を煙化されていたらラチがあかない。


だが、その思考も霧から出てしまえばお終いーー。


「ちょっと.....考えが浅くないかしら?」


不意に神代の鼓膜に届く女の声。


驚くと共に何かされることを予測した神代は身構える。そして、それが的中するかのように視界から霧が消え去って目の前に高嶺が現れた。視界が開けて行動をしやすくなったため、神代は高嶺に向かって走り出す。



はずだったーー。



突然、身体が縛り付けられるような痛みに襲われ、神代はなす術もなく校庭の地面へと倒れ込む。訳が分からない神代が自分周辺へと目を向けていると、何故そうなったのか理解することができた。


「....お、お前.....これを媒体にしてたのか?」

「ふん、気づくのが遅いんじゃない?」


神代が目線を落としたのは自分の手首と足首。そこには女子が髪などにつけるヘアゴムがつけられていた。ふと、視線を上げると長い髪を後ろに下ろした高嶺の姿。


そう、高嶺はヘアゴムを媒体にしていたのだ。


「霧化した後の物体を元に戻すことができるのをご存知なくて?.....霧から元に戻す物体は霧の中心で元に戻る。すなわち、あなたが霧の中心に居ればヘアゴムが中心で元に戻って、アンタを拘束できるということ。まぁ、ほとんど運ゲーだったけど....。」

「....『拘束』?...笑わせんなよ、こんなヘアゴムすぐ外せるぞ。」

「えぇ、けど両手足......外すのにアンタは何秒かかるんでしょう?」


神代の言う通りで、やろうとすればヘアゴムの拘束自体はすぐに外れる。だが、時間がかかってしまうのも確かだ。そのため、拘束を解く間に高嶺に何かされても対応はできない。



ピンチと敗北が神代の頭を駆け回る。



そして、そこに追い打ちをかけるようにもう一度霧が展開される。拘束、霧、観客のヤジが神代の思考を乱していく。


「......アンタのおかげよ。私が勝てるのは。」

「ど、どう言うことだ....?」

「あら?アンタなら考えられる可能性よ?」


高嶺が言い終わると、神代は嫌な予感からプールの方を眺める。心の中で自分で考えたことを自分自身が否定する。しかし、神代の考えはどうやら正しかったらしい。


「う、嘘だ...ろ.....?」


神代が見た先、そこにはーー。



()()()()()()()()()()()()()()()



「はぁ、やっと気づきましたの?わたしの作戦に....。」

「.....。」

「言ったでしょう?()()()()()()()()()().....。元々、プールの水を使った作戦だったのよ?それなのに....気を遣ったのかプールの方に飛ばしてくれたおかげで助かったわ。けど、アンタにバレないようにあそこで無駄に霧を展開しちゃったのはミスったわ......その方が惑わすことができたかしら?」


高嶺が勝利を確信したかのようにクスクスと神城を笑う。多少の間を開けた後、高嶺は喋りだす。


「.....アンタを煙の中心になるように霧を展開しました。....およそ45万リットル.....4()5()0()()()()()()()()()()()()。」



神代の背筋に冷や汗が流れた。


ご拝読ありがとうございます。

もし読んでみて面白いと思っていただけたら、評価とブックマークをしていただけると幸いです


また、不明点やアドバイス、感想、アンチコメも受け付けてます。

皆さんの意見をぜひお聞かせください。

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