10 何事も裏には...
濃い霧の中、高嶺は勝利の味をひしひしと噛み締めていた。
(か.....かっ、勝った?勝った勝った勝った!)
冷酷な顔持ちの内にそのような感情が秘められていることは本人以外知る由もないだろう。
だが、一つ問題がある。
それは彼女がミスリードをしているためである。
どういうことか?
その理由は彼女の能力にある。
(私の能力は出力制限すれば、媒体するものはストックできる。....だから、殺さない程度に加減もできる。今私が霧化させてる水の量は100kg。バレないでこのまま行けば降参させることができるはず.....。)
彼女自身も無駄な殺生はしたくない。いや、神代を殺したくはない。それは彼女が優しいからという生半可な理由ではない。元はと言えば最初からこの試合をしたくはなかったのだ。
なぜなら、神代は彼女にとって元友人で尊敬できる人でーー。
ーー恋愛対象だったから。
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2年前。
高嶺麗華はーー。いや、滝波麗華は神代透と同じ中学校に通っていた。
その時は今のような金髪のサイドロールではなく、黒髪の長い髪を後ろに流して前髪も目が隠れるほど伸ばしきっていた。もちろん、服装も派手なものではなく学校指定の制服をしっかりと着こなしていた。
隠キャ
自他共に認めるその姿は2年後の姿を想像すらすることができないほどだった。
2年生になって神代と同じクラスになった滝波は、いつも通り真面目に生活をしていた。だが、その真面目な生活に一つ支障があったのだ。
(うーん、ここの問題難しいなぁ....。)
テストの成績が悪くなってしまい、頭を悩ませる毎日。その時の彼女は数学に出てくる式がまるで古代文字のようにすら思えていた。
そんな彼女に手を差し伸べたのがーー。
「......分からないなら...教えようか?」
「...!....う、うんっ!!」
その日から2人は下校時に学校近くの図書館によって勉強するようになった。晴れの日、雨の日、雪の日....もれなくほぼ毎日2人は同じ時を過ごした。
その過程で彼女は神代のことが好きになってしまった。
問題をわかりやすく真摯に教えてくれる姿。滝波が何か忘れ物をしてしまった時に迷わず貸してくれる心の広さ。どんな相談にも快く聞いてくれる優しさ。
もう、彼女は彼が居ないと生きていけなくなってしまった。
そう、あの事件があるまではーー。
いつも通りに図書館に向かっている2人。今日起きたくだらないことを話していたその時だった。
突然、高波が地面に倒れ込む。
神代が慌てて駆け寄ると、彼女の顔が苦悶で満ちていたのが分かった。気持ちが悪いのか、両手を口元に当てて何かを我慢しているように見えた。神代はそんな彼女に一所懸命に声をかける。
「だ、大丈夫か!?....お、おい滝波!!」
「は、は.....離れて...。」
「は、離れ?」
嫌な予感がして腰がすくみそうになる神代。このままではいけないと思った滝波は神代を思いっ切り押す。滝波にされたことを疑問に思う前に神代の視界はある一色に埋まる。
溜め込み続けた能力の暴走。
それは滝波が無能力の神代に合わせるために抑え続けたからだった。
辺り一面が吹雪のように白く染まる。滝波自身何を媒体にしたか分からないため、何もしないでうずくまることしかできない。
情けない自分に無力さを感じ、込み上がってくる涙。
最初から最後まで人に迷惑をかけて生きてきた自分を憎ましく思ってしまう。そうやって滝波は自分自身の行動を振り返る。
(あぁ.....私ってダメな人間だなぁ...。)
もういっそ霧を解除するという奇行に走ろうとしていたとき、彼女の肩にそっと誰かが手を置く。
「えっ.....?」
その手は滝波もよく知っている手。大きく、力強くて....少し暖かい。この安心するような手を持っている本人へと滝波は語りかける。
「か.....か、神代...くん...?」
「お、落ち着け。落ち着いて深呼吸。....体の力を抜いてリラックスしろ。」
「あ....う、うん!」
滝波は彼に一回も自分の能力を見せたことがない。なぜなら、彼女自身が彼に合わせようとしていたからだ。
それなのに神代は彼女に手を差し伸べる。
謎の安心感に満たされた滝波は言われた通りに体の力を抜いて深呼吸を繰り返す。すると、少しずつ体の内側にあるエネルギーのようなものが安定していくのが分かった。
「あ、あっ....す、すごい...神代くん、ありがと...!か、神代くん!?」
滝波が不意に神城を見るとそこには頭から大量の血を流した神代が、左手で頭を押さえながら右手をこっちに伸ばしているのが見えた。
なぜ、怪我をしているのか?
その回答を聞く前に本人から答えが返ってくる。
「ゔっ.....き、気にするな...ちょっとそこらの電柱に当たっただけだ。....頭痛みたいなもんだ。」
「そ、それって私がーー!」
「気にすんなっ!!」
いきなりの怒号に滝波の肩が震える。少し涙が溢れるが、首を横に振って自分にできることを探し始める。
「じっとだ....霧なんてな、じっとしてれば風で全部飛んじまう。滝波にできることは風で霧が全部飛ぶまでじっとしてること。いいな?」
「.....う、うん。」
その先は時間がとても長く感じられた。神代の怪我を気にする自分と、神城に言われたことを守り抜かなければいけないという気持ちが滝波の中で争う。
滝波は悩んだ末に後者を選んだ。
耐えて
耐えて
耐えて
耐えぬいた。
気がついた頃には霧は消え去り、ボロボロになった2人がそこにいた。
その後は2人とも気絶していて即日で救急搬送。両者とも大事に至らなかったが、神代の方はもう少し時間が経っていれば危ないところだったらしい。
「ご、ごめんね....私、何もできない....最初から最後まで私バカだったみたい...。」
静かな雰囲気が漂う病室で寝ている神代に滝波は1人で呟く。その顔には申し訳なさから出た涙が途切れず流れ続ける。潤った視界で行うりんごの皮剥きは、料理が得意な彼女にあり得ないほどの下手さだった。
「ごめん、ごめんごめんごめん.....ふふ、本当にごめんしか言えないよ。」
だが、ごめんという言葉は責任から逃れるための逃げでしかない。それを分かっていながらも滝波は連呼してしまう。
そして、彼女はある結論に至ってしまった...。
「へへ....私って君にとってはもう....いらない子だったのかな?」
自分自身で出してしまった答えの冷酷さに高波は絶望してしまう。だが、この選択は彼にとっても自分にとってもいいはずだ。
そう、自分を信じてーー。
その日を境に滝波は学校に来なくなった。
その裏では髪を金髪に染めて、髪型を全く違うものに変えた。また、言葉遣いや服装なども別人のように振る舞い、両親の許可を取って父親の姓から母親のものへと変えた。
最終的に残っているものは心だけとなった。
だが、高嶺がどんなにそれを変えようと思っても変えられなかった。否、変えたくなかった。変えようとすると胸が張り裂けそうな思いになって、死にたくなるほどの罪悪感に襲われる。
だから、高嶺自身が決めた道を進むことにした。
その道こそ神代への想いを断ち切るために神代と同じ高校に通うというものだったのだ。
#####
高嶺は昔のことを思い出して心にぽっかりと穴が開く感覚がした。だが、今はとにかく目の前の試合に勝たなければならない。
「.....どうするの?圧死したくなければ、降参したら?」
最後の情けかつ、本音が口から溢れる。本当だったら高嶺は彼を1回たりとも傷つけたくはない。
だが、彼女の思いは神城には届かない。
「.......ーーしろよ。」
「えっ?」
「解除.....してみろよ。」
神代が高嶺をまっすぐに見つめる、まるで全てを見通しているかのように.....。高嶺は神城の謎の自信でとてつもない恐怖に襲われる。確かに神代透という男は頭が冴えているため、一筋縄ではいかない。だが、その神代でもここまで展開を読んでいるとは考え難い。
「どうした?.....解除したらおしまいなんだろ.....?」
「く.....くぅっ...!」
高嶺は悩む。
勝つためには100kgでは足りない可能性がある。だが、所詮は霧だ。後からかさまししてもバレるものではない。だが、これ以上増やすと本当に神代が死んでしまうかもしれない。
「おい、高嶺!何してんだよ、早く終わらせろよっ!」「麗華!早くしてよっ!」「そうだそうだ!そんな奴にどんだけ時間かけてんだよ!」
高嶺のことを一切考えずに飛んでくるヤジの言葉が、さらに高嶺の精神をすり減らして判断を鈍らす。
(お、落ち着いて.....彼が気絶するぐらいの質量を見積もるのよ。)
両手が終始震えて高嶺の次の行動を阻害する。場面的には高嶺が追い込んでいるはずなのに、精神的は圧倒的不利。
「ほら......来いよ。」
「ゔっ.....ゔぅっ.....ゔわぁぁぁぁぁっ!!」
全ての要素が交差した瞬間、高嶺は神代に向けて能力を解除した。
「.....?」
だが、いつまで経っても水が落ちる音は聞こえない。気になって薄らと片目を開けた高嶺が見た景色は、想像を絶するものだった。
「能力、解放.....!」
そこには言うはずのない能力発動の文言を呟いた神代と、いつまでも晴れない濃い煙があった。
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