11 因果応報
いつまでの晴れない霧、能力の使用文言を高嶺にだけ聞こえるぐらいの小声で言う神代。一瞬で意味不明なことが起こりすぎたため、唖然としてしまう高嶺。そんな彼女は本能的に神代に疑問の言葉をぶつける。
「の、能力.....?あ、アンタ.....能力使えたの?」
「.....。」
「ね、ねぇ......ねぇってば!」
中学の頃からずっと見てきた。
神代透は無能力者。
それが高嶺にとっての当たり前で、神代を尊敬していることの1つでもあった。無能力でも何かに抗う姿、みんなとの差を埋めようと努力する姿。それらを心からかっこいいと思っていた....。
神代は滝波にずっと嘘をつかれていたのか?
突然のことで出てきそうになる涙を瞳の内へと押し戻す。だが、そんなことをしている間に神代は両手足のヘアゴムを外し終えてしまう。
(しまっ.....!)
ドタバタと音が鳴ったと思ったら、高嶺の視界が上下反転して砂埃が映る。すると、急な背中の痛みに襲われて動かそうとしても体が硬直してしまう。
「......ねぇ.....なんでよ...?」
再度目を開けた高嶺の視界には神代の姿があった。だが、その顔にはこちらを軽蔑するような眼差し、かつて安心を与えてくれた手は自分の首に当てられている。
泣きそうになる現実がすぐ目の前にある。
「はぁ.....やっと終わったか?」
神代は首を抑えていない左腕で自分の額の汗を拭うと、一つため息をつく。先程とは立場が逆になり、脳内でアドレナリンが出るほどの興奮が彼の中で起こる。
神代透の能力ーー輪廻。
内容はあらゆる物質にある一定の行動を許す限り続けさせる力.....。彼は高嶺がプールの水を媒体とした霧を出した瞬間、ある作戦を思いついていた。
それは、霧をそのままの状態で繰り返させること。
つまり、高嶺がもし霧を解除しても神代が能力で煙状態なのを固定するため、神代には水が当たらない。
「....同じことしてやろうか?」
「.....?」
「お前が動こうとした瞬間.....俺はお前の首を絞める。...殺されたくなければ降参しろ。」
神代が降参するように高嶺に促すが、高嶺はしたくはないのか神代から目をそらした。だが、神代は高嶺の両頬を左手で掴むと、強制的に目を合わせさせる。
「.......降参....しないのか?」
「.....い、嫌だ...。」
すると、高嶺が両手で神代の右腕を掴み、自分の喉から遠ざけようとする。小さい手がベタベタと張り付く感覚が気味が悪くて、神代は左手で高嶺の手を振り払う。
今の高嶺の顔は青ざめて絶望を纏っている。現に、神代の耳にはガタガタと奥歯が震える音が届いていた。しかし、神代はその顔の奥にまだ希望が残っていることを感じとっていた。
「ま、まだ......まだ終わってない....!」
最後の足掻きだろうか?
神城にとってはとてもめんどくさいが、相手側にとっては一所懸命なのだろう。神代自身もどうやって自分が勝てるかを探した挙句、そのような行動になることは十も承知している。
だが、ダサい。
この状況だったら実力云々の話じゃなくなってきてしまう。例えば、雷が降ってきたり、隕石が落ちてきたり、暴風が吹き荒れたり.....。
運。
ここから先で勝敗を分けるものといえば運でしかない。だが、今の状況は雲一つない快晴、隕石が落ちてくる予兆もない。
風だって一切吹いてはいなーー。
(吹いて.......ない、だと?)
突如、神代の額に嫌な汗が滲む。不安な気持ちを抑えて辺りを見渡すが、砂埃は起らないどころか、木々の葉からは音が聞こえない。
(な、なんでだ.....?)
ふと、思い出すのは今朝のホームルーム時の先生の連絡。
【――というわけだ。まぁ、今日は風も強いからみんなくれぐれも用心して過ごすように!】
強風
本当だったら霧が吹き飛ぶほどの風が吹いているはずだ。
「えっ....?」
先程まで自分の首を圧迫していた神代の右手が自分から離れて困惑する。急なことで疑問に思い、神代の様子を観察していると、神代はどこか遠くを見ていることが分かった。
「....チッ...部外者が邪魔してんじゃねえよ。」
神代はそう言いゆっくりと立ち上がると、目線の先へと歩みを進め始める。
高嶺が目で追うと.....
「い、イヤッ!.....止めて神代っ!」
そこには生徒や教員がいる観客席へと歩いていく神代の姿があった。
まっすぐと迷いなく進む姿はまるで何かに気づいたかのように見える。ついに神代が人混みの前につくと、両手を横に薙ぎ払って強引にかき分けながら進んでいく。
観客エリアへの立ち入りと『部外者』という言葉が高嶺の中で線として繋がり、最悪なシチュエーションを思い浮かべてしまう。いますぐにでも止めに行きたいところだが、神代にやられた下腹部の痛みがぶり返して高嶺の行動を阻害する。
「まっ、待って......待って、神代っ!」
後ろから静止の声が聞こえるが、神代は振り向くどころか気にもしないで歩みを進める。多くの人がこの試合を観戦しているため、人混みの中にいると熱気が強く感じられる。あの最弱と言われた男が学年トップを下す寸前まで追い込んでいるのだ。
誰もが驚き、興奮するだろう。
だが、それらに当てはまらない感情を抱いている人物を神代は見逃さなかった。
「......おい、お前。.....邪魔してんじゃねぇよ。」
「.....ははっ.......よ、よく分かったね...。」
やっと神代が足を止めると、その目の前には中性的なボーイッシュ女子が立っていた。放課後の部活の為か、サッカー部のユニフォームを着用していた。
「『よく分かった?』.....こんなん誰でも分かるだろ。」
神代は彼女に見覚えがある。
確か、彼女はよく高嶺と廊下で話していて、この学校で高嶺と1番仲が良かったはずだ。そんな彼女の能力は『旋風』。今の状況で高嶺を助かるもってこいの能力だ。
「観客エリアの後ろで俺から見えないように能力を使う....。まぁ、それで高嶺の唯一の弱点である風を相殺したわけだな。」
「そ、そこまで分かってるなんてね....。けどなんで私だって?風系統の能力者は他にもいるでしょ?」
サッカー女子が神代に疑問をぶつける。
サッカー女子の言う通りで、この学校に在学中の風系統の能力者は60人を超えている。その中からドンピシャで当てられたのだ、そう思うのも無理はない。
「他にも?....ははっ、『お前しかいない』の間違いか?....誰にも気づかれないかつ、周囲の風を相殺するなら観客エリアの1番後ろしかないだろ。あとはそこにいる風系統の能力者を見つけるだけだ。」
神代は当たり前かのように淡々と真実を告げる。ようやく神代と戦うしかないと覚悟したサッカー女子は、両拳を構えてファイティングポーズを取る。だが、彼女の足は生まれたての子鹿のように震え、顔は恐怖で滲んでいた。
「......なんだ?ビビってるのかよ?」
「び、ビビってなんか.....!」
確かに神代透は無能力者で学年最弱だ。ところが、目の前の光景はそれを否定するものだった。学年最強の高嶺に膝をつかせている。これだけでも相当な脅威なのだ。
「.....大丈夫、すぐ終わらせてやるよ。」
「すぐ終わらす.....?」
サッカー女子が神代の言葉に引っかかった。
だが、その一瞬の隙が命取りになる。
サッカー女子が呆気に取られているうちに神代は彼女の懐に潜り込むと、ユニフォームの上部を掴んで上空へと投げ飛ばす。グラウンドに人型の大きな影ができて辺りに砂埃が巻き起こり視界が霞む中、観客の全員が空を見上げた。
そこに地上から目測10メートルほど離れた空中にいるサッカー女子の姿があった。
太陽の眩しさから薄目で姿を確認した神代は、スクワットの要領でしゃがみ込む。すると、神代はサッカー女子に手を伸ばすように上空へ手のひらを向けると、両足を瞬時に伸ばして空高く跳躍する。
錠剤には副作用があった。
それは身体に錠剤を含ませると、一粒ごとに身体能力が上昇していくというもの。
自転車のギアのようなもので、含ませるほど強くなれる。現に10メートルを一気に詰める脚力、高嶺をプールサイドまで殴り飛ばすほどの腕力....どれも昔の神代ではあり得ないものだ。
「.....どうだ?.....地上でプレーするサッカーとは無縁の景色だろう?」
後ろからの覇気を感じて背筋に冷や汗がながれるサッカー女子。身体を捻るように後ろを振り向くと、そこには右脚を後ろに引いている神代がいた。
「えっ....な、何してーー?」
彼女の中で驚きと恐怖がいきなり押し寄せる。
彼女にとっては神代がしている行動が訳がわからず、これから何をされるかは未知数。だが、その状況でもただ一つだけわかることがある。
それは神代の足を引く姿は彼女自身も部活でよくしているものだったということ。
「.....おい、お前。....ボールの気持ちになったことはあるかぁ?」
刹那、神代が素早く足を振り抜く。ドスッという鈍い音が響いたと思うと、サッカー女子の背中に激痛が走った。視界が暗転して上下左右も分からないまま、風が吹き抜けていく音が耳に入る。
体感で言うと4秒くらいだろうか、ようやく動き続けていた身体が何かに受け止められる感触がした。サッカー女子を受け止めたのは校庭の端にあるサッカーゴールのネット。そこに目の焦点が合わず、恐怖から涎を垂れ流しながら失禁しているサッカー女子が倒れ込んでいた。
「あっ......や、やりすぎたか?」
上空からゆっくりと降りてきた神代。その着地地点の前には、皮肉にも好きな人が自分の親友をボコボコにしたためにメンタルが崩壊した可哀想な女の子がいた。
「おっ、どうしたどうした?そんな顔して.....なんか嫌なことでもあったか?」
小さな子供のように無邪気に笑う神代。だが、笑いかけた相手はそれとは逆の感情を抱いていたらしい。
「ばっ......ば....ば、ばけ、バケモノ.....!!」
彼女はどうやら神代に向けてバケモノと言ったみたいだが、それは大きな間違いだ。
「ははっ、お前こそ人の親友をたくさん痛めつけといて何言ってんだよ?......俺はそのまま同じことをしただけだぜ.....?さてと、仕上げと行こうか...。」
その瞬間、高嶺の肺の空気が全て外に押し出された。
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