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世界を変える一枚のアート――止まった70秒を、わたしが描く。”AIの先にある感動へ”  作者: Hamin
第1章 数える声

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3/8

3話 アルゴリズムの冬

月曜の朝、数字が半分になっていた。


『♡ 48,203』


土曜に上げた絵は、いつもなら月曜には15万をこえている。美空《みそら》は目をこすって、もう一度画面を見た。数字は変わらない。フォロワーは減っていないのに、♡だけが、すとんと底へ落ちていた。


≪ほら≫

≪言ったでしょう≫

≪もう、飽《あ》きられたんだよ≫


頭の奥《おく》で、数を数える声がささやく。


(ちがう。何かがおかしい)


布団の中で画面をなぞり続けると、同じように絵を上げている人たちの投稿《とうこう》にも、同じ悲鳴が並んでいた。『いいねが半分になった』『おすすめに出なくなった』『表示のしくみ、変わった?』。どうやらSNSの運営が、どの投稿をだれの画面に出すかを決めるしくみ――アルゴリズムを、週末のうちに変えたらしい。


アルゴリズム。顔も声もない、見えない審査員《しんさいん》。美空の絵がどれだけすばらしくても、その審査員が首をふれば、絵はだれの目にも届かない。


(わたしの絵が、悪くなったわけじゃない)


そう言い聞かせても、胸の冷たさは消えなかった。


美空がNOBODYとして最初の絵を投稿したのは、中学3年の冬だった。図書室の窓から見た、雪がやんだあとの青い空。ついた♡は、37。知らないだれかが、自分の絵を見て、指を一回動かしてくれた。その37がうれしくて、何度も何度も画面を開いた。あの夜の♡は、今の10万より、ずっとあたたかかった気がする。いつからだろう。♡が、うれしいものから、足りないものに変わったのは。♡の数を見ないで眠《ねむ》れた夜は、もう、思い出せないくらい昔だ。


台所のテーブルには、今朝も母のメモがあった。『今日は日勤。夕飯はカレーを温めて。美空、元気? 母』。美空は『元気』とだけ書いて、家を出た。それも、半分うそだった。


◇ ◇ ◇


都立青嵐《せいらん》高校、2年C組。昼休みの教室は、パンの袋《ふくろ》を開ける音と笑い声であふれている。窓から入る風が、校庭の砂ぼこりと、どこかの席の制汗スプレーのにおいを運んでくる。美空は窓ぎわの席で、机の下にスマートフォンをかくして、何度も数字を確かめていた。

授業中も、数字のことしか考えられなかった。黒板の数式の上に、♡の数が重なって見える。数学の先生が「ここ、テストに出るぞ」と言ったとき、美空はノートのすみに、ゆうべの♡の数を書いていた。


「美空、顔が死んでる」


前の席のいすに後ろ向きにまたがって、高木《たかぎ》悠斗《ゆうと》がのぞきこんできた。同じ都営団地に住む、幼なじみだ。くせっ毛で、いつも笑っているような目をしていて、クラスのだれとでもすぐに打ちとける。美空がNOBODYだと知っているのは、学校では悠斗だけだった。


「アルゴリズムが変わったの。♡が半分」

「あー、オレのチャンネルも再生数落ちたわ。みんな同じだって」

「みんな同じじゃ、困るの」


悠斗は、あきれたように笑った。「おまえさ、数字の話してるとき、ぜんぜん楽しそうじゃないよな」


「楽しいよ。数字が上がれば」

「上がったときの顔も、べつに楽しそうじゃないけどな」


悠斗は、それだけ言って、自分のメロンパンの袋を開けた。悪気のない声だった。だからこそ、美空は何も言い返せなかった。


美空は答えずに、焼きそばパンをかじった。味が、よくわからなかった。


◇ ◇ ◇


放課後、廊下《ろうか》の角を曲がったところで、美術の戸張《とばり》先生とはち合わせた。


白髪《しらが》まじりの髪に、袖《そで》口が絵の具で固まったカーディガン。61歳。SNSを一つもやっていないから、生徒たちからは「いいね0先生」と呼ばれている。美空は美術部に名前だけ入れている、いわゆる幽霊《ゆうれい》部員だった。先生の描く絵を、美空は一度も見たことがなかった。


「高瀬《たかせ》。たまには部室に来い」

「すみません。ちょっと、忙《いそが》しくて」


先生は、それ以上何も言わなかった。ただ、少しだけ美空の顔を見て、うなずいた。責めるでも、あきれるでもない目だった。その目から逃《に》げるように、美空は階段をかけ下りた。

階段の途中で、鼻の奥に、先生のカーディガンの油のにおいが残っているのに気づいた。美術室のにおい。中学のころは、あのにおいが好きだった。いつから、あの部屋に行かなくなったんだろう。


◇ ◇ ◇


その夜も、雪の夢を見た。


灰色の野原。古い鐘楼《しょうろう》。凍《こお》りついたように動かない空。そして、遠くから聞こえる、あの静かな声。


……完成させて。


目を覚ますと、午前3時だった。美空は、枕《まくら》もとのスケッチブックを開かないまま、天井を見上げた。二段ベッドの上からは、姉の美月《みづき》の静かな寝息《ねいき》が聞こえる。


(疲《つか》れてるだけ)


それでも、夢の中の雪の冷たさは、目が覚めてからも、指の先に残っていた。美空は、布団の中で両手をこすり合わせた。5月なのに、手がかじかんでいる。


アルゴリズムのせい。寝不足のせい。夢なんて、ただの夢だ。そう決めてしまえば、楽になれる気がした。


≪夢の話なんか、だれも見ない≫

≪♡がつくのは、みんなが見たい絵だけ≫


数を数える声が、今夜はやけに正しく聞こえた。


美空はそっとベッドを抜《ぬ》け出し、机の上のパソコンを立ち上げた。暗い部屋に、青白い画面が光る。パソコンのファンが、かすかに温かい風をはき出した。デスクトップのいちばん端《はし》に、半年かけて育ててきたフォルダが一つ。


『MIRA』


あと少しで、完成する。


(数字の理由がわかれば、もう、こんな夜はこない)


美空は、キーボードに指を置いた。窓の外では、団地の給水塔《きゅうすいとう》の上に、星が一つだけ残っていた。届きそうで、届かない高さに。

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