ノリと勢いでやったけど後で後悔することもままありますよね。今そんな感じです。
「お、おお……!これがあの森の主……!なんと大きな……」
森の入り口に飾っておいたヒュージボアの頭を見上げ、ザックは声を失った。他の村人たちも驚いた顔で言葉を交わしている。
俺はあくびで応えた。昨日は結局夜遅くまでアンデッドどもが騒いでいたせいで、すぐに終わらなかったのだ。
『おい、ダスク!なぁにてめえで決着付けてんだ!話が違うじゃねえか!』
『そうだそうだ!てめえが倒すんなら俺らをなんで呼んだ⁈クソッ!肩透かしもいいところだぜ!』
『足りない!血が足りません!魔獣の血がぜんぜんっ!足りません!』
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!』
まったく、殺すって誰をだよ……。
結果は圧勝だったが、不完全燃焼があまりに過ぎた代償は大きかった。奴らは俺の襟首を掴み、森の魔獣全てを殺すまで帰らないと言い張って聞かなかった。早く帰って安眠を貪りたい俺は辟易とした。
アンデッドどもはこと殺しに限って言えば非常に勤勉だ。奴らは生物の血や肉から魔力を吸収することで己の力としている。そして最も効率がいいとされるのが、命を奪う瞬間なのだ。
ただ生きている存在を殺したいというアンデッド特有の感情ももちろんあるが、奴らにとって魔獣を殺すことは実際に報酬そのものなのである。
『いやでもだなあ……もう終わったし……いい加減良い子は寝る時間というか……』
『『『ああっ⁈』』』
『…………野郎ども!まだ終わってないよなあ!夜はまだこれからだってのによお!』
『『『ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼』』』
結果、魔獣は一匹残らず一瞬で掃討された。まさに蒸発したが如く。アンデッド特有の感覚が生者の反応を逃さない。本気を出したアンデッドによってそれはもうきれいさっぱりに狩り尽くし、あの森は一晩で魔獣の骨が散らばる死の森になってしまった。
……ああ、眠い。
「おじさん、おじさん……!」
「……どうした?」
うとうとしながら再びあくびをしているとクリスが俺の袖を引いてきた。
「なんで昨日のこと誰も気付いていないの?あんなに騒いでいたのに……」
ごもっともな心配。あんなお祭り騒ぎがあって、誰も知らないなんておかしな話である。無論、奇跡とか偶然とかではなく俺が手を回した結果であった。
「ああ、それは単に眠りの魔法をかけたからだよ。一応防音もしておいたんだぜ。あいつら、何かとうるさいからな」
「……へえー、そうなんだ……ってええ⁈そんなこともできるの⁈」
村一つを眠らせたのだ。確かにそれなりの魔力を消費した。並の人間にはできない芸当だろう。だが、これは俺の前向きな努力で得た結果ではない。そういう意味では少年にレジストされたのは意外だった。
俺はかつての苦労を思い起こすような遠い目をした。
「できないと色々あったからな。人は必要に迫られればやるもんだよ」
「そ、そんなものかなあ……?」
そんなものだ。魔法が使えなければ、他の手をその時考えただろう。あるいはそもそもこんな近所迷惑なアンデッド召喚をしないかもしれない。いや、気にせず突っ切るかもしれない。まあなんにせよ、やり方は無数にある。
「言っておくが、今回のことは誰にも言うなよ」
「言わないよ。なんかもう無茶苦茶だったし、言っても誰も信じないよ」
「そいつは良かった。もしお前が口を滑らしたら、お前も道連れにするつもりだったからな」
「はあ⁉やめてよね、そんなこと!」
さあ、どうだか。俺はその時の気分で動くから何とも。
にしてもこいつも大概元気だ。昨日はろくに寝て――いや、途中でふて寝してたな。ヒュージボアを倒した後『もう寝る!』と勝手に宣言して雑魚寝していたのを思い出した。
アンデッドの軍勢がいる前で寝るなんざやはり相当に肝が据わっている。良くない意味で将来有望だ。
「ダスクさん。まさか一晩であのヒュージボアを討伐されるとは、驚きました……。どのように感謝を申し上げればよいか」
俺は適当に手を振って答える。
「行きがけの駄賃と言っただろ?気にするな」
「なんと心の広い方だ……。分かりました。ありがとうございます。それで報酬のことですが……」
「ああ、そうだった。報酬ね。忘れるところだった。俺からは一つだけ、いや二つだったな。実は――」
俺がささやかなお願いを言おうとするとザックが手を前に出して止めた。
「いや分かっていますとも!腹踊り、でしょう!やりましょうとも!クリスだけとは言いません。我らが村の男衆全員で披露させていただきます!」
「……え?いや、いいです」
突然のよく分からない提案に俺は素で断ってしまった。
というか誰が見たいんだよ、そんなもの!
「あの、俺が頼みたいのは――」
「遠慮なさらず!一人より皆でやった方が楽しいはずです!実は私も昔かくし芸の一つに持っておりましてな!自信がありますので、ぜひとも見ていただきたいのです!今日はとにかくめでたい日だ。宴の準備も行いましょう!そこで披露いたしますとも!もしよかったらダスクさんもどうです?」
「え?嫌です」
俺が何度も断っているというのにザックはしつこかった。
「そうおっしゃらずに。そうだ!良いことが合った時これからは腹踊りをすることにしましょう。この度の村を救ってくださったお話を交えてみるのがいいと思います」
「いや、良くないと思うよ⁈なんで、そんなに腹踊りしたいの?」
「これは異なことを。そうおっしゃったのはダスクさんですよ?」
「俺は別にそこまで――おい、少年!ザックさんが話を聞いてくれないんだが⁉というか、お前らの村はそんなに腹踊りに全力をかけたいのか⁉」
クリスが性格の悪そうな顔で答えた。
「うん。もちろんそうだよ、おじさん。俺もおじさんのアグレッシブな腹踊り見たいなあ」
「はあ⁈」
誰が得するんだよ、そんなイベント⁉功労者に恥を掻けと言うのか、貴様ら⁉
「よし!そうと決まれば話は早い!魔獣討伐でお疲れでしょう!宴の準備を進めますので、今はゆっくり休まれてください!」
「え?いや決まっていませんって。あ、ちょっと、待ってください?――ザックさん?ザックさーん!」
そうしてザックは想像以上の手際であれやこれやと指示を出して、瞬く間に宴の準備を整えてしまった。俺の話を一つも聞かずごり押しとは。しょぼしょぼしたおっさんだと思ったのにここに来て活力が漲っているように見える。それだけヒュージボアのことが悩みの種だったのかもしれない。
野外で火を焚き、男女関係なく楽しそうに歌い、飲んでは楽しそうに踊る。宴には今回討伐したヒュージボアの肉がふんだんに振舞われ、村人たちがヒュージボアの巨大な頭を見ては、流石と俺のことを褒めたたえた。
まんざらでもない俺は鷹揚に答えた。
「だろー。まあ、俺にとっちゃ朝飯前だったがな。折角だ。こいつから迷惑を受けた分、いっそ全部食ってやろうぜ」
「「「おー‼」」」
村人たちは楽しそうに酒杯を掲げて応じた。
ふと冷静になった俺はヒュージボアの頭を見ながら肝心なことを思い出した。
「あ、そうだ。奴らの報酬のこと言いそびれたな……」
報酬というのはヒュージボアの肉のことだ。あとでアンデッドどもに渡す約束をしていたのである。
忘れていた。ザックに討伐した証拠を見せるために一日だけ我慢しろと言ったのだが、結果食っちまっている。多分あのペースでは、肉片一つ残るまい。
『ダスク、てめえっ!またこの野郎勝手に……!何度約束を破れば気が済むんだよ!』
とまたゴルドあたりにどやされそうだ。が、全て胃に入ってしまってはどうにもならない。何かで埋め合わせが必要か。面倒な。
「まあいいか。にしてもうまいな、この肉」
俺は考えを放棄して無心でヒュージボアの肉を貪った。うまいよ、イノブタちゃん。君の尻肉は実に最高だった。いや、マジで。
「ダスクさん、今回はありがとうございました」
ミリアが酒瓶を抱えて俺の隣に座る。可愛らしく「どうですか?」とお酒を勧めてきた。
なんだなんだ?いいじゃない?断る道理がない。
「いやあ、ありがたいね。ぜひ一杯お願いするよ」
「ふふ。ではでは」
なみなみとコップに酒がつぎ込まれる。そいつを一口呷って、大きく息を付いた。
村を脅かしていた魔獣が討伐され、安心し楽しそうに飲み食いし、騒いでいる。
これが人間の村。あの男、レックスが救おうとしている人間の住む世界の一部。分かってはいたが――魔族と何ら変わらない。
「ダスクさん?」
ぼーっとしている俺を心配して、ミリアが声をかけた。
「いや何でもない。皆盛り上がっているなあと思ってよ」
「そりゃあもう!あのヒュージボアには誰も手も足も出ませんでしたから。討伐も叶わず、途方に暮れていました。最悪村の移動も考えていたくらいですよ?」
「村ごと移動って、大ごとだな」
「ええ。でも、ダスクさんのおかげで全部解決しました!あのヒュージボアをどうやってやっつけたんですか?」
「出会うだろ?敵が突っ込んで来るだろ?それでズバッと斬るだろ?終わりだよ」
我ながらろくな説明になっていない。仲間に何度も言われたが、俺は雑な時はとことん雑な男である。
だが、ミリアは気を悪くするでもなく、おかしそうに笑った。
「ふふっ、そんなにあっさりってほんと?」
「ほんとほんと。言ったろ?大した仕事じゃないって」
「いえいえ、あんなに大きな相手ですよ?そんなことないです。ダスクさんにとってはそうかもしれませんが、私たちにとってはすごいことです」
そうかね?ならよかったな。
俺はもう一杯酒を飲んだ。辺境の村の備蓄している酒ということもあって上等とは言えないかもしれないが、独特の味わいがあってなかなかこれはこれで悪くない。
ふと酒杯から意識を戻すと、ミリアがじっと俺の顔を見つめていた。目と目が合うと、彼女は眩しい笑顔で言った。
「本当に、本当に!ありがとうございます!」
「……そいつはどうも」
普段の毒気のある皮肉も忘れて俺は呟くように返した。純粋な感謝というのはこそばゆいものだ。慣れない俺からすればどう反応していいか分からない。
ただ間を持たせるために俺は酒をもう一杯つぎ込んで、口に含む。
「ダスクさぁん!さあ、こちらに!準備ができたら始めますよー!」
「……ちっ!」
俺の余韻をぶち壊すようなザックの酔っぱらった叫び声。急に横から飛んできた頼んでもいないイベントの雑音に俺は舌打ちする。
酒杯に入った酒を全て飲み干して、台に叩きつける。何が悲しくて自分の恥を作らなければならん。だが、ここまで来てやらないという訳にもいかない。俺は空気の読める男なのだ。
やけくそ気味に立ち上がり、上半身の服をバサッと脱ぎ棄てた。
「たっく、分かったよ!お望みとあらばやってやろうじゃねえか、クソッたれ!」
そうして訳の分からん思い付きから始まった腹踊りは勢いだけで盛り上がり、何とか無事、というべきか終了したのだった。
とりあえず二度とやらないと俺は誓った。




